悪役令嬢は手を取らない!
思いつきで書いた作品です。
気楽に読んでいただければ幸いです。
<エイデルシア視点>
「エイデルシア、私に触れるな!」
「あっ!」
殿下に腕を勢いよく払われ、そのまま床に膝をついてしまう。
「その汚れた手が私に触れることなど許せぬ」
「殿下……」
「分かっておろう! これまでの罪業が決して許せるものではないということを」
「そんな、私は……」
「今さらごまかしても無駄だ。証拠は全て揃っておるのだからな」
私の婚約者であるディアーク王子。
明るい金の髪に朗らかな笑顔が魅力の殿下から発せられた暗い声が、事態の深刻さを否応なく突きつけてくる。
「リーデンヴォルフ公爵家の令嬢らしく、潔く罪を認めることはできぬのか?」
王宮内にあるパーティー会場は静まり返ったまま。
その静寂を切り裂くように王子の言葉だけが私に爪を立ててくる。
「それとも、何か? 君は具体的な証拠を出さねば納得できぬと?」
「殿下、私は決して罪など犯しておりません」
「まだ、そのようなくだらぬ言い訳を。リーデンヴォルフ家の者とも思えぬ往生際の悪さだな」
「……」
「君のせいで、ソフィアがどれだけ酷い目に遭ってきたことか」
ディアーク王子はそう言いながら、隣にいるソフィア嬢の肩を引き寄せている。
その様子を横目で眺める私は絨毯に片膝をついたまま。
……。
……。
このパーティーは殿下の誕生日を祝うためのもの。
ただし正式な誕生パーティーは明日開催されるため、今夜は殿下と近しい者だけを王宮に招待しての簡単な前夜祭の形を取っている。
それゆえ、周りにいるのは同年代の学園の生徒がほとんど。
大人はわずかしか参加していない。
そんな前夜祭は、気の置けない和やかなものになるはずだったのに……。
私にとっても、殿下の婚約者としての晴れ舞台になるはずだったのに……。
殿下を信じていたのに……。
というのが、リーデンヴォルフ公爵家令嬢エイデルシアの思い。
けど、私は違う。
そうよ。
私はそんな甘い考えなど持っていないわ。
ただ今は、もう少しだけ。
そう、あと少し。
もう少しだけ!
だから、それまで話を……。
「どうしてなのです? 何が悪かったのですか? 私はただ殿下のことを愛してきただけ。それなのに……」
「愛してきた? あのようなものが愛と呼べるのなら、神に愛の定義を変えてもらわねばならぬな」
「酷い……」
「エイデルシア、君がソフィアに行ってきたことを私が知らぬとでも思っているのか?」
「ディアーク様、それは違います。私はエイデルシア様から直接は何も」
「ソフィア、優しいソフィア。君がこの女を庇う必要などないのだよ」
「いえ、殿下。そうではありません。エイデルシア様は、その、ひょっとしたら私のことを疎まれていたかもしれませんが、私に手を出されるようなことは決して」
さすが正統派ヒロイン。
エイデルシアのような悪役令嬢のことも庇ってくれる。
しかも、このタイミングで。
ありがたいことだ。
「エイデルシアの差し入れで、体調を崩したではないか」
「あれは、差し入れのせいではないのです。あの日は私の体調が悪くて……」
「……ソフィアが優しいのは分かった。けれど、ここは私に任せてもらうよ」
「殿下!」
翠緑の瞳に涙をにじませ、ソフィア嬢が殿下を止めようとしてくれている。
私が言うのもどうかと思うけど、本当に良い娘だわ。
だから、ね。
あなたのことは私も守ってあげる。
さて……。
もう大丈夫。
頭痛も治まってきたし、混乱していた記憶も定着してきた。
「……」
私の熟知しているこの物語世界。
まさか自分が物語世界の悪役令嬢に憑依するとは夢にも思っていなかったけど。
しかも、よりによって王子から断罪される直前に憑依するなんて、とんでもないタイミングだけれど。
それでも、まだ罪が確定する前で良かった。
ここからなら、巻き返すことができるのだから。
私は何でも知っているのだから。
そうよ。
私ならできる。
この状況の全てを知り権能を持つ私なら、作り変えることができる!
