第1話 魔王誕生
とある方のKINGから着想を得ました。
不定期更新なのでご了承の上お読みください。
『星に凶兆あり。王が倒れる時、双児は分かたれ再び光と闇の闘争が起こる』
そんな予言が、フェニシア王国に出回ったんだ。
正直、これだけじゃ何を言っているのかわからねえと思う。事実、騒いでいたのは王国生まれの民衆のみ。他国から来訪していた奴らはチンプンカンプンだったろうさ。
世界は勇者によって魔王が倒されたことでお祭りムード全開だった。だが、フェニシア王国は疑念と恐怖に震えていた。
『星に凶兆あり』。これは、予言者が用いる占星術が関わってくる。これから不吉なことが起こる前触れが星に現れたってことだ。
『王が倒れる時、双児は分かたれ再び光と闇の闘争が起こる』。これは後半に目を向ければ明らかだ。再び光と闇の闘争が起きるってことは、魔王を失ったはずの魔物が勢力を盛り返すって意味になる。つまり、新たな魔王の誕生だ。
そんで『双児』はなんだと言われりゃあ…まあ……。
「陛下。タウロ王子とロアレフ王子をお連れ致しました」
「うむ。ではこれより、双王子の選定に入る」
まあ、双子の王子がいたんだよ。フェニシア王国には。
念の為に国民の中に双子はいないか調査が行われたが、王子たち以外にこの国に双子はいなかった。つまりこの王子たちのどちらかが魔王になる可能性が出てきたわけだ。
そんなもの、フェニシア王は許すはずもない。奴は国を思うあまり、恐ろしい考えに辿り着いた。
『双子でなくなれば、予言は成立しない』ってな。
すぐさまどちらがより王にふさわしい才覚を持っているのかが選定された。その結果、兄王子は弟王子よりも劣ると判断がなされた。
「皇太子の位はロアレフに与える。タウロは魔物にでも食わせておけ。魔王になる可能性があるならば本望であろう」
もちろん兄王子は抵抗したさ。だが、所詮は年端もいかない子供。兵士らに取り押さえられたら何もできやしない。
「心せよ。もうあれはお前の兄ではない。いや、元からそんなものはいなかったのだ」
「兄さん、兄さん!」
「わかったなロアレフ。お前が王だ」
予言が外に漏れないように、予言者諸共その場で斬られ、魔物の潜む森でゴミのように捨てられた。
もう気付いたろ。これが俺だ。
年功序列で所持していた王位を剥奪され、瀕死の状況で捨てられた哀れな子供。それが元皇太子、タウロの末路だ。
バッカだよなぁ……。
息子だからと情が湧いたのかは知らないが、この時にきちんと息の根を止めて、死体は燃やすなりすれば良かったものを。
「が……は、はは……ついておる……。この…ような辺境の大陸に……上質な…器がおるとは……」
これが俺の運命の出会い。そして、予言成就の始まりだった。
前も後ろも、上も下も真っ黒だ。暗いなんてもんじゃない。視界全部が黒く塗り固められたような場所に、僕は佇んでいた。
ここは…どこ?兵隊さんたちに、森で捨てられて……。
「ほう……意識が覚醒したか。この闇の領域に取り込まれれば、たちまち魂は朽ちてしまうはずだが……もしや、我と親和性が高いが故の共鳴か?」
僕の前に、小さな火が出てきた。今にも消えてしまいそうな火は、その様子とは裏腹に強い声を持っていた。怖いのに、どこか惹き付けられるような声。
僕は無意識に、火に手を伸ばしていた。当然だけど僕の手は火を通り抜けて触れない。でも、不思議と熱くはなかった。
「童よ、覚えておるか?そなたは今にも死に絶えそうになっていた時に、我と出会ったのだ。思いのほかそなたの肉体は我が器として完成されていたのでな、どうせ死ぬならば我に寄越せ」
火はむつかしい言葉を使う。全く意味はわからなかったから、僕はとりあえず名前を聞いてみることにした。
「ふむ……そうさな、最後の手向けに我が名を聞かせてやるのも一興か。よく聞け童よ。我が名は魔王タウロス。いずれ世界を滅びの業火で焼き尽くし、闇で覆い尽くす者だ」
タウ…ロ…?僕と、同じ名前だ。
そう伝えてみると、タウロスさんは驚いたみたい。少しだけ笑ってくれた。
「ハハハッ!奇遇なこともあるものだな。厳密には一文字足りぬが……少々興味が湧いた。そなたのことを聞かせろ」
僕のことを聞いてくれるみたい。お話が大好きだから、僕はタウロスさんに色んなことをいっぱい話してあげた。
好きな食べ物。お気に入りの場所。大好きなロアレフ!そして……どうしてこうなったのかも。
