- Ⅷ.浮澱
⚠️本シリーズには実際に実在しているイベントやメーカー名、名称や”アイコン”、データなどが出てきますが、フレーバーとしての使用であり、全てが完全なる架空の産物であり、何ひとつとして真実や正しいところはありません。
⚠️また特別は団体、性別、国籍、個人などを指して、差別、攻撃、貶める意図もありません。
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各自の自己責任でお読みください。
当方は読んだ方に沸いた各感情ついて責任を負いません。
全ての文章、画像、構成の転記転載禁止です。
誤字脱字は見つけ次第修正します。
ご指摘・ご意見・リクエスト等は受け取りません。
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あくまで趣味で書いているので、できるだけ辻褄は合わせますが、
後半になってつじつまが合わなくなったり、
内容が変わったりすることもあります。
諸々御了承ください。
1.
「・・・・・てめぇ、のん気に・・・・いい度胸だナァ」
男は、ベッドの横に、腕組みをして、仁王立ちで立っていた。
彼は、とてもイライラした様子で、ベッドの上を睨んでいる。
その男は、25,6歳くらいの、短い銀髪を、ツンツン立たせて、
精悍な顔つき、小柄だが、体格のよい体つきをしていた。
意志の強そうな、鋭い眼光には、オリーブグリーンの瞳がはまっている。
眉に銀のピアスを付けて、耳にも三つずつ、銀色のピアスが光っていて、
首筋には、トライバル柄のタトゥーが、彫りこまれている。
一見すると、強面のチンピラのようだった。
「おいコラ・・・・無視か・・・・?」
ベッドの上には、大きな白い固まりがある。
それは、しばらくもぞもぞと動き、やがて、顔を出した。
眠くて瞼が開かないのか、眩しくて目が開けられないのか、
目を閉じたまま、声のした方に顔を向ける。
「エリック!!てめぇ、何時だと思ってんだこのヤロウが!!」
チンピラ風銀髪男は、低い声で、ガラガラと喉を鳴らしながら、
怒号をあげている。
「んん・・・・・、」
「てめぇ、いい加減目を開けろボケがぁ!!」
それでも目を開けようとしないエリックに、彼は業を煮やしたのか、
エリックがくるまっているシーツをはがしにかかる。
「いい加減起き、!!」
「・・・・ッ、アッ!」
勢いよくシーツを引っ張ると、なにを慌てたのかエリックが飛び起き、
顔を赤くしながらシーツをかき集めて、カラダを隠そうとする。
「・・・・ッ、」
「・・・・・”マッパ”か・・・・」
エリックは赤面したまま、睨む。
睨まれた方は、嫌そうに顔を歪めた。
「・・・・・・ヤりすぎか・・・・?」
「・・・・んなワケないだろ・・・・」
「・・・・・じゃあ、”掘られた”のか?」
「・・・・・ランドル、」
恨めしそうに睨むエリックに、”ランドル”と呼ばれた男は、
ニヤリ、と笑った。
「・・・・・”抜き”すぎか・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・”お盛ん”だな」
阿呆のようにあんぐりと口を開け、固まったエリックに、
わざとらしく、やれやれ、とランドルは、首を振る。
ランドル――ランドル・ウォルター。
彼はエリックの、主に”芸能活動”に関するスケジュールを
管理している、いわばマネージャーだった。
「”恥らう”のも結構だがな、時間が無いから早くシャワー浴びろ」
ひとしきり、エリックをニヤニヤしながら眺めて、
時計の時間を見て、我に帰ったのか、表情を正して、
エリックをベッドから叩き出した。
「・・・・服は、出しといてやるから。朝食も、用意してあるぞ」
「わ、悪い・・・・」
ランドルが真面目な表情になったのを見て、
慌ててエリックはベッドを抜け出す。
ランドルは、部屋のクローゼットから、服を引っ張り出して、
ベッドの上に並べていく。
「・・・・まったく、本社に行く日くらい、自分で起きろよな・・・・」