「エイデルシア、罪を認める気になったか?」
「……」
「まだ認めぬのなら、1つ2つ証拠を上げるしかないな」
「殿下……」
「今さらやめてくれと言っても遅いぞ」
そんなことは言わない。
「己の行いを悔いて、獄中でひとり罪を償うがいい」
そんなことにもならない。
けれど、この王子……。
幼少の頃より10年近くを婚約者として過ごした者に対しているとは思えない冷たい態度と言葉は……。
この世界に対して持っていた私の知識。
エイデルシアとしての経験と知識と愛情。
そんなものが複雑に混じり合ってまだ完全に落ち着いていないから、少しだけ迷っていたけれど。
今の言葉で決心がついたわ。
「フフフ……」
「あまりの恐怖に狂ったか?」
そんなわけないでしょ。
ここからは、私のターン!
ただの王子であるあなたより私が上だと教えてあげるわ。
逆断罪、させていただきますわよ、殿下!
「殿下、お待ちください!」
そう意気込んだところに。
「エイデルシア様が罪を犯したなど、私には到底考えられません」
手助けという名の横槍を入れてきたのは、シュタインヒルシュ侯爵家次男ライナート。
本来なら、この場で発言するような人物じゃない。
というか、実際作中では発言などしていなかった。
なのに、どうして?
まさか、彼も?
よりによって、このライナートが?
でも、この作品はまだ……。
**********************
<ライナート視点>
「ライナート、お前がエイデルシアを庇うのか?」
「殿下、私はエイデルシア様を庇うつもりはありません。ただ、真実を申し上げたい。それだけにございます」
「……らしくないな」
『殿下の言われる通りだ』
『どうしてあの女たらしのライナートが?』
『今度はエイデルシア様を狙ってるんじゃないか』
『バカ、殿下の婚約者を狙うなんてあり得ないだろ』
『ここで婚約破棄されると踏んだからでは?』
『それにしても、あのライナートにそんな度胸があるとは思えん』
『そうだよな。あいつは度胸も頭脳も羽虫並みだったわ』
貴族の子女の皆さん。
ちょっと、酷すぎないかい。
さすがの俺でも落ち込んじゃうぞ。
って、まあ、それだけの過去を持ってるんだけどさ。
このライナートって男は。
だから、俺も困ってるわけだ。
しっかし、ここまでとは!
はぁぁぁ。
やっぱり現場は違うな。
想像以上だよ。
ホント、まいった。
まさか、こんな事態に陥るなんてなぁ。
……。
……。
ほんの数分前のこと。
ふと気づけばこの物語の世界に自分がいて。
その上、作中でも最悪のキャラクター。
愚かでどうしようもない侯爵令息ライナートに憑依していたんだ。
これ、普通なら破滅コースまっしぐらだよな?
今夜のディアーク王子の誕生日会、エイデルシアの断罪イベントと化しているこの誕生会から数日後、今度は俺の番が待ってるんだから。
破滅する未来しかないって。
最悪の状況だよ。
まあね。
この世界を熟知している俺なら、何とかなるかもしれないけどさ。
面倒で大変なことに変わりはないだろ。
失敗する可能性もあるし。
と、愚痴ばかり言っていても事態が好転する訳じゃない。
俺にできることをしましょうか。
さてさて、今この瞬間はと?
俺がライナートというキャラクターに目覚めた場面が悪役令嬢エイデルシアの断罪シーン。主人公であるソフィアの引き立て役のような立ち位置にいる彼女が絶望に叩き落される重要なシーン。
だったら、ここは。
悪役令嬢エイデルシアを助けて、リーデンヴォルフ公爵家に貸しを作る。
悪くないんじゃないか。
エイデルシアに手を差しのべ、俺も助けてもらうって妙案だよな。
そう考えて、行動に移したわけだ。
「エイデルシア様に罪はありません」
「黙れ、ライナート!」
「いえ、殿下。こればかりは」
「庇えば、お前も同罪だぞ!」
「ですから、庇っているのではありません。私の知っている事実を述べているだけです」
「事実か?」
「はっ! 事実にございます」
「……その事実が荒唐無稽なものだったら、分かっておろうな?」
「もちろんです、殿下」
これでやっと話を聞いてもらえそうだな。
「ならば、疾く話すが良い」
「承知しました」
今回のエイデルシアの件。
幾つもの冤罪があるのだが、その多くはディアークが彼女のことを全く信じていないから起こったもの。
いや、彼女を陥れようと考えていたのか?