「そうかそうか。中々に面白い生を送ったのだな……喜ぶがいいタウロよ。我がそなたの無念、晴らしてやろう」
無念を晴らす…?何をするつもりなのか、聞いてみた。するとすごく楽しそうな声で、タウロスさんは悠々と答えてくれた。
「我がそなたの国……フェニシアだったか?そこを滅ぼしてやろう。そなたをそのような目に遭わせたフェニシア王は、じっくりと惨たらしく息の根を止めてやる」
そんなのダメだよ、と僕は強く言った。父上もロアレフも、みんなみんな死んじゃうじゃないか。
タウロスさんは少し戸惑った声を出していたけど、すぐに僕に聞いてくる。
「何故だ?そなたは憎くないのか?……いや、そもそも幼いが故に憎悪を知らぬか。ならばこうしてやろう」
タウロスさんが僕の胸に当たって、中に入っていく。
その時、耐え難い苦痛が僕を襲った。
絶叫。死痛。重苦。もうそん時は何も考えられずのたうち回ったさ。身体が全部グチャグチャにされたような、芯から作り替えられているようなおぞましい苦しみ。
だが俺は耐えた。耐えきった。そして……『僕』は『俺』になった。
「どうだ、我の贈り物は。魔力を流し込み、少しばかり肉体を成長させたのだ。精神もそれに伴い大きく発達しただろう?」
そうだな、お前さんの言っていた『憎悪』ってのがよくわかったよ。今まさに俺がお前に抱いてる感情だ。
「うむ、無事に成功したようだな。常人であれば1秒ともたずに廃人になるか、もっと惨いことになるところであったが」
いい加減な魔王に怒りと呆れを覚えつつも、俺は今までのことをもう一度振り返ってみた。途端、湧き出す怒りにも似たドス黒い感情。感化されたのか、タウロスはやけに気色一面の声色で話しかけてくる。
「そうだ、それが憎悪だ。そなたは無意識にもその憎悪を苦痛や悲しみとともに垂れ流していた。それに、我は惹かれこうして出会った」
小さな火であったはずのタウロスは段々と燃え盛り始め、火球となる。吐き出される炎は俺にまとわりつき、優しく肌を撫でてくる。
「さあ、我が器となれタウロ。さすればそなたの恨みを晴らしてやる」
どうやら随分と俺を気に入ってくれたらしい。だが、すまないが俺の答えは『俺』になった瞬間に決まっている。
俺は器にならない。
「ほう…?憎悪を覚えて尚、そなたを排した者共の肩を持つというのか?」
そうじゃないよ。話は最後まで聞くもんだ。
「ならばどうだと言うのだ」
なあに、簡単なことさ。
俺は器にはならんが、それでもこの憎悪を抑えておくにはあまりにも忍びない。そんでもって、俺とお前は強く共鳴しているらしいな?
「その通り。我とそなたは魔力も肉体の相性もこれ以上ないと言えるほどに親和性が高い」
それならだ……お前さん、勇者に倒されたんだってな?
「…………然り」
ならよぉ……俺にやらせてくれねーか。
「なんだと…?」
どうせあの国も滅ぼすんなら、俺にやらせろ。お前だって死に際なんだろ。なら俺と一緒になるしかねえが、こうまで長々と取り入ってくるってことは俺の了承がなきゃそれはできない……だろ?
「………………」
その沈黙が何よりの答えだ。さあ選べ、魔王タウロス。俺に力を渡して生き延びるか、それともこのまま一緒にくたばるか。
俺がお前の器になるんじゃない。お前が俺の力になるんだよ。
「……く…ククク……フハハハハハッ!!これはやられた。この魔王タウロスが、たかが人間ごときにまんまと嵌められたわ!」
帰ってきたのは怒りではなく愉悦。どうやら、俺は賭けに買ったらしい。
実際のところ、俺の勝率は五分だった。ただ俺を気に入って生かしておいてくれていただけなら、そのまま乗っ取られて終わりだったからな。これ以上の博打、そうそうありはしないだろうさ。
「いいだろうタウロ、そなたの案に乗ってやる。誇るがいい。我を下してみせたのは勇者を加えて二人目だ」
タウロスは紐が解けるように、幾本もの炎の筋となって俺へとまとわりついてくる。その瞬間、凄まじい熱と光が爆発し、渦巻き、俺へと収束していった。
やがて熱と光が収まれば、俺の背には翼にも似た剛棘が、腰からは立派な尻尾が、そして頭には天を貫く双角が姿を現していた。
「我はそなたを成長させたが、我と融合し未来を確定させたことで我本来の姿……牛型の魔獣の特徴が現れておる。我は力を渡した後もそなたの中におる。特等席でそなたの行く末を見させてもらおう」
「せいぜい励め。そなたが王だ」
これが、俺が魔王になるきっかけ。復讐を誓い、この世の全てを支配するを使命とする新たな魔王の誕生だ。