12 後半戦
よし。セリーナが眠ったあと、予定通り――森の中心部でダンジョン周回を始めよう。
この世界では、Rランクの精霊石でも欲しがる魔法使いは意外と多い。だから、ダンジョン内で宝箱を回収し、普通のR装備を完凸してから売れば、一周で10万Gくらいは稼げるかもしれない。
ただ、そんなに大量に売れば市場に影響が出て、権力者に目をつけられる可能性もある。――だからこれは素材を売ると同じ、いざという時のための最終手段として取っておく。
まずは、目標を決めよう。
今の手持ちは約27万G。できれば、来週の返済日までに200万Gを稼ぎたい。利子の額はまだ不明だが、最大でも借金全額の範囲――つまり200万G以内と仮定する。……さすがに、あの村長も利子を元本以上にはしないだろう。多分。
R 精霊石(完凸)
• MP上限 +250
• INT +40
うん……精霊石は性能的には控えめだが、レベル低いの今は意外と強い。
俺は精霊石を装備し、星月セットと照明用の“天使の輪”も身につける。
そして、転送ポイント〈ナイジェリアの森・内側3〉へと転移した。
-----------------------------------------------
悠希が転送を終え、森の中心部の転送ポイントへ向かって走っている頃――画面は、再びガンド村へと戻る。
ガンド村の宿屋「万金亭」の二階。
商人トーマス――今は“ヤーク”と名乗っている――は、太った男とワインを楽しんでいた。その男は茶髪で、30代後半の独身。ガンド村の村長、トビアスである。
トビアスは、グラスを傾けながら言った。
「では、いつも通り。あとで地下室にいる“モノ”を取りに行ってくれ。」
「わかった。へクターが手下を連れて行かせる。味見するのは構わないが、商品を壊すなよ。」
「壊れてはいない。今回の奴は、奴隷として受け入れるのが早すぎて、反応が薄い。……興奮できないんだ。」
「そうだ、トビアス。今日は欲しい女の子を見つけた。名前は――セリーナ。知ってるか?」
「おいおい、ヤーク。あの娘は今、俺の金づるだぞ。」
「へぇ~そうか。でも、うちの嫁が彼女を欲しがってるんだ。」
「げっ……お前の嫁か。なんで急にあの娘が?」
「いや、今日彼女が皮を俺に売った。それは別にいいとして――俺の前で“偽名”を使ったんだ。それが気に入らなかったらしくて、嫁が興味を持ったらしい。」
「ふん……そうか。あの子はもうすぐ返済完了だ。君が欲しいなら、俺が遊び終わったら、お前に売ってもいいぜ。」
「人の絶望する顔を楽しむのは、相変わらず変わった趣味だな。」
「お前に言われたくないな、ははっ!」
「まあいい。あの子の心が壊れていなくて、生きて渡せるなら、それでいい。」
「はいはい。来週はあの娘の返済日だ。彼女が返済できないように、すでに手は回してある。あの子を使用人としてうちに雇って、そのまま……いつも通りだ。」
「わかった。次回来る時に渡してもらう。ただし――あの子の心は壊すなよ。壊れたら、うちの嫁が暴れるぞ。」
「わかってるよ。あんたの嫁は怖いからな。約束する。」
――その時、部屋の扉が、誰かにノックされた。
ゴンゴン
ヤークはトビアスの顔を見た。
トビアスは無言で頷く。
それを合図に、ヤークはへクターに命じて扉を開けさせた。
入ってきたのは、冒険者風の男が二人。どちらもヤークの商隊の護衛だ。
ひとりが報告する。
「旦那。昼に言ってた、あなたの皮を盗んだ女の家――見つけました。でも、誰もいませんでした。」
「なに?!」
「夜になっても明かりはなく、完全に空き部屋です。試しに侵入して皮だけ奪い返そうとしたんですが……扉はロックされていて、動きませんでした。」
「窓からは?」
「ナイフを隙間から差し込んで、無理やり開けようとしたんですが……隙間の奥に、壁みたいなものがあって、ナイフが通らないんです。」
「ちっ……夜逃げか?とにかく、あの家の娘は俺の皮を盗んだ。あの娘を探し出せ。小娘ひとりじゃ、遠くには逃げられない。馬を使って、道順を追え。」
「今からですか?」
「今だ。とにかく――セリーナって娘を捕まえろ。」
「わ、わかりました!」
冒険者の二人は部屋を出ていった。
ヤークはグラスに残ったワインを一気に飲み干し、トビアスに言った。
「……あんたの金づるが夜逃げしたが、大丈夫か?」
トビアスは、何事もないように答える。
「問題ない。どうせバールヴィレッジに向かって、あの洋服屋に行くつもりだろう。」
「洋服屋?」
「あの娘の家は貧乏だからな。例の洋服屋の依頼を受けて、服を作って俺に返済するんだ。」
「貧乏は誰のせいだ?」
「俺だが? ハハッハッハハッ!!」
「その洋服屋の名前は?」
「いや、覚えていないなぁ。……なんだ?あの鬼嫁にドレスでも買ってやるのか?」
