東京は夜
恒例のライターの飲み会は今宵もゲストを交えながら行われた。
「このお嬢さんが、くだんの駄菓子屋さんか。西野さんは迷惑かけてませんか?よろしくお願いな」
そういって、熊井さんが駄菓子屋に挨拶をしていた。
「いえ、西野さんにはお世話になっています。こんなに大きな出版社から自分のところの祭りのことが発信されるなんて信じられないです。本当にありがとうございます」
ゆっくりとビールを飲みながら微笑み返す。横から四方が何やら入ってきたが駄菓子屋はこのタイプがあまり得意ではないのか、少しひきつって愛想笑いに変わった。もうちょい飲んだがいつも通りになるだろう。
しかし、ビジネスモードの駄菓子屋は終始そのスタイルを崩すことないまま、うちの社員やライター達と交流していた。
「まるで総理婦人、ファーストレディだな。このままだと無駄に西野の株が上がってしまいそうだ」
総務部長が気分よさそうに言った。
「勘弁してください。あれでも地元ではお酒飲むと結構面倒くさいんですよ。量も飲むし」
「そうしたらこの後はどこか飲みなおしに行ったらいい。なれない場で気を使ってお酒を飲むのは酒飲みにはつらいからな。まだ時間もあるし、東京ならではの飲み屋に連れて行ってやれ」
そんなこんなで懇親会もお開きになり駅に戻った我々は
「さて、駄菓子屋。飲みなおしに行くか!」
「待ってました!あんたのおごりよ!」
いつもの調子で駄菓子屋が続けた。
俺はおしゃれな飲み屋さんはあまり知らないんだ、と先に言い訳をしつつ、部長によく連れて行ってもらった新橋の小料理屋に入った。
「ドラマみたいなところね~。おかみさん?がいるじゃない!ドラマねこれは」
そんなにはしゃがないでくれ、恥ずかしい。
「おかみさん、ご無沙汰してます。生ください」
「あら、西野さん、久しぶりね!どうしてたの?」
女将さん、俺のこと覚えててくれてよかった。
「いやあ、実は西のほうに転勤してまして。ちょっと用事で帰ってきたんで久々に寄ってみました」
「それは大変ね!ゆっくりしていきなさい。お隣の子は彼女さんかしら?」
「違います。向こうの仕事仲間?ですね」
そういうと駄菓子屋もうなずく。強めに何回かうなずいた。
「そうなのね~。どうぞごゆっくり。せっかくだし部長さんの大事に飲んでるボトル勝手に開けちゃいましょうね」
ラッキー。駄菓子屋よ、いい酒が飲めるぞ。こっそり耳打ちすると、そちらも足元でガッツポーズを作った。
1時間ほど食事をして、おかみさんと大将に挨拶をし、料理屋を後にした。
「あんたってまさか、都会人なのね」
また意味不明なことを言う。
「ここの料理屋は、本社にいたころの上司に連れて行ってもらったんだ。なんでも、その上司がここの大将となじみで、一度記事にしたんだって。それから人気が出て、今ではこんな一等地にお店を出せるようになった、と」
「ということは、うちもあんたの記事で万が一有名になったら私も都会に進出できるわね…」
駄菓子屋は都会に進出しなくてもいいと思う。
そういえば、今回のスタートは単純に「面白そう」「記事にしたらウケそう」というところからスタートしたものだが、この記事が仮にウケて、この街に何か影響を与えることができるのだろうか。というか、影響を与えるのはいいことなのだろうか。
何やらもやもやと考えだしたらすごくネガティブになってきた。「意味がないかもしれない」ということは、なんと無力なことだろう。地元の人からしたら「迷惑になることもあるかもしれない」という可能性だってもちろんあるのだ。俺が今している仕事は、意味がないのでは?
落ち込んでいるのを察したのか、駄菓子屋も
「あんた大丈夫?飲みすぎたんじゃない?」
「そ、そんなことはないぞ。とりあえずもう1件行くか?」
一瞬心配そうにしたが
「付き合うわよ」
と言って再び歩を進めた。
ホテルに近いバーに入った。バーといっても、かなり入りやすい部類の店舗だ。若者だけでも全然違和感なく行ける。
「あんたさっきはどうしたのよ。やっぱ飲みすぎ?」
そう駄菓子屋が聞いてくるので
「飲みすぎ、ではないんだが、お酒を飲むとたまにネガティブになってな。正直に言うと、今回の俺の記事に意味はあるのかとふと不安になってしまったんだ」
正直に言ってみた。
「意味ねぇ~」
駄菓子屋は何やらわかったような顔をしながら名前もよくわからないカクテルをぐっと飲む
「えっ!これアルコール強くない?」
「カクテルってそういうもんだろう。ちびちび飲みなさい」
「あ~」
目がぐるぐる回っている様を想像できる。水を頼んで、飲み干し、追加でビールを頼んでいた。なんなんだこいつ。
「あんたの記事には意味があるでしょう」
お、なんか急に語りだした。
「うちのことで記事を書きたいっていう外の地域の人間が一人仲間に加わって、毎年やってるお祭りもあんたのアドバイスで方向や風向きが変わって、遊びに来る人たちもきっとその違いに気づくわ。私はね、別に今回のことで有名になりたい、とかお客さんがいっぱい増えてほしいみたいなことを考えたことは一度もないわ。ただみんなで作るこのお祭りを楽しくやりたいわねってくらいで、これはあんたがいてもいなくても同じよ」
一拍おいて
「でも、あんたが来てくれたから今年のお祭りはきっと楽しいわ。みんな同じこと思っていると思う」
そういって
そういって寝た。
いやぁ~。マジでここで寝落ちはやめてくれ。
30分ほどして起床した。
「よし、今日はもうホテルに帰るぞ。この裏にすぐあるからな。お前はえーっと、7階だ。」
駄菓子屋はなぜか数秒ジトーっとこっちを睨んで、
「…そう。じゃあ戻りましょう。東京観光、楽しかったわ。西野。」
ん、おう。と言って会計を済ませた。
名前で呼ばれたのは意外と初めてかもしれないな。
バーを出てすぐにホテルに着いた。フロントで明日の朝の時間だけ確認して今日は解散した。