ⅩⅢ.謀略
⚠️本シリーズには実際に実在しているイベントやメーカー名、名称や”アイコン”、データなどが出てきますが、フレーバーとしての使用であり、全てが完全なる架空の産物であり、何ひとつとして真実や正しいところはありません。
⚠️また特別は団体、性別、国籍、個人などを指して、差別、攻撃、貶める意図もありません。
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各自の自己責任でお読みください。
当方は読んだ方に沸いた各感情ついて責任を負いません。
全ての文章、画像、構成の転記転載禁止です。
誤字脱字は見つけ次第修正します。
ご指摘・ご意見・リクエスト等は受け取りません。
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あくまで趣味で書いているので、できるだけ辻褄は合わせますが、
後半になってつじつまが合わなくなったり、
内容が変わったりすることもあります。
諸々御了承ください。
1.
「・・・アンタ、またそれ・・・・」
レナは、呆れた声をあげた。
そういえば、とレナは思い返した。
”数日前から”おかしい。と。
いつも人の噂話や、ゴシップのような下世話な話しかしない
この女が出社してくるなり、「今朝のニュース見た?」である。
アキがいつも見るのは、いつもワイドショーだ。
それが、某お堅い局のニュースの話題を持ち出したのだ。
――ていうかさー、見たこと無い局の視聴料なんて払うの
なんて、いまどき古いわよね!!
と、公然とのたまっていた、この女が、この局の朝のニュースを見たか、と真顔で言い始めたからだ。
レナは、アキが数日前の停電で脳のどこかを”痛めた”のかと思ったほどだった。
確かに、停電はあった。
しかし夜だったことと、朝までには電力が復旧したらしく、今朝の通勤には少しの遅延程度で、被害はさほど大きくなかったようだった。
真相は、まだ語られていないが、ワイドショーあたりで、
どこぞのお偉い大学教授が「都市電力網の分散化をするべきだ」とか
「災害時の都市機能のなんとかは危機につながる」とかなんとか、
分かりきったことを、各局のマスコミの前で言ったんだろうと、
想像は容易に付いた。
それより、アキだった。
難しい顔をして、『脳の科学』である。
けばけばしいゴシップ誌が、愛読書のはずのアキが、
――『脳の科学』・・・。
大丈夫なのかしら、とレナは思った。
今日の昼、天気がいいから、オープンカフェでランチしましょ、と
今日も朝からなんか変な雰囲気だったアキを強引に連れ出した、
まではよかったが、席につくなり、この本を読み出したのだった。
そして、ディナーまで、目の前で読まれると、もはや「嫌味か?」と思いたくなる。
彼女達の目の前に、料理が運ばれていた。
絹ごし豆腐の梅紫蘇あえサラダと、ほんわりと、湯気の立つクリームパスタ。
「・・・・レナ、」
食欲をそそる匂いには勝てないのか、アキは、ふと本を置き、
皿にサラダと、パスタを取り、パスタを口に入れるなり、唐突に、
「アンタ自分の脳が今何パーセント使われているか知ってる?」
と、とんでもない質問をぶつけてきた。
残念なことに、理系はからっきし弱いレナが、分かるわけがなかった。
「さ、さぁ・・・・」
ドン引きである。
雰囲気にそぐわない、しかも普段のアキの言うセリフじゃない、
その発言に、レナはかなり引く。
「・・・人間て、一生のうちに、
脳の機能の約20パーセントしか使わないで、
死んでいくのよ?!」
