第6話 港町までもなかなか波乱
大陸を渡りながら各地の魔物たちを集めることになった俺は、スライムだからと物資をイムさんの中に押し込んでいった。大して発展していないこの大陸に港町は一つしかない。
それはフェニシア王国の北東にあり、先にも言ったように拠点からだと大陸を横断しなければならないのだ。
そんなわけでイムさんを連れて拠点を立った俺だったが、一つ重要なことを忘れていた。それは―――。
「おいおい!こんな山道をたった二人で通るとは……ヒッ!?」
「ここいらは俺らの縄張りだぜ!命が惜しけりゃ……な、なんだよその格好」
―――この魔王となった時に生じた角や荘厳な鎧姿のことだ。
時折人とすれ違うことはあったんだけれど、その度におかしな目を向けられていたから何事かと思っていたんだけど……たまたま襲ってきた山賊に指摘されてようやく合点がいったよ。
「え、わざとじゃなかったのかい?まさか気付いていなかったなんて思わなかったんだが」
「な、何言ってんの!?そんなわけないじゃない!」
図星をつかれてしまったが、とりあえず山賊たちを処理しなければ。だが俺が何かしようとすると加減が難しい。少しでも出力を間違えてしまうとうっかり周囲ごと吹き飛ばしかねないから、必然的にイムさんに任せることになるんだが……。
「ベヒーモス様は何もしなくていいよ。こういった輩の掃除は部下であるボクの役目だ」
イムさんは右手を液状化させ一息に山賊たちを飲み込む。悲鳴や断末魔といった生命の最後の震えをこそ食い尽くすことで、魔物としてのスライムはさらにその格を上げるのだとか。
『スライムに限らず、魔物は皆が人間の負の感情を糧とすることができる。それは本来魔物が、人間を強く進化させるために作られたからとする説もあるが、人の失敗作……つまり半端なものであるからこそ完成された人間から奪うことができるとするのが通説だ』
ほぉーん……やっぱり魔物たちにも相応の歴史があるんだな。それこそ、人間とは比べ物にならないか。
『それよりもだ。イムにこれまで辿ってきた道を戻るよう命じておけ』
それはどうして?せっかく半日もかけて歩いてきたっていうのにまた戻らせるのか。
『阿呆め。そなたは魔王としての姿を見られたのだぞ。斥候とはいえ軍とやりあった直後だ、なるべく目撃者は消した方がいい』
ああ、そういうことか。元はと言えば俺のせいだし、余計な死者は出したくないんだけど……あまり気は進まないが仕方ないか。
「イムさん、ちょっとお願いがあるんだけども」
「あっ、ちょっと待ってくれ。ぷッ」
イムさんが口から小さめの鞄を吐き出した。それから次々と服やら何やらがお腹から吐き出されていく。はて、これついさっき見たような……。
「さっきすれ違った人たちのだよ。中身は有効活用しないとね」
あ、これ既に食べちゃってた感じ?やだ、うちの部下が有能過ぎて感動しちゃう。
それはさておき、イムさんが捕食した人たちの所持品を漁らせてもらおう。まるで追い剥ぎをしてるみたいで気が引けるけど仕方ないよね。うん、仕方ない。
『では、後はそなたの姿をどうにかするだけだな。角は我の力を抑えればどうにかなるし、闇を用いれば服装はある程度の自由はきく。やり方は未来の頭から引っ張りだせ』
無茶を言うんじゃないよタウロス。そう簡単に、まだ経験していない経験を思い出すなんてできないから。
『仕様のない奴だな。ならば……フフッ、手を貸してやろう』
ちょっと待て。今笑っただろ?とてつもなく嫌な予感が―――
『そら、タウロスパンチ!』
ゴガァッ!?脳が……痛む……ぉ……。
「……ッ、ここは…」
『起きたか。我がそなたの記憶をぶん殴ってやったおかげで色々と思い出せただろう』
そうだな。使い方と一緒にお前さんにも相応の恨みがあったことを思い出したよ。
それにしても、ここはどの辺りだ?山道から草原になっているし……草原?ということは、メルキド山脈の北東に位置するアウラー平原と考えるのが妥当か。
「イムさんは…どこに?」
『そなたの後ろで寝ているぞ。一気に記憶を思い出したせいで頭に多大なストレスが溜まったからな、イムはそなたを平原まで背負い、看病しておったのだ』
それは……悪いことをしたな。眠りこけているイムさんの頭をポンポンと撫ぜてやり、俺は大きくのびをした。
それにしても、色んな記憶が次々に思い出せる。なんだか俺が俺じゃなくなったみたいな感じだ。
『それはそうだ。時間で表せばざっと7万年の月日を頭に叩き込んだからな』
「ななまっ……!?待て、未来の俺はそんだけ生きてるのか!?」
『我も驚いたぞ。魔王ある時、勇者もまたある。どの魔王ももって数千年だ。だがそなたは遥かに上回る7万年……呆れて笑うしかなかったぞ』
長生き……いや、いい事のはずなんだけど自分でも引くわそれは。だけどつまり、それだけ長く生きているということは世界も俺のものに……記憶がねぇな?まだ途中なのかもしかして。
『とりあえず、未来は未来。だがいくらでも変えられるもの。記憶と同じものになるとは限らぬ。そなたはそなたの道を行けばいい』
「……そうだな。さて、そろそろ起こすか。ずっとここで止まっているわけにもいかないし」
イムさんの肩を揺すってみる。起きない。
まあ確かに俺との会合やら人間の襲撃やらで色々あったからな。疲れが溜まっていたのかもしれないし遠慮してしまうな。
『スライムは疲労とは無縁な生物だぞ』
遠慮する必要が無くなった。
「イムさ〜ん。起きてくれ。寝てるとこ悪いけど出発しなきゃ」
「……プルプル…」
起きねぇな……仕方ない。俺も運んでもらったし、今回くらいは一肌脱ぐか。
角や棘を体内へとしまい、服装をありきたりなものに変えるとイムさんを背負った。
スライムなだけあって軽い……と思いきや、まるで山のような存在感だ。腐ってもスライム魔人、この小柄な身体に膨大な質量が詰まっているということか。
『ほう……我の力を抑えた状態でイムを易々と背負うか。肉体もかなり高い完成度のようだな。喜ばしい限りだ』
「それだけじゃないぞ。幼い頃に学んだ武術も……昇華されている。どうやら俺は随分と頑張り屋さんだったみたいだ。新しい発見だよ」
あまり自信が強いというわけでもないから素直に驚いた部分だ。だけどこれにかまけちゃならないのはわかってる。
タウロスの言葉から考えるに、俺という魔王が出てきたことで勇者もきっと出てくる。さらに先へ、さらなる力を求める。そうすれば、確実に世界を手に入れる近道になるはずなんだから。