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明るく元気な君




もう二度と人を好きになることはないだろう。

そう思っていた僕が次に好きになったのは明るく元気な少女だった。




彼女とは学園の入学式で出会った。




「私、マリア・ラヴェル。よろしくね!」




まるで太陽のように輝く笑顔が印象的な彼女は、もともとは城下町の飲食店を経営する両親を持つ平民の女の子だ。

だがある日、飲食店兼自宅が全焼し両親を亡くした。そして父の学生時代の親友であったラヴェル男爵によって、養子として引き取られたばかりだった。



十三歳になった僕が通い始めたのは、この国の将来を担う貴族の子息令嬢や優秀な市民をも集めた王都随一の学び場、スミャート学園だ。

小さな頃から多少なりとも学のある生徒が集まったこの学園で、今まで一度も勉強したことがないという彼女の存在は悪い意味でとても目立っていた。



彼女は僕の隣の席になった。貴族の世界に慣れないと嘆く彼女に一般的な貴族のマナーを教えたのは僕だった。

目上の身分の相手に対する振る舞い、食事のテーブルマナーやカーテシーのやり方まで、僕は彼女が学園に馴染めるようにできる限りのサポートをした。



それは僕が優しいからじゃない。



どんなことがあっても、めげずに一生懸命に取り組み努力する彼女をすごいと思ったからだ。





「これ、お礼にならないかもだけどもらって!」




彼女はよく手作りのお菓子を作っては、お礼と言って僕にプレゼントしてくれた。甘さ控え目なそのお菓子たちは、僕の好みでとても気に入っていた。





彼女は同級生の友達たちの中でも一番よく話をする相手であり、僕の一番の友達だった。




彼女は話すことが大好きで、よく楽しそうに僕に話してきた。ちょっとした失敗談や最近見た夢の話など小さなことも含めてすべてだ。

学園に慣れてきて、彼女にたくさんの友達ができた。席替えをしたため、彼女の隣の席でなくなってしまったけれど、それでも彼女は毎回僕のところにやってきては雑談をするのが毎日のルーティンだった。




そんなある日、彼女は僕のもとへ頬を膨らませてやってきた。



「もー!きいてよっ、シンシアくん!」

「どうしたの?」



読んでいた本から視線を彼女へ向ける。

彼女の手には明らかに手作りだとわかるお菓子が、白いリボンで結ばれた可愛らしい薄紫の袋に入れられていた。今回はクッキーらしい。だがよく見るとそのクッキーは落としたのだろうか、割れているようだった。



「さっき、知らない人に声かけ話しかけられたの。美味しそうなお菓子だね、ひとつもらってあげるよって。あげるとも言ってないのにだよ!?人のお菓子奪おうなんて失礼すぎるよね!」

「へぇ、そんな人いるんだね。どんな人だったの?」

「すごくきらきらした人だったよ。金髪に青い瞳の。いくら顔が良くても、初対面であれはないわ!」

「……へぇ」



金髪に青い瞳で顔の良い人物。



僕の頭の中で、すぐに第一王子の顔が浮かび上がった。



彼女が話しかけたの、絶対そうだ。




第一王子、ハグリッド。社交界の薔薇と呼ばれる王妃によく似た絶世の美男子。金髪に青い瞳の、見た目はまさに絵本に出てくる王道王子様像そのままを体現したかのような人だ。



だが、惜しまれるのはその中身。



陛下のようなカリスマ性も、王妃のような慈悲深さもない。あるのは山より高いプライドに、思い込みの強さ。陛下を含めた様々な権力者の注意告知もすべて無視しながらまともに勉強しようとせず、遊びまくっていると聞く。




王族としてあまりにも相応しくないそのありように、今度何か事を起こしたら王位継承権の剥奪と除名が決定することを、僕は密かに情報として得ていた。




「これはもう決まったかな」

「何が?」

「いや、なんでも。それより大丈夫?他に何もされなかった?」

「うん、大丈夫!クッキーも頑張って死守したし!割れちゃったけど……」




悲しそうに割れたクッキーを見つめる彼女に僕は手を出した。




「それ、僕がもらってもいい?」

「え!もらってくれるの?割れちゃってるよ?」

「割れてても味は同じでしょ。僕、君が作るお菓子好きなんだ」

「嬉しい!これね、シンシアくんのために作ったんだよ」




しょんぼりした表情から一転、パッと花が咲くように笑顔を浮かべた彼女は僕にクッキーをくれた。




彼女が必死で守ったお菓子はいつも通り甘さ控えめの僕好みの味で、袋を包んでいた白いリボンは僕の大切な宝物になった。






僕はそんな幸せな日々がずっと続くと思っていた。





「私はここにいるマリアと愛し合っている。真実の愛だ!だからお前との婚約は破棄する!」




第一王子が学園の集会でそんなことを言い出すまでは。




なぜそうなったのかはわからない。





学園に帰ってきて驚いた。

僕が他国へ留学している間に、なんとマリアが第一王子と恋に落ちたらしい。




目の前に見える第一王子は、学園のみんなの前で婚約者であった侯爵令嬢を貶める発言を次々に言い放った。

傲慢で横柄な第一王子とは違い、品性方行と知られる侯爵令嬢では圧倒的に後者の信頼が高かった。だから第一王子の話は誰も信じない。



皆が蔑んだ目で第一王子を見ているのに、彼はその目線に気づかないまま、マリアが侯爵令嬢からひどいいじめを受けていたという嘘を堂々と語り始める。



そんな第一王子の隣にはマリアがぴったりとくっついていた。



あれほど毎回僕の元へ来ては楽しそうに話していたのに、学園に戻ってきた僕の元へ一度も来ることはなかった。目があっても、廊下ですれ違っても、まるで僕のことなんか知りませんとでもいうように僕の方を見ない。

今もそうだ。熱を帯びた熱い視線を、ただひたすら隣の第一王子に向けている。



「真実の愛か……」



僕はじっとマリアを見つめた。










その後、第一王子には陛下より王位継承権の剥奪と除名が言い渡された。ただのハグリッドになった彼はマリア・ラヴェルと婚約し、二人は揃って学園を退学した。今はラヴェル家の領地で暮らしているらしいが、詳細は不明である。




ちなみに第一王子の婚約者だった侯爵令嬢は、新たに優秀と名高い第二王子と婚約した。王妃に似たハグリッドと違って彼は陛下似だった。黒髪で青い瞳を持つ体格の良い騎士然とした美男である。二人の仲は良好で、この国の未来を安心して任せられると、権力者たちからは大絶賛されている。








これが僕の二回目の失恋だった。







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