うーん、そこは俺には分からないんだよなぁ。
まっ、ディアークの内面なんて考えても無駄だな。
ということで、反論弁護しましょうか。
「ライナート、どうした?」
王子様、慌てるなって。
すぐ話をしてやるからさ。
さあ、どれから論破しようか?
「……」
そもそも、この冤罪については非常に脆い証拠しか存在していない。
そんな証拠の矛盾を叩き出し論破することなど、この物語世界に精通している俺にとっては造作もないこと。
だから、どれでもいいんだが……。
まずはこれだな!
「ライナート様、その必要はございません」
えっ?
気合いを入れて言葉を発しようとしたその瞬間、糾弾されているエイデルシア本人に拒否されてしまった。
いくら悪名高いライナートでも、この状況なら味方にすべきじゃないのか!
「私ひとりで十分です」
唖然とする俺の前で、堂々と釈明を始めるエイデルシア。
「……」
どういうことだよ?
さっきまで床に膝をついて嗚咽を漏らしていただろ。
しかも、これは!
信じられない?
本来なら、まともに話もできないはずのエイデルシア。
実際、ここでは取り乱し、泣き崩れ、ディアークにすがり、余計に反感を買っていた場面なんだぞ。
なのに!?
「……ということです」
「しかし、それは……」
「ですから、これが証拠です」
淡々と淀みなく反論し、ディアークを言い負かしている。
「信じられぬ!」
「殿下、そう言われましても、これは全て事実ですから。証拠も揃っておりますし」
「くっ! そんなものが覆ったところで何も変わらぬわ」
「そうですか。では、続けましょう」
エイデルシアの舌鋒がさらに鋭くなっていく。
「なっ!」
「それは……」
「くっ!!」
次々と冤罪が覆されて……。
何だよ、それ?
こんなの俺の知っている世界じゃない。
どうなってんだ?
物語の中では、ディアーク王子に断罪されたエイデルシアは失意のまま王宮の一室に監禁され、その後貴族に対する傷害罪が確定し修道院で幽閉生活を送ることになっている。
そんな未来が待っているはずなのに?
今の彼女は昂然と顔を上げ、自信にあふれたもの。
口にする内容も俺の知る真実ばかり。
それどころじゃない。
周りの空気も急変させているんだ!
まるで人々の心を塗り替えるように。
エイデルシアの反論、弁舌だけで、こんな変化は考えられない。
あいつ、この世界を変えている!?
ハハ……。
どんな力だよ。
俺にもできないことだぞ。
これが、あの悪役令嬢エイデルシアだなんてあり得ない。
ということは!!
まさか、彼女も?
「殿下、これまでですね」
「……」
王子は色を失っている。
一方、ヒロインのソフィアは安堵の笑み。
俺は、このやりとりを眺めるのみ。
「やはり、エイデルシア様に罪などなかったんですわ」
そう、それが物語の真実。
ここで語られるはずのなかった真実。
「殿下、これではもう」
「これ以上はリーデンヴォルフ家を敵に回してしまいます」
ディアークの側近たちも、さっきまでとは別人のよう。
「っ!!」
「殿下!」
「……仕方ない。エイデルシア、今回だけは見逃してやろう」
苦虫を何匹噛み潰したのか分からないような表情で呟くディアーク。
対するエイデルシアは。
「フフフ……」
漏れ出す笑みを隠そうともしない。
「何をおっしゃいますの、殿下?」
「……」
「リーデンヴォルフの娘を在りもしない罪で糾弾しようとした責任が殿下にないとでもお思いですか?」
「なっ! 王室に盾突くつもりか?」
「そんな、滅相もないことでございます」
「ならば!」
「ただ、信賞必罰は王権の拠って立つところ。それを王子たる殿下が蔑ろにするとは、考えてもいませんでしたもので」
「……」
「その通りだ。ディアーク!」
「えっ! ち、父上!?」
王だ。
王が介入してきた!
「潔く過ちを認めて引き下がるが良い」
「しかし……」
「ディアーク!!」
「……」
「己の過ちも認められぬのか」
「いえ……分かりました」
「殿下、リーデンヴォルフ公爵家からも後ほど正式に抗議をさせていただきますので」
リーデンヴォルフ公爵も!