小さく悪態をつきながら、「まぁ仕方ないか」と思った。
昨日の、『Vanity NY』のレセプションパーティーの”お付き合い”で、
ホテルに戻ってきたのは、日付を超えていた。
酒は、シャンパン、ワイン、カクテル、といった具合に、
ガバガバ飲む羽目になる。
『Tim Delix』で、出会うまえの、彼の印象は、あまり良くなかった。
来る前までだいぶ、破滅的な生活を送っていたことは、
なんとなく噂であったからだった。
「パーティーアニマル」で、「誘惑」に弱く、基本的に「誰とでも寝れる」。
ドラッグも、シガーもいける。
出会ったときの、最初の印象は、なんて「冷めた」男だと感じていた。
何をしても、笑っていても、その奥底には、誰も入れてもらえない。
微笑みを浮かべていても、どこか、その瞳の奥には、冷たさがあった。
(・・・・その頃よりは、まだましか・・・・)
ランドルは、苦笑いを浮かべて、シャワールームのある方向を見た。
今は、ドラッグも、シガーも吸わない。パーティで乱れることもない。
『Tim Delix』という”職場”は、彼に”合っていた”んだろう、と彼は思う。
実際、自分も”そう”だった。
他のDCブランドがどうなっているのか、実は知らなかったが、
『Tim Delix』のスタッフの、”雇用形態”は、他とは若干異なっていたから。
「い、今何時だ?!」
物思いに耽っていると、エリックが慌てて駆け込んでくる。
バスローブを纏い、タオル地のルームシューズを足につっかけている。
「・・・・・あと、10分だな・・・・」
冷静に時間を告げると、エリックが「うわぁ」と、
いっそう焦った声を上げる。
「や、やばい・・・・ノムに怒られる・・・・ッ!!」
「・・・・かもな」
”ノム”とは、『Tim Delix』の”凄腕”マーチャンダイザー、野村和彦のことだ。
時間に厳しい”堅物”で、市場を読む能力に長けていて、『TD』の
”企画戦略ブレーン”といってもよかった。
ランドルは、よろけながらも、てきぱきと服を着ていくエリックに、
「さすがモデルだ」と、関心しながら、隙を見て、エリックの口に
「海苔巻おにぎり」を突っ込む。
「シャケのおにぎり」が、エリックのマイブーム、というのは、
実は、ランドルしか知らない。
いい頃合に、携帯でタクシーをホテルの前に呼び、
慌しく部屋から飛び出すエリックの後を追う。
彼らは、本日は”本社”に”出向”の日だった。
2.
カチカチ、とキーを叩く音が、不規則に、しかし、規則的に響く。
女の細い指が、迷いなくキーを叩いている。
「アキ・・・・どう・・・・?」
彼女の背後から、カップを二つ持ったレナが、姿を現す。
そこは、アキ――永井亜紀の部屋だった。
殺風景な部屋だった。
けれど、レナには、ケーブルで覆われた部屋に見えた。
パソコンの機器が配置されており、その全てが、ケーブルで繋がっている。
機械には疎いレナには、どうなっているのか、よくわからない。
”女の子の部屋”というより、”男オタク”の部屋を連想させた。
(こんなに、美人なのにねぇ・・・・)
と、レナの”例”のパソコンに向かって、真剣な顔をしている
アキの顔を眺める。
赤みがかったストレートボブの髪、切れ長の目元。
通った鼻筋、きりりとした眉。薔薇色の頬。
顔は小さく、細い顎。
首は細く、白い首筋は、どこか色っぽい。
スレンダーでも、胸はあって、ウエストは細い。
(・・・・でもちょっと”ミーハ―”なのが、玉にキズなのかも・・・)
自分もそうだったクセに、レナはアキを眺めた。
実際、”ミーハ―”なのは、レナの方だった。
アキは、ただの”噂好き”である。
「・・・・・見とれてる?」
「え?!」
「・・・・フフ、冗談のつもりだったんだけど、本気なのかしら?」
「あ・・・えーっと・・・・そうね、」
「なに?」
「・・・・・・」
とっさの切り替えしには、慣れていないレナは、思わず思考が停止してしまう。
アキは、「アンタって、相変わらず、この手の突っ込みには弱いわね」と、苦笑いを
浮かべた。
「・・・・・悪かったわね」
