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空が愛したのはインドラジット  作者: 殿様
第一章
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朔月の杯〜1柱〜



 人間は傲慢な生き物だ!


 ある世界の哲学者はそう言う。


 人殺しはやってはいけないことだ!


 ある世界の教職者はそう言う。


 例え神であっても許されない事がある!


 ある世界の子供はそう言う。


 違う。概念は産まれた世界、場所、環境によって簡単に変わるものだ。楽園と呼ばれた場所が存在する世界で地獄と呼ばれた場所が存在する。


 ほらね? 簡単だろう?


 本能? 理性? それは人間が勝手に作った概念だろう?

 正義も悪も無い。あるのは、たった三つ。

 仲間意識か敵対意識か……







「欲求意識だけだよ。坊主」


 低い女の声が聞こえる。

 血とゴミの臭いが充満する世界。汚い小さな世界で俺は何をしているのだろう。


「お前達、こいつを連れて行きな! いつもの倉庫にね!」


「「へい! 分かりました! 」」


 軽々と持ち上げられる。


 所詮は子供の身体、重さなど知れたものか。この身体が辿る結末は目に焼き付いていた。


 「ユピ……」


 暗くジメジメとした建物の口が開き、中から形容し難い風が漏れ出る。意識は朦朧としており、全身の感覚が麻痺している。こんな状態でも危険を知らせる勘だけは際限なく警鐘(けいしょう)を鳴らしている。