「・・・・はぁ?」
「もったいないと、思わない?!」
「・・・・・」
そもそも「脳の機能の約20パーセント」ってなによ、とレナは思う。
確か、脳は、ニューロンと呼ばれる、信号を伝達し、受け取る、という細胞の発達の仕方によって、どうとか、と習った記憶だけはある。
アキの言う、「機能」とは、
コンピュータ学で言うところの「メモリ」のことだろうか。
もし「容量」の話となると、
たちまちレナの理解の範疇を超えてしまうのだが。
チキンと季節の野菜のトマトソース煮が運ばれてきた。
トマトソースの甘酸っぱい香り。
とりあえず、レナは、そんなアキを放置することにした。
昼間同様に・・・。
「・・・・アンタさぁ、」
と、ふとアキが口にパスタを突っ込みながら、本を眺めたまま、
「・・・・エリックと、どうなりたいわけ?」
と、のたまった。
レナは、あまりに唐突で直球すぎる質問に、思わず吹いてしまった。
慌てて水で、喉に詰まったものを流し込んだ。
「どっ、どうって、なによ!、
・・・・いきなりッ、」
チラ、と、アキは本から目を上げて、
動揺して白い肌が、わずかに高潮したのを認めると、
「アンタ、好きだったでしょ?」
と事も無げに言う。
レナは、皿に取り分けたトマトソースで真っ赤になった
チキンと、黄色いパフリカを眺める。
眺めながら、「確かに、」と思った。
確かに、好きだった。
けれど、それはもう昔のことの、”はず”だった。
なのに、”彼”は現れた。
目の前に。
ずっと、憧れていた光景が、”そこ”にはあった。
でも、それは・・・・。
視線が、冷えていく。
(・・・・・あれは、本当の”エリック”じゃない・・・・)
「レナ・・・・?」
アキが、怪訝な顔で、レナの顔を覗き込む。
レナは感情のない顔で、「確かにそうね」と、つぶやく。
「・・・確かに、好きだったけど
・・・・・・、だって、アレは”本当”じゃないもの」
レナは、澄ました顔を取り繕って、目元を細めた。
今度は、アキが押し黙る。
「・・・・”本当”だったら・・・・?」
「・・・・そうね、だったら嬉しいけど、」
アキの試すような視線に、にっこりと微笑んで見せて、吐き捨てた。
アキは、「ふぅん、”嬉しい”、ね」と意味深に鼻を鳴らす。
「”嬉しい”って、例えば?」
「…う、…、」
具体的に、”どう”したいかと問われると、
少し考えても、粘ってみても、いまひとつ出てこなかった。
エリックと、デートをする、――どこへ行くのか、
まず、好きなものは何なのか、
雑誌で読み聞きした情報は、今も有効なのか、
映画を見る?―――どんな映画が好きなのか、
自分と、好みが合うのか、
付き合うもの同士とは、
一体、なにをする者同士なのか、…―――
ふむぅ、と無意識なのだろうが、顔を曇らせたレナの横顔を盗み見て、
アキは、
「・・・・私なら、別にたとえ”洗脳”されててもいいけどね、」
「・・・・・アキ、っ!!」
「・・・・一応見た目がいいんだから、触りたい放題よ?」
「ちょっと!」
「・・・・アンタは、ほんと、
カッタイよね~・・・・マジメっていうかさ~」
「・・・・・・悪かったわね」
レナは、ちょっとむくれる。
そりゃあ、とレナは思う。
(そりゃあ、確かに凄く憧れていたけど、・・・・)
「・・・・・それって、むなしくない・・・?」
「・・・・なにが?」
「・・・・だって、」
あのエリックは偽者だもの、とレナはつぶやく。
最初はいいかもしれない、「魔法にかかった憧れの人に愛される」。
でもそれは「魔法がかかっている」からこそ彼は自分を愛している。
