オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー(仮)
助けてください、引越し先が怪現象だらけの”逆パワースポット”でした
○登場人物
ぼく:本作の語り手。カメラ片手にオカルト蒐集や謎解きに情熱を燃やす変人。撮影にはこだわりを持っており、心霊写真や恐怖映像にはちょっとうるさい女の子。
先輩:アニオタにして学園随一の秀才で、”ぼく”の謎解きに協力する男子。重度の懐疑主義者で、「この世には信じられるものなど何もない」という信念を唯一信じている。
江原:今回の依頼人。最近関東に引っ越してきた関西からの転入生。新居で電化製品の度重なる故障や不気味な女の声に悩まされている。
助けてください、私の家が”逆パワースポット”みたいなんです。
私は父の仕事の都合で最近関東に引っ越してきた転入生です。
新たな学園生活にも慣れてきた頃なのですが、一つ大きな問題が残っています。
新居で、不気味なことが起こるのです。
最初に起きたのは、電化製品の故障でした。
テレビの映像が乱れたり、スピーカーからノイズが出たり。とにかく正常動作しないどころか、壊れて動かなくなるモノも一つや二つではありません。
引っ越し前から使い続けてきたモノが大半なので、父は「古いモンも混じってるし、引っ越しの時にトラックで運搬したから衝撃でおシャカになったんやろか」などと、大して気にしていない様子ですけど……。
何年も使えるように設計されているハズの家電が、家が変わった途端に立て続けに故障するなんてありえるのでしょうか?
新居で起こる妙な出来事はそれだけではありません。
不気味な声が時々聞こえてくるのです。
外から入ってくる声とかじゃなくて、明らかに家族以外の声が家の中からするのです。
何かボソボソとささやくような、女性の声が。
そういうときは、決まって電灯が点滅したりテレビの映像が乱れたり、ジリジリとノイズ音が聞こえたりします。
ネットで調べたのですが、こういうのはアメリカだとポルターガイストという一種の霊障として知られているみたいです。
両親はあまりこの現象に遭遇しないみたいで、私ばかり気にしているのですが……。
私は、最近だと声だけじゃなくて誰かがいる気配やもやもやした影が見えるようになってしまいました。気のせいだといいのですが……。
なんとか解決したくていろいろと自分で調べてみたら、こういう出来事が重なるのは家自体に問題がある場合が多いらしいです。
風水で言う、”家相”が悪いとか。鬼門と裏鬼門がどうとかで、霊の通り道になっている家があるとか。
とにかく不幸が集まる家ってあるらしいです。
いわゆる、パワースポットの逆バージョンの”逆パワースポット”とも言われているみたいです。私以外にも、ネットには家電製品の故障や不気味な体験をした人がいるみたいです。
そういう人たちはやはり家が原因でそうなって、引っ越したら解決したという結論を述べています。
相変わらず、両親はまともに取り合ってくれないので私が解決するしかないと思っています。でも、一人では不安なので手伝ってくれる人が必要です。
あなたがたは、こういうことに詳しいと学園の噂で聞きました。
どうかこの謎を解いてください。
件名:助けてください、引越し先が怪現象だらけの”逆パワースポット”でした
投稿者:江原
「逆パワースポット、ね。いかにも女子が好きそうだよな、こういう話」
先輩は電車に揺られながら大あくびをして、いかにも興味なさげに呟いた。
ぼくはムッっとして言い返す。
