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空が愛したのはインドラジット  作者: 殿様
第一章
9/10

遺産〜9柱〜


「逃げるんだ、ユピ!」


 俺はありったけの麻酔矢を投げた。虚しく空を切るか、弾き落とされるか、どちらにせよ(かす)りもしない。


 分かってる……この男は強い。それでも時間稼ぎは得意分野、2人は逃げさせて貰う。


「ゲイル、待ってて! ウルザ呼んでくる!」


 ユピとユールが部屋から出ようとすると痩身の男が襲い掛かろうとした。

 俺はすぐさま進路を塞ぎ、ナイフで斬りかかる。


 痩身の男は両手に持ったサーベルで器用にナイフを捌き、バランスの崩れた俺をそのまま蹴り上げる。


「ぐっ!!」


 俺が体勢を立て直す頃にはユピとユールが階段を降りて行く音が聞こえた。


「ちっ、逃しちまったか。まぁいい、ちっこいの2匹分お前がたっぷり楽しませてくれよぉ? オヒョオヒョオヒョ!」


 痩身の男は逆手にサーベルを握り直し、身を回転させながら斬りかかって来た。


 下に潜り込み攻撃を受け流しながら足の力で投げる。

 マスター直伝『薙落(なぎお)とし』、(くら)いやがれネギ頭ぁ!!


「だぁぁぁぁあっぐらぁ!!」


「このガキぃ、アーツを使いやがるのか! ぬぐっ」


 頭から落としたつもりだったが身をよじられた。肩からになったが驚いてくれただろう。


「ガキぃ、やるじゃねぇか。ならコイツはどうだぁ!?」


 反動を付けた痩身の男が2本のサーベルをハサミのように交差して突っ込んでくる。

 もう一度下に潜り込もうとするが俺の投げた麻酔矢を投げられ、思わず飛び退く。


「くそっ……マジクス!」


「何!?」


 ナイフの柄を握りしめ、床に刺さった麻酔矢に意識を向ける。


 すると、建物の屋根がバチンという音を立てた。


「……あ? 脅かしやがって何も起きねぇじゃねぇか」


 こんな時に発動しねぇのかよ!? いや、発動したのか今の音? 