「魔法」が解けてしまったら…、
彼は、それでも自分を愛してくれるのだろうか。
最初は、いいかもしれない。
けれど、次第にむなしくなっていくに、決まっている。
いつか「魔法」が解けてしまうかもしれないから。
いつか「魔法」が解けて、
正気に戻った彼は、他の人を見つめてしまうかもしれないから。
テーブルの上に置かれた、ボウル型のガラスに入れられた、
小さなろうそくの灯が、ゆらゆらと揺れていた。
「正気じゃない男より、”まとも”な男の方がいいわ」
アキは、レナの横顔を盗み見て、しばらく黙った後、
「そ、」とだけ、一言返した。
――まともな男、ね、
とアキは思った。
2・
目の前が、赤、緑、黄色、青、マゼンタ、――目まぐるしく色が変わる。
「―――――ァッ、」
胸元をはだけさせたカラダが、後ろに大きくしなる。
首筋を逸らせ、折り曲げた両膝の間に置いた手が、
ラグマットの起毛した布に、爪を立てる。
もう片方の手は、腰から白いシャツの裾の中に潜っている。
そこから、長いコードが突き出ていた。
指で、ステレオジャックを挟んで、腰の肉に尖端を押し当てている。
ジャックの尖端は、皮膚の中にめり込んでいる。
「―――――ハッ、 ぁア、・・・・・、」
長いまつげは閉じられ、眉根が悩ましげに引き結ばれている。
開かれた唇は、今まで激しい口付けをしていたかのように赤く色づいている。
まるで、”自分でする”ときの、感覚に近い。
違うのは、”そこ”に、触れているか、いないか。
最近、「それ」を繰り返すごとに、「感度」が増しているように思う。
「癖になりそう」な、感覚。
マリファナを吸った直後のような、気分の高揚、ぐらぐらとして、
意識がとろけてしまいそうになる、あの、感覚。
近くに置かれたパソコンの画面には、「Loading・・・・」の文字が浮かんでいる。
そのパソコンと、彼とは、コードでつながれている。
「――――んッ、 ンん、・・・・」
間隔を置いて、腰を突き上げるような刺激に、
腰の筋肉を緊張させて、胸板を突き出すように上体をくねらせる。
ジャックを体内に押し込めるように、指で奥へと挿れる。
ずる、と腰の肉を掻き分けて、ヘッドフォンジャックが体内に「納まる」。
全身の肌が、痛いほど粟立つ。
はだけた胸に手を這わせて、息を吐く。
乾いた、自分の肌の感覚。
鳥肌が立っているので、手のひらに自分の皮膚の、
ざらりとした肌触りを感じる。
硬く勃った胸の突起を撫で付けると、一気に意識が緩慢に散っていく。
頭の先から血の気が、ゆっくり引いていくのが、わかる。
イィン、イィン、と後頭部に、甘い痺れが突き上がっている。
そのたびに、悩ましげに、息を吐く。
「・・・・・・アァ、ッ、 」
腿の内側が、熱くなる。
まるで、筋肉が硬く締まったように緊張しはじめる。
あぁ、来た、と彼は思った。
「感覚」で、意識が飛ぶ瞬間が、計れるようになっていた。
イってしまう瞬間・・・・。
意識が飛んでも、「彼女」のところに行けないことは、
わかっていた。
けれど、「止められない」。
体中の血液が、一点に凝縮されるのが分かる。
「硬度」が増して、「感度」がいっそう上がる。
「行使」しなくとも、「その瞬間」は来るのに、
無意識のうちに、カラダは、もっと強い刺激を求めてしまう。
「・・・・・・んンッ、 ンッ、」
理性の断片が「抑制」していたが、もう限界だった。
断続的に背面を掻くように這い上がる、感電したような鈍い痺れで、
痛いほど”起立”しているカラダの一部が、”感じて”しまっている。
・・・・こんな、ことッ、・・・・・!
