13 セリーナができること
翌朝――朝日が昇る頃。
セリーナは、宿屋「牛角亭」の部屋で、自然に目を覚ました。
「う、うん……はっ!ここは……」
見慣れない天井。
一瞬戸惑いながらも、すぐに体を起こす。
「あ……私は、バールヴィレッジにいるんだ。」
夢ではない。
今の体は、自分の意識で動いている。つまり――精霊さんは、今ここにはいない。
部屋を見渡すと、テーブルの上には昨日売ったばかりの商人用スカート。頑丈で、ポケットが多くて、実用的な一着。
そして、アリスだった時に履いていた下着とストッキング、靴も丁寧に並べられていた。
今なら、わかる。
このスカートは、精霊さんが私の身の安全を考えて、作ってくれたもの。昨日、前の服を売ってしまったこと――精霊さんは気にしていないと言っていたけれど、なんだか申し訳ない気持ちになる。
……だから、私も。私にできることを、ちゃんとやろう。
早速、スカートに着替え、ストッキングと靴を履く。
あれ?髪が、こんなに柔らかい……ああ、昨日しっかり洗ったからか。あの“シャンプー”という薬――すごい。
着替えを終えると、テーブルには護身用と思われるダガーが置かれていた。鞘を抜くと、刀身は硬質で、透明感のある深く鮮やかな緑色。まるで宝石のように美しい。
なるほど……
精霊さんの武器は、私には呼び出せない。だから、このダガーは――精霊さんがいない時の、私のための護身用なのだろう。
「でも……精霊さん、これが作れるなら、精霊石を作らなくてもいいんじゃ……?このダガー、きっと高く売れると思うし。」
昨日、バールヴィレッジへ向かう途中。精霊さんがモンスターと戦う姿を見た。
あんなに怖いオーカを、背後から一撃で倒すなんて――すごかった。
私はダガーを逆手に持ち、昨日見た精霊さんの動きを思い出しながら、軽く振ってみる。
シュッ。
風を切る音。流れるような動き。それは、もう“村人”の動きではなかった。
昨日から、なんとなく感じていた。でも、やっぱり気のせいじゃない。
――体が、軽い。
私……本当に、強くなったの?
ナイジェリアの森では、これまで何度もモンスターに遭遇した。でも、私ができることといえば――石を投げて、隙を見て逃げるだけ。
モンスターを倒したことなんて、一度もなかった。
こんなに動けるようになったのは……もしかして、精霊さんの動きを、私の体が覚えているのかもしれない。
うん。
できれば、このダガーを振るような場面には遭遇したくない。接近戦は、やっぱり怖い。遠距離から魔法を使う方が、安全で、私には合ってる。
昨日と同じように、小さな水玉をイメージして――〈ウォーターボール〉を発動する。目の前に、顔くらいのサイズの水玉がふわりと浮かび上がった。
……私、本当に魔法使いになったんだ。
嬉しい。これで、稼げる方法がひとつ増えた。
その水玉で顔を洗い、魔導書とダガーをカバンにしまう。牛角亭の一階に降りて、朝ごはんを食べた。
食後、部屋には戻らず、宿屋を出る。向かったのは――いつも我が家に贔屓してくれていた洋服屋「リリアナローズ」。
母の話では、店主のクラリス夫人は、母の裁縫の師匠でもあるらしい。遠く離れた村にまで、わざわざ製作依頼を出してくれるなんて、本当にありがたい存在だった。
でも――この半年間、まったく依頼が来ていない。依頼がない分、バールヴィレッジまで馬車で来る資金もない。だから私は、この半年、ずっと依頼を待つしかなかった。
もしかして……リリアナローズは閉店した?それとも、店主が変わった?
