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11 知らないほうがいい

俺たちが泊まっている宿の名前は「牛角亭」。


……どこかで聞いたような名前だが、そこはスルーしておこう。


一階は食堂、二階が宿泊スペースになっている。


部屋に入ると、思っていたよりも広くて清潔だった。セリーナに教わった方法で、壁のランプに火を灯す。


ふわりと温かい光が部屋を包んだ。


俺はストレージから、鉄鉱石ひとつで作れる簡易コンロと鉄鍋を取り出す。これで、拠点以外でもいつでも料理ができる。……料理メニューを使えば、だけど。


「セリーナ、今晩は何が食べたいですか?」


料理メニューのリストを眺めながら、セリーナに尋ねる。


セリーナ:ごめんなさい。実は、画像だけでは、どんな料理か想像がつかないんです。


「そうですか……では、苦手な食べ物はありますか?」


セリーナ:いいえ。食べられるものがあるだけで、もう嬉しいです。


「小麦粉があれば……あ。」


俺は部屋を出て、階下の食堂で少しだけ小麦粉を分けてもらった。部屋に戻り、料理メニューを操作して、見た目も美味しそうなラーメンを作る。


「セリーナ。この街には、まだ信頼できる人が一人もいません。誰が来ても、絶対に扉を開けないでください。」


セリーナ:わかりました。


料理の完成を待つ間、俺は簡易製作台を出して、道中で手に入れた銅鉱石5個を使い、家具カテゴリから“銅の浴槽”を作成する。外側は銅の光沢があり、内側は白く滑らかな仕上げ――まるで現代のユニットバスのようなデザインのものだ。


「それと、今日もお疲れ様。今、浴槽を作ってるから、ゆっくり体を洗って休んでください。」


セリーナ:浴槽……ですか?私、使ったことがなくて……


「えっ?そうなんですか。じゃあ、完成したら使い方を説明しますね。あ……服は今着ているものしかないですよね。それなら、一度家に転移して、必要なものを取りに行きましょうか。」


セリーナ:ありがとうございます。


俺は生活用品を回収するため、セリーナの家へと転移した。




転移した直後――相変わらず、真っ暗な家だな……っ!!


セリーナ:すごい!こんなに離れてても、本当に一瞬で家に戻れるんですね!


「シーッ!!」


セリーナのチャットには音がない。それでも、思わず“シッ”と声を漏らしてしまった。


ミニマップには、赤い点が2つ。家の外にいる。


赤い点――すなわち、敵。


ここはガンド村の中。周囲は静かで、騒ぎもない。モンスターの襲撃の可能性は低い。つまり、あれは……人間だ。


「あの商人、動きが早すぎる。」


目的を確認するため、俺は気配を殺して家の中に身を潜める。マイセットから星月ドレス姿に変身し、キツネの仮面も装着。


数分間、息を潜めて待つ。


外では2人がうろついている。


玄関前に1人、ベッド横の窓に1人。この家に侵入しようとしているのは、間違いない。



――カチャカチャ。



ドアロックをいじる音が聞こえた。


俺は武器「月影」と「星光」を手にし、陰で警戒態勢を取る。


外から、かすかな囁き声が漏れてきた。


「開か……い?……窓……は?……透……壁?!……バ……を言え……魔……具?……」


断片的で、意味は掴めない。


だが、どうやら侵入には失敗したようだ。2人はそのまま家から離れていった。


「ふぅ……。一応聞くけど、セリーナ。夜に誰かと約束しましたか?」


セリーナ:いいえ……


「中に誰かいると感じたのか、それとも別の理由か……はっきりとはわからないけど、しばらくこの家には戻らない方がいいかもしれない。……セリーナ?」


セリーナ:あ、はい!じゃあ、ここで使えるものを回収してもらえますか?


「もちろん。」


冷蔵庫、裁縫道具、布、セリーナが隠していた少額の金、何着かの着替え――元々貴重品は少ないので、回収作業はすぐに終わった。


セリーナ:あの……そのぬいぐるみも、お願いできますか?


「もちろんです。」


ぬいぐるみをストレージに入れようとした――



【収納不能アイテム】



「あれ……入らない? 仕方ない、カバンに入りましょう。」


生活用品の回収はひと通り終わった。


俺はすぐにバールヴィレッジのスラム街にある転送ポイントへと転移した。


夜のスラム街は危険だ。転送直後、周囲の視線を無視して、牛角亭へ向かって走り出す。


スラム街を抜けたところで、村人の姿に変身。そのまま牛角亭に戻ると、女将さんに普通に怒られた。「出かけるなら一言くらい言いなさいよ!」と。


……ごめんなさい。次からは気をつけます。


部屋に戻り、ようやく一息。


ため息をつきながら、セリーナの着替えをストレージから取り出す。


セリーナ:そうだ!精霊さん!

