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In Digital  作者: ハルミネ
8/15

- Ⅶ.泥濁 ⚠

⚠️本シリーズには実際に実在しているイベントやメーカー名、名称や”アイコン”、データなどが出てきますが、フレーバーとしての使用であり、全てが完全なる架空の産物であり、何ひとつとして真実や正しいところはありません。

⚠️また特別は団体、性別、国籍、個人などを指して、差別、攻撃、貶める意図もありません。

-----------------

各自の自己責任でお読みください。

当方は読んだ方に沸いた各感情ついて責任を負いません。

全ての文章、画像、構成の転記転載禁止です。

誤字脱字は見つけ次第修正します。

ご指摘・ご意見・リクエスト等は受け取りません。

-------------------------

あくまで趣味で書いているので、できるだけ辻褄は合わせますが、

後半になってつじつまが合わなくなったり、

内容が変わったりすることもあります。

諸々御了承ください。

⚠ R15|自慰を匂わす表現を含みます。(直接的な語彙は出て来ません)

-----

1.






「―――――!」




レナは、視線の先で、視線を凍りつかせた。









足、だった・・・・。





(――足・・・・・?)





白い肌の裸足の足が、闇に包まれた空間、床から1センチくらいの位置に、

浮かんでいた。


骨ばった、”男”の足・・・。




レナは、その非現実的な光景に、固まったまま、それを見ていた。




片足は、やがて、形を下位から形成しいていくときの光景のように、

足首があらわれ、白いパンツのすそ、ひざ、指、手の甲、手首、腰、と、

徐々に”形”になっていく。


まるで、空間を引き裂いて、何かが現れる光景のようにも見えた。

ゆっくりステップを踏みながら、寝室に”彼”が現れた。



床面を、その足が確かに踏みしめているはずなのに、

”足音がない”。



ペタン、と彼女は驚きのあまり、その場に尻餅をついてしまう。

下位から、上位にむけて、”形成”されている、”誰”かの姿。



阿呆のように、口を開いたまま、ただ、”見てしまって”いた。








(・・・・・あれは、”エリック”・・・・?)




彼は、カラダ中から、淡い光を放っていた。

白に近いブロンド、輝く白い肌、血色のよさそうな唇、

絵画のように整った面立ち。顎先のラインから、なだらかに下ると、

白いTシャツが覆う、その胸板が隆起している。





完全に思考と、動きを止めてしまった彼女の前で、”彼”が、光が当たって、

オリーブブラウンに輝く長い睫毛を、ふと、開いた。


コーラルピンクの唇から、ため息がもれた。

胸板が上下する。




オリーブ色に縁取られた、目の奥に、輝石のように透明な瞳があった。

白目の部分は大理石、角膜の部分は、サファイアを抱いた

アクアマリンのようだった。




見とれてしまうほどの幻想的な姿。




彼は、辺りを見回して、そして、”彼女”を見つけた。





バチッ―――、





目の奥で火花がちったような気がした。

輝石のような瞳が、自分を”見ている”と判断した瞬間、心臓が、

どくん、と強く脈打った。




ドクン、 ドクン、




心臓が喉から出てしまいそうな、強い拍動。

息を数秒し忘れてしまったカラダが、慌てて呼吸を再開する。


過呼吸気味になって、レナは、そのまま心臓のあたりをおさえた。





視線は、外せなかった。






熱帯の海の色のような双眸に、完全に捕えられてしまった。

妖しく蛍光色に発光しているような、蟲惑的な瞳。









――レナ・・・・・・




囁きに似た声が響いた。

愛しいものを見つめるような、うっとりとした視線。




「――”また”会ったね、レナ・・・・・」




エリックは、艶然と微笑んだ。

しかし、その声は、どこか機械的で、奇妙な響きがあった。




「!!」




(・・・・じゃ、じゃぁ、”今日のアレ”って・・・・・)




エリックの”また”という語の意味を、レナはすばやく理解する。

しかし、目の前にいる”このエリック”は、一体なんなのだろう。




(・・・・どう、”なって”いるの・・・・・?)




その、目の前の光景の、”理解”に苦しむ。




「――レナ、もっと、話をしよう・・・・」




悩ましく響く、甘たるい声。

上体をかがめて、骨ばった長い指が、レナの顔に伸ばされる。

指先が、顎先を撫でて、次に唇の肉が、緩慢に押される感触を得る。


唇に触れた指が、形をなぞるように、滑る。

目と、唇を、交互に見つめられる。

レナは、青い瞳に完全に魅入られて、抗うこともできない。


そのまま顔が、近付く気配。

影になって、・・・・。















ピリリリリリリリ・・・・・・・!















「!!」



「!」




ビクッ!






突然、甲高い電子音が、辺りに響いた。



レナはカラダを痙攣させ、反射的に立ち上がる。


キスに至るまで後数センチだった寸前で、彼女は「呪縛」から開放された。

体がその音を「携帯」のコール音だと判断し、反応したのは、

「条件反射」といってもよかった。




夢中でダイニングへ向かい、さっき放り投げたカバンから、

白の携帯を乱暴に引っ張り出した。

つるりとした表面の、まるで長方形の薄い箱のようなデザインのもの。


二つ折りタイプの背面の窓に、送信者の名が点滅している。




[孝也]





一瞬戸惑い、どれを押していいのか忘れてしまった。

しかしすぐに「通話」のボタンを押す。





「・・・・・孝也・・・」




第一声は、あくまで落ち着いているように装う。

内心は、バクバクだった。



さっきの”非現実的”な”現実”を、かき消すように、

「どうかしたの?」と済ました声音を出した。




『・・・・・寝ていたか・・・?』



孝也らしい、静かな声音が聞こえてきた。

少しハスキーで、落ち着いた声。

でも、相変わらず、表情のない話し方だった。




「・・・いいえ、さっき帰ってきたから・・・」




『・・・そうか、・・・』




と、レナは、その声に、いささか落ち着きを取り戻す。

フローリングの床に、座り込んだまま、必死に小さな機械にすがりつく。

けれど、それは声には決して出さない。




”アレは幻”――。



と、言い聞かせて。




『・・・・レナ、』




そんなレナをよそに、

孝也は、そう言ってから言いにくそうに、沈黙する。




「・・・・なに・・・?」




そうして彼女は、”あること”を忘れていたことに、ふと気付いた。




――もう一度付き合わないか・・・?




