【短編・読切版】邪教徒召喚 ー皇太子に婚約破棄を宣言された程度では悪役令嬢の退屈は収まらないー
こちらは連載中小説『邪教徒召喚 ー死を信奉する狂信者は異世界に来てもやっぱり異端ー』の外伝的短編となっておりますが、単体でも楽しめるようになっております。
本編と設定や内容が異なる場合があります。
「フランソワ・マイエンヌ嬢、貴方との婚約を破棄させていただく」
壇上から言い放ったのはフランソワ・マイエンヌの婚約者、ファン・ヴァンロードである。
顔つきこそまだ幼さを残すものの堂々とした態度からは、若干17歳ながらも皇太子としての才覚を感じさせられる。
「なんと……」
その場にいた全員が言葉を失う。
当然のことである。本日はオンスの街の領主マイエンヌ家の一人娘、フランソワ・マイエンヌの誕生記念パーティであった。
フランソワ・マイエンヌの父が治めるここオンスの街はこの国最大の商業都市であり、領主は国王に並ぶ権力者である。
そしてフランソワとファンは婚約しており、当然この場には国王と領主も参加している。
ヴァン国でもこれほど豪華な催しは珍しい。
そんな中で婚約者、ファン・ヴァンロードの挨拶は異様としか言えなかった。
全員があたりを見渡し、3人の人間を盗み見る。
国王、領主、フランソワである。
国王は微動だにしなかった。あらかじめ知っていたのか?あるいは王様が婚約破棄を命じたのか?そう言った予想が場に広がる。
対する領主の反応は目に見えて明らかであった。
動揺。皇太子の婚約破棄の言葉を聞くや否や、他の貴族たちと同じく驚きを見せ狼狽。
今や誰よりも状況を読もうと必死になっていた。
では、当の本人である、婚約破棄を言い渡されたフランソワ・マイエンヌは何をしていたのか。
彼女は用意された本日の主役の席で、ゆっくりとした動作で砂糖をティーカップに入れ、口にする。
彼女から言葉はない。
当然である。この一言に即座に何かを言える者などいない。
狼狽した父親のように表に出ないだけ優れている。
実際は頭の中をあらゆる不安が蠢いているだろう。
多くの人間がそう心配や、嘲けりの感情を交える。
しかし、彼女を、フランソワ・マイエンヌという人間を知る者の意見は違う。
彼女は口にしたティーカップを静かに置くと、このパーティ始まって以来初めて壇上の人間に目を向けた。
フランソワは何も思っていない。
ただ、少し、続きを聞く価値だけを見出していた。
フランソワと目があったファンは、一瞬硬直した。
初めてのことだったかもしれない。彼女がファンに正面から目を向けるのは。
しかしその硬直も即座に消える。彼は堂々と言い放った。
「突然のお話申し訳ございません。しかしこのような場でしか彼女の、あの権力に溺れた恐ろしき女性の本性を皆様にお伝えすることはできないと思うのです」
糾弾。場はさらに騒がしくなった。
婚約破棄の理由がフランソワの不義にある。そういった旨の申告。
それはつまり領主への糾弾にすらなり得る。
これは大きな事件になる。全員が思い、領主は吐き気を抑える。
しかしフランソワはまだ何も言わない。
凛としている。皇太子の言葉を聞きフランソワを見た多くの人間が、その胆力を心のうちに賞賛した。
「それは彼女、フランソワ・マイエンヌの裏の顔。今も清ましたように聞いている彼女がその父親の権力の下どれほどの悪事に手を染めているか」
そう言いながら皇太子が述べたのは驚くべき内容であった。
それは違法賭場の運営への資金提供である。
オンスの街では賭場の運営は禁止されている。しかしそれは表の話。
金の回りのいいこの街である。裏では様々な賭け事が行われ、貴族階級専用の遊び場のようなものもある。
「フランソワ、この女は賭場の運営資金の補助をし見返りとして金銭を得ていたばかりか、あろうことか自分も賭け事に溺れ領地の金で毎夜遊び回る始末」
投資のように賭場の運営費を出し、儲けを徴収する。
そういったビジネスの面もさることながら領主の娘ともあろうものが自ら賭け事に溺れる。