「・・・まぁ、いいとして、あ、”リカバリーCD”出しておいて」
「え・・・・・うん、」
と、アキに促されるまま、PC用のカバンから、リカバリーCDを取り出して、
彼女に手渡した。
それは主に、パソコンが、何らかの原因で、問題を起こした時に、
パソコンの本体の内容をリセットする際に、使われる。
また、 外部から、暫定的にファイルを呼び出したり、
外部から、内部の機能のチェックをすることもできる。
「ど・・・・どうなの・・・・?」
そのCDを、ディスクドライバーに挿れるのを見ながら、
レナは不安そうに、アキに聞く。
「・・・・そうねぇ。”ウィルス”かもねぇ・・・・・」
「そ、そうなの・・・・?」
「まぁ、言うこと聞かないみたいだから、強制的に言うことを聞かせるまでね」
どうするのか、予想もつかないレナは、アキに、コーヒーの入った、
マグカップを差し出しながら、「へ、へぇ・・・・」と、曖昧な声を出す。
中に入っているコーヒーは、まだ熱く、取っ手を持っていないと、
ヤケドしてしまいそうだった。
かれこれ1時間半、アキは、そのパソコンを触っていた。
最初は、起動ボタンを何度押しても、やっぱり起動しようとしないパソコンと、
格闘すること1時間、やっと起動させたと思ったら、
案の定、全てのファイルが”消されて”いたことがわかった。
今、アキの話では、本体を”動かしている”、”スクリプト”を探している、
ということだった。
なんのことやら?レナを尻目に、アキは食い入るように画面を見つめている。
淡く発光している、黒い画面に、白い文字がびっしり並び、
彼女が画面をスクロールするたびに、チラチラと瞬いているように見える。
アキの言う、”スクリプト”の言語のベースになっているのは、
”英語”のようだった。レナは、機械には疎いが、英語に関しては、
自信があった。
スクリプトは、基本的に「このキーが押されたときは、こうなる」というような
書かれ方をしていた。
つまり
「”A”というキーが押されたときは、画面に”a”と表示する」
と言った具合である。
もし、部屋に現れた、”あのエリック”と、このパソコンとが、関連していたら、
どんなスクリプトが書かれているんだろう。とレナは思った。
レナの「Teo2000」の起動と共に、現れた「姿はエリックだが、”ヒト”ではないもの」。
手の中のマグカップを握ると、掌全体に、中の液体の持つ熱が伝わった。
「・・・・・これ、かしら・・・・」
アキが、キーを打つ手を止める。
彼女が凝視する先を、レナも見た。
「”Eric”ってあるわ・・・・」
「え・・・・?」
どきん。心臓が鳴った。
一瞬呼吸困難になった。
「この、”Log In Code”ってなにかしら・・・・」
アキは、小首をかしげながら、ひとりごちる。
「・・・・”何”に、”Log in”するのかしら・・・・ねぇ、」
「えっ」
唐突に振り向かれて、レナは、どきりとする。
とっさに胸の辺りを押さえて、アキの顔を覗き込む。
彼女に、やましいところがあるわけじゃないのに、
じわじわと、黒い罪悪感に、浸食されていくような感覚に襲われる。
「・・・・レナ、”Eric”で、心当たりは?」
「・・・・え、エリック・・・・エヴァンス・・・?」
「・・・まぁ、やっぱりそうよね・・・アンタ相当好きだったもんね・・・」
「・・・・・」
アキは、ニヤリ、と口の端に笑みを浮かべた。
彼女は、”知っている”のだ。レナの、秘密を。
――エリック、かっこいいのぉ~vv
――アンタ、好きねぇ・・・
――あの瞳、溶けちゃう~vv
――・・・・ハイハイ、
今でこそ、そんな素振りはしなくなったが、”昔”は、彼女も”若かった”。
一時、その名のモデルに、相当”入れ込ん”でいた、彼女の過去を、
アキは唯一、知っている。
レナの”消したい過去 トップ5”に入る出来事。
「・・・・”Log In Code”ねぇ・・・・」
「・・・・」
「・・・・レナ、アンタの誕生日は?」
「・・・・え、何ソレ、何でよ」
「・・・・ログインコードよ、ログインする為の暗号」
