ドス恋〜力士だって恋をする〜
どすこいっ!
「どうも、『月刊どすこい』の伊佐山です。期待の若手のホープ弥彦山龍彦さん、今日はよろしくお願い致します」
「よろしくお願いします」
「弥彦山さん、十両昇進おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「先日発表された新番付はご覧になりましたか」
「自分、相撲をやめようと思っています」
「なるほどー! 私の聞き間違いでしょうか!」
「自分、相撲をやめようと思っています」
「……」
「……」
「あの」
「はい」
「ぼくね、この雑誌に飛ばさ――配置転換されましてね、驚きましたよ。ぼく、野球部出身でずっと野球畑でしてね。いや、もちろん仕事ですから勉強しましたよ。『月刊相撲』とか『大相撲中継』とか読み漁りましてね。よそさんの雑誌ですけどね。この仕事がね、この『期待の若手☆わくわくピックアップ』が、ぼくのはじめての記名記事になる予定だったんですよね」
「はあ」
「なにいきなりカマしてくれちゃってるんです?」
「引退を」
「中学でて相撲部屋に入って、苦節五年でしょ! 学生横綱でもアマ横綱でもない。ひたすら努力してついに掴んだ関取でしょ!?」
「でも自分、ひなたさんと結婚したいんすーー!」
「ひなたってだれーー!」
竜ケ崎ひなたとは、このごろ相撲界に顔を出すようになった年齢不詳の美少女である。
「年齢不詳の美少女って、微妙にパワーワードですよね」
「人の話は黙って聞いてください、『どすこい』さん」
可憐。
そして、可憐。さらに、可憐。
少女であるのに相撲取りひとりひとりの顔を覚え、名前を覚え、それどころか昔の相撲取りにもやたらと詳しい。
「だから……」
「黙って聞いてくれないと、かちあげぶちかましますよ? 自分の、横綱のよりえぐいっすよ?」
ひとりひとりに優しい言葉と適確なアドバイスを投げてくれる。
だれもが夢中になる女神。
だれもが○○する女神。
「変なところを伏せ字にしないでください、弥彦山さん」
「てへ」
だけど先場所が終わった日、彼女はうつむきながらこう言ったのだ。
「ごめん。バレー選手の方がかっこいい」
そして彼女は去って行った。
「うおおお、ひなたさーーん!」
「だから、忘れろよ、そんな女ーー!」
「ひなたさああん、君のために頑張ったんだ! 君と結婚するために頑張ったんだ! 君とあんなことやこんなことするために頑張ったんだああ!」
「話は聞いたぞ、弥彦山!」
「ああっ、あなたは十両八海山関! なんで違う部屋のあなたがここにいるのかわからんが、この軟弱男にビシッと言ってやってください!」
「おれも相撲やめるーー!」
「おまえもかよっ!」
「弥彦山! 一緒にバレー選手めざそう!」
「八海山関! やりましょう!」
「あんたら馬鹿ですか! 見せろよ、そのひなたって女の写真! あんたら相撲馬鹿で男だらけで暮らしてるから、たいしてかわいくもない女にちょっと優しくされて転んじゃうんだよ! ほら、その年齢不詳の写真あるなら見せてみろ!」
「はい」
「はい、おれの待受画面。あ、これおれの生撮りコレクションだからだれにもやらないよ」
「伊佐山亮太、二八歳。独身彼女なし! われら三人、ともにバレー選手をめざそう!」
「兄弟!」
「兄弟!」
「その画像、わけてくれる?」
「だめ」
さて。
初めての記名記事で親方と相撲協会理事連名で抗議を入れられ、月刊『そーおれっ!』に飛ばされた私、伊佐山亮太でございますが。今度はバレーボールと聞いて運命を感じ甘酸っぱい思いを抱きながら今日も若手ホープの取材に参っている次第でございます。
「ぼく、バレーをやめるつもりなんです」
「またですか」
「サッカーはじめるんです」
「ああ、彼女、今度はサッカーに行ったんですか」
いつか会えるのかな、年齢不詳。