第7話 急襲のレフ
そんなこんなで数年の時をかけてマヌカー港町に到着。街に入ったことで増した人の数にイムさんは目に見えて気分を悪くしてしまったため、乗船の交渉には俺に任されることになった。
イムさんが喰らった人らの所持金を当てに、俺は各地を旅している冒険者とその娘だと身分を偽って渡航を取り付け部屋を確保できた。
部屋に荷物を置き、一度船の地図を把握しようと出たところで出会ったのが―――
「へぇ〜。貴方も旅を?俺のように秘境を求めていらっしゃるのかな。それとも何か財宝を?」
「財宝……と言われれば、確かに財宝ですね。滅多に手に入らないものなので、危険を承知で旅をしています」
「ほほぉ……まだまだお若いのにご立派なものだ」
―――旅人のレフさん。少年の出で立ちでありながら立ち振る舞いもしっかりしていて気品もある。アルトハイム王国から来たらしく、俺たちのように何年も旅を一人で乗り越えてきたのだろう。
先程はイムさんが『人間』と呼びそうになったからレフさんからは見えない速度の魔力を込めた腹パンで黙らせてしまったが、なるべく無用な疑念を作りたくはないから仕方なかったんだ。
さっきから床に敷いた布の上で腹を抑えながら震えてるし、無意識だろうから罪悪感もすげぇんだけれども。
「……ベヘモットさん。少し質問があるんですが、聞かせていただけますか」
「ん?ああ、いいよ」
「それでは……フッ!」
「んッ!?」
突然、レフさんが俺の顔へと貫手を放ってきた。咄嗟に腕を掴んで止めるも、レフさんが指を開くと掌から電撃が溢れ出した。
「《ライトニング》!」
詠唱と同時に俺の顔を稲妻が打った。意表を突かれ仰け反れば、レフさんは俺から距離をとりその手に魔力を集中させる。
現れたのは銀の光を放つ美麗な十字槍だった。それも、俺の中の何かが警鐘を鳴らすほどの嫌な予感を感じる。
それを感じとったのか、攻撃態勢になっていたイムさんも伸ばそうとしていた手を止めた。
「聞きたいことというのは他でもない。貴方に出会った時、私はおぞましい気配を感じた。気のせいかとも思ったが、どうにも頭から離れない」
おっとマズイぞ。そういえばレフさんを見た時に、ふと気が緩んで魔力が漏れ出てしまったんだった。
この大陸から離れるということは、フェニシア王国との別れを意味する。少しだけ昔のことを思い出していたところに、彼を見てしまったから。
「だからこうして仕掛けさせてもらったが……この身のこなし。そして魔力をセーブしたとはいえ雷魔法を受けて無傷」
生気があまり感じられない瞳をしているが……その黒い髪と顔立ち。どうにも思い出してしまう。この数年で育っていたらこんな感じなのかと、つい思ってしまったから。
「ベヘモットさん。貴方は……何者ですか」
ロアレフ。お前は、今頃どうして……。
「…………言ったでしょう。俺は冒険者、魔物たちとの戦いも幾度となく乗り越えてきた。レフさん、ドラゴンと戦ったことはあるかい?奴はね、鋼鉄に勝る鱗と灼熱の炎を持つ。そんなのを相手にしていれば、こんな威力の雷魔法じゃ、俺の魔力抵抗は抜けないよ」
遥か未来の記憶。その中には、修行と称しドラゴンの群れが住むと言われる島に殴り込みにかかったものもあった。
山をも砕く強靭な肉体と魔法など優に超える威力を持つブレス。そんな化け物がゴロゴロいる魔境でサバイバル生活なんてして、当時の俺は相当力に飢えていたらしい。
だからこそ、雷魔法の中でも中級程度の《ライトニング》じゃ俺の魔力を貫くことはできない。
「俺の見たところ、君はまだ死を賭した戦いを経験していない。機転は利くし伸び代もまだまだあるが、圧倒的な経験不足。まずは……そうだな」
聞き入っていたレフさんから生唾を飲む音が聞こえる。俺の話に興味を持ってくれたらしい。これほどの戦いぶりだ、相応に力への欲求はあるのだろう。だが俺がまず言うべきはこの一つだけだ。
「嫌な予感がしたからって突然攻撃を仕掛けるのはやめようか」
「…………すみませんでした」
うんうん。ちゃんと謝れる子は好きだよ、俺。
互いに落ち着いた後は、床に腰を据えて談笑に移った。イムさんは人間への不信と相まって威嚇しっぱなしだが、俺としては謝って貰ったし許しているところだ。そこには自分に傷がついたみたいな、目に見えた実害が無かったからというのもあるだろう。
「それにしても、《ライトニング》とは驚いた。この平和な大陸で中位の魔法を修めているとは。かなりの鍛錬を積んだようで」
「いえ、私など……この程度、魔物たちと戦った国々では珍しくもないでしょうし」
だとしてもだ。魔法を昇華させるには相当な鍛錬が必要だ。そのための触媒なども用意するのが大変だし、費用も凄まじいものだ。レフさんはいい家に生まれたのだろう。
「それよりも貴方です。おみそれしました。本当に強いのですね」
「いやいや、俺もまだまだ。君ほどの才があれば、いずれ俺など及ばないかもしれない」
お世辞ではあるが、俺は素直に感心している。
例え魔法に精通していても中位までの探求で人生を終える者がほとんど……上位となると世界に数人もいないだろう。この若さでそれほどまでに魔法を練り上げられているのは驚嘆に値する。
「君は若い。これからの旅で、きっと強く成長していくはずだ。自分のできることを全部やって、それでも足りないと思ったのなら……もしかすれば、互いにしのぎを削るような仲になれるかもしれないね」
俺にしては妙に甘い物言いだ。けれど、レフさんには可能性を見た。その目には確固たる意志を感じることができた。齢を重ねれば、きっと彼は自分の想い描く未来に辿り着けるだろう。
「さて、そろそろお昼だ。一緒に食事でもどうかな?」
「もうそんな時間ですか。ならご馳走させてください。先程のお詫びです」
「ん……ああ、お言葉に甘えるとしようか。行くぞ、スラー」
「……わかったよ。ただし、全額負担ともうこんな事をしないと誓ってくれるならね」
「はい。申し訳ありませんでした」
まだ警戒の色が見えるイムさんの頭をポンポンと叩きつつ、俺は船に備え付けられたレストランへと歩みを進めた。
思わぬ波乱が起きたが、きっとこの旅は退屈とは無縁なものなのだろうなと、仄かに期待しながら。