「・・・・銀行の暗証番号じゃあるまいし・・・そんな簡単に・・・・」
「つべこべ言わない!」
「・・・・4月24日・・・・・」
レナは、アキの迫力に負け、素直に教えると、
アキは素早く、「0424」とキーを叩き、
「・・・・・あ、やっぱダメだった」と、一言のたまった。
レナも思わず、「当たり前よ・・・・」とつぶやいてしまった。
その後も、色々試したが、ついにはネタがつきてしまった。
「・・・・・ダメね・・・
ま、確かに機械的に並べたコードの方が、”見破られ”ないもんね・・・・」
と、もっともらしく答えた。
レナの誕生日に始まって、生年月日、PCの購入日、公式発表されている、
エリックの誕生日から、生年月日などなどを試したが、どれも”そう”ではなかった。
レナの手が、温くなりつつある、コーヒーの熱を感じた。
「・・・・こうなったら、”クラッカー”を試すしかないかしらね・・・」
アキの意味深な笑みに、レナは、「な、なによそれ」と答える。
アキは、「乱暴なやり方だけどね」と付け加えて、ディスクケースから、
一枚のディスクを取り出す。
鈍い光を放つディスク面を眺めながら、よくわからないながらも、
レナは、「きっと凄いものに違いない」ことだけは、わかった。
ごく。と喉をならして、アキの動作を見守る。
ディスクは、音もなくアキのパソコンの、ドライバーに吸い込まれていく。
アキは、自分のパソコンのキーボードをしばらく叩いていた。
カチカチ、と無機質な音が響く。
ヴ、ヴヴ・・・・
突然、レナのパソコンに挿してあったカード型のモデムが、反応を示した。
それは小さな音を立てたかと思うと、「回線」と書かれたランプが、
突如点滅し出した。
[回線接続 データを読み込んでいます]
レナのパソコンの、真っ黒い画面に、白い文字が次々現れては、
文字が上にスクロールしていく。
レナは、驚きながら、自分のパソコンのモニタを凝視した。
[データ受信中 ソフトを開きます]
ヴヴ、ヴヴヴ・・・・・・
さっきまで、何を押しても、全く反応を示さなかったパソコンが、
嘘のように、激しい反応を見せている。
「・・・・・これで、いいわ」
アキはレナのパソコンの画面を覗き込み、状況を確認すると、
ニヤリ、と笑った。
やはりレナには、なんのことか、わからない。
「な・・・なにを、したの・・・?」
「あぁ、つまりね、内側からどうにかできないなら、
外部から、強制的にこじ開けようって、ことよ」
「り、リカバリーCDは、役にたたなかった、ってこと?」
「まぁ、そうね。・・・アレは、本体の中枢が”正常”であることが前提、
って感じだもん。 アンタのパソコンの状態は、アンタのパソコンの
キーボードからの打ったコマンドは、全く受け付けていないみたいだったから」
「・・・・・そ、そう・・・」
わかった顔はしてみたものの、レナには、
「やはり理解できない世界だわ」と、思った。
「・・・コレ、逝っちゃってもいいんでしょ?」
「う、うん・・・・それには、もう期待してないわ」
「そ、一応確認しておかないとね」
「・・・・はぁ、」
アキが、レナのパソコンに送ったデータは、今出回っている
ウィルスソフトを改造したもの、と彼女は言った。
一般的に”スパイソフト”と、言われているものだ。
外部から、特定のパソコンに侵入し、そのパソコンから、
必要情報を盗む、というものだった。
「・・・まぁ、OSが多少変異しているけど、ベースはZAP社の、
元のOSを使っているみたいだから、なんとかなるかも」
「オーエス・・・・」
「パソコンの”脳”の部分って感じかしらね」
「ふ、ふぅん・・・」
いくら考えても、アキの言っていることが半分も理解できていないレナを
尻目に、アキは嬉々としてた。
「これでようやく”中枢”のスクリプトを読める」と。
カチカチ、とアキの指先が、キーボードの上を軽やかに舞う。
キーボードをたたいている間、彼女はずっと画面を凝視している。
つまり”ブラインドタッチ”しているのだ。
カチッ、
アキの手が止まった。