眉根をいっそうきつく引き結んだ。
口元が大きく開き、ぬめぬめと光る舌がはみ出る。
「ダメだ」と叫ぶ理性は、たちまち飲まれていってしまう。
奥底から手を伸ばし、べったりとした快楽の泥の中に溺れさせようとする。
騙すように腹部に這わしていた手が、下へ滑って行ってしまう。
皮製のベルトの感触、デニムのごわごわとした、肌触りを
手のひらに、やけに鮮明に”感じる”。
「――――ハ、ァ、ッ、 んン、 ッ 」
内腿が、痙攣する。
臀部の筋肉を、キツく緊張させた。
次に覚醒した彼の眼前にあったのは、白い朝だった。
世界が、横転して見えた。
視界の端に、ブラックアウトしたパソコンと、画面。
腰になにかの、「異物感」を感じて、ゆるゆると、腕だけを背中に回す。
腰の背骨と骨盤の交点付近に、”ジャック”が突き立っていた。
彼は、驚きもせずに、そのままそれを「抜く」。
それは腰の皮膚下に埋もれていて、力をこめて引き抜くと、
あさっりと、「抜け」た。
その「跡」に指を滑らせると、腰の肉が、ぎゅう、と「収縮」して、
何事もなかったように、あとには乾いた「皮膚の感覚」だけが残る。
ほんの少し、深い傷跡のような「くぼみ」が、あるのを感じるだけ。
痛くも、かゆくもない。
頬に、ラグの起毛した毛が当たっている感触。
カラダは重く、激しく何度も”求めた”後のような、そんな感じだった。
けれど実のところ、彼には「溺れるほど」激しく何度も求めた経験は無い。
強烈に突き動かされる欲に任せて、我を忘れてふけったことならある。
――”ハッパ”の力を借りて、
セックスなんて・・・・。と、彼はぼんやり思う。
今まで全身全霊で、溺れてしまうほど、「カラダが合った」経験など無い。
ただ、「感覚」が、勝手に「反応」してしまうだけだった。
ただ、「興味」があるフリをしていただけ。
自慰行為もそうだった。
行為自体、別に好きではなかった。
ポルノを見ても、カラダは「反応」を見せるものの、
心のどこかでは、そんな「反応を示す」自分自身のカラダを、
いつもどこか、冷めた感覚で、「客観視」していた。
いつも「二分」していた心。
けれど・・・・・。
ゆっくりと、脳裏に形成されるイメージに、彼は感嘆のため息を吐き出す。
白く細いあご先、ほんのり淡い赤い頬、
いわゆるアングロサクソン系に比べてれば薄い顔立ちだが、
すっきりと通った鼻筋、ふっくらと薔薇の花びらのようなみずみずしい唇、
カールアップされた長いまつげ、真っ白な眼球、ダークブラウンの瞳。
長い髪は、顔に少し落ちかかり、どこか憂いのある顔。
華奢な肩、細い腕、折れてしまいそうな手首、しなやかな細い指先、
節々はコーラルピンクに色づいて、細くとも、まるく盛り上がった胸元。
無体にしたら、バラバラに壊れてしまう、大理石で作られた人のようで、
その儚さが、たまらなかった。
好きに、してみたい・・・・。
白い首筋に、歯を立ててみたい・・・・。
純潔の化身のような身持ちの硬い女の、
ビクビクと体をこわばらせて壊れて乱れ行く姿を、
そう思うだけで、下腹部が痺れてくる。
なにか、”忌まわしい”ものが、鎌首をもたげてくるようだった。
――エリック、・・・・バグがあるわね・・・・
唐突に、そう言う女の声が、フラッシュバックした。
途端に、今まで腹の中で渦巻いていたものが、一気に逃げ去った。
それは、彼にとって、恐ろしい言葉だった。
その女は彼の”仮の”姿の、一部を指してそう言った。
どこが、どう「恐怖」だったのか、
自分ではわからなかった。
けれど、それは「恐ろしい」言葉として、理解した。
その女は、さらに彼を十分に恐れさせた。
――このままだと、そう「長く」は、ないわね・・・・
彼女は「余命」宣告をした。
それは「信頼している」という証拠に、「自分」の「情報」を見せたとき、
その女は、言った。
時間が、ない・・・・。
彼は、心の中で反芻した。
女は「力を温存すべきよ」と、彼にアドバイスをした。
さらに、「”転送”を、使えば、使うたびに、そのバグは大きくなる」
とも言い、彼をいっそう戦かせる。
そうして、囁いた。
――チャンスは、一度しかないわ・・・・
彼は、忘れてしまわないように、頭の中で反芻させた。
「チャンス・・・・」と。
――いい、レナを今度のレセプションパーティに誘えばいいわ・・・・
女の声と、自分の声が頭の中で合わさる。
と。
――そこで、溜めた力を一気に使って、
レナを”洗脳”すれば、永久にアンタのものよ・・・・。
悪魔の囁き。
毒入りのりんごを、目の前に渡されたようだった。
それをレナの口に運ぶ。
たちまち、「毒」は彼女の「脳」内を、侵食し、冒し、
オセロの駒が反転していく様のように、彼女は「変わっていく」。
そうして彼女は・・・・、
[ワタシ ノ モノ・・・・]
忌まわしい声が、どこからともなく意識に滑り込んできて、
彼の脳内を支配する。
刹那、彼の口の端がつりあがった。
開かれたままの、青い瞳が、急激な感情の高揚と共に、
いっそう寒々とした水色に輝く。
3.
