第3話
「――ん、んんぅ……え?」
「あ、起きた? 丁度起こそうかと思ってたところだったんだけど」
「え、と。なんで私……」
「ん? ああ、いつの間にか眠りに落ちてたんだよ。随分とぐっすり寝ていたな、4時間くらい?」
言うと、ぽけーっとしていた少女は全てを思い出したのか、顔を朱に染め上げてしどろもどろしながら謝罪の言葉を口にした。
「あ、あの、ごめんなさい。つい、眠くなってしまって……」
「はは、気にしなくていいよ。というか、お腹空かない? 良かったら一緒にどう?」
と、いってもコンビニ弁当なんだけどね。
不器用な俺には料理なんて出来るわけもないし、一人暮らしだからコンビニ弁当に行き着くのは容易に想像できるだろう?
いやー、コンビニ弁当が無かったら今頃餓死してるか、カップラーメン生活になっていただろうな。
値段は安いし、味は……まあ、普通だけどコスパは良い。
つまり何が言いたいかというと、コンビニ弁当最高!
「いえ、私は結構です……お腹は空いていませんし」
俯きながら、拒否の言葉を紡ぐ。
が、体は正直だったようだ。
キュルキュルキュル……
「体、悲鳴上げてるけど」
「〜〜っ!」
少女は羞恥に顔を染め上げて、バッと毛布に包まる。
「本当にいらない?」
「……要りません!」
「そっか……でも、どうしよう。この弁当の消費期限、今日までなんだよな。俺は少食だから一人分しか食べられないし、捨てるしかないのか。ああ、勿体無い。勿体無さすぎてオバケが出てきてしまうかも」
「……お、オバケ?」
ひょこっと毛布の隙間から顔を出す。
その時初めて、少女の顔をしっかりと見た……気がする。
肩下まで伸びたダークブラウンの髪。
ほのかにルビー色を滲ませた瞳。
筋の通った鼻。
花のように美しい唇。
これは驚いた。
とんでもない美少女さんだな、おい。
今まで気付かなかった俺はどうかしている。
そう思うほどに美しかった。
――だからといって、どうということはないのだが。
「そう、オバケだ。そいつはもったいないオバケといってだな、凄く怖いんだ」
「具体的に、どう怖いのですか……?」
「それはもう、言葉では言い表せないくらい怖いんだ。なんなら、呼んでみるか? このコンビニ弁当を捨てれば出てきてくれるかもしれないぞ」
「……そ、それはやめておいた方が」
「なら、コンビニ弁当は食べないとな――――幕の内弁当と唐揚げ弁当、どっちが良い?」
「余ったほう、でお願いします」
言うと、もぞもぞと毛布から出てくる。
それと同時に、黒を基調としたパーティドレス、もといレースワンピースが露わになる。
非常に似合っていて美しいのだが、あまりに季節外れすぎる服装に疑問を抱かざるを得ない。
だが、今の俺には彼女の事情に踏み込む気概はなかった。
「そう? じゃあ俺は唐揚げ弁当かな。レンジで温めたばかりだから冷たくはないと思うけど、もし冷たかったらいってくれ」
言いながら、幕の内弁当を手渡す。
近くで見るとより美しさが際立つな……睫毛とか長すぎんだろ。
少女は弁当を両手で受け取ると、ふと何かに気付いたのかこちらに顔を向けると言った。
「あっ、あの、申し遅れました。私は綾ノ瀬美桜、と申します」
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は、月嶋御影だ。よろしく」
ぺこっと綾ノ瀬さんは頭を下げると、ダイニングテーブルの奥側、つまり俺の真正面に座る。
追うようにして対面に着席すると、両手を合わせて
「「いただきます」」
と、挨拶をした。
それからというもの、会話という会話が交わされることはなく、咀嚼の微かな音さえ騒がしく聞こえるほどの静かな時間が流れ続けた。
食事というのはやはり、一人で食べるよりも複数人で食べた方が美味しく感じられるな。
これといった会話があるわけでもないし、和気藹々とした雰囲気でもないが、ひとりの人間としてそこにいるということが大きいのだと思う。
そう考えると、家族って凄く大切な存在なんだな。
