転生したら、妻が殺された
よく言うだろう、転生したらなんて。
思い返せば、三十七年。墓場から赤ん坊まで、そうすれば、いつの間にやら転生なんぞして。俺という、哀れな男は、ふらりと生きていた。
野心はあった、ここが異世界ファンタジー溢れる世界なら、いくらでも。だが、時として世は無常というやつで。目覚めた世界は、いつも通り二十世紀の終わりかけ。現代社会に揉まれた、そんな二度目があった。だからこそ、せめてもの抵抗に、俺は正義とやらを掲げて。
憧憬とは真逆の刑事に、なった__。
幸いなことに、この世界は元よりは少し違って、物騒。まとわりつくような犯罪は、いくらでも。言うなれば、刑事ドラマなんかの世界観のまんま。荒っぽく、ハードボイルド。
少なくとも、スリリングに充実していた。
そのうち、制服でも纏えば、そういうのが好きな女と出会って。一度目の人生じゃ、満足にも家庭とやら持てなかった、俺は。そう、アウトドア好きの活発な女と、夫婦になった。嫁さんになってくれたんだ、こんな俺の、こんな仕事の。だから、俺だって、古い考えだが、贅沢させてやりたくて。
気取って、不器用に、それこそ記念日なんか。浮ついた気持ちで仕事していたからだろうな、そんなこと。それとも、一度目の未練でもあったか。書き込んであった、転生したこと。ぺらぺらと、日記に書き込んだ、馬鹿らしさ。そいつは、ぽたぽたと、帰宅した玄関の、その、血溜まりの中にあって。
派手な下着を纏った、嫁さんがぼろぼろ。
「へぇ、あんた、ぼくとおんなんじなんだねぇ」
包丁持って、ちんこ晒しながら、日記をひらく、男。ぺらぺら、音鳴って。しんどそうに、痩せた具合の悪そうな、そいつは。"それ"は、確かに俺をまっくろな目玉で見つめながら。
心底、嬉しそうに。
「悪いことあった日には、良いことあるもんだねぇ」
「……は」
「ごめんね、"こいつ"がぼくとは遊びだって言うからさ」
玄関に、不揃いの男女の靴。
微かに臭う、それらのぐちゃぐちゃした、わからないなにか。嫁さん見る目は、まるで傷付いたように振る舞って。唖然と、突っ立ったままの俺を見上げる、そいつ。
「でも、あんたが転生者なんて、ツイてる。なぁ、仲良くしましょう。見たとこ、いい人そうだしねぇ。他にもいるんなら、協力しないと、ね」
「なに、言ってんだ、おまえ」
「そうだ、あいさつ、あいさつ。ぼくは"ミネカワ"ね、よろしく」
きゃっと笑って、肩を叩きながら。おっとと言い、包丁を床に置いてゆく。転生者の、その意味が宙に浮かんだまま。俺は、ぶるりと膝を震わせて。奥歯ががたがた、嫁さんのその姿を目に焼き付けていた。
そして、そいつは言う。立ち上がりながら、まるで親愛の挨拶だと言わんばかりに、俺の手を握りながら。
握手して、言った。
「__ああ、お詫びにもっといい子紹介するね」
転生して、三十七年。
魔法も、貴族でも、異世界ファンタジーでもない、クソみたいな世界で、せめてもの抵抗で刑事になった、俺が悪いのか。握手を握り返しながら、務めて冷静に。床に置かれた包丁、そいつを丁寧に拾い上げて。俺は大かぶりに、そいつに、ミネカワの腹へと突き刺した。
なんで、という表情でいる。その奥で、嫁さんの惨たらしい姿を捉えて。せせら泣きながら、ひたすらに、ごめん、ごめんと謝り続けた。そうしたら、呼んでもいないサイレンの音が聞こえ始めて。俺はミネカワの身体をゆっくりと支えながら、床へ。ふつり、ふつりと、首を垂れて。
__転生したら、妻が殺された。
俺と、おんなじ転生者に。