彼女の眼球に、スクリプトの文字が映りこんでいる。
「これね・・・・」
カチッ、と、彼女の指先が「Enter」キーを押した。
画面が、突如切り替わった。
[Code?:_ ]
現れたウィンドウにそう書かれていた。「_」が点滅して、
コード(暗号)の入力を催促している。
アキは、さっき見せたような表情はしていなかった。
レナのパソコンのキーボードから手を離し、
自分のパソコンのマウスを動かした。
ポーン、と音を立てて、小さなウィンドウが開いた。
それは、レナのパソコンの、今”表示”されている光景だった。
「・・・・これ・・・・」
レナは、思わず声を上げた。
アキは、したり顔で「これが”スパイソフト”の威力よ」と言った。
「アンタのパソコンが廃盤になったのは、独自のOSを使っていて、
他のソフトとの互換性が悪かったこともあるんだけど・・・・」
そこで、アキは、パソコンデスクの上に置かれた、カップから、
コーヒーをひと口飲んだ。
「知られてないけど、意外に、外部からの”攻撃”には、”軟弱”だったの。
だから、パソコンに詳しい人は、すぐ別機種に乗り換えたりしたみたね」
「でもね」とアキは続ける。
「安価で、デザインもよかったために、凄く売れたの。
当時はさホラ、メールやっている人って珍しかったでしょ?
だから買い手にしてみれば、、安くてデザインがいいものだったら、
間違いなく飛びつくものでしょ? ・・・まぁ、ZAP社も最初は、
そんな欠陥があるなんて思わなかったんだろうしね、」
「・・・・そうなの・・・・」
レナがひとしきり、感心していると、アキは「まだまだよ」と言う。
アキは、自分のパソコンの画面に表示されている、小さなウィンドウの、
レナのパソコンが今表示している、「Code?:_」の、点滅している部分に、
マウスでカーソルを合わせ、何事かキーを打ち込んだ。
ヴヴッ、
画面が動いた。「_」と表示された箇所に「*」が八桁並んだ。
「Code」が入力されたのだ。
しかし、レナのパソコンには、誰も一切触れていない。
彼女のパソコンの画面は、勝手にスクロールしている。
[Log In Successfull (ログイン成功)]
最後にそう、表示した。
「入ったわ」
アキは、にんまりと微笑む。
「これで、どうなっているかわかるわよ」と、
レナが見たこと無い顔だった。
「・・・・あ、これね・・・・」
どこか凶器じみているが嬉々としているアキは、コーヒーを飲み飲み、
カチカチと、またキーを、アキのパソコンから、レナのパソコンに対して、
打ち込んでいる。
ほぼ”置き去り状態”のレナは、カップから、ぬるくなったコーヒーを、口に入れた。
「来たわ!」
アキは、レナを振り返り、画面を指した。
そして、彼女は、また別のソフトを立ち上げた。
どうやら画像を暗号化、複合化するもののようだった。
「これ、ここに出ている暗号、なんか画像みたいなの
だから、デコードしてみるわね!・・・フフなにが出てくるのかしら・・・」
アキは得意げに、もう冷たくなったコーヒーを、ひと口飲んだ。
パソコンに表示されている文字や画像は、
すべてC言語や、「記号」で、表現することができる。
つまり、画像は、ある一定の決まりをもった「文字」の集合体で、
全て表現することができるのだ。
例えば、メールでファイルを送信する際、「データを送る」というが、
この場合の「データ」は、「ある文字列」に変換され、送られている。
送られてきたデータを、ダウンロードする際には、これらの
「文字化」された「符号」を「解析」し、元の形に「復元」するのである。
”デコード”は、つまり「あるデータ」を、元あったように「復元」する作業である。
「・・・・・・うーん、何かしら」
アキは、マグカップを口元に持っていきながら、
自分のパソコンに表示した、暗号化された画像データを、
「復元」している、ウィンドウを、見た。
「新規」と書かれたウィンドウの中に、なにかの「形」が形成されようとしていた。
「・・・・・あ、し・・・・?」
(―――あ、”足”?!)