あの時孝也が言ったセリフの、その答え、自分は一体なんと答えたのか。と。

問いただされるかもしれない、と彼女は思った。




『いつまでも答え待つと言ったのに、オレは・・・』



「・・・・・」




”予想外”のセリフ。

孝也は、明らかに落ち込んでいる様子だった。




「・・・・孝也、」



『・・・・キミがいない生活をして、オレは、キミが、・・・』




うめくような声音で、ぽつりぽつりと、自白していく。



『・・・ヴヴ、・・・・か、・・・思い知った・・・』



(・・・・今、なんて・・・・?)




受話器の向こうの声に、一瞬ノイズが走った。

桜木孝也の声に重なって、言葉が、掻き消えた。

電波が悪いと、入る、あのノイズ。




「・・・・・孝也・・・?」



『・・・・・レ、・・・ヴヴ、 ブーン・・・オレ、・・・ヴヴヴ・・・ァ、』



「孝也?・・・・ちょっと、ねぇ、電波が悪くて、よく聞こえないわ」




――ギィ・・・・・




「?」



しゃがみ込んだ床面を見つめていた、その目の左端に、

暗い寝室が、映っていた。

暗がりに、パソコンの画面が、青白く発光しているのがわかった。

左耳のある方向。

その背面には、蛍光灯のついたキッチンがある。




――ギィ・・・・




確かに、音がした。

床を踏みしめる音。唐突に、色濃く感じた、ヒトの気配。


ゴツ・・・・、



膝が、堅い床面に当たる音。

目をむけた先に、ウォッシュドデニムの布に覆われた、

”誰かの脚”が、見えた。



(・・・まさか”さっき”の、エリック・・・・?)



しかし、彼の姿は、視界の中には、ない。

ただ彼女が見えたのは、”誰かの太もも部分”。




「・・・・・ッ、」




レナは、目を見開いて、喉を「ひゅっ、」と鳴らした。

自分の腹部に、青白く、淡く発光しているような、骨ばった手が、

”見えてしまった”。

ふわり、と羽根に触れるような軽やかさで、両手が腹部に巻きつき、

彼女を圧迫する。




『・・・・・レナ?・・・・だぃ、ヴヴ、・・・・か・・・?・・・ブゥー・・・ン』




太い腕が、腹部を圧迫すると、背中に他人の「胸部」が触れていると、感じる。

全身を、すっぽり、誰かの腕の中に包まれている感覚。

何か、受話器に向かって、話さなきゃ、と思いながら、喉の奥が震えない。




「・・・・・・ァ、」




ぐうぅ、と全身を把握されて、声を漏らした。

レナは、背後からすっぽりと抱きすくめられている。




『・・・・レ、・・・・誰、か、・・・・いる、・・・・ヴヴヴヴ・・・・いる、のか・・・?』




「・・・・ち、が・・・・たか、」




「たかや」と言いかけて、手の甲から、誰かの手が重なった感触がして、

思わず、言葉が途切れた。

頬のあたりに、”他人の皮膚”と思われる感覚。


耳朶に、何かが触れるのがわかった。

なにか柔らかい、肉感的な感触に、挟まれた。




ピク、


レナは反射的に体を痙攣させたが、カラダは、動かせなかった。






「・・・・レナ、」



鼓膜が、ビリビリと震えた。

あまりにリアルな、音。


鬱積したものを吐き出すような、声音。

息遣いの、音。



けれど、息の当たる感触はない。



ちぐはぐな、感じ。





「・・・・レナ、・・・」





彼は、そう囁いて、耳たぶを唇で、愛おしそうに甘く噛む。




「・・・・・ァ、」




ぴく、とカラダが痙攣すると、カラダ中に、緩慢な痺れが広がっていく。

軽く鳥肌が立ったような、ピリピリした感触が、皮膚を覆う。




「・・・・Don't Call THE name, any more・・・・」




左耳に、「ボクだけ・・・」と、甘たるい響きの声が入る。

レナの右耳管が、「ゥウー・・・・・ン、」という、小さな機械音を拾った。


じわり、と後頭部に、痺れがまわっていく。




『・・・ぉ、いッ・・・レ、ナッ・・・、 ぃ、 ぉ・・・・』





右耳に当てている携帯電話の受話器から聞こえる音が、

どんどん遠くなっていく。

それに比例して、「ヴーーー・・・ン」という、ノイズの音が大きくなる。


時々、耳管が、「パリパリ」という音を拾っていたが、今の彼女の脳は、

それがなんであるのか、”認識”しようとしていないようだった。



右耳に入る、ノイズ音が、鼓膜を大きく振るわせた瞬間、

携帯を持つ手が反応し、なかば反射的に耳から離した。


それから、重なった手が、レナの耳から携帯を離し、閉じさせ、床に置かせる。



レナは、なすがままカーテンで締め切った、暗い色に染まっている窓の一点を、

見つめている。目の前の光景を”認識している”というより、

思考が停止している、目だった。


薄く、唇が開いている。



レナは、ふとカラダを動かされた。

背面の筋肉に、テンションがかかる。



顔があった。

キッチンからの光で、逆光になるはずの、その顔の輪郭が、

淡い白い光を放って、大理石から掘り出されたような滑らかな白い肌や、

白い鼻筋、淡い薔薇色の頬が、はっきり見えた。


短く、よく手入れのされたカールしている、黄金色のカールした髪、

甘いミルクブラウンに縁取られた目のふち、とその中心にはまっているのは、

輝石のように透明度の高い、サファイアを抱き込んだアクアマリンのような瞳。



”ヒト”として、”完璧な個体”と言える、姿。





「・・・ボクだけを、見て・・・・」



少し甘たるい、でも癖のない、綺麗な発音の英語。




(・・・・・エリ、ック・・・・・?)