そんな不安を抱えながら、金持ちエリアにあるリリアナローズの前に到着した。
朝のこの時間では、当然まだ営業していない。隣の店が開いていたので、話を聞いてみる。
「あの、すみません。そこのお店は、いつ開きますか?」
「あ〜、リリアナローズね。午前11時くらいには開くよ。」
「そうですか……では、店主は今もクラリス夫人でしょうか?」
「ええ、そうよ。」
店主は変わっていない。
本当に、ただ――うちに依頼が来ていないだけ。
……そうか。
いつも依頼をくれていたリリアナローズには、感謝しかない。依頼が来ないことを、恨むなんてできない。
実際、この店の依頼がなかったら――うちは、とうの昔に借金奴隷になっていた。
……今は、お父さんの借金のことを優先しないと。
精霊さんは、今日精霊石を売ると言っていた。
できれば、冒険者ギルドよりも専門店の方が高く売れるはず。そのためにも、この街の魔法道具店や、高く買い取ってくれそうな店を先に探しておこう。
見つけたら、あとでその店を精霊さんに伝えればいい。
朝の市場に到着すると、すでに多くの人で賑わっていた。
長年の貧乏生活。
急に仕事がなくなると、逆に落ち着かない。本当に、借金の心配をしなくていいの……?思わず、カバンの中の財布を確認する。
そこには――200,000G。
村人の私にとっては、これだけでも十分すぎるほどの大金。
「すぅ……はぁ……」
深呼吸して、心を落ち着ける。そして、再び店を探し始める。
そういえば、昨晩精霊さんが「小麦粉が欲しい」と言っていた。少し買っておこう。値段はガンド村より高かったけれど、小麦粉を購入。ついでに、魔法道具店の場所も聞いてみた。
店のおばさんの話では、信頼できる魔法道具店はこの辺りにあるらしい。
「この辺かな……きゃっ!」
誰かにぶつかった?
私は無傷だったけれど、横を見ると――痩せた冒険者が地面に倒れていた。その隣には、太った冒険者が慌てて駆け寄っている。
「ご……あの、大丈夫でしたか?」
母に教わったこと。知らない人には、すぐに謝らない。周囲は、先に謝った方が“悪い”と判断するから。
「いてぇな!」
「兄貴!大丈夫か?足、折れてないか?」
「いてーーーっ!折れた!」
……と言いながら、痩せた冒険者は割と普通に立ち上がった。
「おいおいおい、テメェ!オレ様の足が折れたぜ!どう弁償してくれるんだよ、はあ!!」
その痩せた男は、私の手を掴もうとした。
でも――
私の目には、彼の動きが、妙にゆっくりに見えた。……まるで、時間が引き延ばされたような感覚。
当然、捕まえられるはずもなく。私は、軽く身を引いて、彼の手を避けた。
空振りした痩せた冒険者は、バランスを崩して再び地面に倒れ込んだ。周囲の人々は、思わずクスクスと笑い始める。
「テメェ!避けるんじゃねぇ!!」
相変わらず“足が折れた”とは思えないほど、痩せ男はすぐに立ち上がる。
私は念のため、手をカバンに入れ、ダガーを取り出すタイミングを伺った。
その時――
外野から、茶髪でヒゲを蓄えた中年の商人風の男性が、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
私の前に立ち、まるでかばうように、痩せ男たちに向き直る。
「そこの冒険者くん。こんな“痩せた女性”にぶつかっただけで足が折れるとは……君は、思った以上に――弱いな。私の知り合いに腕のいい回復術士がいるが、紹介しようか?値段は高いが、腕は確かだよ。」
周囲の笑い声が広がる。
「弱んだな」
「相手を選べよ」
「バカなやつ」
冒険者の二人は、形勢が悪いと悟ったのか、地面に唾を吐いてその場を逃げ出した。
人々も徐々に散っていく。
私は、その商人に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「いいえいいえ。あいつらがバカなだけさ。今度またあんな連中が現れたら、大きな声で叫ぶんだ。周囲の衛兵が聞こえれば、すぐに駆けつけてくれる。」
「……はい、わかりました。本当に、ありがとうございました。」
私は早足でその場を離れた。あの商人さんは、表向きは親切そうに見える。でも――ヤークさんのように、裏では何をしているかわからない。やっぱり、すぐに人を信じるのは危険だ。
それから、いくつかの魔法道具店を回り、精霊石の買取価格を比較した。
教会の鐘の音が響く。
気づけば、もう9時。確か、昨日精霊さんが来たのはこの時間だった。
では――私も一度、宿屋に戻って精霊さんを待ちましょう。
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日曜日の朝。
今日も平日と同じ時間に目が覚めた。
二度寝はしない。
今日は、セレアグの中でやることが山ほどある。
家事を済ませ、朝食を用意し、ついでに昼食の下ごしらえもしておく。
昨日と同じく、朝食を食べながら攻略サイトでナイジェリア遺跡のダンジョン情報とボス戦のプレイ動画を見て、勉強する。
予習は大事だ。
そのとき、スマホに通知が届いた。
午後のタピオカくんからのメッセージだ。
──おい、豆腐。メインストーリー無視して魔導国行ったほうがいいよ。
──WHY?
──魔法カスタマイズ超楽しい。
──俺は今バールヴィレッジにいる。しばらく籠るつもり。
──え?まだ第一章?でも魔導国行かないと、今の邪竜レイド戦参加できないよ。
──あ~あれか。初心者でも倒せるの?