なんて、単純なのかしら・・・・。
アキは、冷めた目で「彼」が、今までいた場所を見ていた。
「彼」は、むしろ”幽霊”に近い存在だった。
実体はないものの、そこに”存在”することができる。
「彼」は、ある意味「画像データ」だった。
「彼」の姿を形成しているのは、DNAではなく、
「0」と「1」の組み合わせ、もしくは「C言語」でできていた。
「画像データ」である、「彼」に”毒”を埋め込むことなど、
造作も無いことだった。
それも、「彼」に知られることなく。
「画像データ」の一部に、「異常なコード」を滑り込ませればいい。
それは、ちょうどDNAの塩基配列を再配列する過程で生じた「間違い」が、
異常の連鎖を生み、「癌細胞」となる原理と、ほぼ同じこと。
密かに「彼」の中に”着床”し、”発芽”した瞬間、自滅を促す。
きっかけは、些細なことでいい。
「彼」が、「力」を放出させた瞬間、”起爆”させる。
それで、おしまい、だ。
――アキ、きっとキミの言うとおりにする、・・・・
うっとりと、目を細め、口の端をつりあげたその男。
その青い瞳の奥で、狂気じみた光がゆらめいていた。
「レナは、永久にアンタのものよ」と告げた瞬間の、
その男が剥き出しにした表情を、今も鮮明に思い出せる。
あれは、「狂人」の顔だった。
失敗すれば、恐らくレナは・・・・。
アキは背筋に、薄ら寒いものを感じた。
今日のレナの決意のような表情を思い出すと、
彼女は、全力で「彼」を拒むだろう、と思った。
彼女は、
「たとえ昔憧れていた人だったとしても、正気じゃないなら虚しいだけ」
と、冷えきった目元で吐き捨てた。
つきあいは、たかだか3年程度だが、
長い時間、会社で彼女とは接している。
一度決めたことは、どうあっても曲げないのだ。
つまりは、「頑固」。
そんな彼女が、いくら昔憧れていた「エリック・エヴァンス」だったとしても、
”正気”のエリックではない今、どんなに彼が甘く囁いても、
どんなに強引に迫ったとしても、彼女は決して折れないだろうと、
アキは、確信している。
彼女は、そういう「女」だった。
だから、もしも「彼」が「自滅」しなかった場合は、
エリックは、彼女を殺すかもしれなかった。
[Jay wants to connect you....]
(Jayが貴方との交信を求めています)
アキのパソコンの画面に、インスタントメッセージのウィンドウが開いた。
「Jay」が、”呼んで”いた。
[Hi, なに?]