 終わりだ、せめて苦しまないよう舌でも噛もうか。


 そんなことを考えていると突然猿轡(さるぐつわ)を付けられた。


 「ケヘヘへ……簡単には死なせないよぉ?」


 太った女は(けが)らわしい眼でギョロリとこちらを向く。


「舌噛みちぎって死ぬ奴が結構居てねぇ。アタシを楽しませて貰うまでは死なせないよぉ? 」


 お見通しと言わんばかりに下卑た笑みを浮かべた。


 暗がりの奥から気怠げな女が新品かと思うような斧とガチャガチャと音を立てる箱を運んできた。斧は目の前の女へと渡され、箱は傍にあった丸テーブルの上に置かれる。


「さぁて、早速始めようかぁ。楽しい楽しい手術の時間だよぉ」


 太った女は茶色く四角い瓶を斧の刀身へと向けた。瓶の中身を全てぶち撒け、(あふ)れた液体が床をビチャビチャと濡らす。


 軽い身体を水浸しになった床に転がされ、大の字に固定される。


 彼女もこれを味わったのだろうか。


 斧が振り上げられ、女は息を吸い込んだ。


 目を閉じ、少年の意識は闇へと溶けていった。













「あぁぁぁぁぁ!!!」


 男は寝床から飛び起き、自身の身体に思わず触れ、確かめる。


 ある。


 腕も脚も手も指も。


 鏡を見る。


 乱れた黒髪、左眼に付けられた眼帯、右眼の薄い青色の瞳。


 そこに俺が居た。


「はぁ、はぁ……嫌な事思い出すなよ、俺」


 汗ばんだ額に拳を当て、ふと部屋の隅にある時計を見る。短針は6の文字を指し、長針は10の数字を上に外している。


「起きないと……」


 外は既に明るく、部屋の外からは人の気配を感じる。


 ここは神々が見守る5つの世界の1つ『アース』。

 様々な種族が住むアースの国々は不可侵協定によって平和を保っていた。


 アースの北方、広大な土地を持つ大国『ノースダイン』。

 不可侵協定の管理及び他の世界との貿易国でもあるこの国には世界を行き来するための扉『神の窓(ティアラ)』がある。

 過去この扉を巡って幾度となく争いが起きたが、神々の力により終結した。


 ノースダインの南西に位置する町『ケリド』。

 北へ向かう旅人や商人の立ち寄る足休めの役割を果たすこの街は神々の一柱『ケリドウェヌ』が統治している。

  酒場や宿屋が立ち並ぶ大通りの中央、一際異彩を放つ建物が目に付く。ケリドに拠点を置く傭兵ギルド『朔月の杯(ケリドドロップ)」のホームである。


 俺はここの部屋の一角に住み込んでいる。


 あまり良いとは言えない目覚め。ボサボサになった髪を軽く掻き上げ、身支度を整える。


 朝飯の買い出しに行かないと……。


 飾り気の無い簡素な扉を引き、廊下へ出る。

 すると大男がドシドシと廊下を歩き、こちらへ向かってくる。


「おはよう、マスター」


「おう!おはようゲイル!腹減ったから早く飯頼むぜ!」


 深紅の短髪、髪よりも紅い瞳、俺を見下ろす身の丈。

 大男の名はボルドー、このギルドの主である。


「マスター、相変わらず朝から元気ですね……朝飯は何が良いですか?」


「お! そうだなぁ……」


 マスターは煙草を咥えるような仕草で口元を覆い隠し、考え込む癖がある。


 そうして10秒程唸った後、


「よし! 今日の朝飯は魚にしよう! 確か昨日コライドがサーモンを仕入れるって話してたからなぁ……一丁買って来てくれや!」


 ゴソゴソと大きな手の平でズボンのポケットを探り、茶色の二つ折り財布を引き抜くとそれを放り投げた。


「分かりました、マスター」


 放り投げられた財布を受け取るとゲイルはゆっくりと階段を降りて行った。扉の閉まる音がバタンと聞こえるとボルドーの後ろからガチャリと音がした。


 1人の女性が部屋から出てきた。


 肩で揃えられた美しい黒髪、薄い青色の瞳は優しい光を湛えている。


「どうしたの、マスター?」


「おぉ、悪りぃなエリア!起こしちまったか!」


「うぅん、髪()いてたところ」


「そうかそうか! 今ゲイルと朝飯の話したところだったんだ! ちょっと俺はシャワー浴びてくるから下で武器の手入れでもしてな!」


 そう言うとボルドーは階段とは逆方向へ歩いて行き、一番奥の部屋へと消えた。


「……今日も、ご飯楽しみ」


 歓楽街の大通りに面したギルドの建物から出て右に真っ直ぐ進む。二つ目の十字路を左に曲がるとケリドの食材市場がある。


 市場の中でも一際大きな店の隣。

 小さな店の店先で丸々とした店主が果物をより分けている。


「お! ゲイルじゃないか! 今日は何が欲しいんだ?」


「コライドさん、おはようございます。今日はサーモンを頂きに来ました」


 すっかり顔馴染みである。


 ケリドに来て早3年と4ヶ月、店主とは3年以上の付き合いだ。年々大きくなる店主のお腹は俺に時の流れを感じさせる。


「サーモンだな! ボルドーが昨日食い付いてたから来ると思ってたよ! 持って来るからちょっと待ってな!」