あり得ぬことである。ファンの言葉に場の貴族の一部は気まずそうな表情を漂わせた。
この場にもその賭場に世話になった人間は少なくないのだ。
「このような女が次期王妃として私の婚約者であるなど言語道断、どう申し開きをなさるおつもりか!」
次期王妃。
その言葉でこの糾弾の大きさが改めて感じさせられる。
皇太子と領主の娘。この国では国家とオンスの土地が対等とすら言える。
だからこそお互いがお互いと悪い関係を持ちたくない。その結果の婚約でもあった。
皇太子の演説は一旦区切られる。
その目線はフランソワ・マイエンヌに向けられていた。
どう申し開くつもりか。
申し開けるわけもない。多くの人間がそう思った。
いくら領主の娘とは言え何かの仕事を与えられたわけでもない小娘である。
まして皇太子という上位の権力者からの糾弾、泣いて詫びるのが精々と言える。
フランソワはそういった周りの推測を想像し、じっと周りを見る。
何も話さず、ただ皇太子を見た。
皇太子も何も言わない。ここで重ねて詰め寄るのは二流である。
現在の沈黙が続けば心象が悪くなるのはフランソワである。皇太子の言葉に何も返せないということの証左なのだ。
なのでただ反応を待つ。フランソワはそれを察し。
少し口元を緩めた。
「証拠は」
小さい、この場全員に対し演説のように話す皇太子と異なり、ただ皇太子にのみ話しかけるような声。
通常の会話のようなあまりにも普通のトーンで、フランソワは初めて言葉を発した。
「私が悪事に手を染めた証拠がありまして」
あまりにも動じない。ともすれば冤罪なのではと思わされるほどの余裕。
しかし彼女の父親、領主だけは娘の変化に気づいていた。
楽しんでいる。
同時に何故楽しめるのか疑問に思う。
皇太子は証拠もなくこのような大事を起こす阿呆ではない。
領主の危惧の通り、フランソワの言葉にファンはどこか自慢げに笑う。
「ああ、もちろん用意してある」
ファンは証人を連れてきていると話す。
犯罪その場面を残す技術などない故に、証拠として用意できるのは証人か、自白か、現行犯くらいなものである。
その中で彼は証人を選んだということだ。
「フランソワ・マイエンヌ嬢の悪事を知る者を20人連れてきている。1人ずつ聞いてもらおうか」
20人、その数の多さ。
フランソワは、笑みをもう隠さなかった。
相当な仕込み。一体いつから用意していたのか。
フランソワの賭場運営への手回しは相当入念に行われている。
口を割るものなどほとんどいないはず。
そもそも証拠を握れる人間を探すこと自体が難しいはずなのだ。
それを20人、前の生誕祭、否さらにその前にはすでに用意が開始されていたほど長い期間だと言っていいだろう。
賭場の従業員、貴族、たまたま目撃した一般市民。
中身の検討はある程度フランソワにもつく。
「なるほど」
フランソワは納得したように、ファンに返した。
ファンはその肯定とも言える態度に高揚する。
「証人までいらっしゃっては仕方ありません」
私は決して悪事になど手を出しておりませんが。
そう言いながら、フランソワは立ち上がった。
彼女が本日椅子に座り、立ち上がるところを誰もが初めて見た。
見て理解するのだ。
貴族の在り方は立ち振る舞いにこそ如実に現れる。
彼女は、自分が絶対であると信じて疑わない。
絶対にして至高。全ては自分のためにある。
欲に溺れ、見えを張り、虚勢で生きる貴族にこそわかる。
彼女の欲の深さ、そしてその絶対の自信。
この窮地でも、フランソワの態度が虚勢でなく、彼女が全く追い詰められていると思っていないことが明白であった。
そして彼女はゆっくりと、未だ自分が主役だと言わんばかりに堂々と、壇上へ足を運ぶ。
「もし、多くの証人が口を揃え、私の糾弾し、悪だと言えば、私も大人しくお話ししましょう。とても残念ですが私にもどうしようもなく」
全ての罪を話すことになるのでしょうね。
そう言い放つ。
ファンは自分の元に向かってくるフランソワから目が離せなかった。
カリスマ、そういうべきか。