「もう一度、マジクス!」


 やはり屋根に何かが当たる程度しか起こらず、期待した(たけ)る雷は落ちなかった。


 痩身の男はニヤリと笑みを浮かべて俺に近付いて来る。ジリジリと距離を詰められ、もう終わりかと思われたその時、階段を複数人が登ってくる音がした。


 部屋の扉が破り壊され、ウルザの巨体が露わになる。


「大丈夫か、ゲイル君!?」


「ちっ、流石に分が悪りぃ……今回は引いてやるがもし俺に斬られたいなら亜人の街『ヴリトラ』まで来な、ガキぃ」


 ウルザが殴り掛かるより先に痩身の男は窓まで飛び退き、屋根の上に消えた。


「ゲイル! 怪我はない?」


「あぁ大丈夫だよユピ。ウルザさん、損な役回りをさせてしまいすみません」


「良いってことよ! ……それよりもだ、奴の言ってたヴリトラって街だけど、行くのはおススメ出来ない」


 ウルザに何故か問おうとするとユールが泣きながら近付いて来た。

 表情は明らかに怒りに満ちていた。


「ゲイル……ここの奴らが言ってたんだ……妹に……サリアに買い手が付いちゃったらしいんだ! お願いだ、お願いだよ……サリアを……うっ、ざりあをだずげでぐれぇ」


 泣き出してしまった……無理もない。買い手が付いたということは、母親と同じ末路を辿ることを嫌というほど思わされるだろう。


 だけど分からないことが多過ぎる。


 傭兵ギルドが何故そんなことを知っているのか。ユールを何故捕まえたのか。闇商人からしたら金の成る木であるサリアを手離す程の大金を積む相手は何を考えてるのか。


「ウルザさん……ヴリトラの街には闇市があるんですか?」


「ヴリトラの街だけじゃない、亜人の住む街全てに闇市が必ず一画ある……が、ヴリトラは街そのものが闇市なんだ。ザイツェンもそこに居る」


 街そのものが……つまりそれは闇商人達の溜まり場。情報は十二分に集まるだろうけど危険度は計り知れない。


「……それでも、傭兵として雇われた以上は付き合うよ、ユール」


「ゲイル……グスッ、ありがとう!」


「ユピ、ウルザさんとお留守番しててくれないか?」


「ユピも行くぅー!!」


 ユピは激しく首を振って言った。


「……俺もギルドのことがあるから流石にヴリトラの街までは着いていけない。ユピちゃんのことは俺に任せなさい」


「お願いします」


「今日のところはうちのホームで休んで行くといい。ユピちゃんこっちに……ぬぉ!?」


 ウルザがユピを抱えようとするとユピが逃げ出してしまった。

 慌てて追いかけようとウルザが壁を破壊して飛び出して行った。


「ゲイル……ユピが行っちゃったよ?」


「ウルザさんに任せたから大丈夫だよユール。俺達はお言葉に甘えて休むとしよう」


 ユールと建物から出ようとした時、階段の横に小さな丸テーブルがあることに気付いた。テーブルの上には菓子箱が置いてあった。


 何故酒瓶と煙草だらけのこんなギルドに菓子箱が? ユールに振る舞うような事はあり得ないし、このギルドに子供でも居るのか?


 妙に気になったそれを俺は手に持ち、中を覗いた。


「……これはもしかして」


「ゲイル、どうしたんだ?」


「あぁ、ごめん今行くよ」


 俺は菓子箱を懐に仕舞い、建物から出た。


 ひとまず追いかけられたり、救出したりと疲れたからさっさと休もう。

 もう日も落ちかけているし、ユピも疲れたら帰って来るだろう。



「ゲイルさん大丈夫だったようだね。そっちがユールさんかな?」


「は、初めましてユール・サカキバラです!」


 セシリアさんを見てユールが赤くなるのも無理はない。

 亜人の中で唯一人間と大差が無く、迫害の受け無い『森人(エルフ)』。

 ただでさえ美女揃いとされる森人(エルフ)の中でもセシリアさんは間違いなく上位に入る。


 オマケに天地震盟(カタストロフ)ホーム会議室で見た時には気にすることはなかったが、服が刺激的過ぎる。


「ようこそユールさん、私のギルドへ。ところで影の信徒(ディスエイブル)が彼を捕まえた理由は分かったのかい?」


「それはこれからユールに聞いてみます。会議室をお借りしてもいいですか?」


「構わないよ。後で私もお茶を持って参加しに行くから(くつろ)いでいるといい」



 俺はユールを会議室へと連れて行き、なかなか良い木が使われていると思われる椅子に掛けた。

 ユールも対面に座り、落ち着かない様子だった表情が次第に和らいできた。


「さてと、下で話した通りユールが傭兵ギルドに連れてかれた理由を聞きたいんだ」


 ユールは深く息を吐いて目線を落とし、何かを考えていた。

 やがて口を開いたユールは全く予想だにしなかったことを話し出した。


「まず、あの傭兵ギルドだけど本来のメンバーは皆んな殺したってアイツら言ってたんだ」


「あそこに居た奴等は影の信徒(ディスエイブル)のメンバーではないだって!?」


「うん。それで俺を捕まえたのは父様(とうさま)の遺産が何処にあるか聞き出すためだって言ってた。俺はそんなもの知らないって言ったんだけど、ザイツェン様のところに運んで拷問にかけてやるって……」


 なるほど、運ばれる前で良かった。


 遺産……ユールは普通の亜人の両親から産まれたわけではないのか? それに何故賊がユールの親のことを知っているんだ?