と、アキ――ハンドルネーム[AK]は[Jay]に返事をする。
[ Beta ver. anti-Virus soft that for "Gohst"was ready ]
(抗”ゴースト”用の試作版のソフトが準備できたよ)
そう、インスタントメッセージのウィンドウに、表示されている。
アキは、ついに来たか、とキーボードの上に指を走らせる。
[ Jay, I got new Deta about "Gohst". I'll send them soon, ]
(新しいデータを手に入れたから、後で送るわ)
さっき、あの「エリック」から取り出したデータを、
アキは密かにコピーしていた。
それを使って、”補正”すれば、いよいよ本格的に「攻撃」開始だった。
後は、Jayが適当に手を加えた、アンチウィルス用のデータを、
企業に売りつける「専門」のバイヤーに流す。
Jayは、その「バイヤー」のハッカーを知っている。
彼が「バイヤー」に売り、「バイヤー」は高値で企業に、
アンチウィルスのデータを売るのだ。
「データ」のやりとりは、基本的に「前払い」だ。
支払い金額は、売り手の「評価の高さ」によって高低する。
報酬の何パーセントかは、それの額に応じてJay の元へキックバックされるが、
今回は、多少はアキの元にも還元されることになっている。
ただし、「Webマネー」というもので、だが。
うかつに銀行口座を教えれば、下手すれば個人情報が、
膨大なネットの宇宙へ、流出してしまう恐れがあるからだ。
ただ腕のあるハッカーに狙われたら、個人的な情報など、
一瞬で丸裸にされてしまうのだけれど。
[面白くなってきたね]
とJay は書き込んでくる。
それに、アキは「そうね」と返す。
レナに対する心配は、ぬぐえないのだけれど、
しかし、本当に面白くなってきた。
いよいよZAP社の「Teo2000 」の「不具合」の規模が、
ここ最近拡大してきたのだ。
さらに、アメリカの大手新聞社が、
パソコン普及のトップシェアを誇るZAP社の内部文書を手に入れ、
「一番隠しておきたい不祥事」を、トップですっぱ抜いた。
しかも、「Teo2000」の機種の中には、内部の配線基盤のどこかが
ショートしたのか、発火する機種が出てきたのだ。
しかも悪いことに、ZAP社内部では、なにひとつ、その対策が
打てないでいるらしかった。
「原因の特定ができない」
と、内部の極秘文書は、結論付けているのだ。
世界中に点在している「Teo2000」の"ゴースト"は、
度々どこかへデータを送信していることまでは、突き止めていた。
しかし、
島の無い海の上の地点への、送信。
だと、言う。
さらに、既存の「C言語」とは異なる形態のコードで出来ているらしかった。
作者の特定も不可能、既存の方法では解析できないため、ウィルスの詳細も
まだよくわかっていない。
正体不明のウィルス、ということから、ハッカーの間では
通称「ゴースト(幽霊)」と呼ばれるようになった。
けれど、そんなははずはないことを、
アキだけは、知っていた。
なにせ、彼女の「傍」にあるからだ。
レナの持ち込んだ「Teo2000」は、恐らく「本体」だった。
しかし、これを破壊すれば、万事解決というわけにはいかない、
と考えていた。
たぶん、
とアキは思う。
レナの「Teo2000」が、ダメになっても、世界中に何千万台とある、
同規格のパソコンの「本体」を”乗りかえ”るだろうと、予測していた。
だから「エリック」を消すには、「全滅」しかありえない。
「バイヤー」が企業に渡すデータは、名目では「"Gohst"ウィルス除去」ソフトである。
中身は、「ウィルスの除去」ではなく、「起爆スイッチ」だ。
全世界に散らばるレナの持っていたTeo2000のゴーストPCをたどり、末端まで行き渡ったところで、起爆する。
「起爆スイッチ」が押された瞬間、全世界同時刻に”ゴースト”を破壊する。
その、ある意味「ウィルス」ソフトである「アンチ・ゴースト」のデータは、
世界中のゴーストPCの末端まで運ばれ、
OSに潜み、「起爆スイッチ」が押されるタイミングを待つことにある。
しかもそのウィルスデータは、「レナのTeo2000のウィルスに感染したPC」にしか効力がない。
他の機器には一切、影響を与えない。
「起爆」のきっかけは、もちろん「エリック」が「力を放出する」瞬間。
その、公式に配布される「除去ソフト」と、ゴーストPC利用して、逆算し、
「本体」に向かって「配備」されてゆく「データ」と、今日「エリックの画像データ」に
刷り込ませた微細なバグの、三段構成で、確実に「殺す」のだ。
あとは、「エリック」とレナ、次第ね・・・・。
アキは、自分の画面を眺めて、息を長く吐いた。
話自体は2000年ごろに書いたものなので、技術が古いです。
実際のデータ、名称などを使っていても、全て架空物であり、真実はありません。