「いや。ただ、隣町まで依頼を出す店ってのは珍しいからな。ちょっと興味があるだけさ。――で、もしうちの連中があの娘を見つけたら、俺がそのままもらうぞ。」
「はぁ~しょうがないな。金づるはまだまだいる。好きにしろ。」
「決まったな!」
二人はグラスを掲げ、乾杯した。
-----------------------------------------------
場面は再び、悠希――セリーナの姿を借りた彼に戻る。
森の外側3の転送ポイントから中心部へ向かって、約30分。〈ナイジェリアの森の中心部〉の転送ポイントに到着した。
よし、今日のデイリーボスには間に合った。
攻略サイトによれば、この森の中心部にはデイリーボスとダンジョン〈ナイジェリアの遺跡〉がある。適正レベルは25〜36。中で拾える装備はN〜Rランク。宝箱からでた武器や防具にはあまり期待していないが、ダンジョン中で拾える素材は欲しい。特に、アクセサリー系を作れる宝石と鉱石が大量に必要だ。
そんなダンジョンの前には、デイリーボス――クリスタルゴーレムが配置されている。
設定上、このダンジョンを守護するガーディアン。
俺より数レベル高いが、参加人数によってHPと強さが調整されるため、ソロでも倒せるはず……。ダンジョンに入るには、このボスの広場を通過しなければならない。つまり――先にこいつを倒すしかない。
明かりは“天使の輪”。装備は星月ドレスのままで問題なし。URのダガー「月影」と「星光」は外し、〈R 火の魔導書〉に変更する。
当然、攻略サイトでクリスタルゴーレムの対策は確認済みだ。
ゴーレム系は定番の物理耐性80%があり。弱点は炎。
最も安全な方法は、攻撃を回避しながら、遠距離から火魔法を背後の弱点に撃ち続けること。魔力ポーションは数本しかないが、使い切ったら、ダガーに持ち替えて物理戦に切り替えるしかない。
HPは……回復ポーション20本。回復魔法も使える。
唐揚げのEXPバフも準備済み。
星月ドレスのセット効果――夜間ステータス1.2倍もある。……うん、大丈夫だ。
もし本当にゲームと違って、メチャクチャ強かったら――すぐに転移して逃げればいい。戦闘中でも転移できることはすでに確認済みだ。
できる限り、ノーダメージでクリアしたい。この妙にリアルな世界では、回復ポーションが潰れた腕を治してくれるとは思えない。
慎重に行こう。
目の前の広場を見ると、そこには高さ3メートルほどの青白いクリスタルゴーレムが立っていた。
人形のような体型だが、両腕は異様に大きく、拳も岩のように分厚い。頭部はなく、胴体の中央に顔が埋め込まれているタイプ。
ゴーレムはダンジョンの入り口の前に、まるで電源が切れたかのように静止している。
俺が広場に足を踏み入れると、ゴーレムの両目が緑色に光り、ゆっくりと動き始めた。
頭上にはレベル36、3本のHPバー、そして名前【守護者クリスタルゴーレム】が表示される。
まずは距離を取って、攻撃パターンを確認する。
パンチ、振り下ろし、回転攻撃――攻略動画と同じだ。範囲は広いが、動きは鈍い。わざと攻撃を受けに行かない限り、当たるはずがない。
そして、攻撃の直前――ゴーレムの拳が振り上げられると、地面に赤い半透明の円が浮かび上がった。攻撃範囲の予告表示。まるでゲームのUIのように、視界にだけ見える。
「……見える。やっぱり、ゲーム通りだ。」
赤い円が広がると同時に、ゴーレムが拳を振り下ろす。そのタイミングに合わせて、俺は横にステップ。範囲外に出れば、ダメージは受けない。
このまま設定通りなら、最後のHPバーに入ったとき、口から凍結ビームを撃ってくるはずだ。
あれは最大の脅威。
受ければ凍結状態になり、そのままゴーレムの攻撃を受ければ即死すると思う。攻撃パターンを見ている限り、このボスは完全にゲームと同じ挙動をしている。
ならば――予定通り、攻撃を避けて背中の弱点に、リチャージ時間2秒のファイヤーボールを撃ち込もう。
俺はゴーレムの攻撃を誘い、モーションに入った瞬間に背後へ回り込む。背中の弱点部位にファイヤーボールを連続で叩き込む。
この動きを、何度も繰り返す。
ただ、少しゲームと違う点もある。
ゴーレムの攻撃で広場の地面が徐々に破壊され、足場が凸凹になってきた。拳が床に叩きつけられるたびに、石ころが飛び散り、俺の足元に当たって1ダメージ。
今のところ、石ころ以外の攻撃は受けていないが――この体は俺のものじゃない。油断は禁物だ。
集中して戦い続け、約3分。
ゴーレムのHPバーを2本削った。
ファイヤーボールの連打で、背中の弱点が赤く光り始める。熱が蓄積しているのか……この世界、妙にリアルだな。
そう思った瞬間、ゴーレムが両手を地面につけ、口を開いた。
――大技が来る!