──オレは今レベル37。高難度の討伐は無理だけど、初心者向けの撃退戦なら野良パーティーでギリギリいける。周年記念装備でなんとか。
──ギリギリか…。で、邪竜の素材で何が作れる?
──撃退戦だと“封印された”邪竜装備が作れる。性能は……まぁ、カッコいいからそれでいい。
──そうか。いい装備が作れたら行くよ。
──あ、そうそう。フレンド申請送ったから、あとで確認してくれ。
俺は「OK」のスタンプを返して、スマホをテーブルに置いた。
はぁ……
セリーナの件が片付いたら、また普通にこのゲームを楽しめるのかな。
タピオカくんに、今のこの摩訶不思議な状況を話しても――たぶん、信じてはもらえないだろう。
マルチプレイより、今はセリーナの方が心配だ。しばらくはログイン時、オフライン表示にしておこう。
集中して、セリーナの問題を片付ける。……この場合、あとでゲーム仲間たちには「リアルが忙しくて、しばらく遊べない」って言うしかないな。
では、水分補給して、再びセレアグにログインしよう。
セレアグの世界に入ったあと、真っ先に目に入ったのは――知らない文字。
セリーナは昨晩と同じくベッドの上で、まさか本当に読めるとは思わなかったNランク武器の魔導書を開いていた。
そこへ、チャット欄に朝の挨拶が届く。
セリーナ:あ、おはようございます、精霊さん。
「おはようございます、セリーナ。朝ご飯はもう食べました?何か問題はなかった?」
セリーナ:はい、朝ご飯は下の食堂で食べました。
セリーナ:先ほど市場に行って、小麦粉を買ってきました。
「それはありがたい。小麦粉があれば、料理のバリエーションが増えるよ。」
セリーナ:おお!それは楽しみです。
俺はベッドから降りて、自分の体を確認する。セリーナは、ちゃんと俺が作った商人用の服を着ていた。下も、URのストッキングと靴をしっかり装備している。よかった。
この装備の防御力なら、普通の相手では彼女に傷をつけることはできないだろう。
セリーナは俺の視線に気づき、自分が新しい服に着替えたことを察して、静かに礼を言った。
セリーナ:精霊さん、その服、ありがとうございます。
「いいえ。素材が揃ったら、今度はもっとかわいい服を作るよ。」
セリーナ:そんな……これだけでも、もう十分です。
「セリーナは、かわいい服を着たくないの?素材があればすぐに作れるし、その素材もセリーナのものだ。君は、自分のために服を作るだけ。だから、気にしなくていいよ。」
セリーナ:そう……でしょうか。
「そうだ。実は、セリーナに相談があるんだけど。」
俺はストレージから、精霊石を取り出した。
「これが――完凸した精霊石だ。」
手のひらに乗るほどのサイズ。
直径約5センチの透明な水晶玉。ほんのり青みがかったその表面は、光を受けて淡く輝いている。中には、淡い魔力の光で描かれた複雑な魔法陣が、幾層にも重なって浮かんでいた。まるで、静かに呼吸するように、魔法陣がゆっくりと脈動している。
そして、その水晶玉は――細やかな金の装飾が施された、繊細な金属フレームに包まれていた。フレームには小さな魔法紋が刻まれ、キーホルダーとしても使えるように、リング部分には魔力を通す青銀の糸が巻かれている。
見た目は、まるで高級アクセサリー。
セリーナ:綺麗。
「これを付けるとM…魔力量の上限は少し増えます。」
セリーナ:なるほど、だから魔道士たちはこれを欲しかってるね。
「前も言った通り、これを市販のものとは別で完凸したもの…」
セリーナ:かんとつ?
