初恋の君
僕がはじめて好きになった女の子は大人しい性格の女の子だった。
彼女とは僕が六歳の時に王都にある小さな孤児院で出会った。
シンシア伯爵家の長男に生まれた僕、アルフレド・シンシアは将来爵位を相続することが約束されていた。シンシア家の治める領地は王都から遠く離れた辺境の地である。
だが、自然豊かな静かでのんびりとしたとても過ごしやすい地であり、温泉も湧いているし食べ物は美味しいし、日々の疲れを癒やしたいような人たちに人気の観光地として多くの人が訪れるような土地である。
そんな地に住む僕がわざわざ遠い王都にいた訳は、世の中の見識を広げるためであり、生涯の伴侶を見つけるためだ。シンシア伯爵家では自らの妻は自力で見つけなければならないという変わったしきたりがある。
そのため、僕は王都以外にも海外など様々な場所へ赴きいろんなことを学んだし、色々な人たちと仲良くなった。
だが、僕が一生一緒にいたいと心から思えるような相手は今まで出会えなかった。
そう、彼女と出会うまでは。
はじめて出会ったあの日、人見知りな彼女はいつも孤児院の中、みんなが集まって遊んでいるところから少し離れた壁にもたれて本を読んでいた。
僕が近づくと本から顔を上げて警戒したようにじっと見てくる姿が猫みたいで可愛かった。
「隣、座っていい?」
そう言って声をかけたのが最初。
その日は無言で首を横に振られ、しぶしぶ諦めたが、孤児院に行くたびに懲りずに話しかけていたら観念したらしい。こくんと頷いてくれた。
彼女はたった一人の家族である母を亡くして孤児院に引き取られたばかりだった。その子は僕と同い年で、珍しい真っ白な髪をしていた。名前は言いたくないというその少女に、まるで雪のようなその髪色から「スノウ」と呼びはじめたのは僕だった。
シンシア家の領地以外に僕が心を休める場所として気に入っていたのがスノウの隣にいることだった。王都にある屋敷を抜け出してこっそり孤児院にいるスノウの元へよく遊びに行っていた。もちろんスノウ以外の子どもたちとも遊びはするが、やっぱり僕はスノウの隣にいるのが好きだった。
なぜスノウが好きなのかと聞かれてもはっきりとした答えはなかった。強いて言うなら、勘だろうか。スノウとはじめて会ったその日から僕の勘がこの子が僕の伴侶になる子だと告げていたのだ。
孤児院の子どもたちの中でもスノウは僕の一番の友達で、一番大好きな子だった。
スノウの母親が元気だった頃、よく本の読み聞かせをしていてくれたらしくスノウは本が大好きだった。
難しくて読めないものはその都度僕に聞いてきては、隣にいる僕そっちのけで黙々と本を読んでいた。だけどその時間は僕にとって心地よくて、そして文字の読み方や意味を教える際に見ることができるスノウの笑顔が見たくて、僕はスノウが聞いてくる文字を絶対に答えられるように今までよりももっと勉強に力を入れるようになっていた。
「アル、いつもありがと」
ある日、少し恥ずかしそうにはにかんだ笑顔のスノウが僕に手紙を書いてくれた。
いつのまにか文字まで書けるようになっていたスノウは、「はじめて手紙渡すなら、アルに書きたかったの」と言った。
僕はとっても嬉しかった。
はじめてもらったスノウからの手紙はまるでミミズが這ったようなふにゃふにゃな字で、見た瞬間、あまりにも愛しくてつい笑みを浮かべてしまった。その僕の表情に字が下手で笑われたのだと勘違いし、「アルがびっくりするくらいに綺麗な字になるまで手紙なんて書かない!」と拗ねるスノウが本当に可愛くて、本当に大好きで、その手紙は僕の大切な宝物になった。
その後、十枚以上にわたる感謝の手紙をスノウに渡したところ、ちょっと呆れたような表情をしたスノウも含めて僕の大切な思い出にだった。
僕はそんな幸せな日々がずっと続くと思っていた。
スノウとの別れはあっけないもので、僕が後継の勉強でしばらく孤児院へ行けなかった間に、スノウは知らない誰かに引き取られてしまった。
噂によるとどこかの貴族様らしい。
なんとかしてそのスノウを引き取った貴族とやらの名前を聞き出してスノウに会いに行こうとするが、孤児院の子どもたちも先生も誰もスノウの引き取り先を知らなかった。
こんなにも徹底して秘密にするなんてよっぽど高い地位にいる貴族だったのだろうか?
何人かの先生しかスノウの居場所を知らないらしく、教えてもらえなかった。
父や母にねだってみたものの、「貴族ならまたどこかで会うだろう」と言って僕にスノウの行き先を教えてくれなかった。ひどい。
それにスノウもお別れも何もないままさよならなんて、薄情だろって僕は思った。あんなに一緒に過ごしたのに一言もないなんて悲しすぎる。僕はスノウのことが心の底から大好きで仕方ないのに。スノウにとって僕はそんなどうでもいい存在だったのだろうか。そう思ってよりへこんだ。
スノウといれない。姿も見れない。スノウのいない日常は気が狂いそうだった。
ただただ会いたくて何度も孤児院に向かった。だけど当然スノウはいなくて。何度も泣いて。笑顔がもう一度見たくて、いないとわかっていながらもまた孤児院に向かう。
それを何年も繰り返して、ふと僕は孤児院に行くのをやめた。
それが僕の初恋で、そして失恋だった。