- Ⅳ.混沌
⚠️本シリーズには実際に実在しているイベントやメーカー名、名称や”アイコン”、データなどが出てきますが、フレーバーとしての使用であり、全てが完全なる架空の産物であり、何ひとつとして真実や正しいところはありません。
⚠️また特別は団体、性別、国籍、個人などを指して、差別、攻撃、貶める意図もありません。
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各自の自己責任でお読みください。
当方は読んだ方に沸いた各感情ついて責任を負いません。
全ての文章、画像、構成の転記転載禁止です。
誤字脱字は見つけ次第修正します。
ご指摘・ご意見・リクエスト等は受け取りません。
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あくまで趣味で書いているので、できるだけ辻褄は合わせますが、
後半になってつじつまが合わなくなったり、
内容が変わったりすることもあります。
諸々御了承ください。
1.
――ガガガガガガ・・・・・
――プルルルルル、・・・・
――ピー・・・・、ピー、ピー、ピー、・・・・・
入り混じるヒトの話し声のすき間を、埋めるように
機器の発する作動音、警告音、モーター音が、建物の中に充満している。
窓を開けても、街中の喧騒が、流れ込み、人工の音に溺れて
息がつまりそうになる。
しかし、日が暮れてしまうと、自分の呼吸音すら、聞こえるほどの、
静けさに包まれる。
壁を何枚も隔てているはずの、ボイラー室から、
何かが、時々音を立てている。
他の事業部のオフィスの明かりが消されている中、
「広報室」だけは、まだ明かりがつけられていた。
室内から、カチカチ、 とキーをせわしなく叩く音が聞こえてくる。
耳を澄ますと、静けさの中に、「イィー・・・ン」という囁きにも似た、
機械音が紛れる。
誰かが、まだその室内で、仕事をしているようだった。
広報室のある廊下には、防足音用にカーペットが敷き詰められている。
野坂は、資料を腕に抱きながら、「広報室」のオフィスの前で、立ち止まった。
キィ、そのドアをあけると、高い音が響いた。
室内を覗くと、そこにいた人物が、こちらを向いた。
「あら、藤沢さん・・・・」
「・・・・室長・・・?」
彼女は、驚いたように、こちらを見る。
野坂は、心に浮かんだ疑問を、そのまま言葉にした。
「残業?」
すると、彼女は、苦笑いを浮かべて、「えぇそんなところです」と答える。
そして、やはり彼女も、そう心に浮かんだのか、質問を返してきた。
「・・・室長”も”ですか?」
「・・・・・えぇ、そうね」
野坂も、苦笑いを浮かべる。
彼女も、ある意味”残業”だった。
胸に抱えた書類の束は、これから『芳華堂』社長に
言われてかき集めてきたものだった。
「・・・・藤沢さん、明日のレセ、よろしくね」
野坂は、次の質問に困って、そう返した。
彼女は、微笑みながら「はい」と答えた。それで、野坂は、そのドアを閉じて、
ドアのガラス窓に貼られたプレートを見て、小さく笑った。
(・・・・がんばるわね・・・)
自分が見込んだだけはある、と少し嬉しくなった。
野坂は、入社3年目に突入したレナを、度々海外に出張に出している。
ただでさえこの部署は、ギリギリの人数で仕事を回しているので、
部の人間ひとり、二日と明けられると、若干ツライものがあった。
そのため彼女は「部長」でありながら、「平」以上の仕事を抱えることもある。
別に仕事の量が、増えることに関して、嫌だと思ったことはないが、
鬼のように、次々部下に仕事を回して、答えてくれるのは嬉しいが、
彼らが知らずにカラダを壊してしまわないか、それだけが、心配だった。
2.