 ザイツェンが関わってるということはもはや疑いようもないけど、目的がさっぱりだ。


「ユールのお父さんはどんな仕事をしてたか分かるかい?」


「確か……しょくぶつがくしゃ? ってやつ」


 植物学者? 特に儲かるような仕事では無いし、狙われる理由がもっと分からなくなった。


父様(とうさま)の名前はリュウト・サカキバラと言います。狼人(ウェアヴォルフル)という種族でゴルドイーストの一部にしか存在しないとよく聞かされました」


「んー、聞いたことないなぁ」


 そこまで話したところで部屋の扉が開き、セシリアが入って来た。


「やぁ、狼人(ウェアヴォルフル)のことかい? 私が知ってる限りで良ければお話しするよ」


 セシリアは氷の入ったグラスを配りながらそう言った。


「あ、セシリアさんご存知なのですか?」


「もちろんだよ。森人(エルフ)はどんな種族とも交流があるからね。狼人(ウェアヴォルフル)と言えば上位神『アマテラス』が隠れたとされる『天岩戸(あまのいわと)』が有名だね」


天岩戸(あまのいわと)?」


 アマテラスは聞いた事がある。太陽神の一柱(ひとはしら)にして機織(はたおり)をする人々の信仰神でもあるとか。


 セシリアさんが話してくれたのは狼人(ウェアヴォルフル)とアマテラスに起こった悲劇の物語。


 アマテラスの姉弟(きょうだい)神『スサノオ』は天界でも有名な荒神(あらがみ)。スサノオの働いた様々な悪戯をアマテラスは何度も庇っていたという。


 ところが、全く反省しなかったスサノオはついに一線を越えてしまう。

 機織(はたおり)の手伝いをしていた狼人(ウェアヴォルフル)の娘を悪戯で驚かせ、その弾みで機織(はたおり)の道具が秘部に刺さり死んでしまった。


 あまりの事に怒り悲しんだアマテラスが自ら神隠れを行ったのが天岩戸(あまのいわと)という洞窟。狼人(ウェアヴォルフル)は太陽の光当たらぬその場所に居を構え、洞窟を今でも守り伝えている。


天岩戸(あまのいわと)はゴルドイーストの神々が様々な方法を試したが開かずのまま今に至るというわけさ」


「……ユール、お父さんが何故ゴルドイーストからフールウエストまで来たか知ってるかい?」


父様(とうさま)は故郷でも育つ作物の研究に来たって言ってた」


 何となく敵の目的が見えて来たぞ。


「セシリアさん、もしかして狼人(ウェアヴォルフル)の住んでる場所って……」


「植物は光が無ければ育たない……彼等は少ない野生動物の狩猟とキノコの採取で食い繋いでいる」


「ユールのお父さんはこの荒野で研究し、超悪環境でも育つ作物を完成させた……それが狙いか!」


 作物という遺産の在り処をユールが知っていると踏んだザイツェンはユールを闇市で買うつもりだった。

 だがユールは別の誰かに買われ、ゴルドイーストで行方知れずになった。


 諦めかけていた所にユールをミネルヴァの街で見つけ、思わず捕まえたということか。


「それほどの価値がある作物って一体何でしょうか?」


「日陰で育つ野菜などは幾つか思い付くけども、全く当たらないとなると食べられる物が果たして育つのか分からないね」


「……ん」


 おや、ユールがもう眠そうだ。時間は短い針が9を大きく上に振れ、長い針が11に差し掛かっている。


 ユピとウルザさんは結局帰って来ていないがまだ追いかけあっているのだろうか。


「さぁゲイルさん、ユールさんを寝かせて我々はもう少し話をしようじゃないか。客室は手配してある、案内しよう」


「はい、ありがとうございます」


 俺はユールを抱え上げ、セシリアが案内してくれた客室のベッドに寝かせた。


「おやすみユール」





 俺はセシリアと静かに部屋を出た……。











ウルザ・メルギス(28)

種族・人間

所属ギルド・天地震盟


身長190cm

体重120kg


好きな食べ物&飲み物

刺し身

ポン酒


嫌いな飲み物

果実酒


特技

イースト料理

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