なぜ、頭が、こんなにもぼんやりしているのか、

わからなかった。

どろん、と混濁しているような、意識だった。


ぼんやりと、彼女は、その顔を”見る”。




「・・・・あぁ、レナ・・・・・」




視線がぶつかった彼は、身悶えるように、声を搾り出して、息を吐く。

その目の縁が、わずかに赤く染まり、白い皮膚の細胞が、

赤に色づいていくのが見えた。



唐突に、掴まれた両手首を、強く引き寄せられて、

すっぽりと、「感触」に包まれた。



その刹那、 急速に、ぼんやりしていた意識が晴れた。

目に力が宿った。




「ーーーーーッや!」




レナは、不可思議な感覚の中で、身じろぎをした。


カラダ中に「自分ではないヒト」の「感触」があったが、

それには「体温」がこもっていない。

「冷たい」というわけではなく、ただ、「布」と、

それに包まれている「カラダのパーツ」だ、という「自分ではないものの皮膚感覚」。


ただ、そこに「存在」しているのが、「わかる」程度。




でも確かにそれは、「ヒト」ではないものだった。




あまりに非現実的な目の前に出来事に、レナは、半分混乱しながらも、

ここから逃れるには、どうしたらいいのか、ということに、

思考をめぐらせていた。



(・・・・・”ヒトではないもの”の、”ペース”に引き込まれるなんて・・・)



「厄介だわ」と、レナは思った。

抱き寄せられた腕の中で、レナは拳をにぎった。

ちょうど彼の肩口だった。


力を込めた。




「―――――ッ!!」





音はしなかった。


しかし、重く、皮膚が感じていた”圧力”が、消えて、

フッと、軽くなった。







「・・・・・・・・」





目を開けると、エリックの姿をしたものが、

床の上に呆然と、尻をついて座り込んでいた。


その顔が、「どうして・・・」と、色濃い困惑の色を貼り付けている。




「・・・・・レ、」



[バッテリーが残り少なくなりました]




「・・・・?!」




突然、響いた電子音交じりの女の声に、

レナに、近寄ろうと手を伸ばしかけたエリックが、

はじかれたように、寝室の方を振り返った。


レナがつられて、彼の視線の先を見た。

そこには、闇の中に青白く煌々と光る、パソコンのモニタがあった。




(・・・・あれが、なんだというのかしら・・・)




エリックが、ハッとしたように、レナの顔を見た。

何か、秘密がバレてしまった時の顔のように、顔を引きつらせている。




ヴヴヴ、



寝室のパソコンが、ノイズ音を発した。



「・・・・・ぅうッ、」



目の前のエリックが、苦しげにうめく。

掌で顔を覆い、歯噛みをした。

その瞬間、わずかにその姿に、”歪み”が生じた。


まるで、電波状態の悪い衛星放送を見ているようだった。




キュィン、



「ーーーーーァッ!」




小さな音がした直後、一層顔を歪めたエリックの姿が、




(・・・・き、消えた・・・・?)




レナの見ている前で、掻き消えた。

彼の姿は、どこにもなかった。



彼の姿が消えた後には、いつもの自分の部屋の、

玄関に続く廊下があった。

呆然と、その天井と壁の堺を眺めていた。



エリックの顔のあった場所。



阿呆のようにレナは、指先を伸ばしてみたが、

やはり、なにもない。なにも、指先に触れない。




(・・・・な、なん、だったの、かしら・・・・)




ゆるゆると、エリックが、見た視線の先に目をむけてみる。

ただ暗闇があっただけだった。

もう先ほどのような、モニタ画面が発する長方形の光は、今は見えなかった。

けれど、寝室の闇の中に、うっすら、その輪郭は、認められた。


薄型のノートブックPC。

もはや、廃盤になってしまったために、量販店にも売り出していないだろう。

ZAP社製の「Teo2000」という、パソコン。











2.






煌々と室内灯が部屋を照らし出していた。

ベッドの上のリネンの白が、反射して、室内が白く見える。


遮光カーテンでぴったりと、ふさがれた窓の外には、

闇に、ぼうっと浮かび上がる、妖しい街の明かりが、星空のように見えた。



そこは、ホテルのセミスウィートルーム。

広さがあるものの、重苦しい静けさが漂っていた。



濃厚な花の香りの漂う室内に、彼は、一人きりだった。

緩めたボウタイに、白いワイシャツ、ブラックスーツのスラックスを着たまま、

ベッドの上に横たわっていた。


薄い茶色の睫毛はぴったりと、閉じられたままで、

陶磁器のような肌には、血が通っていないようで、生気が感じられなかった。


それはまるで、服を着せられた、美術館で見る大理石の彫像のよう。

彼の体の横には、パソコンが置いてあった。電源はコンセントと繋がっている。


そのモニタ画面には、電源がついていないようで、真っ黒だった。

そして、モニタの裏には、「Teo2000」というロゴが、入っていた。





「ーーーーーんッ!」





ビクッ、と、その体が突然痙攣した。

今まで、抜け殻のようだった体に、魂が宿ったような光景。


長い睫毛の瞼が、持ち上がった。

魅惑的な水色の瞳が、世界を見た。



どこかうっとりと、潤んだ瞳に、”意志”が宿って、”ヒト”になっていく。

混濁していた意識が、はっきりとしていくようだった。




「・・・・・ハぁっ、」




彼は身をよじり、熱っぽく息を吐いた。

頭は、まだじんわりと痺れて、若干ぼんやりと、していた。


朝のまどろみに似た感覚。




彼は体をよじって、手をその腰にもぐりこませた。

白いシャツがめくれて、素肌が、ベッドのシーツに触れている。

けれど、彼は、それとは異なる「感触」を、”もうひとつ”持っていた。


それは、”なにか”が、肌に”突き立てられてめり込んでいる”という感触。

仰向けになると、その異物が、背骨に突き刺さるような感じがして、

少し”居心地が悪い”のだ。


別に痛くはない。





その感じには、彼はもう別に驚いてもいなかった。

それはもう”いつものこと”だったから。




腰骨と、背骨の交点の辺りに”突き刺さっている”ものを、握る。

それから、ゆっくりと引き抜いた。




「・・・・・ぁ、あ・・・、」




息を吐きながら声を漏らして、”それ”を体から”引き抜く”。

引き抜く瞬間、「じゅぶ」という、体液が漏れる小さい音がした。


ぬるり、と、”それ”が引き抜かれると、残った”孔”は閉じ、

肉をえぐった傷のような跡に残る。



彼は、細いペンの胴体程度の細さのものを、腰から引き抜いて、

顔の近くでかざして見る。


それは、本格的なヘッドフォンについているような、太いジャックだった。

その先はUSBコードに繋がっている。

そしてそのUSBは、パソコンのUSBコネクタに刺さっている。


ジャックと、USBの線は、色が異なっており、

二つの異なる線を人為的に”つなげた”跡が、あった。



体内に埋まっていたジャックの先は、ねっとりとした液で濡れている。




彼は引き抜いたジャックを横目で認めて、そのまま向こうに放った。

それから腕で支えながら、上体を起こして、ふと目を閉じて伸び上がった。


薄桃色の唇が、薄く開いて、声にならない音を漏らす。



「・・・・・ハ、」



眉根をわずかに引き寄せて、悩ましく歪めた。

それからゆるゆると視線を落として、息を吐いた。




(・・・・・やっぱり、)