「悪かったわね、遅くなって・・・・」
レナは細いヒールのミュールで、小走りにバーカウンタの一席に滑り込む。
するり、と金属製の、線の細いスツールに腰掛ける。
カウンタの中で、白いシャツに黒いタイトなベストの若そうなバーテンダーが、
鈍い銀に光るシェーカーを振っていた。
彼の背後の棚には、青い照明に照らし出されたグラスが整然と並んでいた。
「・・・・いや、構わないよ」
レナの座った席の隣りにいた男は、「半分諦めていたさ」と冗談ぽく笑う。
細身のブラックスーツに、襟元をくずした白のシャツ、サイドを後ろへ
撫でつけたような黒髪のその男は、涼しげな笑みを浮かべる。
ブランデーグラス半分まで入った、透明の液体を傾けて、
眺めた後、それを口につけた。
そのグラスの縁に、細かな粒がついている。
「・・・・”ソルティードッグ”・・・・相変わらず、好きね・・・・」
「・・・・キミは、相変わらず”マルティーニ”?」
奥二重の涼しげな目元が、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
少し日に焼けた肌、鼻筋の通った、細面のすっきりとした顔立ち、
薄い唇。落ち着いたテノール。ブルガリの香水。
「・・・”マルティーニ”・・・・今日はいいわ」
「・・・・どうして・・・?」
じ、と横顔に視線を感じながら、バーテンダーに、
「カルーアミルク」とオーダーする。
「”明日”があるからよ」
「あぁ、”明日”ね・・・」
それから、ちら、とイタズラっぽい笑みを浮かべて、隣りを見やる。
その男は、両眉を跳ね上げて、小さくうなずく。
ジャズのしっとりと軽快な旋律が、ふたりの間に滑り込んで来る。
カウンターに肘をついて、指を唇に触れさせていたその男が、
ふと、彼女の横顔を、笑いもせず見つめる。
どこか愁いを帯びた瞳。
「孝也」と、レナは彼の名を、顔を見ずに呼ぶ。
「・・・・なにか用だった・・・・?」
妙な居心地の悪さを感じたレナは、たまらず口にする。
「孝也」と呼ばれた男は、視線を彼女から外して、
ふ、と小さく笑みを浮かべた。
「・・・・用じゃなかったら、呼んじゃいけないのか・・・?」
「・・・そう、じゃないけど・・・」
カウンターの上を見つめていると、白い指先が視界に現れて、
ミルクコーヒー色の液体の入った、カクテルグラスを差し出した。
青いコースターの上に、乗せられたグラスは、青い照明を映している。
カクテルグラスの縁に指を滑らせながら、
「ボストンは、どうだった・・・?」
そう、切り出す。
カラン、隣りから氷がガラスを打つ音が聞こえた。
グラスを傾ける袖口に、銀色の四角いカフスが、見えた。
「・・・・あぁ、寒かったよ・・・・」
「・・・・そう、」
隆起の見えない会話。
「・・・・キミが、」と、「孝也」が、口にしたとき、
レナは、ふとそちらに視線を向けた。
彼は、遠くを見るような目をして、それから、ふ、と目を伏せた。
グラスを持ち上げて、透明の液体を傾けては眺める。
カラン、氷が音を立てた。
彼は、一瞬迷うような目をして、それから、口にした。
「キミが、・・・・いなかったから、・・・・よけい寒かったよ・・・」
「・・・・・」
レナは、言葉を失って、その男の横顔を凝視してしまう。
彼は、出会ったときから、どこか愁いを帯びて、どこか危うかった。
けれど、彼の周囲の、彼に対する評価は、違っていたようだった。
――ミスター・パーフェクト
彼の同僚にどこかで会ったときの、彼に対する評価は、そんな内容ばかりだった。
精悍で、いつもキビキビしていて、他人にも自分にも厳しい。と。
彼と付き合うようになったのは、やはり”悪魔”上司が振ってきた仕事で、
一緒になった。それから、だった。
でも、カップルの、よくある「意気投合」から、ではなかった。
なんとなく、そんな関係になった。それが正しかった。
――オレは、そんなに出来た人間じゃないさ
何度か二人で飲みに行くようになっていたある日、
酒を飲みながらレナが、「お友達が貴方を”完璧”だって言ってたわね」と
冗談ぽく口にしたのに、自嘲気味に、つぶやいたこの男のセリフは、