「女子がどうとか偏見じゃないですか? 21世紀初頭にスピリチュアルブームが起こって、全世界的にパワースポットへの旅行が流行ったんですよ。男女問わず、知ってる人は知ってる話です」
「そうなのか? 詳しいな」
「依頼ですから、下調べは万全ですよ」
ふんすっ、とぼくは胸を張った。
「パワースポットというのは、そもそも修験道や密教、風水における”龍穴”を一般人に伝わりやすく言い換えた言葉です。龍穴は土地の力が流れる”龍脈”が集まる場所で、そこに立っている建物は災害に強かったり不幸に合わなかったりと、”土地の力が強い場所”とされているみたいです。龍穴に建てられているのは主に神社で、だから一時期パワースポットブームとして旅行の時神社を訪れて土地の力を浴びる、みたいなのが流行ったみたいですね」
「ほう。神社なんだな。寺なんかはないのか?」
「ないことはないと思いますけど、どちらかというとお寺は鬼門を塞いで街全体を守るために、あえて”悪い立地に””建てられている場合が多いようです。だから神社と違ってパワースポットには該当しない……らしい、ですね。ネットの受け売りですが」
「ふム……そこそこ興味深い話だな」
「で、逆パワースポットというのも調べてみたんですが……。川の近くや、もともと川だった土地、あるいは三角州。墓地の近く。処刑場があった場所……などなど、いろいろな説があるみたいです」
「”死”や、霊が集まるっていう”水気”に近い場所ってワケか。ありそうな話だ」
先輩はいかにもやる気なさげな目でぼくを一瞥する。
「に、しても俺はもうやる気をなくしてるぞ。なにせこの湿度……」
「ええ、まあ……ジメジメしてますよね。今日は特に」
「このあたりは低湿地だからな。もともと川が通ってたり、川より低い場所に住宅が建ってたり……本来、住むには適していなかった場所だ。確かに、お前の言う通り逆パワースポットの条件は満たしている」
「水はけの悪い土地……ですよね」
「関東平野は全体的にそういう土地が多いそうだ。江戸時代に治水技術が進み、川の流れを曲げたりなんやかんやで……首都圏と呼ばれるまで発展した。人類の英知ってヤツだが……しかし、ここは最悪だ。俺なら絶対住みたくない。オカルト的な理由がなくともな」
目的の駅に着いて、電車を降りながら先輩が言った。
襟を掴んでパタパタと熱を逃がすしぐさをする。
ちらりと、汗ばんだ胸元が見えた。
さ、鎖骨……。
陰キャでイケてない男の代表格みたいな先輩の妙に無防備な姿を目の当たりにして、ついぼくはドキリとしてしまう。
い、いかんいかん……湿度と暑さで頭が正常に動いてない……。
オタクでモテない先輩を”そういう目”で見てしまいそうになるなんて――。
「――こほん」
ぼくは咳払いをしてから続けた。なるべく平静を装いながら。
「せ、せんぱいもそれなりに下調べしてきたみたいですね?」
「ああ、まあな。なんと解決すれば学食の食券10枚だ。こいつはデカい」
「現金な人ですね、もぉ……でも、先輩もこの土地が低湿地であることに注目してるみたいですね。どうしてですか?」
「そいつはだな――ついたぞ」
駅から出て話しながら歩いていたぼくたち。
だけど話の途中で到着してしまった。
建てられてからそれなりに建っているであろう、木造の一軒家だった。
ぼくらの姿を窓から確認したのか、すぐに江原さんが玄関から現れた。
「なるほど、鬼門に玄関ってワケか」
先輩は納得したように頷いた。
ぼくはコンパスを取り出して確認すると、たしかに玄関は北東向きだった。
地相学的に言えば、よくない間取りに該当する。鬼の出入り口を開けてしまっているかららしい。でも、そんなことでこの現代で簡単に霊障が起こるモノなのだろうか?