と。



生乾きの体液が、べったり、と布が皮膚に張り付いている感覚。





(・・・・やっぱり、こうなるか・・・・)




彼は、諦めたように息をつくと、重たそうに立ち上がった。

歩く足に、力が上手く入らず、よろよろとした歩みになる。



それも、”いつものこと”だった。



レナの”もと”へ、行った直後は、”いつも”こんな、感じだった。

泥沼にはまって抜け出そうと、もがくが思うように体が動かない、

というそんな感覚。

彼は、体を引きずるように、シャワールームへ向かう。




(・・・・もう、棄てるしかないな・・・・)




ちらり、と下腹部を見る。


ヒトの体液の中で、最も後始末のやっかいなものが、精液かもしれない。

唾液、汗は、水溶性のため、まずこの際問題にはならない。

血液は、すぐ洗えば染みにならずになんとかなるときもある。


しかし、この体液だけは、始末に困る。

誰かがセックスの最中、女の顔に放ったところ、その女の髪に付いたことに

その女が激怒して、それが原因で別れたとか、何とかと言っていたのを

耳にしたことがあった。


確かに、布の繊維に、べったりと、くっついてしまったら、洗剤では簡単には落ちない。

まして、固まりかけてしまうと、もはや諦めるしかないだろう。




(・・・・・スラックスにつかなかっただけ幸いだな・・・)




エリックは、冷めた様子で、ブラックスーツのスラックスを脱ぎ去り、

ワイシャツのボタンを全て取り去る。


程よく鍛えられた胸板と割れた腹が、開いたシャツからのぞく。

灰色のボクサーパンツから伸びた太ももは、太くしっかりとしている。




案の定べったりと、皮膚にひっついてくる布をはがし、

ボクサーパンツを脱ぎ捨てると、嫌そうに一瞥してダストボックスに放り込んだ。


それから、シャワーのコックをひねり、バスタブの外で、湯気が立ち上るのを待った。

ザァァァ・・・・と、水の飛沫の音が広がる。



ふと振り返って、彼は、自分の姿を、鏡で見た。

他人のような、自分の姿を、なにも思わず眺めた。



適度にワークアウトを欠かさないように、この体つきを維持して、

食事には気を使って、水はなるべく多く飲むようにして、アルコールは控える。


肌に吹き出物が出ないように、化粧品には気を使い、

髪型も、見苦しくないように整える。



幸い、彼の髪は、実は「セクシー」だと評判の高い、カーリーヘアだったし、

元々の色も、薄茶色のブロンドなので、少し色を抜けばプラチナブロンドに映える。


けれど、すべては、”他人”の為、作為的に、

そして人工的に、作られた体。



自分の姿を眺める、彼の視線は、どこか冷めている。


鏡に、バスタブに蒸気が立ち上ったのが、映りこんだのを見つけて、

彼は、我に帰った。




降り注ぐ、無数の水滴に、身をゆだねる。

顔に当たった滴は、首筋を流れて、胸板の上を流れる。


体のラインに、手を這わせて、ふと、下腹部で、手を止めた。

そのまま、眺める。




今は、沈静化している、ソレ。

けれど、”彼女”に会いたいと、強烈に想った瞬間、

全身を貫く、痺れのような衝撃でなのか、硬くなって、起ってしまう。


しかしそれは、”内”から来るものではなく、”外部刺激”によるもの、

と何度かの経験から、予想している。



また、彼の仕事柄、それとも性格上のもの、なのだろうか。

感情を押さえ込まなければ、と、いつも強迫観念にさらされていた。


セクシーに振舞っていても、心は冷めていて。

たとえ、ムラムラした感覚を胸に秘めていたとしても、表面には出さない。

怒りも、悲しみも、表に出してはいけない、と。



なのに、その瞬間には、

押さえたいと焦るのと裏腹に、扱きたいと急かすカラダ。

どうしようもなく欲情してしまう感覚に、脳が解けそうになる。

まるで、熱で溶かされていく雪だるまのように、

”彼女”の姿を思い描くだけで、理性が崩れていくのを感じる。


けれどいつも、決して扱くことはなく。その前に、意識が飛んでしまう。

そして気がつくと、たいてい下着は、体液でべったりと皮膚に張り付いて、

意識が飛んだ瞬間、噴き出てしまったのか、と嫌な気持ちになる。



けれど・・・・。







(・・・・あぁ、レナ・・・・・)




彼は、息を吐きながら、瞼を伏せた。

睫毛に、滴が落ちかかる。



彼は、ゆっくりと、脳裏にその姿を、思い浮かべる。




あのブラウンの、ストレートロングが落ちかかる、華奢な肩。

すっきりとした顎先、コーラルピンクのふっくらとした唇、

長い睫毛、色素の薄いナッツブラウンの瞳。

彫りは深くなく、美しい鼻筋、愁いを帯びた目元。

儚い印象。



どんなに身をよじって、逃れようとしても、

きっと、華奢で非力な彼女は、自分からは逃れられない、と

彼は思った。


無体にすれば、あっけなく壊れてしまいそうな、姿。




「・・・・・ッ、」




思わず息を吐いた。

沈静化したはずの、熱がくすぶり出した。


首筋に掌を撫でつけるように、滑らせて、その熱をやり過ごそうとする。

隆起した胸に、手を滑らせて、熱い湯を浴びる。

足元に溜まっていく湯。




(・・・・・・納まらないッ、)




彼は、ぎゅっと、目をつぶる。

腰骨に溜まっていた甘く愚鈍な痺れが、脊髄を伝って、後頭部に達する。

快感物質が、脳内を侵していく。




「―――ハッ、」




下腹部が、じわじわと痺れたように、疼く。



彼は、壁に体を持たれかけた。

腕を伸ばし、濡れた手で、シャワーをとめる。

カランから、水滴が落ちる。



(・・・・熱い・・・・)