印象的だった。
実のところ、レナは、彼が普段どんな顔で仕事をしているか、知らない。
たった一度、一緒に仕事をしただけだったが、その時は、
今ほどの仲になるなどと、予想もしていなかったから、よく覚えていなかった。
「1年も、放っておいたのを、怒っている・・・・?」
感情の起伏さえ読めない、落ち着いたトーンで、問い掛ける。
気持ちを探っているのか、それとも言葉遊びのような表面的な問いなのか。
彼のセリフは、いつも奥が見えなかった。
(1年・・・・もうそんなに・・・・)
と、レナは漠然と思う。
そんなに長い年月だとは、思っていなかった彼女は、
その男の発言に、違和感を持った。
”悪魔”野坂が、次々繰り出す仕事のせいで、
彼がボストンへ仕事で行ってしまってから、彼のことを思い出す回数が、
”減っていった”ことは、確かだった。
「・・・・別に、怒ってはいないわ、ただ・・・・」
「ただ・・・・・?」
「・・・・・1年も経ってたのが、意外だっただけだわ」
表情も変えずに口にした言葉に、孝也は「意外、か・・・」と、つぶやいた。
自嘲気味な笑みを、口の端に浮かべる。
「それは・・・・”一年間オレの事を忘れていた”のか、
”一年の時を忘れるくらい仕事に熱中していた”のか、どっちなんだい?」
「・・・・・孝也、」
低い声でレナが叱責するように、その名前を呼ぶと、彼はトーンを落とした声で、
「・・・・・悪かった、」と、苦笑いを貼り付けたままつぶやいた。
レナは、「連絡くらいできたんじゃないの」と、口にしたいのを、飲み込んだ。
責めたところで、どうにもなることではなかった。
別に、連絡をとろう、とレナも積極的に連絡先を聞かなかったから。
聞かれなかったから、彼も、”言うタイミング”を逃しただけだったに違いなかった。
「・・・・・・」
「レナ・・・・」
気に入ってた、その声で呼ばれて、レナは、反射的に振り向いた。
ひどく真剣な眼差しに射抜かれた。
「・・・もう一度、ちゃんと付き合おう」
ふわり、とブルガリプールオムの香りが鼻腔をくすぐった。
それから、どうそれに答えたのか、よく覚えていなかった。
アルコールが、ついに脳に来たのかもしれない、と思った。
3.
――『Vanity NY』銀座店レセプション当日。
朝から、オフィス内というよりも、午前は『Fua』編集部との諸々の確認、
昼食を取りながらの『Vanity NY』の広報との打ち合わせ、
その後、来日している『Vanity NY』の日本支社営業統括マネージャーの
滞在しているホテルでのインタビュー、と言った具合に、あわただしかった。
『芳華堂』が、『Vanity NY』のコスメブースに出店していたことから、
そのインタビューが直前に決まったのだった。
アキが、数日前怒っていたのは、この仕事を任されたためだった。
そんなわけで、アキと、朝から、タクシーを乗り回し、あちこち走り回っていた。
タクシー代は、もちろん経費で、ガッツリ落とす、と野坂と約束していたが。
「・・・・・死ぬ」
『Vanity NY』の日本支社営業統括マネージャーのインタビュー後、
乗ったタクシーの中で、アキが、踏まれたカエルのような声でつぶやいた。
これから、赤坂のホテルから、一旦溜池山王にある本社へ戻る。
「・・・・そうね」
ぐったり、とタクシーのシートの背にもたれたレナが、そう漏らす。
B4の書類がすっぽり入るエディターバッグの中には、
さっきのインタビューのメモや、IC録音機が入っている。
これらを社に置き、着替えて、再びタクシーで、銀座へ向かう。
窓から乱立している無機質な建物が、過ぎていくのが見える。
その上に見える空は、「晴れ」のはずなのに、その「青空」は白っぽい。
等間隔に並ぶ街路樹が、自分の顔と共に、タクシーの窓に映る。
――今、青山の本社にいるんだ。
そういえば、”元カレ”だった孝也――桜木孝也が、
昨夜、そんなセリフを言っていたことを唐突に思い出した。
話らしい話は、結局、していないような記憶がある。
そして、よくよく思い返してみれば、いつも、そんな感じだったと思った。