 店主が奥に行き、大きな箱のような物をガサゴソと漁っている間に他の食材も見せて貰おう。


 実に色とりどりの野菜と果物が瑞々しさを感じさせるようにハリのある素肌を見せつけている。カゴ一杯に食材を選び抜く頃には魚は綺麗に梱包されていた。


「お待ち遠さん! 他はと……よし、全部で銀貨3枚でいいぞ!」


「いつも良くして頂いてありがとうございます。ええと、財布財布……うっ」


 マスターから預かった財布を取り出し、中を見ると銅貨が6枚だけ入っていた。銀貨1枚は大銅貨10枚、大銅貨1枚は銅貨100枚、つまり全く足りない。


「どうした固まって?」


「あ、いえ、何でもありません!」


 仕方ないので自分の財布からお金を出す。


「毎度!」


 はぁ、ちゃんと確認しとけば良かった……。

 マスターがそもそも財布にお金を入れているわけがない。何故なら金使いの荒いマスターはよく姉さんに渡して、金庫に入れているからだ。


 食材を両手に抱え、帰路に就く。



 ギルドホームの広間に置かれている10人掛けの長テーブル。人で埋まったことのないテーブルに、3人で食べるには過剰な量の料理が並べられている。


 俺には見慣れた光景だがマスターと姉さんは(ふたりは)物凄い勢いで料理を吸い込んでいく。


「速く食べないと全部食べられちゃうよ、ゲイル?」


「おいおい、エリアにだけは言われたくないなぁ。大体……そんな食べると太っちま、ぶふぉあ!!」


 姉さんの肘がマスターの脇腹に突き刺さる。二回りは大きな男が思わずむせ返る。


「ぐほ、ごほ! と、ところで。ゲイル、お前今年こそは『大星』になれよ? いい加減『小星』のままじゃあ格好付かんだろう」


 大星、小星とはいわゆる傭兵のランクのことだ。どちらも1級〜5級まであり、傭兵の実力を証明するものである。昇級は所属ギルドのギルドマスターから推薦を受け、『ギルド統括管理局』で面接と試験を合格して初めて上がる事が出来る。


 俺は現在小星1級。大星へと上がる試験に9回落ちている。次落ちれば記念すべき10回目だ。

 姉さんは16歳で大星となり、現在大星3級。姉弟(きょうだい)でこうも違うものか。


「マスター、ゲイルが大星になれない理由が私にはずっと分からないのだけど」


「あー、それはな、即席のチーム訓練でいっつもソロで先走りやがるのさ。当然俺様が試験官でも落とす。分かってんのかゲイル? 傭兵ってのはミッションや個人の依頼があった時に」


「全く知らない人間と選抜でチーム組まされることもある……でしょう? レベルが圧倒的に差がある人達の足並みに合わせるのもキツいですよ」


 俺はあの時のことをずっと後悔してる。1人の少女を救えるだけの力も無かった頃には戻りたくない。とっくの昔に取り返しが付かなくなったが忘れられない。忘れる筈もない。


「ったく、ゲイルがこんな調子じゃあエリアも大変だな。俺様はお前に合わせてられん!」


 朝食を終えた後、食器を片付けすぐに俺は自室に戻る。そして、テーブルの上にある白い宝石に触れる。


「今日もミッションは無し……か。いつも通り姉さんの手伝いでもするか」


 この白い宝石は管理局から支給される連絡用魔道具だ。毎日ミッションの割り当ての有無が更新される。


 とはいえ、一人前と見られないランク小星に割り当てられるミッションはほとんど無い。大半の小星は同じギルドの先輩メンバーのミッションを手伝い、力を付けるのが定石。


 朔月の杯(ケリドドロップ)は俺と姉さん、マスターのたった3人しかいない弱小ギルドだ。マスターは大星1級として有名であるが同時にその名声と同じくらい悪評も高い。オマケに気難しいため、気に入らない加入希望者を散々追い返した。そのため最近は全く希望者が来なくなった。


 故に今、俺は姉さんの部屋の扉をノックしている。

 俺の部屋の真隣、そこが姉さんの部屋だ。


「ん、どうしたのゲイル?ミッションの手伝い……来る?」


「……はい」


「分かった。下で待っててね?」


 ギルドに加入した時は俺も姉さんもマスターの手伝いとしてあちこちに連れていかれた。当時、既に大星1級だったマスターの姿は頼もしく、格好良く、俺と姉さんの憧れだった。


 武器の手入れを終わらせ、準備運動代わりに動いていると階段を誰かが降りてくる音が聞こえた。


「ゲイル、お待たせ。早速行こっか」


「よろしくお願いします」


「私に敬語なんて使わなくていいよ、姉弟じゃない?」


 こんな毎日を続けて、俺は俺を許せるだろうか?





 あの時の俺を……。





ゲイル・ラディル(17)

種族・人間

所属ギルド『朔月の杯』


身長176cm

体重61kg


好きな食べ物

ドラゴンフルーツ


嫌いな食べ物

無し


特技

ダーツ

靴磨き



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