「……」
陛下にリーデンヴォルフ公爵家当主まで登場となると、完全に終了だ。
さすがのディアークも観念したのか。
無念の表情を浮かべながらも、大人しく退出して行った。
「エイデルシア嬢、此度は申し訳なかったな」
「とんでもない、ことでございます、陛下」
「あの愚息には、エイデルシア嬢にも納得してもらえるよう処分を下すつもりだ。それで許してもらえるかな?」
「……陛下のご厚情、恐縮至極に存じます」
エイデルシアに、さっきまでの堂々とした様子は見えない。
むしろ、挙動がおかしいくらい。
やはり、彼女も俺と同じ憑依者。
しかし、まだ発表前の作品なのに?
それにこの力は?
……。
……。
謎は残っているが、今はそんなことどうでもいいな。
問題は、俺の力になってくれるかどうかだけ。
こっちの断罪イベントは、エイデルシアと違って事実に基づいている。
回避も簡単じゃないのだから。
**********************
<エイデルシア視点>
ふぅぅぅ……。
とりあえず、危地を脱することはできたみたいね。
しかし、国王陛下に話しかけられた時は焦ってしまったわ。
この場面で陛下が登場することなんてないと思っていたから。
でもまあ、私の中のエイデルシアの知識を使って何とか切り抜けられたかな。
うん、大きな失敗さえしていなければ、それでいいか。
あとは、この世界のお父様が上手く処理してくれるでしょ。
さて、残る問題は侯爵家の令息ライナート。
いわゆる、悪役令息。
どうして彼が私に手を差し伸べようとしたのかしら?
悪役令息が悪役令嬢を助ける?
そんな冗談みたいな話、物語だけにしてもらいたいのに……。
って、ここは物語の世界だったわね。
しかも私が執筆した乙女な物語の世界。
でも、悪役令息ライナートがエイデルシアを助けるシーンなんて、私は書いていない。
それどころか、このふたりには接点もほぼない。
そんなライナートが、どうして私を助けようとしたの?
やっぱり、彼も憑依している?
中には日本人がいる?
……。
……。
シュタインヒルシュ侯爵家次男ライナート。
本来なら、数日後に開催予定の学園祭イベントで婚約者に三行半を突きつけられて、これまでの行状が表沙汰になって、実家での立場も失ってしまう。
破滅コースまっしぐらの悪役令息。
エイデルシア同様、この物語における引き立て役。
今の私が興味を持つ相手じゃない。
そうなんだけど、彼の中に日本人がいるというなら話も違ってくる。
やはり、早めに話をした方がいいわね。
**********************
<ライナート視点>
とにかく、一刻も早くエイデルシアと話をするべきだ。
今回は彼女の力になれなかったが、同じ憑依者ということなら可能性もあるのだから。
ただ、さっきは見事に俺の助けを拒否したんだよなぁ。
俺が悪名高いライナートだから仕方ないとはいえ……。
ん?
今こっちを見てるぞ。
よし、これは好機だ。
「エイデルシア様、少しよろしいですか?」
「っ!?」
あからさまに嫌な顔をされた!
さすが、悪役令息ライナート。
溜息しか出ないな。
けど、これなら。
「エイデルシア様、『ニ・ホ・ン』という単語分かりますか?」
「……ええ。少し外に出ましょうか」
おお!
やはり、中身は日本人なんだな。
よし、よし、いいぞ!
ここは俺の描いた漫画の世界。
謎の力を持つ憑依者で、公爵令嬢でもあるエイデルシアの力を借りれば何とかなる!
ああ、何とかなるに違いない!!
***********************
<エイデルシア視点>
ライナートと話をしなきゃ。
そう思っていたところに。
「エイデルシア様、少しよろしいですか?」
そのライナートが話しかけてきた。
「っ!?」
あっ、駄目。
私の中のエイデルシアが拒否している。
彼に嫌悪感を抱いている。
どうしよう?
「エイデルシア様、『ニ・ホ・ン』という単語分かりますか?」
ああ。
やっぱり日本人が憑依しているのね。
それなら、無理をしてでも話をしないと。
「……ええ。少し外に出ましょうか」
嫌悪感を必死に抑えて外に。
「エイデルシア様、お手を」
階段の手前で、手を差し出してくれるライナート。
「……」
悪い人じゃない。
この人の中身は悪役令息じゃないのだから。
それはもう分かっている。
なのに……。
「ごめんなさい」
無理。
やっぱり無理。
本当にごめん。
本日、もうひとつ短編を投稿しました。
読んでいただけると嬉しいです。
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こちらの連載作もぜひ。
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