第2話 素晴らしき魔王ボディー
タウロスとの融合を果たした俺は、目が覚めると森の中で横になっていた。
だけど夢の心配はなかった。湧き出る力とデカくなった身体が、先程のことは全て現実だと物語っていたからだ。
「……それにしても、やけに動きがスムーズだな。急な成長に身体の使い方がままならないかと思ったんだけど」
『言ったであろう。そなたは我との融合を選んだことで魔王としての未来が確定した。その精神と身体はそなたが懸命に魔王として成長し鍛え上げた姿だ。心も身体も使い方を心得ておる』
「ほーん……」
俺の頭の中で響いたタウロスの声に一瞬ビクついたものの、現状を把握するには充分な説明だ。
タウロスは僕を未来の俺へと成長させた。その影響で魔王を受け入れる前は純粋に人として育った姿だったが、受け入れた後は魔王として成長する未来に変化した。当然、精神も鍛え上げた経験を蓄積しているし、身体も無意識にも使い方を覚えているってわけだ。
「現状確認も済んだところで……さて、まずは何をするべきかな」
『ふむ、そうさな。この大陸は魔物と人間どもの戦において前線から離れておる。故にこそ敗れた我はこの大陸へ落ち延びたのだが……確か部下の魔人を一人遠征に派遣していたはずであったな』
「へぇ……なら合流してみるのもいいかな。魔王になったのに魔物の仲間が一人もいないんじゃ格好もつかないから」
フェニシア王国は戦火から離れた大陸にある。故にこそ父う……いや、フェニシア王は人一倍平和を疑い、過敏と言えるまでに戦に備えていたんだが…まさか本当に魔王配下の魔人がこの大陸に侵攻していたとは。
魔人とは人型の魔物の中でも高位にあり、魔力・身体能力・知能どれをとっても厄介な存在だ。だが魔王となった俺からしてみれば、現状頼るにこれ以上ない存在でもある。
『魔王と言えばだ。そなた、王としての名はどうするのだ?』
「名前?そのまま魔王タウロでいいんじゃないのか。お前さんの後継者としても示しが着くしピッタリだと思うが」
『ならんならん!魔王とは唯一絶対の存在。歴代の魔王もそこを弁えていたからこそ似通った名は一つたりとも魔物の歴史には無い。魔王を名乗るならばそなたも倣え。我とほぼ同じ名であるタウロを使うのは許可できぬ』
意外だ。そんなもの気にせず自分本位な振る舞いをしているのかと思ってたんだけど、魔王も取り決めはしっかりしているらしい。
「なら保留だ。すぐにいい名前は思いつけないし、魔王の名前を名乗るにもまずは魔物を仲間にしないとどうにもならない」
『むぅ……仕方がない。合流するまでには候補を考えておくのだぞ』
空返事に近いものが出てしまったが、俺は気にすることなくさっさと森の出口へと向かう。
別に楽しいから話し続けるのはいいんだけど、この場所に留まり続けると死体を確認しに来る兵士とかに見つかっちゃうかもしれないから早く出ておいた方がいい。
「遠征に来てる魔人さんはどの辺りにいるのかわかる?」
『ふむ、確か大陸の南側にある山脈に拠点を構えたと報告があったな。人間に見つからぬように結界を貼っておるらしいが、魔王の魔力を持つ今のそなたであれば有って無いようなものだろう』
「そっかそっか。なら安心……ん?今お前さん大陸の南側って言ったか?」
『うむ。言った』
大陸の南にある山脈と言ったらメルキド山脈のことだな。フェニシア王国は大陸の北側でこの森は地図で見たら丁度真上に来るはずだから……ゲッ、大陸を横断しないといけないじゃないか。
「はぁ……ここからメルキド山脈まで歩きか。馬車を乗り継いでも数年はかかるぞ…」
『何を言っておる。そなたは既に魔王として最高の肉体を手に入れておるではないか』
「まさか走れと申すか貴様!?」
死の危険が去ったからか突然ド畜生なことを言い出しやがる!俺の中にいるからって楽しやがって。走るのは俺だぞ!?