一緒にいても、沈黙がち。
ぽつり、ぽつり、と長く続かない会話をする。
冗談まじりで、はぐらかすような会話。
それもどこか、ゲームのようなやりとりに似ていた。
実際、レナ自身も、あまりおしゃべりな方ではなかったし、
また彼もそのようだった。
しかしその男のことを、「つまらない男」だと思ったことはなかった。
感情の起伏は、滅多に見せない男だったから、そういうものだと、
思っていた。
そういえば、手を繋いで歩く、ということはなかった。
いつも涼しげな横顔と、すっきりとした顎のラインを見ていた。
(・・・・彼も、来るのだろうか・・・・)
ふと、思った。
もし、『Vanity NY』に出店していれば、もしくは、彼自身が招待されていれば、
来るかもしれないが、と思った。
桜木孝也は、パリのモード誌『VOTE』の日本版『VOTE JAPAN』の
コレクションを主に取材する、ライターだった。
年に数回、海外に赴き、コレクションを見ては、記事を書いている。
ボストンへは、何で行ったのか、もう忘れてしまった。
彼が、半年も行っている間に、桜木の存在が薄れていくのを、
レナは、ただ他人事のように感じていたという、自覚だけはあった。
「そういえばさぁ、レナ、」
アキがなにか、思い出したように、突然振り返った。
レナは、あまりにそれが唐突だったために、ビクッとカラダを揺らした。
「えっ」
「・・・・・あら考え事?」
図星。つい驚きを表に出してしまった。
アキは、それを見て、ニヤ~ッと笑う。
レナは、「ヤバイ」と思ったが、アキは”この場”では、追求してこなかった。
「なっ、なによ・・・・」
「・・・・だから、そういえば、アンタ最近、”あの”パソコン持ってないんだね。
あんたのことだから、インタビューのメモとか、
すぐにパソコンに打ち込んでいそうだな~と思ったんだけど」
と、アキは、レナの手もとを指した。
いつもは、今彼女が持っているものではなく、違うカバンを持っていた。
A4サイズのパソコンも入れられる、カバンだ。
「・・・・あぁ、”あれ”ね・・・・」
レナは、意味深に語尾を濁した。
それをアキが逃すはない。たいした内容でもないのに、食いついてきた。
「なに? 壊れたの?」
「う・・・・ん、・・・・・」
正確には”壊れていない”。
しかし”おかしい”のは、事実だった。
「・・・・・全部、消えてたわ。だから今日もたぶん、会社ね・・・」
「え・・・・マジで・・・・?」
アキもつられて、顔を歪めた。
すぐに同情するような顔を向ける。
レナは、諦めたような、妙な笑顔を浮かべている。
「・・・それって、テキストのデータ?」
恐る恐る、アキが問うと、レナはいよいよ顔をしかめる。
「それも含めて、ほとんど全部・・・・」
「・・・うわ・・・・」
「・・・今までの資料とかは、一応バックアップを取っていたから
大丈夫だけど、もう家で仕事が出来ないの・・・・」
レナは、わっ、と泣くマネをして、両手で顔を覆う。
「もしや、それで、残業・・・・?」
「そう・・・・誰かが仕事増やしたから、よけい大変なの・・・・」
恨めしそうに、覆った両手から顔を覗かせる。
その並々ならに迫力に、アキはつい、
「・・・・一回診てあげようか?」
と口にした。
レナは、両手で顔を覆ったまま、「うん」とうなづく。
アキは、その線の細い横姿を、哀れみを込めた表情で眺めた。
彼女の経験上、コンピュータ内のデータが消えてしまう、ということは、
コンピュータウィルスによるものだろうと、踏んでいた。
しかしソフトまで、全部消えてしまったとなれば、無意識的に、何かをDL
してしまった可能性もある。
おそらく、彼女は遅かれ早かれ、そのパソコンを手放すだろう。
(・・・まぁ、ウィルスかなんかだと思うけど、
どうせなら、棄ててしまう前に 何が出てくるか、ちょっと興味あるしね)
と不謹慎なことを思っていた。
奇妙な夜は、これからだった。
話自体は2000年ごろに書いたものなので、技術が古いです。
実際のデータ、名称などを使っていても、全て架空物であり、真実はありません。