セリーナ:もしかして、その“すとれーじ”に入れたものって……全部、新品に戻るんですか?


「え?そうなんですか? ワタシもよくわかってないんですが……」


セリーナ:実は、今朝起きたときに着ていた服が、まるで洗ったみたいに綺麗で……

セリーナ:新品みたいな感じだったんです。


「それは……便利ですね。服を洗う手間が省けるのは助かります。」


セリーナ:やっぱり、神の力ってすごいですね。


「そうですね。」


――ストレージ、恐るべし。知られざる効果が、まだまだ隠れていそうだ。



そのあと、俺は小さな銅製の湯船を窓際に設置した。


メニューの画像通り、どこにも繋がっていない蛇口と、ボディソープらしき瓶が付いている。


最初は、期待していなく、ただの飾りだと思っていた。製作メニューの画像に“ボディソープ”や“シャンプー”が描かれていても、どうせ使えないだろうと。でも、試しに蛇口をひねると――あら不思議、水が出てきた。


ボディソープと書かれた瓶のポンプを押すと、ふわりといい香りの泡が出る。隣のシャンプーも問題なく使えそうだ。


排水も、ちゃんと浴槽の排水口に流れていく。



だからこそ、俺は木製の木製浴槽ではなく、わざわざ銅鉱石を使って、少し高級そうな浴槽を作った。

見た目だけじゃなく、機能する可能性に賭けた――その判断は、間違っていなかった。ドヤァ!


セリーナ:精霊さん!!水が……排水口から床に流れてます!!


「あっ、やばい。」


この浴槽の排水口、何にも繋がってない!!慌てて浴槽の下を覗くと――水が、いない。


セリーナ:水が……消えた?!


ははっ……これはこれは。


これを作って売るのは、絶対にダメな気がする。冷蔵庫と同じだ。完全に“ゲーム仕様”だ。



セリーナに浴槽の使い方を教え、ボディソープとシャンプーの使い方も説明した。


そのあと、完成したラーメンを出す。俺もそろそろリアルに戻って、風呂と夕飯を済ませるつもりだった。


ログアウトボタンに手を伸ばした、その瞬間――


セリーナ:精霊さん、ちょっと……お話があります。


「はい、どうしました?」


セリーナ:もし……精霊さんがここに来ていなかったら、

セリーナ:私は……どんなふうに死んでいたんでしょうか?


ログアウトボタンにかけた手が、思わず止まった。


セリーナ:……もしかして、私は返済できなくなって、

セリーナ:村長に借金奴隷として売られて……そのまま、奴隷として死んでいたんですか?


どうする……真実を話すべきか?


いや、世の中には、知らないほうがいいこともある………。


セリーナ:精霊さんが黙っているということは……やっぱり、当たってますね。


「……そうですね。村長は、あなたを闇奴隷商人に売りました。途中、とある冒険者があなたを助け出そうとしましたが――戦闘の最中、あなたは村長に刺されて……亡くなりました。」


セリーナ:あの……優しかった村長が?!


「たぶん、あなたが村長の秘密を知ってしまったから、殺されたんだと思います。  でも、もう心配しなくていい。ワタシが来たから、そんな未来はもう起きません。……ワタシも、少し休みますね。」


セリーナ:あ、ご……ごめんなさい。


「いいえ、大丈夫ですよ。では、体をお返しします。ゆっくり休んでください。この部屋からは、出ないようにしてくださいね。読めるかはわかりませんが、暇つぶし用に魔導書を置いておきます。」


セリーナ:わかりました。ありがとうございます、精霊さん。


その後、俺は武器の基本4属性――火、水、風、土――のN武器の魔導書をベッドの上に並べて置いた。これで、セリーナが退屈しないように、もしこの魔導書を読めると、少しでも力をつけられると思う。


