高嶺の花の君
真っ赤な薔薇がよく似合う、高貴で美しい彼女はまるで高嶺の花だった。
次に僕が好きになったのは、僕より身分の高いご令嬢だった。名前はスカーレット・グレイ。
王家の次に権力をもつのは三つの公爵家だ。
現王妃様のご実家であるヴェリディ公爵家。王家を守る剣であるアリスター公爵家。そして、代々宰相として長年務めるグレイ公爵家。その娘であったのが僕が好きになった人だった。
彼女とは十六歳の社交舞踏会で出会った。
学園で舞踏会のようなものはあった。だが、ただダンスを踊るだけではない、貴族として重要となってくる情報交換、婚約者探しなどなど、大人にとして本当の社交の場に参加できるのは十六歳からである。
彼女と出会ったのは、僕が舞踏会にはじめて参加した時だった。
僕と同じくはじめてなのだろう、とても緊張した面持ちでいた一人佇む彼女に僕から話しかけたのがきっかけだった。
「お初にお目にかかります。僕はアルフレド・シンシアと申します。私と一曲踊ってくれませんか?」
「……喜んで」
ダンスに誘うのははじめてで内心とても緊張した。ツンとしたすまし顔で僕の手を取る彼女だったが、よく見るとわずかに頬や耳が赤く染まっていて、可愛らしいと感じた。
ダンスエリアまでエスコートして、曲に合わせてステップを踏む。
彼女は複雑に編み込まれ纏められた赤い髪、ドレスは緑を基調とした淡い色であり、アクセントとなる箇所のレースは濃い緑をしている。
と、そこで僕はあることに気づいた。
「……もしかして、そのネックレスは婚約者の?」
彼女の首にはエメラルドのシンプルなネックレスがあった。
最近、自身の婚約者の瞳の色をネックレスで身にまとう令嬢が増えていると聞く。
僕は少し落胆しながら尋ねた。
「いいえ。わたくしはまだ婚約者はいないわ」
「そうですか!」
「嬉しそうですわね。少々失礼ではなくて?」
「いや、僕にもチャンスがあるのではと思ってしまって」
「……えっ!?」
彼女は僕を見上げて数秒呆けたと思ったら、途端に顔を真っ赤に染めた。テンポが崩れ、足を踏まれそうになったが僕はサッと避けた。
「貴方、なっ、何を!?あっ、冗談ですわね!?」
「いや、私は真実しか口にしませんよ。出会ったばかりですが、考えていただけると嬉しいです」
にこりと微笑むと、彼女は真っ赤な顔のまま固まり、うろうろと視線を彷徨わせた。
そして、もごもごと口ごもりながら言った。
「……あ、えっと、その、ちょっとは考えてあげるわ!」
僕はその答えに嬉しくなって笑った。
その後、彼女とはいろんな場で度々ダンスを踊った。息が合うのか、彼女とはとても踊りやすかったのだ。婚約はまだしていなかったがいくつかの舞踏会を一緒に参加した。
高貴な身分であり上品で美しい彼女に、僕以外でも誘う紳士は多かっただろうに、彼女は僕の誘いに一度も断ることはなかった。
貴族の知り合いの中でも一番よく踊っていたから、僕にとって一番ダンスの息が合うパートナーだった。
彼女はちょっと不器用で、きつい言葉を言ったりするけどもそのあとしょんぼりと目を伏せる仕草が可愛らしい子だった。
前に一度だけ、僕のマントと彼女のドレスの色が同じ時があった。
「な、なんで貴方がその色を着てきますの!?」
「まさか君がこの色のドレスを着てくるとは思わなかったんだ」
彼女の淡い藤色のドレスは、ところどころエメラルドと白銀の刺繍が施されている。
対する僕はタキシードは白を基調としたシンプルなものだったが、淡い紫色のマントに白銀の刺繍だ。
彼女はいつも緑を基調としたドレスを好んでいた。緑は僕の瞳と同じだったから、彼女が僕の色を纏ってるようで嬉しく思っていた。
だから今度は僕が彼女の瞳の色を纏っていこうと考えたマントだった。
「今日は、僕の瞳の色のドレスじゃないんだね」
「っ!?別にいつも意識してた訳じゃないわよ!?わたくしは緑色が好きなだけで!そう!シンシア様の瞳の色なんて気にしたことなかったわ!」
「そっか。でも僕は嬉しかったな。だから今日は君の瞳と同じにしてみたんだよ。でももしかして迷惑だったかな。嫌ならもう着ないようにー」
「別に!!!嫌とは言ってないわ!あ、その、ただちょっと恥ずかし……いえ、えっと、とにかく!悪くはないわ!!だから、次もその、着てきてほし……着てもかまわなくてよ!」
顔を真っ赤に染め、ツンと横を向いてしまった彼女に僕は頬を緩むのを必死で耐えた。
お揃いのようになってしまったその日、彼女はずっと僕を見るたびに恥ずかしそうに唇を尖らせていたが、僕は嬉しくて仕方がなかった。
その日着ていたマントは僕の大切な宝物になった。
そんな彼女との別れは突然のことだった。
僕が領地へ帰省している間に、彼女の実家は没落していた。
どうやら彼女を含めたいくつかの貴族たちが反逆を企んでおり、まず手始めに陛下を毒殺しようと計画していたらしい。元々第一王子を担ぎあげ、国を裏から支配する企みをしていだが、第一王子が失脚したせいで計画は無になった。代わりとなった第二王子はそう簡単に言いなりになるような人物ではない。それで思いついたのが陛下を毒殺し、その罪を第二王子に着せることだった。
すぐに反逆の関わりがある人すべて王城に捕らえられた。首謀者であった彼女の父や知っていたのに隠蔽したとして彼女を含めたグレイ公爵家の一族は皆、毒杯をもって全員処刑されたそうだ。
長年宰相として高い地位を得ていたグレイ公爵家による陛下毒殺未遂事件。大事件だったそれは驚くほどすごい早さで処理された。それは他の国へ攻められる隙を与えない為だったのか、それとも最初から警戒されていたのか、僕にはわからない。ただ、辺境にいた僕が王都へ帰ってくるまでその大事件を知らなかったくらいには迅速に対応されたのだ。
まさかそんなことが起きるなんて。
首謀者の娘、スカーレットと一緒によく舞踏会に出ていた僕も反逆の疑いありとして騎士団が調査にやってきたが、何の証拠も出てこなかった為あっさりと解放された。それもそうだ、僕は何も知らなかったのだから。
だが、証拠がなかったとしても周囲からは反逆者の娘と仲良かった僕はよくない目で見られるだろう。
そう覚悟していたのだが、全くそんなこともなく、むしろスカーレットに誘惑されかけたが靡かなかったとしてなぜか賞賛された。
彼女に誘惑されたことなんて一度もなかったのに。むしろ婚約してほしいと頼んでいたのは僕の方だ。彼女は僕のダンスの誘いは断らないのに、婚約してほしいと言うと絶対に断るのだ。
今思えば、もしかして反逆を知っていたからなのだろうと思う。もし彼女と婚約していたらきっと僕も処刑されていたかもしれない。
真実はわからない。彼女はもうこの世にいないので尋ねることはできない。
これが僕の三回目の失恋だった。