のぼせたような感覚。

けれどそれと違うのは、血の気が引いていくような感覚があることだった。

痛いくらい、異常な速度で血液が、一点に凝縮されていく。



(・・・・あぁ、ダメだ・・・・・ッ、)



手の平で、硬く変化し出したものを、押し戻そうと、押さえつけた。

彼は、実際、”その行為”が、あまり好きではなかった。


”自分自身”に”負け”てしまったのを、わざわざ認めるようで、嫌だった。

それならば、行きずりの女を引っ掛けて、欲にまかせて行為に及んだ方が、

まだましだった。


そして、カラダの欲求にまかせて、行使してしまったときに限って、

放った直後、我に帰れば、激しい自己嫌悪と、罪悪感と、羞恥心が、

ごちゃまぜになって、彼を責め苛んだ。



(・・・・・あぁ、だけど・・・・ッ、)



切羽詰ったように、両手で股間を押さえて、喉を反らせた。

伸び上がるように、肩を引き上げ、



「ーーーーーアッ、」





とうとう、喉になにかを引っ掛けたような声を上げた。









1.





「・・・・・てめぇ、のん気に・・・・いい度胸だナァ」




男は、ベッドの横に、腕組みをして、仁王立ちで立っていた。

彼は、とてもイライラした様子で、ベッドの上を睨んでいる。


その男は、25,6歳くらいの、短い銀髪を、ツンツン立たせて、

精悍な顔つき、小柄だが、体格のよい体つきをしていた。

意志の強そうな、鋭い眼光には、オリーブグリーンの瞳がはまっている。

眉に銀のピアスを付けて、耳にも三つずつ、銀色のピアスが光っていて、

首筋には、トライバル柄のタトゥーが、彫りこまれている。


一見すると、強面のチンピラのようだった。




「おいコラ・・・・無視か・・・・?」




ベッドの上には、大きな白い固まりがある。

それは、しばらくもぞもぞと動き、やがて、顔を出した。

眠くて瞼が開かないのか、眩しくて目が開けられないのか、

目を閉じたまま、声のした方に顔を向ける。




「エリック!!てめぇ、何時だと思ってんだこのヤロウが!!」




チンピラ風銀髪男は、低い声で、ガラガラと喉を鳴らしながら、

怒号をあげている。




「んん・・・・・、」



「てめぇ、いい加減目を開けろボケがぁ!!」




それでも目を開けようとしないエリックに、彼は業を煮やしたのか、

エリックがくるまっているシーツをはがしにかかる。




「いい加減起き、!!」



「・・・・ッ、アッ!」



勢いよくシーツを引っ張ると、なにを慌てたのかエリックが飛び起き、

顔を赤くしながらシーツをかき集めて、カラダを隠そうとする。




「・・・・ッ、」



「・・・・・”マッパ”か・・・・」




エリックは赤面したまま、睨む。

睨まれた方は、嫌そうに顔を歪めた。




「・・・・・・ヤりすぎか・・・・?」



「・・・・んなワケないだろ・・・・」



「・・・・・じゃあ、”掘られた”のか?」



「・・・・・ランドル、」




恨めしそうに睨むエリックに、”ランドル”と呼ばれた男は、

ニヤリ、と笑った。




「・・・・・”抜き”すぎか・・・」



「・・・・・・・」



「・・・・・”お盛ん”だな」




阿呆のようにあんぐりと口を開け、固まったエリックに、

わざとらしく、やれやれ、とランドルは、首を振る。



ランドル――ランドル・ウォルター。

彼はエリックの、主に”芸能活動”に関するスケジュールを

管理している、いわばマネージャーだった。




「”恥らう”のも結構だがな、時間が無いから早くシャワー浴びろ」




ひとしきり、エリックをニヤニヤしながら眺めて、

時計の時間を見て、我に帰ったのか、表情を正して、

エリックをベッドから叩き出した。




「・・・・服は、出しといてやるから。朝食も、用意してあるぞ」



「わ、悪い・・・・」




ランドルが真面目な表情になったのを見て、

慌ててエリックはベッドを抜け出す。



ランドルは、部屋のクローゼットから、服を引っ張り出して、

ベッドの上に並べていく。




「・・・・まったく、本社に行く日くらい、自分で起きろよな・・・・」




小さく悪態をつきながら、「まぁ仕方ないか」と思った。

昨日の、『Vanity NY』のレセプションパーティーの”お付き合い”で、

ホテルに戻ってきたのは、日付を超えていた。


酒は、シャンパン、ワイン、カクテル、といった具合に、

ガバガバ飲む羽目になる。




『Tim Delix』で、出会うまえの、彼の印象は、あまり良くなかった。

来る前までだいぶ、破滅的な生活を送っていたことは、

なんとなく噂であったからだった。



「パーティーアニマル」で、「誘惑」に弱く、基本的に「誰とでも寝れる」。

ドラッグも、シガーもいける。


出会ったときの、最初の印象は、なんて「冷めた」男だと感じていた。

何をしても、笑っていても、その奥底には、誰も入れてもらえない。

微笑みを浮かべていても、どこか、その瞳の奥には、冷たさがあった。




(・・・・その頃よりは、まだましか・・・・)




ランドルは、苦笑いを浮かべて、シャワールームのある方向を見た。

今は、ドラッグも、シガーも吸わない。パーティで乱れることもない。

『Tim Delix』という”職場”は、彼に”合っていた”んだろう、と彼は思う。

実際、自分も”そう”だった。


他のDCブランドがどうなっているのか、実は知らなかったが、

『Tim Delix』のスタッフの、”雇用形態”は、他とは若干異なっていたから。




「い、今何時だ?!」




物思いに耽っていると、エリックが慌てて駆け込んでくる。

バスローブを纏い、タオル地のルームシューズを足につっかけている。



「・・・・・あと、10分だな・・・・」



冷静に時間を告げると、エリックが「うわぁ」と、

いっそう焦った声を上げる。



「や、やばい・・・・ノムに怒られる・・・・ッ!!」



「・・・・かもな」




”ノム”とは、『Tim Delix』の”凄腕”マーチャンダイザー、野村和彦のことだ。

時間に厳しい”堅物”で、市場を読む能力に長けていて、『TD』の

”企画戦略ブレーン”といってもよかった。



ランドルは、よろけながらも、てきぱきと服を着ていくエリックに、

「さすがモデルだ」と、関心しながら、隙を見て、エリックの口に

「海苔巻おにぎり」を突っ込む。


「シャケのおにぎり」が、エリックのマイブーム、というのは、

実は、ランドルしか知らない。


いい頃合に、携帯でタクシーをホテルの前に呼び、

慌しく部屋から飛び出すエリックの後を追う。




彼らは、本日は”本社”に”出向”の日だった。










2.