ログアウトボタンを押し、一旦リアルへと戻った。



-----------------------------------------------



精霊さんが離れ、私は自分の意思で体を動かせるようになった。


気持ちはすごく複雑なのに、それでも空腹感はしっかりあって、精霊さんが用意してくれた“らーめん”をフォークで食べる。


熱々で、美味しい。


スープまで飲み干してしまった。


昼の時と同じように、食べ終えた器はそのまま消えてしまった。……やっぱり、精霊さんの力って不思議。


食後、教えてもらった通りに浴槽の蛇口をひねって、お湯を溜める。


人生で初めて、こんな贅沢なお風呂を体験する。こんなにたくさんのお湯を使えるなんて、きっと本当の金持ちしかできないことだ。


湯船に浸かると、じんわりと温かさが広がる。


気持ちいい……。


“ボディソープのポンプ”というものを押すと、液体が出てきて、それを体に塗ると泡がたくさん出てきて……これは花の香?いい匂い。


髪は“シャンプー”の方を使うらしい。意味はよくわからないけど、教えられた通りに髪を洗ってみる。


……え?!浴槽の水が灰色に?!


うそ……私、こんなに汚れてたの?


慌てて排水口を開けて水を流す。水は床に流れることなく、どこかに消えていった。


もう一度お湯を溜め直して、湯船に浸かったまま、くだらないことを考え始める。


精霊さんなのに、精霊石を作って売ってもいいのかな……それに、精霊さんは一体どこに帰ったんだろう。やっぱり精霊界?


そんなことより、まさか私の未来が村長に殺されるなんて……借金を返済したら、私はもうあの村から離れるって決めた。起きていない未来のことをずっと考えても、時間の無駄だわ。


あ、そういえば……さっき家の周りにいた怪しい人たちって、誰だったんだろう。もしかして、本当に精霊さんが言ってた通り、ヤークさんの手下?


少しフラフラしてきた。そろそろ出よう。


お風呂を終えて部屋に戻ると、精霊さんはまだ戻っていなかった。


暇つぶしに、精霊さんが置いてくれた魔導書を読み始める。


字は意外と難しくなく、私にも読める、そこには、基本の魔法の使い方が書かれていた。


でも、書かれている内容と、私や精霊さんが使っていた魔法は少し違う。呪文の詠唱が必要だと書いてあるけど……私も、念じるだけで初級の水玉くらいなら出せるよ。


とりあえず、一応勉強してみよう。



-----------------------------------------------



俺はリアルに戻った。


ほぼ丸一日、セリーナとして過ごしていたせいか、自分の体に少し違和感がある。……俺の身長って、こんなに高かったっけ。


ヘッドギアを外し、時計を確認する。夜の7時。


ふむ、お風呂のあとに夕飯にしよう。


シャワーを浴びて、簡単な夕飯を作る。攻略サイトを見ながら食べる。


もう一度、ナイジェリアの森中心部のデイリーボスと、その隣のダンジョンの情報を確認しておく。



夜の9時。


俺は再び、セレアグの世界へログインした。


ログイン直後、目に入ったのは見慣れない文字。どうやらセリーナは、置いてきた魔導書を読んでいたらしい。


そして、いい匂いがする。


体の感覚で分かる――彼女はすっかりスッキリしている。ちゃんとお風呂に入ったんだな。……いい子だ。


セリーナ:おかえりなさい、精霊さん。


「ただいま、セリーナ。」


魔導書をベッドに置き、宿の人にバレる前に浴槽を回収する。


ただ、セリーナの髪はまだ濡れている。


試しに、初級風魔法を一番弱い威力で、外の空に向かって発動してみる。


そよ風が吹いた。


熱はないが、それだけでもドライヤー代わりになる。ただ、使い続けると魔力が少しずつ消耗していく。……まあいい。魔法を使えば、魔法スキルの経験値になる。


セリーナ:風?……これは風の魔法ですか?!

セリーナ:私も風魔法、使えるんですか?!


「そうですよ。これは、濡れた髪を乾かすための風魔法です。今のセリーナなら、基本の4大属性――火、水、風、土――に加えて、解毒と回復魔法も使えますよ。」


セリーナ:回復魔法もですか?!

セリーナ:それなら……金を稼ぐ方法が増えましたね!


「今の感覚を覚えてください。恐らく、同じイメージをするだけで、すぐに使えるようになります。

ただ、回復魔法はワタシも使ったことがないので……今は何とも言えません。」


セリーナ:なるほど、わかりました。



セリーナ:あの…精霊さん、借金のことですが……その“利子”って、なんですか?