「あ~ごめん……えっと、精霊石を4つ集めて、その4つの力を“この1つの精霊石”に注ぎ込んだんだ。
だから、合計で5個の精霊石が必要だったんだけど……。こうすることで、この精霊石の中の精霊が“完全に目覚めた”状態になるんだ。」
セリーナ:あっ、昨晩お話ししていた“装備をレアものにする”件ですね。
「そうだよ。セリーナが今着ているその服も“完凸”してある。だから、普通の同じ服よりずっと頑丈なんだ。」
セリーナ:な、なるほど……商人の服を、完全に目覚めた……。
まぁ、N装備だから見た目はあまり変わらないけどね。普通なら、締めプレイでもない限り、使わない装備だし。
「それで、精霊石の話だけど――昨日も言った通り、アリスのあの姿で精霊石を5個売ろうとすると、たとえ別々の店に持ち込んでも、出処を怪しまれる可能性が高い。実際、昨日のハチミツも“盗品じゃないか”って疑われたでしょ?」
セリーナ:はい……冒険者ギルドに怪しまれました。
「逆に、セリーナの姿で売ろうとしても、平民が精霊石を5個も持っているのは不自然すぎる。だから、バラ売りはリスクが高い。だったら、ダンジョンで手に入れた“上物”として、“完凸品”として売った方が、むしろ高く売れる可能性があるんだ。」
セリーナ:なるほど……でも、その“かんとつ”した精霊石の値段がわからないので、
セリーナ:まずは、ちょっと信用がなさそうなお店で相場を探って、
セリーナ:それから信頼できるお店で売るのがいいかもしれませんね。
おお……すごく論理的な返しだ。
少し意外だったけど、これはエメラルダさんの教えというより――きっと、貧しい暮らしの中で、生きるために“効率”を考え続けてきた結果なんだろう。
「なるほど。……でも、どの店が“信用がなさそう”なのか、ワタシにはわからないな。」
セリーナ:お任せください。
セリーナ:今朝、市場のおばさんたちに情報を聞いて回りました。
セリーナ:ついでに、この街の売店と魔法道具店もいくつか見てきました。
セリーナ:この街には大きな商会が一つありますが、
セリーナ:そこは冒険者ギルドよりも買取価格が低いそうです。
セリーナ:その代わり、大量に買い取ることはできるみたいですけど……
セリーナ:精霊石って、魔法使い用の装備ですよね?
セリーナ:商会では、たぶん“上物”かどうかを見分けられないと思います。
セリーナ:だから、売るなら――魔法道具店一択です。それもすでに調査済みよ。
「すごいな……セリーナ、まるでプロの商人みたいだ。」
セリーナ:えへへ、ありがとうございます!
「よし、それじゃあ――一番“信用がなさそうな店”を案内してくれる?」
セリーナ:うん、わかった!
俺は宿屋を出て、人通りの少ない裏路地に入り、仮面ドレスのお嬢さん――アリスに変身する。
これからは、アリスとして行動する。
セリーナのような平民の姿で“上物”を売ろうとすれば、きっと見下される。悪質な店なら、「これは元々うちの物だ」と言って、精霊石を奪おうとするかもしれない。
――危ない橋は、俺が渡る。セリーナには、絶対に手を汚させない。
【名前:セリーナ】
レベル:38
• 武器:UR「月影」と「星光」
• 頭:UR 星のヘッドピース
• 体:UR 星月のドレス(上下)
• 手:UR 月光のオペラグローブ
• 足:UR 星月のシューズ(黒)
• アクセサリー1・2:なし
• アタッチメント:狐の仮面
• インナー:UR 月のガーターストッキング(黒)
ヨシ、カンベ~キ!
セリーナの案内で、街の一角にある、そこそこ大きな売店の前に到着した。
ここが――“あんまり信用がない店”。
見た目は普通。
買い物客もちらほらいて、外観だけでは怪しさは感じられない。……俺一人だったら、たぶん普通に騙されてたな。
仮面をしっかり装着し、ドレスの裾を軽く整えて店内へ。
この華やかな装いなら、多少怪しい仮面をつけていても、上客に見えるはず。
中に入ると、見た目は人の良さそうな店主が、すぐに笑顔で近づいてきた。
「いらっしゃいませ、お嬢様。今日はどのようなご用件で?」
「精霊石の買い取りをお願いしたいのですが。」
買い物ではなく“買い取り”と聞いた瞬間、店主の目がわずかに細くなる。その笑顔の裏に、計算が走ったのがわかった。
「……買い取り、ですか。ええ、もちろん。精霊石なら扱っております。どれ、見せていただけますか?」
俺は手をカバンに入れ、ストレージから完凸済みの精霊石を一つ取り出し、そっと差し出した。店主は虫眼鏡を取り出し、やけに丁寧に石を観察し始める。
その目が、ギラリと光った気がした。
「ふむ……これは……うーん、傷モノですね。」
「へぇ~?」
「ほら、ここ。微細なヒビが入ってるでしょう?それに……なんだか金ピカの装飾まで付いてるし。こういうのは、見た目だけで性能は落ちるんですよ。まあ、うちは良心的ですからね。高く買い取りますよ。……80000Gで、どうです?」