「あーちゃん、ホンマに来てくれたんやね。先輩さんも、今日は両親がおらんから、くまなく調査してってや」
ほんわかした関西弁の江原さんに案内されて、ぼくらは依頼の家に入った。
ピシリ――。
「っ――?」
玄関を通り、靴を脱いで上がったその時だった。
なにかが張り詰めるような、妙な気配を感じてぼくは一瞬立ち止まった。
「どうした?」
「いえ、なんだか……わからないですけど」
考えてみてもよくわからなかった。気のせいかもしれない。
そう思い、それ以上は追求せずにぼくと先輩は江原さんの部屋に案内された。
キンキンに冷えたアイスティーがすぐに出され、ぼくらはグビグビと飲み干した。
「さて、さっさと本題に入ろう」
グラスを置くと、先輩は前置きなしにそう言い放った。
こういう遠慮のなさというか、良くも悪くも実直なところは先輩らしいな、と思いながらぼくも賛同する。
「話を詳しく聞かせてください、江原さん」
彼女はコクリと頷くと、ゆっくりと状況を説明し始めた。
「状況は、だいたいメールで説明した通りやねんけど……続きがあんねん」
「続き、ですか?」
「故障した電化製品も、古いモノが多いから買い替えたんやけど。それもやっぱりノイズが入ったり誤作動を起こしたり。電球とか蛍光灯もチラつきとか点滅したりすんや。新品に交換しても変わらへん。メーカーに見てもらったりもしたけど、製品には不具合はないって……」
「製品には――か」
先輩は何かに納得したように頷いた。
「女の声とか霊が見えるだとかはわからないが、電化製品の故障についてはいくつか仮説を立ててきた。検証させてもらうぞ」
先輩は背負っていたリュックから、何やら電極付きのメーターみたいなモノを取り出した。
「なんですか、それ?」
「テスターだ」
ゴム手袋をすると、先輩はおもむろに電極を部屋のコンセントに突っ込んで何か操作し始めた。
「やはりな」
一人で納得する先輩に、ぼくも江原さんもついていけなかった。
「何一人で納得してるんですか先輩! 説明してください!」
「ああ、すまない。こいつは電気設備の電圧や電流量を調べる装置だ。さっきはコンセントの電圧を調べていた」
「で、電圧?」
「ああ、予想通り電圧降下が起こっている。このコンセントは概ね20Vから40V程度の低電圧しか出ない。それだけじゃあない、不安定で時折高電圧になったりしているようだな」
「そ、その……20Vとか40Vじゃダメなんですか?」
「ダメだな。日本の一般家庭で使われるコンセントの電圧は100V。もちろんある程度上下するのは珍しくないから、日本で販売している一般的な電化製品は90Vから110V程度の電圧で使われることを想定して設計されている。メーカーだってそのくらい想定して、不安定な電圧でも動作するよう余裕を持たせていると思うが……さすがに低電圧すぎだ。電化製品が安定動作しないのは当然だろう」
先輩の理路整然とした説明に、ぼくも江原さんも圧倒されて何も言えなかった。
先輩は、依頼のメールの文面と江原さんの住所だけでここまでの推論を導き出したということ?
いつもながら、彼の鋭さには舌を巻くしかない。
なんとか先に口を開いたのはぼくだった。
「つ、つまりテレビの画面が乱れたり、電灯が点滅したりするのはそれが原因ってコトですか……?」
「だろうな。もちろん、それだけで完全に壊れてしまうかどうかはわからないが……一般的に機械全般が高温多湿に弱い性質を持つ。精密な電子回路を持っているモノならなおさら、結露によって内部が酸化したり、錆が生じたり――な。安定動作しない製品そのものに不具合がなかったのは当然だ。電圧で不安定になっていただけだからな。完全に壊れてしまった製品は、おそらく高温多湿の環境で不安定な動作を続けさせられて耐えられなくなったんだろう」
「不安定な電圧と高温多湿の環境……二つの要素が合わさった結果ということですか」
「あくまで仮説だがな。この家のコンセントの電圧が正常じゃないってのは、テスターで測定したから事実だろう」
「あとはあんたとあんたの家族がどう思うかだ、江原さん」先輩はそう締めくくった。
江原さんはしばし思考してから答える。
「先輩さんの言う通りやと思う。これなら迷信とか全然信じひん両親もわかってくれるかも」
「両親があんたの言うことを信じたとして、どうやって対策する? 引っ越すか?」
「うーん……私としてはこの家には居たくないんやけど……怖い思いしてるわけやし」
そこまで江原さんが言って、やっと思い出した。
依頼はまだ解決していない!