カチカチ、とキーを叩く音が、不規則に、しかし、規則的に響く。

女の細い指が、迷いなくキーを叩いている。




「アキ・・・・どう・・・・?」



彼女の背後から、カップを二つ持ったレナが、姿を現す。

そこは、アキ――永井亜紀の部屋だった。



殺風景な部屋だった。

けれど、レナには、ケーブルで覆われた部屋に見えた。

パソコンの機器が配置されており、その全てが、ケーブルで繋がっている。


機械には疎いレナには、どうなっているのか、よくわからない。

”女の子の部屋”というより、”男オタク”の部屋を連想させた。




(こんなに、美人なのにねぇ・・・・)




と、レナの”例”のパソコンに向かって、真剣な顔をしている

アキの顔を眺める。



赤みがかったストレートボブの髪、切れ長の目元。

通った鼻筋、きりりとした眉。薔薇色の頬。

顔は小さく、細い顎。

首は細く、白い首筋は、どこか色っぽい。


スレンダーでも、胸はあって、ウエストは細い。




(・・・・でもちょっと”ミーハ―”なのが、玉にキズなのかも・・・)




自分もそうだったクセに、レナはアキを眺めた。

実際、”ミーハ―”なのは、レナの方だった。

アキは、ただの”噂好き”である。




「・・・・・見とれてる?」



「え?!」



「・・・・フフ、冗談のつもりだったんだけど、本気なのかしら?」



「あ・・・えーっと・・・・そうね、」



「なに?」



「・・・・・・」




とっさの切り替えしには、慣れていないレナは、思わず思考が停止してしまう。

アキは、「アンタって、相変わらず、この手の突っ込みには弱いわね」と、苦笑いを

浮かべた。




「・・・・・悪かったわね」



「・・・まぁ、いいとして、あ、”リカバリーCD”出しておいて」



「え・・・・・うん、」




と、アキに促されるまま、PC用のカバンから、リカバリーCDを取り出して、

彼女に手渡した。


それは主に、パソコンが、何らかの原因で、問題を起こした時に、

パソコンの本体の内容をリセットする際に、使われる。


また、 外部から、暫定的にファイルを呼び出したり、

外部から、内部の機能のチェックをすることもできる。




「ど・・・・どうなの・・・・?」




そのCDを、ディスクドライバーに挿れるのを見ながら、

レナは不安そうに、アキに聞く。




「・・・・そうねぇ。”ウィルス”かもねぇ・・・・・」



「そ、そうなの・・・・?」



「まぁ、言うこと聞かないみたいだから、強制的に言うことを聞かせるまでね」





どうするのか、予想もつかないレナは、アキに、コーヒーの入った、

マグカップを差し出しながら、「へ、へぇ・・・・」と、曖昧な声を出す。

中に入っているコーヒーは、まだ熱く、取っ手を持っていないと、

ヤケドしてしまいそうだった。




かれこれ1時間半、アキは、そのパソコンを触っていた。

最初は、起動ボタンを何度押しても、やっぱり起動しようとしないパソコンと、

格闘すること1時間、やっと起動させたと思ったら、

案の定、全てのファイルが”消されて”いたことがわかった。


今、アキの話では、本体を”動かしている”、”スクリプト”を探している、

ということだった。

なんのことやら?レナを尻目に、アキは食い入るように画面を見つめている。



淡く発光している、黒い画面に、白い文字がびっしり並び、

彼女が画面をスクロールするたびに、チラチラと瞬いているように見える。


アキの言う、”スクリプト”の言語のベースになっているのは、

”英語”のようだった。レナは、機械には疎いが、英語に関しては、

自信があった。



スクリプトは、基本的に「このキーが押されたときは、こうなる」というような

書かれ方をしていた。


つまり

「”A”というキーが押されたときは、画面に”a”と表示する」

と言った具合である。




もし、部屋に現れた、”あのエリック”と、このパソコンとが、関連していたら、

どんなスクリプトが書かれているんだろう。とレナは思った。


レナの「Teo2000」の起動と共に、現れた「姿はエリックだが、”ヒト”ではないもの」。



手の中のマグカップを握ると、掌全体に、中の液体の持つ熱が伝わった。




「・・・・・これ、かしら・・・・」




アキが、キーを打つ手を止める。

彼女が凝視する先を、レナも見た。




「”Eric”ってあるわ・・・・」



「え・・・・?」




どきん。心臓が鳴った。

一瞬呼吸困難になった。




「この、”Log In Code”ってなにかしら・・・・」







アキは、小首をかしげながら、ひとりごちる。




「・・・・”何”に、”Log in”するのかしら・・・・ねぇ、」



「えっ」




唐突に振り向かれて、レナは、どきりとする。

とっさに胸の辺りを押さえて、アキの顔を覗き込む。

彼女に、やましいところがあるわけじゃないのに、

じわじわと、黒い罪悪感に、浸食されていくような感覚に襲われる。




「・・・・レナ、”Eric”で、心当たりは?」



「・・・・え、エリック・・・・エヴァンス・・・?」



「・・・まぁ、やっぱりそうよね・・・アンタ相当好きだったもんね・・・」



「・・・・・」




アキは、ニヤリ、と口の端に笑みを浮かべた。

彼女は、”知っている”のだ。レナの、秘密を。




――エリック、かっこいいのぉ~vv


――アンタ、好きねぇ・・・


――あの瞳、溶けちゃう~vv


――・・・・ハイハイ、




今でこそ、そんな素振りはしなくなったが、”昔”は、彼女も”若かった”。

一時、その名のモデルに、相当”入れ込ん”でいた、彼女の過去を、

アキは唯一、知っている。


レナの”消したい過去 トップ5”に入る出来事。




「・・・・”Log In Code”ねぇ・・・・」