レナは、アキの見つめる画面を覗き込みながら、
今アキが、つぶやいた言葉に、”ある光景”が、フラッシュバックした。
――レナ・・・・”また”会ったね・・・・
カラダ全体から、淡い光を放って、逆光なはずなのに、
色の白さまで、わかるようだった、あの、美しい姿。
落ち着いたトーンの、甘い声――。
姿を思い出すだけで、その声を完璧に思い出せてしまう。
カラダの輪郭が、白く光って、
今思い返すと、あれはまるで、「天使」のようだった、と
そう思った。
(――あの時、)
レナのパソコンが、突如起動し、そして目の端に見えたのは、
「白い足」だった。
正確には、「白い骨ばった足の甲」。
「!!」
アキのパソコンの画面の中で、徐々に形成されている画像に、
レナは、息を飲んだ。
それは、”あの時”と同じだった。
画面の中の”彼”は、足先から、その姿を現し、
下位から色の粒子が蓄積しながら、上方に向かって、「形」を成していく。
「・・・・・・エリック、・・・・」
思わず、つぶやいた。
アキは、その声に振り返って、驚愕のあまり動きをとめたレナを見上げた。
画面の中の、そのウィンドウの中に、”エリック”がいた。
レナの元に現れるエリックと、その姿は「同じ」だった。
裸足の素足に、デニムジーンズ、白いTシャツを着て、肌は少し日に焼けている。
印象的なカーリーヘアの短いブロンド、薔薇色の頬、ピンク色の唇。
有無を言わさず、視線を吸いつけてしまう、蟲惑的な、熱っぽい碧眼。
「・・・・・まさか、そんな・・・・」
大きく見開いた目の端が、赤く色づき、わずかに瞳が潤んだ。
口元を、手で覆っていた。
心臓の音が、ドキンドキンと耳管を振動させる。
血の気が、引いていく。
「・・・・・レナ、」
アキは、トーンを落とした声を出した。
彼女は、もうひとつ見つけたのだ。
異常な、文字列を。
「アンタが、驚くのは、まだ早いかもしれないわね・・・・」
「・・・・・?」
アキは、レナのパソコンの画面を横目で、一瞥すると、
自分のパソコンのモニタを、見つめ、「暗号解読」のソフトを立ち上げた。
これらはすべて、”お遊び”のつもりで、彼女が持っていたものだった。
このソフトは、例えば手紙の内容を、このソフトを持っている、
”当人たちで秘密のやりとり”できるように、という「お遊び系」のソフトだった。
とても単純なソフトだが、単純なスクリプトで出来ているだけに、
これが意外に、ものすごい威力を発揮することがあるのだ。
「ーーーーーッ!!」
レナのパソコンを動かしている”スクリプト”の、
アキが見つけた”異常なスクリプト”が、アキのパソコン上で解読された。
レナは思わず、声にならない悲鳴をあげた。
ヒュッ、と恐怖のあまり、喉が鳴った。
ガタン、彼女が持っていた、空のマグカップが床に、
派手な音を立ててころがった。
その音に、ビクリ、と肩を揺らして、
慌ててカップを拾いしゃがみ込んだ、その体勢から、
アキのパソコンの画面を見た。
[RENA]
そう確かに読めた。
アキがとり憑かれたような表情で、
マウスをカチカチ、動かしているのが、見えた。
――そして、
[ I Want RENA_ I Want RENA_ I Want RENA_ I Want RENA_
I Want RENA_ I Want RENA_ I Want RENA_ I Want RENA_
I Want RENA_ I Want RENA_ I Want RENA_ I Want RENA_...]
そう、ウィンドウの中一面に、表示されていた。
まるで、狂った人間が、狂ったように打ち込んだ画面。
異常だった。
画面が、その「I Want RENA_(レナが欲しい)」に侵されている。
どれほどスクロールしても、それは、続いていた。
彼女の、凍りついた瞳に、画面上の文字が映りこんでいる。
そのあまりの”異常さ”に、今にも、精神が冒されて、
腐食してしまいそうだった。
そうして、決定的なものを見てしまった。
[ RENA is Mine....(レナはワタシのモノだ) ]
全身の感覚が、冷えていく。
背筋が、氷のように冷たかった。
話自体は2000年ごろに書いたものなので、技術が古いです。
実際のデータ、名称などを使っていても、全て架空物であり、真実はありません。