「そうですか。せっかくダンジョンの奥で見つけたのに、その程度ですか。」
「ええ、精霊石を欲しがる魔道士は多いんですがね。でも、傷モノじゃあ……ねぇ。価値が下がるんですよ。」
「なるほど。じゃあ、実験素材として身内に渡しますか。……ごめんなさい、やっぱり売るのはやめます。」
「ま、待って!……仕方ないなぁ。せっかくの精霊石だし、傷モノでも欲しいって魔道士もいるんですよ。……10万Gでどうです?」
「いいえ、結構です。」
俺は静かに踵を返し、そのまま店を出た。
「おい!ちょっ……おい!お客さん!待ってってば!」
背後から店主の声が追いかけてくるが、振り返るつもりはない。
……やっぱり、セリーナの言った通りだったな。
この店、信用できない。
セリーナ:その精霊石、まだ新品なのに“傷モノ”って……
セリーナ:“完凸”の意味も知らないみたいですね。
セリーナ:やっぱり、市場のおばさんの言ってた通り――この店、黒いです。
セリーナ:最低価格は確認できましたし、次は専門店で聞いてみましょう。
「では、案内をお願いします。」
それから、セリーナの案内で3〜4軒の魔法道具専門店を回った。
だが、どの店も精霊石を“普通のもの”として扱い、買取価格の最高額は12万Gほど。
俺の手持ち資金は約20万G。合わせても、たったの32万G。精霊石の素材だけで20万Gかかってるのに――目標の200万Gには程遠い。
問題は、どの店もこの精霊石が“完凸済みの上物”だと気づいていないこと。一番信頼できるとされる魔法道具店では、なんと“偽物”とまで鑑定された。
「セリーナ、さっきこの精霊石を偽物って言った店に、もう一度行ってもいい?」
セリーナ:え?いいですけど……でも、偽物って言われましたよ?
「今度は“上物”だと説明して、もう一度鑑定してもらいたい。」
セリーナ:なるほど。
セリーナ:あの店だけが“偽物”って言い出したなら、
セリーナ:逆に――その店主は精霊石に詳しいのかもしれませんね。
そういうわけで、俺は再びその店へ向かった。
だが――
いくら説明しても、魔道士の女店主は「普通の精霊石より性能がいい」なんて信じてくれなかった。ついには「これ以上しつこいと衛兵を呼ぶ」とまで言われてしまった。
……これは、もう売れないな。
はぁ……損した。
せっかく完凸まで仕上げたのに、誰も価値を見抜けないなんて。
俺は、馬鹿だったのか……?仕方なく、その店での売却は諦めて、店を出る。
扉の前で、深くため息をついた。
「やっぱり、完凸なしで、普通に売った方がいいかもな。ごめん、セリーナ。素材を買い直して、二番目に高かった店で売ろう。」
セリーナ:いいえ。
セリーナ:あの店主さんが“見る目がない”だけです。
「それとも、目立ってもいいから――モンスター素材を大量に売るか?」
その時、店に入ろうと、魔道士らしき人物が入ってきた。
俺は慌てて道を譲る。
「あら、昨日の仮面のお嬢さんじゃないかしら?」
「え?」
横を向くと、そこには妖艶な雰囲気を纏った魔女――昨日、冒険者ギルドの道具屋で会った店員さん、エルドラーナが立っていた。
「こんにちは……えっと……」
「エルドラーナよ。もしかして、また精霊石を探しているの?」
「え……」
俺は慌てて、手に持っていた精霊石をカバンに押し込んだ。
昨日、彼女に「精霊石ありますか?」と聞いたばかり。今持っているのを見られたら、きっと変な目で見られる。
その時――
玄関での俺たちの会話が聞こえたのか、魔法道具店の扉が開いた。
先ほどの女店主が勢いよく出てくる。
「やっぱり師匠!……あっ、そうだ!師匠!この人が偽物の精霊石を売りに来ました!」
俺を指差す店主。その声は、通りに響くほど大きかった。
……やべぇ。
「へぇ~……お嬢さん。どういうことかしら?」
エルドラーナの視線が鋭くなる。
逃げれば、確実に疑われる。それに、彼女は一応冒険者ギルドの職員。ここは――正直に話すしかない。
「いえ、偽物ではございません。先ほど鑑定してもらった精霊石は、ダンジョンで手に入れた“上物”です。」
「上物……ねぇ。ビナー、中で詳しく説明して。冒険者ギルドの職員として、この件、確認させてもらうわ。」
俺は、エルドラーナと店主ビナーに連れられて、再び店の中へ。
店内に入ると、ビナーは先ほどの鑑定内容を、エルドラーナに向かって語り始めた。
「この変な人が、さっき精霊石の偽物を持ってきたんです。明らかに偽物だったので、買い取りを断ったんですが……その後また来て、“これは精霊石の上物です”なんて言い出して。私を騙そうとしたんですよ!」
二人の視線は、まるで敵を見るように鋭い。
……俺、完全に容疑者扱いじゃん。