「・・・・」



「・・・・レナ、アンタの誕生日は?」



「・・・・え、何ソレ、何でよ」



「・・・・ログインコードよ、ログインする為の暗号」



「・・・・銀行の暗証番号じゃあるまいし・・・そんな簡単に・・・・」



「つべこべ言わない!」



「・・・・4月24日・・・・・」




レナは、アキの迫力に負け、素直に教えると、

アキは素早く、「0424」とキーを叩き、




「・・・・・あ、やっぱダメだった」と、一言のたまった。

レナも思わず、「当たり前よ・・・・」とつぶやいてしまった。


その後も、色々試したが、ついにはネタがつきてしまった。




「・・・・・ダメね・・・

 ま、確かに機械的に並べたコードの方が、”見破られ”ないもんね・・・・」




と、もっともらしく答えた。

レナの誕生日に始まって、生年月日、PCの購入日、公式発表されている、

エリックの誕生日から、生年月日などなどを試したが、どれも”そう”ではなかった。


レナの手が、温くなりつつある、コーヒーの熱を感じた。




「・・・・こうなったら、”クラッカー”を試すしかないかしらね・・・」




アキの意味深な笑みに、レナは、「な、なによそれ」と答える。

アキは、「乱暴なやり方だけどね」と付け加えて、ディスクケースから、

一枚のディスクを取り出す。


鈍い光を放つディスク面を眺めながら、よくわからないながらも、

レナは、「きっと凄いものに違いない」ことだけは、わかった。


ごく。と喉をならして、アキの動作を見守る。




ディスクは、音もなくアキのパソコンの、ドライバーに吸い込まれていく。

アキは、自分のパソコンのキーボードをしばらく叩いていた。


カチカチ、と無機質な音が響く。





ヴ、ヴヴ・・・・





突然、レナのパソコンに挿してあったカード型のモデムが、反応を示した。

それは小さな音を立てたかと思うと、「回線」と書かれたランプが、

突如点滅し出した。




[回線接続 データを読み込んでいます]




レナのパソコンの、真っ黒い画面に、白い文字が次々現れては、

文字が上にスクロールしていく。



レナは、驚きながら、自分のパソコンのモニタを凝視した。




[データ受信中 ソフトを開きます]




ヴヴ、ヴヴヴ・・・・・・




さっきまで、何を押しても、全く反応を示さなかったパソコンが、

嘘のように、激しい反応を見せている。




「・・・・・これで、いいわ」




アキはレナのパソコンの画面を覗き込み、状況を確認すると、

ニヤリ、と笑った。

やはりレナには、なんのことか、わからない。




「な・・・なにを、したの・・・?」



「あぁ、つまりね、内側からどうにかできないなら、

 外部から、強制的にこじ開けようって、ことよ」



「り、リカバリーCDは、役にたたなかった、ってこと?」



「まぁ、そうね。・・・アレは、本体の中枢が”正常”であることが前提、

 って感じだもん。 アンタのパソコンの状態は、アンタのパソコンの

 キーボードからの打ったコマンドは、全く受け付けていないみたいだったから」



「・・・・・そ、そう・・・」




わかった顔はしてみたものの、レナには、

「やはり理解できない世界だわ」と、思った。




「・・・コレ、逝っちゃってもいいんでしょ?」



「う、うん・・・・それには、もう期待してないわ」



「そ、一応確認しておかないとね」



「・・・・はぁ、」




アキが、レナのパソコンに送ったデータは、今出回っている

ウィルスソフトを改造したもの、と彼女は言った。

一般的に”スパイソフト”と、言われているものだ。


外部から、特定のパソコンに侵入し、そのパソコンから、

必要情報を盗む、というものだった。




「・・・まぁ、OSが多少変異しているけど、ベースはZAP社の、

 元のOSを使っているみたいだから、なんとかなるかも」



「オーエス・・・・」



「パソコンの”脳”の部分って感じかしらね」



「ふ、ふぅん・・・」




いくら考えても、アキの言っていることが半分も理解できていないレナを

尻目に、アキは嬉々としてた。


「これでようやく”中枢”のスクリプトを読める」と。




カチカチ、とアキの指先が、キーボードの上を軽やかに舞う。

キーボードをたたいている間、彼女はずっと画面を凝視している。

つまり”ブラインドタッチ”しているのだ。





カチッ、






アキの手が止まった。

彼女の眼球に、スクリプトの文字が映りこんでいる。




「これね・・・・」




カチッ、と、彼女の指先が「Enter」キーを押した。

画面が、突如切り替わった。




[Code?:_ ]




現れたウィンドウにそう書かれていた。「_」が点滅して、

コード(暗号)の入力を催促している。


アキは、さっき見せたような表情はしていなかった。

レナのパソコンのキーボードから手を離し、

自分のパソコンのマウスを動かした。



ポーン、と音を立てて、小さなウィンドウが開いた。

それは、レナのパソコンの、今”表示”されている光景だった。




「・・・・これ・・・・」




レナは、思わず声を上げた。

アキは、したり顔で「これが”スパイソフト”の威力よ」と言った。




「アンタのパソコンが廃盤になったのは、独自のOSを使っていて、

 他のソフトとの互換性が悪かったこともあるんだけど・・・・」



そこで、アキは、パソコンデスクの上に置かれた、カップから、

コーヒーをひと口飲んだ。



「知られてないけど、意外に、外部からの”攻撃”には、”軟弱”だったの。

 だから、パソコンに詳しい人は、すぐ別機種に乗り換えたりしたみたね」



「でもね」とアキは続ける。



「安価で、デザインもよかったために、凄く売れたの。

 当時はさホラ、メールやっている人って珍しかったでしょ?