「そうだ、謎の声の正体! これはまだ解決してません! 江原さんが感じる、家族以外の人の気配も!」
ぼくが指摘すると、先輩は「確かにな」と頷いた。
「そいつは俺には皆目検討がつかない。オカルトは専門外だ。お前はどう思う?」
「ぼくですか? やっぱり……”鬼門”ですかね」
「鬼門、ね。この家の玄関は北東に開く形だったからな。霊を呼び込む間取り――そういうワケだな?」
「はい。そういえば江原さんのメールには、両親にはあまり”声”が聞こえていないって書いてありましたよね? もしかしたら原因は間取りなのでは?」
「え?」
「鬼門が玄関で、この部屋が裏鬼門に位置するとしたら……? ここが南西に位置するとしたら、幽霊の行き着く先はこの部屋です」
ぼくはコンパスを取り出した。
すると――ぐるぐるとその場で回転して、方位が定まらない。
「あ、あれ? なにコレ?」
「やっぱり逆パワースポットなんや……!」
ぼくと江原さんが怪現象に焦り始めるけど、先輩は冷静だった。
「この場所は地磁気が不安定なようだな。あるいは、近場で何らかの磁界が発生しているのか」
「磁界?」
「電気が流れればそこに磁界は発生する。仮に、この土地が何らかの強力な磁界の影響下にあるとしたらコンパスが正常動作しないことはありうる。あるいは、電化製品にも何らかの悪影響はあるかもな……スピーカーがノイズを拾う、なんてのは無関係じゃないかもしれない」
「これも科学的に説明がつくと……?」
「ああ、コンパスで測る方角ってのは鬼門だとか裏鬼門だとか言う前に、地磁気を基準にしてるもんだろ? だったら正常だろうが異常だろうが自然科学的な理屈があるハズだ」
先輩はとにかく冷静だった。
なのにぼくはなぜか、不穏な気配を感じていた。江原さんも同じだろう。
先輩が謎を解き明かしていっている、客観的にはそういう状況なのになぜだろう。
正解から遠ざかっている気がする。
理由はない。根拠もない。ただ、”感じるんだ”。何かの気配を。
ぼくでもない、先輩でもない、江原さんでもない。別の誰かが――ぼくらを視ている。
たぶんこの場でそれを感じていないのは、先輩だけだ。
このままじゃだめだ。先輩の言っていることは正論だ。論理的だ。科学的だ。客観的だ。
だけど――だからこそ、それだけじゃ視えない真実がある気がする。
その真実を見極めるためには……踏み込むしかない。
ごくり、つばを飲み込む。
ぼくは意を決して言った。
「この家の間取りを見せてください」
☆ ☆ ☆
「南西といえば南西……?」
結果は、微妙な感じになった。
確かに玄関はちょうど鬼門に位置している。だけど、江原さんの部屋はというと対角線から微妙にズレている。
南西といえば南西といえなくないけど、鬼門に対する裏鬼門と主張するには無理がある気がした。
「部屋のちょうど南西にあるのは……え、なにコレ……?」
間取り図を三人で確認しながら気づいたのは、江原さんの部屋の隣にある”空洞”こそが玄関の対角線――すなわち裏鬼門に位置している、ということだった。
空洞。そう、この間取り図には奇妙な空洞があった。
「確か――」
江原さんが言った。
「引っ越しのとき、言われた気がするわ。前の住人がリフォームした時に収納庫を一つ塞いでそのままになっとるって。その分、かなり安くしてもろたけど」
「塞がれた収納庫か。本来この部屋から繋がっているハズだったようだな……」
先輩は何かを思いついたように言った。
「間取り図と一緒に配電図は保管していないか?」
「え、は、配電図?」
「見せてみろ」
新居の契約の際に使った書類は、江原さんの父親がまとめて保管していた。
書類入れを奪い取った先輩がガサゴソと探ると、配電図が見つかった。
先輩はそれを間取り図の隣に広げると、「なるほどな」とつぶやいた。