直径30センチほどの白青い凍結ビームが発射された。
前動作を見て、すぐに横へ回避――のはずだった。
「ちょっ……!」
ゴーレムはビームを撃ちながら、ゆっくりと身体の向きを俺の方向へ向けてきた。凍結ビームの軌道が、俺の回避方向に追従してくる。
そのビームは、通過する範囲を焼き払うように凍結させていく。
「これは……ゲームじゃない動きだ!」
幸い、動きは遅い。俺のステータスなら、ギリギリで避けきれる。
「危なかった……!」
魔力ポーションはすでに使い切った。
回復魔法のために、残りのMPは温存しておきたい。
ここからは持久戦だ。
俺は武器を「月影」と「星光」に持ち替え、物理攻撃で最後のHPバーを削るつもりだった――が。
その時、クリスタルゴーレムは凍結ビームを撃ったまま――異常が発生した。
バキーーーーンッ!
クリスタルゴーレムの全身にヒビが走り、次の瞬間――その巨体はバラバラに砕け散った。
……え?
俺は、今――攻撃していない。なのに、最後のHPバーが消えた。ゴーレムは、崩れ落ちるように倒れ、そのまま光の粒となって消滅した。
【名前:セリーナ】
レベル 31 → 33
‐魔法レベル 10 → 12
‐走るレベル 14 → 16
【勝利報酬】
・ルーンストーン ×2
・クリスタルダスト ×4
・ゴーレムの破片 ×3
【頭部破壊報酬】
・クリスタルゴーレムのコア ×1
「あ、あれ……? 長期戦を覚悟してたんだけど……」
まさかの――即死?ボスなのに?……まあ、いいか。勝ちは勝ちだ。
広場の中心に、再出現までのカウントダウンが表示された。
【再出現まで:5時間23分】
再出現は深夜3時か。
さすがに、二連戦は無理だな。
体は疲れていないが、軽く休憩を挟んでから、ダンジョンに入ることにした。
明日、セリーナに戦闘を教えるためにも、先に中を確認しておきたい。もちろん、今日は入り口付近を回るだけ。
森の中心部の転送ポイントも登録済みだし、いつでも来られる。このデイリーボスも、日課にするつもりだ。
ゴーレムが守ってるダンジョン、〈ナイジェリアの遺跡〉の扉に手を触れると、ふわりと浮遊感が走る。
視界が一瞬で切り替わり、目の前には古びた廃墟が広がっていた。
うん、転移だ。他のゲームと同じ感覚。
後ろを振り返ると、遺跡の入り口の扉だけが、まるで“どこでも扉”のようにぽつんと立っている。もう一度触れれば、外に出られる。
よし、これもゲーム通りだな。
遺跡の入り口付近を軽く探索し、素材をいくつか拾う。遭遇したモンスターも難なく撃破。
気づけば、時刻は夜の11時を回っていた。
バールヴィレッジへ転送。
深夜の村は静まり返り、牛角亭の扉もすでに閉まっている。
俺は、あらかじめ開けておいた二階の窓から、そっと部屋へ戻った。
レベル 33 → 38
‐短剣レベル 9 → 11
‐伐採レベル 8 → 10
‐採集レベル 8 → 11
レベル、めっちゃ上がった。
やっぱり――唐揚げは偉大だ。早く焼き鳥丼を量産したい……!
部屋に戻った俺は、戦果を確認する。
クリスタルゴーレムのコアとルーンストーン。どちらも高く売れそうだが、ルーンストーンはSR以上の装備を完凸するための必要アイテム。
これは――売れない。
他にも、安価な宝石類、精霊の粉、素材系が山ほど手に入った。これでアクセサリーを量産して、完凸して、上物として売り出せる。
……いやいや。
まずは、俺がいない時のセリーナのために、完凸の商人服を作らないと。
今度は、これをテーブルに置くだけでいい。
言葉にしなくても、彼女なら――この服が自分のために作られたこと、きっとわかってくれる。あ、UR
星月のガーターストッキングとUR星月のシューズも置いておこう。
スカートの下に着る装備だから、UR装備を二枠使えば、ステータス面では誰にも負けないはず。
……しかし。
今履いているガーターストッキングを、自分の手で脱ぐのは――中身が男な俺には、ちょっとドキドキした。
脱ぎかけた瞬間、ガーターストッキングは――消えた。
あ……そうか。
メニューから装備したものを外すと、自動でストレージに戻るんだった。いやいや、普通にメニュー操作で外して、取り出せばよかったじゃん!
許してくれ。
俺はガチでこの仕様を忘れてた。
初めてストッキングを脱ぐ感触と経験――童貞な俺には、たぶん一生忘れられない……DA☆ZE。
さて、今日も遅いし、そろそろ寝よう。
明日は忙しくなる。
俺は装備をすべて解除し、ストレージから村人の服を取り出す。目を閉じたまま着替え、ベッドに横になって――ログアウトボタンを押した。