 だから買い手にしてみれば、、安くてデザインがいいものだったら、

 間違いなく飛びつくものでしょ? ・・・まぁ、ZAP社も最初は、

 そんな欠陥があるなんて思わなかったんだろうしね、」



「・・・・そうなの・・・・」



レナがひとしきり、感心していると、アキは「まだまだよ」と言う。

アキは、自分のパソコンの画面に表示されている、小さなウィンドウの、

レナのパソコンが今表示している、「Code?:_」の、点滅している部分に、

マウスでカーソルを合わせ、何事かキーを打ち込んだ。




ヴヴッ、



画面が動いた。「_」と表示された箇所に「*」が八桁並んだ。

「Code」が入力されたのだ。

しかし、レナのパソコンには、誰も一切触れていない。

彼女のパソコンの画面は、勝手にスクロールしている。



[Log In Successfull (ログイン成功)]



最後にそう、表示した。




「入ったわ」




アキは、にんまりと微笑む。

「これで、どうなっているかわかるわよ」と、

レナが見たこと無い顔だった。




「・・・・あ、これね・・・・」




どこか凶器じみているが嬉々としているアキは、コーヒーを飲み飲み、

カチカチと、またキーを、アキのパソコンから、レナのパソコンに対して、

打ち込んでいる。


ほぼ”置き去り状態”のレナは、カップから、ぬるくなったコーヒーを、口に入れた。




「来たわ!」




アキは、レナを振り返り、画面を指した。

そして、彼女は、また別のソフトを立ち上げた。


どうやら画像を暗号化、複合化するもののようだった。




「これ、ここに出ている暗号、なんか画像みたいなの

 だから、デコードしてみるわね!・・・フフなにが出てくるのかしら・・・」




アキは得意げに、もう冷たくなったコーヒーを、ひと口飲んだ。


パソコンに表示されている文字や画像は、

すべてCコンピュータ言語や、「記号」で、表現することができる。

つまり、画像は、ある一定の決まりをもった「文字」の集合体で、

全て表現することができるのだ。


例えば、メールでファイルを送信する際、「データを送る」というが、

この場合の「データ」は、「ある文字列」に変換され、送られている。


送られてきたデータを、ダウンロードする際には、これらの

「文字化」された「符号」を「解析」し、元の形に「復元」するのである。



”デコード”は、つまり「あるデータ」を、元あったように「復元」する作業である。




「・・・・・・うーん、何かしら」




アキは、マグカップを口元に持っていきながら、

自分のパソコンに表示した、暗号化された画像データを、

「復元」している、ウィンドウを、見た。


「新規」と書かれたウィンドウの中に、なにかの「形」が形成されようとしていた。




「・・・・・あ、し・・・・?」



(―――あ、”足”?!)




レナは、アキの見つめる画面を覗き込みながら、

今アキが、つぶやいた言葉に、”ある光景”が、フラッシュバックした。






――レナ・・・・”また”会ったね・・・・




カラダ全体から、淡い光を放って、逆光なはずなのに、

色の白さまで、わかるようだった、あの、美しい姿。


落ち着いたトーンの、甘い声――。




姿を思い出すだけで、その声を完璧に思い出せてしまう。


カラダの輪郭が、白く光って、

今思い返すと、あれはまるで、「天使」のようだった、と

そう思った。





(――あの時、)




レナのパソコンが、突如起動し、そして目の端に見えたのは、

「白い足」だった。


正確には、「白い骨ばった足の甲」。




「!!」



アキのパソコンの画面の中で、徐々に形成されている画像に、

レナは、息を飲んだ。



それは、”あの時”と同じだった。



画面の中の”彼”は、足先から、その姿を現し、

下位から色の粒子が蓄積しながら、上方に向かって、「形」を成していく。




「・・・・・・エリック、・・・・」




思わず、つぶやいた。

アキは、その声に振り返って、驚愕のあまり動きをとめたレナを見上げた。



画面の中の、そのウィンドウの中に、”エリック”がいた。

レナの元に現れるエリックと、その姿は「同じ」だった。


裸足の素足に、デニムジーンズ、白いTシャツを着て、肌は少し日に焼けている。

印象的なカーリーヘアの短いブロンド、薔薇色の頬、ピンク色の唇。

有無を言わさず、視線を吸いつけてしまう、蟲惑的な、熱っぽい碧眼。




「・・・・・まさか、そんな・・・・」




大きく見開いた目の端が、赤く色づき、わずかに瞳が潤んだ。

口元を、手で覆っていた。

心臓の音が、ドキンドキンと耳管を振動させる。

血の気が、引いていく。




「・・・・・レナ、」




アキは、トーンを落とした声を出した。

彼女は、もうひとつ見つけたのだ。


異常な、文字列を。





「アンタが、驚くのは、まだ早いかもしれないわね・・・・」



「・・・・・?」




アキは、レナのパソコンの画面を横目で、一瞥すると、

自分のパソコンのモニタを、見つめ、「暗号解読」のソフトを立ち上げた。

これらはすべて、”お遊び”のつもりで、彼女が持っていたものだった。


このソフトは、例えば手紙の内容を、このソフトを持っている、

”当人たちで秘密のやりとり”できるように、という「お遊び系」のソフトだった。

とても単純なソフトだが、単純なスクリプトで出来ているだけに、

これが意外に、ものすごい威力を発揮することがあるのだ。




「ーーーーーッ!!」




レナのパソコンを動かしている”スクリプト”の、

アキが見つけた”異常なスクリプト”が、アキのパソコン上で解読された。



レナは思わず、声にならない悲鳴をあげた。

ヒュッ、と恐怖のあまり、喉が鳴った。


ガタン、彼女が持っていた、空のマグカップが床に、

派手な音を立ててころがった。


その音に、ビクリ、と肩を揺らして、

慌ててカップを拾いしゃがみ込んだ、その体勢から、

アキのパソコンの画面を見た。











[RENA]




そう確かに読めた。






アキがとり憑かれたような表情で、

マウスをカチカチ、動かしているのが、見えた。



――そして、









[ I Want RENA_ I Want RENA_ I Want RENA_ I Want RENA_

  I Want RENA_ I Want RENA_ I Want RENA_ I Want RENA_

  I Want RENA_ I Want RENA_ I Want RENA_ I Want RENA_...]








そう、ウィンドウの中一面に、表示されていた。

まるで、狂った人間が、狂ったように打ち込んだ画面。


異常だった。





画面が、その「I Want RENA_(レナが欲しい)」に侵されている。

どれほどスクロールしても、それは、続いていた。

彼女の、凍りついた瞳に、画面上の文字が映りこんでいる。



そのあまりの”異常さ”に、今にも、精神が冒されて、

腐食してしまいそうだった。






そうして、決定的なものを見てしまった。

















[ RENA is Mine....(レナはワタシのモノだ) ]









全身の感覚が、冷えていく。

背筋が、氷のように冷たかった。
















話自体は2000年ごろに書いたものなので、技術が古いです。

実際のデータ、名称などを使っていても、全て架空物であり、真実はありません。

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