まるで自分が追い詰められ、ともすれば逃げ出したくなるほどの圧を感じる。
「ええ、お話しするでしょう。私の知りうる全てを洗いざらい話し、ヴァン国とオンスの街の私たちの婚約破棄を受け入れ、心から懺悔すると誓いましょう」
ファンはその、ともすれば自白とも言える言葉を聞き、初めて警戒する。
この女は意味もなくこのようなことを言う人間ではない。
フランソワが壇上に上がるより早く、ファンは大声を上げる。
「では、証人の皆様、壇上にお上がりください!」
その叫びに、全員が。
今度はもう、ざわめかなかった。
「なん……」
一瞬、一瞬の違和感。
ファンは会場を見渡す。
先程までファンの一挙手一投足に震え、動揺し、続きを待っていた貴族の人間全てが。
まるで壇上が見えなくなったかのように、静まり返る。
そして、ファンは気づく。
自分が声をかけてもなお、誰も、用意したはずの証人すらこの場に現れない。
「どうなって」
ファンは思考を巡らせる。
この急激な場の変化と、証人の不在。
証人はこの場にいる貴族数名、あとは部屋の外にいる一般人である。
しかし場にいる証人として約束した貴族も、部屋の外の一般人も、壇上に上がってくるそぶりすらない。
先に手を回された?
ファンはその考えを振り払う。
フランソワにバレぬよう、慎重に証人とはやり取りをした。
フランソワが証人として動かないよう脅しをかけることは不可能である。
扉の外の証人にもこのタイミングで動くよう指示してある。
誰かに入室を止められたと考えるべきか、しかしこの状況で証人を止める人間がいるのか?
「何故?そう考えてますね」
思考を巡らすファンの前に、いつの間にかフランソワがたどり着いていた。
「しょ、証拠は握った。まだ他にも物的なものも、この場にいない証人だって」
ファンは諦められないと、どこか言い訳をするように、縋るようにフランソワを見る。
対するフランソワの目は冷たかった。
飽きた。
明白にわかる感情がファンに届く。
ファンは口をつぐんだ。
「生誕祭という場での婚約破棄、悪事のお披露目。インパクトとしては悪くありません」
フランソワは、検算するようにファンを見据えた。
それに元気付いたのか、ファンは少し笑みを浮かべ返す。
「そ、そうだ!この場じゃ貴方も逃げられない!そして僕には確実に、大勢の貴族や領主、父上に発言できる場もある」
完璧だったはずという彼に、フランソワは呆れたように肩を落とす。
「では試してみましょうか?」
そういうと、フランソワは場の全員に向かう。
「私は違法な賭場の運営に手を貸し、あまつさえ奴隷商から手を借り人員を増やし、自身も領民からの税を使い遊ぶこと毎夜のことです。もし問題の声があればすぐ、全ての罪を曝け出しましょう」
ファンは絶句する。
それは証拠のうちの1つ。自白である。
これを言わせるためにファンは長い時間をかけてこの場を用意したはずなのだ。
しかし、場の状況は変わらない。
誰1人、フランソワの言葉など聞こえていないかのように、ただ立ち尽くすのみである。
「どうなってる」
ファンが声を漏らすのもおかしなことではない。
しかし現状、フランソワが罪を打ち明けようが、状況は何も変わらないのだ。
「ファン」
フランソワは初めて、ファンの名を呼んだ。
「貴方って本当に愚かなのね」
どこか憐れむような、そんな目線。
ファンはその目を見て、思った。
ずっとそうだ。彼女の目は自分を向いたことなどありはしなかった。
婚約者として決まろうが、プレゼントも催しも会食も。
フランソワが楽しげにしているところを見たことはない。
フランソワの気持ちがファンに向いたところを見たことはない。
今回こそ、フランソワの感情を揺さぶれると思った。
なのに何故。
ファンは自問自答した。
「私が悪事を認め、知りうる情報を話し、婚約を破棄する」
そんなことを望む人物は、ここにたった1人だっていやしない。
どころかそうさせないためなら何だってする人物の方が多いでしょう。
フランソワの言葉に、ファンは怯えた。
これは、そういうことなのか?