「何がわかったんですか?」
「家庭用電源は、電柱から引き込まれた電気を配電盤で受けて、各部屋に分電盤とブレーカーを使って分配している。そしてこの部屋の分電盤とブレーカーは、”塞がれた収納庫”の中にあるコンセントと共用みたいだ」
「それってつまり……?」
「同じ分電盤とブレーカーが割り当てられたエリア内で、ドライヤーと電子レンジを同時に使うとブレーカーが落ちるのは有名な話だ。この部屋の電圧が安定しないのは、収納庫のコンセントに何かが起きているからかもしれない」
「もちろん――」先輩は補足する。
「屋内配線の劣化、分電盤やブレーカー自体の劣化や接触不良。いろいろな要因が考えられるから一概には言えないがな。だが収納庫のコンセントに原因があるとすれば、江原さんが言う怪現象が両親ではなく江原さんにばかり降りかかっている理由に説明がつく」
「そっか、分電されるエリアが同じだから……!」
先輩はふぅ、とため息をつく。
「さて、概ね謎は解けたと思うぞ。江原さん。これ以上は電気工事士に頼んだほうがいい。俺にはあいにく専門知識がない、異常の原因がどこなのか本格的に点検してもらうべきだ」
先輩は冷静にそう告げた。
だけど江原さんは納得がいっていないようだった。
「まだ……まだ謎は解けてへん」
「……依頼人がそういうなら、仕方ないが。だったらどうすれば解決したと言えるんだ?」
先輩からの問いに、江原さんはある一点を指差して答えた。
「あそこ……配電図が正しいなら、あの壁の向こうに収納庫があるんやろ? 見てみ、先輩さん」
江原さんが配電図と間取り図を重ね合わせる。すると、玄関の対角線上――ちょうど南西部の裏鬼門に当たるのは、この部屋ではなく例の”収納庫”だった。
「それに私、覚えがあるんや。妙な声とか影がこの壁から出てくる……そうや、私ばっかり気づいて両親が気づかんかったんは……この壁を伝って漏れ出てたからなんや……」
江原さんの額には汗が浮かんでいた。
なにかに気づいてしまったのか。ガタガタと脚が震えていた。
「この奥……この壁の奥に、答えがあるなら……専門知識があるとかないとかはかまへんねん……私は、知りたい……本当のことが……あの声……”あの言葉”の意味が……」
「え……?」
何かがひっかかる。今、江原さんの言葉が頭に何か引っかかった。
なのにわからない、ぼくは何に引っかかったのだろう?
そうこう悩んでいるうちに、先輩は「はぁ」とため息をついてボサボサの髪の毛をボリボリと掻いた。
「わかった。多少壁を破壊することになるが、それはいいのか?」
こくり、と江原さんは頷く。
先輩は配電図と間取り図を見ながら、おおよそ収納庫の入り口あたりの壁をコンコンと叩いた。その中に、音が違う壁が確かにあった。
奥に空洞がある――そんな音が。
ぼくらは三人でベリベリと壁紙を剥がした。すると木の板一枚で明らかにあとから加工された壁が出てきた。
収納庫を塞いだ跡だ。前の住人がリフォームした、という。
バールで木の板を剥がせばよいのだろうけど、手近にそんな道具はなかった。だから先輩は、江原家にあった金槌を手に持っていた。
「本当に、いいんだな?」
先輩が板の破壊に取り掛かろうとする――その時だった。
ジジ、ジジジ……。
江原さんの部屋のテレビが。
それも電源がついていなかったテレビのスピーカーから、何やらノイズが聞こえてきた。
ノイズ? いいや、それだけじゃない。
耳を澄ます。よく聴いてみると、ノイズの中に何かが混じっていた。
声?
人の声? それも女の人の声で何か言っているようだった。とても小さな、ノイズに簡単にかき消されてしまいそうな声。
なんて言っているんだろう。ぼくは意識を集中する――。
「 ワ タ シ ヲ 」
ガコン!!!