「そう……だね。簡単に言うと、利子は村長が貸したお金に対して、借りた側が支払う“対価”のことです。」


セリーナ:そうなんですね……

セリーナ:でも、その利子の額がわからない時点で、

セリーナ:それも返済しない限り、自由には動けないってことですよね。


「そう……ですね。今のところ、利子がどれくらいかは不明です。だから、来週の土曜日までに、資金は多めに確保しておいた方がいい。」


チャット欄に返事はない。


セリーナは、明らかに落ち込んでいる。ここは――強引にでも、話題を変えるしかない。


「心配しないで。ワタシが来たからには、精霊石を作って、それを売れば大金をすぐに手に入れられるよ。」


セリーナ:そ、そうですね……ありがとうございます。

セリーナ:精霊石をたくさん作って、たくさん売れば、すぐに返済できますね!


「あ〜、たくさん売るのはしないけどね。精霊石の基本効果は“MP上限を100ポイントアップ”だけの安価なものだから、数を作っても売り切れないと思う。」


セリーナ:え?でも、精霊さんがさっき素材をたくさん買ってましたよね?

セリーナ:その量なら、5個は作れるんじゃ……


「そうですね。でも、ワタシはその5個を“1つ”にまとめて、レアものとして売るつもりです。」


これは、多くのゲームにある“突破”システム。同じ素材で精霊石を4回強化――つまり“完凸”すると、MPの上限は100から250に上がり、INTも0から40にアップする。


Rランク装備だから、上昇値は“実数値”であって、%ではない。俺の今のMP上限はすでに1000を超えているが、そこからさらに250増えるなら、十分に嬉しい。低レベルの今では、%よりも“実数値”のほうが価値がある。


セリーナ:なるほど……レアものなら、更に高く売れるんですね。


「そういうこと。来週の返済日まで、まだ時間はある。このまま精霊石と素材を大量に売ると、市場に大きな影響が出る。偉い人たちに目をつけられたら、面倒なことになるからね。――だから、レアものを作ってるのは、そういう事情もあるってわけ。」


そう言いながら、俺は簡易製作台を出し、製作メニューを開く。


そして――完凸済みの精霊石を、ひとつだけ製作した。



セリーナ:ふぁ〜ん……あ、ごめんなさい。


「もう遅いよ。今日はそのまま寝ていいよ。ワタシは、もう少しだけやることがあるから。」


セリーナ:だめです!

セリーナ:なんでもかんでも精霊さんに押し付けてるみたいで……!


責任感、強いなぁ……


セリーナは何か手伝いたくて仕方ない様子だ。正直、それは助かる。でもこのままだと、彼女は夜遅くまで付き合う気だ。


「いいえ、セリーナにはちゃんと“仕事”がありますよ。明日、精霊石を売ったあと――ナイジェリアの森の中心部に向かいます。」


セリーナ:どうしてですか?


「あなたに、戦闘に慣れてもらうためです。」


セリーナ:“アリス”として行動するため……ですか?


「それもあるけど、実際あなたには、すでに力がある。でも、どう使うか、どんな力があるかは、まだわからないよね。」


セリーナ:はい……


「だから、明日の午後は森の中心部のダンジョンで金策と攻略をする予定です。素材を集めながら、あなたに力の使い方を教えます。“アリス”ではなく、“セリーナ”自身の安全のために、あなたの専用の装備も作るつもりです。」


セリーナ:えっと……想像はできませんが、私、頑張ります。


「それと、回復魔法をたくさん使って、次の上位回復魔法や、戦闘時のHP自動回復の魔法も……あ、コホン。とにかく、ワタシは平日の夜と、土日しか来られないので、普段はセリーナが頑張らないとダメですよ。」


セリーナ:え?!平日は精霊さん、来ないんですか?


「ワタシ、平日は他の仕事があるから、こっちには来られない。だから、セリーナはもう寝なさい。明日は、教えることがたくさんあるからね。」


「それに、ワタシも精霊石や他のアイテムを作ったら寝る予定です。明日はできれば早めにログ……ここに来ますが、もし朝起きてワタシがまだ来ていなかったら、借金のことは気にしなくていい、下の食堂で朝ごはんを食べてください。」


セリーナ:わ、わかりました。

セリーナ:戦闘は苦手ですが……頑張ります。

セリーナ:では、お先に休みます。おやすみなさい。


「はい、おやすみなさい。」



完凸精霊石――魔法攻撃ダメージを上げる追加サブステータス付き――が完成した。


軽くセリーナを呼んでみたが、チャット欄には何の反応もない。……彼女はもう寝たようだ。


では――金のために、後半戦を始めようか。

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