貴族、圧倒的な教養を持つ大人の集会で行われている現状。
それは。
「みんな、見て見ぬ振りしていたいのよ」
フランソワが証人に打ち明けられれば罪を認め、知りうる情報を話し婚約を破棄すると言った途端。
場は動きを止めた。
それは単純で、冷静な判断。
先程まで動揺していた貴族たち、愚かな大衆にも見えるが、彼らの本当に優れた点は自己保身である。
自分の身に関係すると気づけば話は違う。
フランソワと罪を共有する者、婚約がなくなると不利益を被る者、そしてそういった者たちの恨みを買いたくない者。
それは全員と言える。
貴族たちは自分に関係ないからこそできた動揺や好奇心を消し去った。
そして誰でもいい。全員のうち誰か、より危機を感じたものが証人の出入りを止めた。
「こんなやり方で私の身が危うくなると思って?」
「だってこれしか」
これ以外に何があったというのか。
ファンの言葉はもうフランソワには届かない。
「知らないようだから教えてあげるけど、ファン」
フランソワはファンの耳元に近づき、囁く。
「大人ってのは、汚いものなのよ」
フランソワは、自分も例外でないと暗に示しながら壇上から降りる。
同時に、皇太子の父、国王が立ち上がった。
「いい挨拶だった。皆、拍手で迎えてやってくれ」
その言葉を聞くと同時に、場にいた全員が拍手を送る。
まるで何事もなかったかのように、ただ皇太子は平凡な挨拶を終えたかように、ただ手を叩いた。
その大勢の中を、1人賞賛せず席へとフランソワは歩く。
退屈。
彼女は退屈していた。
皇太子の行いは初めこそ見れたものの、種が分かれば対処もできてしまう。
貴族が聞く耳を持たぬよう、証人が現れ自分の悪事が広まることが彼らに不利益だと教えるだけでいい。
そう気づけばもう面白みはない。
「正義感、ね」
ファンは正しい。
自分は間違っている。
フランソワはそう思う。
例え賭場の目的が貴族の過ぎた違法行為への牽制を兼ねたとしても。
例え賭場の目的が行き場のない奴隷の雇用にあったとしても。
例え賭場の目的が肥えた貴族から金を回収し、大衆に戻すことであったとしても。
ファンは正しい。
だが、半端な正しさでは彼女を満足させられない。
では、何が彼女を満足させるだろうか。
賢さ?
強さ?
偉さ?
そういった想定内のものではもう、彼女は物足りない。
「そう、もし私が、この退屈から逃れるならそれはきっと」
狂気。
彼女の理解を超え、ただ不可思議で、秩序など、常軌など、ありもしないような。
善や悪で区別することすら馬鹿らしくなるような。
圧倒的な異常こそそれにふさわしい。
「でも、そんな人はいないわ」
自分の席に座り、冷めた紅茶を見て呟く。
その条件に当てはまるのはむしろ自分なのだから。
フランソワ・マイエンヌ。
彼女の退屈は、収まらない。
フランソワも登場する本編『邪教徒召喚 ー死を信奉する狂信者は異世界に来てもやっぱり異端ー』連載中です。
フランソワの退屈を打ち破る人間とはどのような人物なのか。
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