『問題はなかろう。まだ人間の感覚が半端に残っておるから無理だと決めつけるのだ。一度走ってみよタウロ。さすればそなたがどのようなものか知り得よう』
「なんっ……あぁ、わかったよ。走ればいいんだな?」
『そうだ。全力でな』
言われた通りに足に力を込め、走り出す前の前傾姿勢をとってみる。そこで一つ、俺は気付いたものがあった。
(なんだ…?踏ん張ってるはずなのに、足にストレスを感じない……)
筋肉にかかる疲労が無いことに違和感を覚えつつ、俺は全力で地面を蹴る。
その瞬間、景色が消えた。
『よい、止まれ』
何かを突き破ったような感覚がした。
頭に響いたタウロスの声に反応し足を止めれば、真っ白になっていた景色に色が戻る。ほんの一瞬前まで俺がいた森は石造りの建物の中に変わっており、俺の前には壁一面に青い液体のようなものがベチャリとくっ付いている。
「……ここはいったい…?もしかして俺、やっちまったか……?」
『案ずるな。ふむ……ここが拠点のようだな。無事到着だ。勢い余って結界もぶち抜いてしまったが……まあ良いだろう。目の前で伸びている魔人に任せれば上手くやってくれる』
「は?伸びているって……この青いのか…?」
『うむ。我が配下のスライム魔人。そなたの瞬間移動じみた走りに撥ねられてしまったようだな』
それは悪いことをしてしまった。物理的に伸びてしまっているスライム魔人さんを助けようと、手を伸ばしベリベリ音を立てて引き剥がす。反応が無いし、丸めて持ちやすくしておこうか。
「魔人というと、もっと角とかが生えているのを想像していたんだけどな。まさかスライム…」
『たかがスライムと侮るでないぞ。これでも我が魔王軍のNo.3なのだ』
「No.3!?ほぉ〜……お前さんを除いて上から2番目って、凄いんだな」
「いやぁ、照れるなぁ!それほどでもあるけどね」
俺の持っていたスライムボールから声が放たれた。起きたのか、ビックリして落とすところだったぞ。
「まずは挨拶かな?ボクはスライムだ。親しみを込めてイムさんと呼んでくれても構わないよ」
「あ、ああ……俺はタウロ。イムさん…だったか?お前さんに用があって来たんだけども、どうやら俺のせいで大変な目にあわせちゃったみたいで…すまん」
「うん、それはもう驚いたよ。なんせ突然壁を突き破ってくるなりボクを身体を維持できないぐらいの力で突き飛ばすんだもの。でもボクはスライムだから大したダメージにもなってないから気にしなくていい」
そう言ってくれるとありがたい。ファーストコンタクトが散々なものになっちゃったせいで、これからの予定をだいぶ変更するべきか考えていたからな。懐が広くて助かった。
「とりあえず色々と込み入った話がありそうだね。ボクの部屋に行こうか。ここにも魔物たちはいるし、聞かれたらマズそうだしね」
「ありがとう。恩に着るよ」
「じゃあちょっと待ってね。人型に戻るから」
そう言った後、俺の手の中にあったイムさんはスライムボールから徐々に形を変えていき、青髪の少年とも少女とも言える中性的な人になった。
俺にケツを鷲掴みにされている形で。
「あっ、やべっ」
「ヘブッ!?」
思わず床に落としてしまった。どこが顔とかも分からないから適当に掴んでいたのが仇になったか……いやしかし、見事な顔面着地だな。タウロスも爆笑している。
「急に離さないでくれないか。ダメージは無いとはいえ、少しふざけた程度で落とされるのは心臓に悪い」
「それは自業自得だ!悪いと思った俺がバカみたいじゃねぇか!」
「やめふぁまへ」
頬をつまんで引っ張ってやれば、スライムだからかこれが伸びる伸びる。なすがままになっているのを見るに、少しは反省してくれたのかな…?
イムさんの案内で拠点内を歩いていく。どこから話したものかはまだ決めかねているが、どうにか協力を取り付けたいところだな。
「だけど僕の身体は男なんだから、そんなに過剰に反応しなくてもいいだろうに」
「紛らわしいんだよお前さんの容姿は……」
「ははは。今度は女の子の身体でしてあげようか?」
「壁に投げつけときゃ良かったかな」
「おっとまた壁に貼り付けられるのは勘弁だ」