その瞬間――先輩の金槌が壁を破壊した。
大きな音とともに、木の板は割れてしまった。
ノイズと声に集中していたぼくと江原さんは、その音にハッと意識が引き戻された。
先輩の方はというと、作業に集中していてノイズと声には気づかなかったらしい。
ぼくらの方を振り返ると、「何やってんだ。板を外すの手伝ってくれ」といつもの調子で言った。
すでにただ事じゃない雰囲気を感じていたぼくと江原さんは顔を見合わせ、力をあわせて割れた板を壁から引き剥がした。
すると……。
そこには、
「いやあああああ゛ああああああああああああああ゛!!!」
江原さんが悲鳴を上げた。
彼女が先に驚いてくれて助かった。そうじゃなかったらぼくが叫んでいただろう。
壁の奥、収納庫にあったのは――。
「死体、か。すでに白骨化している。死後かなり年月が経ったみたいだな」
先輩は冷静にそう分析した。
そう、そこにあったのは死骸だった。
きれいに白骨化している。
けど、頭にはカツラのように長い髪がかぶさっていて、体には女物の服が着せられていた。
「この高温多湿の環境で腐臭もせず見つからなかったということは、死後に何らかの処理が施されたということだろう。それに……髪の毛。コイツが江原さんの部屋のコンセントに異常を起こしていた原因かもしれないな」
死骸の髪の毛は、なぜだか収納庫のコンセントに大量に入り込んでいたのだった。
この日、江原さんが電話することになったのは電気工事士ではなく警察だった。
☆ ☆ ☆
「あの後江原さんとご家族は引っ越すことにしたそうです」
数日後。ぼくと先輩は放課後にいつもの図書準備室で話し合っていた。
「だろうな、事故物件を知らずに売りつけられていたワケだ」
「でも、不思議ですよね。あの遺体が居なくなった後は家電製品の異常も、例の”声”も綺麗サッパリなくなったそうですよ。それでも引っ越しは近々するらしいですけど」
「当たり前だろう。死体の隣で生活してたんだ。一刻も早く忘れたいハズだ」
「あの遺体、いったい何者だったんでしょうね……」
「さあな。それを調べるのは、警察の仕事だ」
江原さんの話によると、収納庫をリフォームで塞いだという前の住人とは誰も連絡がとれず、警察の捜査もあまり進んでいないらしい。
”彼女”がなぜ亡くなったのか。なぜあの収納庫に閉じ込められていたのか。
そしてなぜ皮膚や肉、内蔵がきれいに処理されていたのに髪の毛と服だけは残されていたのか。
今となってはそれを知ることはできないだろう。
だけど――。
「先輩」
「なんだ?」
「スピーカーが他のコンセントからのノイズを拾うってコト、ありますかね?」
「あるぞ。ラジオが混信して海外の電波を拾うのと同じだ。アンプとスピーカーがあれば、そこにアナログ音声信号を増幅する仕組みがあるってことだ。なんらかの電線がノイズを拾えば、増幅されたノイズがスピーカーから放出されることは珍しくない。まして、収納庫のコンセントと江原さんの部屋のコンセントは同じ分電盤のエリア内だ。互いにノイズが混入することは想像に難くない」
「そう、ですか……」
それ以上、ぼくは先輩に何も言わなかった。
先輩はたぶん、こんなことを言っても信じてくれないだろう。そもそも、あのとき”声”を聞いたのはぼくと江原さんだけだ。
もしも、もしもだ。
江原さんが聞いていた、女性の声が、霊からのメッセージだとしたら。
コンセントに繋がれていた髪の毛を伝って、”遺体”が助けを求める声が、テレビの内蔵アンプとスピーカーで増幅されて江原さんの部屋に漏れ出していたのだとしたら。
……全て、説明がつく気がした。
遺体が見つかってから江原家に怪現象が起こらなくなったのは、先輩ならこう言うだろう。
コンセントから異物が除去されて、あの家の配電設備が正常に動作するようになったからだ、と。
だけどぼくは違うと思った。
江原さんはこう言った。
『私は、知りたい……本当のことが……あの声……”あの言葉”の意味が……』
あの時ひっかかっていたのは、”あの言葉”という部分だったんだ。
メールに書かれていたのは不気味な女の声がする、ということだけ。
江原さんはずっと、女が何を言っていたのかは語らなかった。
だけどきっと、ぼくらに言わなかっただけで彼女はずっとその言葉を聞いていたのだろう。だからぼくらに謎解きを依頼した。
今ならわかる。江原さんは受け取っていたんだ。最初から、”遺体”からのメッセージを。ぼくにはわかる。
だってあの時。
先輩が壁を壊すその瞬間に、テレビのスピーカーから聞こえたあの”声”は……こう言っていたのだから。
「 ワ タ シ ヲ ミ ツ ケ テ 」
FOLKLORE:逆パワースポット END.
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