今度、親父達に何かプレゼントでもするか。
「といっても、何を渡せばいいんだろう……現金?」
「……? 月嶋さん、どうかなさいましたか?」
「――あっ、いや、家族にプレゼントを渡すなら……って、なんでもないッ! うん、何もないから気にしないで!?」
ヤバい、完全にミスった。
この状況下での家族の話題はどう考えてもタブーだ。
学校、家族、仕事。
これらのワードが自殺のトリガーになりかねないことぐらい分かりきっていたはずなのに。
完全に気を抜いていた。
これは、覚悟を決めなければならないかもしれない。
がその前に、とりあえず何か、何か別の話題を――
「――月嶋さん」
「は、はい!」
「月嶋さんは、私が自殺する原……いえ、もし仮に存在が罪だと言われたら、どういった償いをするべきだとお考えですか……?」
「え、えっと存在が罪……? うん? それは根本的におかしいぞ。そもそも罪というのは、行為があって初めて生まれるのであって、存在があるだけでは罪にはならないんだ。そうだな、例えば俺が人を殴ったとしよう。これは明確な暴力罪だ。だが、その罪は俺が人を殴るという行為をしたから生まれたのであって、俺が存在しているから生まれたわけじゃない。だから、存在が罪というのは根本的に間違っている。償いをする必要なんて毛ほども無いと思うよ……って、つい喋りすぎてしまったな。悪い癖だ」
言いながら、俯き加減で頭を掻く。
単なる質問にこんな長々と返されたらウザイって思われちゃうよな。
そりゃ、友達が一人しかできないわけだ。
いや、一人でも出来たことを讃えるべきだろうか。
ここはポジティブに捉えていこう。
まあ、なんにせよ、この癖治していかないと大学生活に支障をきたしかねないことは明白だ。
というか、今は別の覚悟を決めないと。
と、その時、だった。
カラン、と割り箸が机に落ちる音が聞こえてきたのは。
ん?
不思議に思って、視線を上げるとそこには――
――何故か両手で口を覆って、ぽろぽろと涙をこぼれさせる綾ノ瀬さんがいた。
「そう……だったの、ですね。死ぬ前に、その言葉が聞けて……良かった。本当に、ありが……とう、ござい、ます」
涙にしめった、女性らしい潤いのある声で途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「え!? な、なんで泣いてるの……って死ぬ!? 綾ノ瀬さん、自殺しちゃうの!?」
あまりの出来事に、思わず禁句が喉を突いて出る。
が、そんなことは気にしていられなかった。
なんせ俺は、何が原因で綾ノ瀬さんが泣いているのかまったくと言っていいほど理解出来ていないから。
な、何か拙いことでも言ったか?
まさか、無意識に責め立てていた、とか?
いや、流石にそれはないか。
じゃあ、なんだ……?
ど、どうしよう。
原因がまったく分からない。
今はとにかく、謝罪の言葉を言わないと。
「ご、ごめん! なんかよく分からないけど、とにかくごめん!」
「どうして、月嶋さんが謝るのですか……?」
「え? いやだって、俺のせいで綾ノ瀬さんが自殺しちゃうから……」
「じ、自殺? 私がいつ自殺すると……?」
「さっき死ぬ前に、って。だから、これから死んじゃうのかと」
「ああ……そう解釈してしまったのですね。自殺に関しては、もう大丈夫です。月嶋さんの狼狽している様子を見ていたら、そんな気も失せてしまいました」
「な、なんだ……よかった」
涙を拭う綾ノ瀬さんを尻目に、へなへなと魂の抜けた人間のように椅子にもたれかかる。
寿命が3時間くらい縮まった気分だ。
まったく、紛らわしいこと言わないでくれよ。
本気で終わったと思ったじゃないか。
「……月嶋さんは、お優しいのですね」
「まあ、否定はしない」
「そこは否定するところですよ?」
少しばかり泣き疲れた声で、綾ノ瀬さんは言った。
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