第四話 答え
期待の新人君は、開発部の部長に談話室に呼ばれた。
部屋で待っていると数分後、部長がやってきた。
手にはたくさんの書類が抱えられていた。
その書類を机の上に置くと、ドスンという音がした。
どうやら、書類にはメモ書きのようなものをまとめてあるようだ。
「すまんね、ちょっと聞きたいことがあってね。」
「いえ、大丈夫です。」
部長は、書類をあさって確認するように広げていった。
すると1冊の本が少し見えた。
題名は「デジタル人間、アナログ人間」と書かれているようだ。
書類の中のある紙の束を手に取って、部長はうなづいた。
「実は、最近の会社についてなんだけど、やはり私たち古い人間は若い人の気持ちが理解できなくてね。キミはその中でも一番こちらが側に近い若者かなと思って、ちょっと意見を聞きたいんだ。」
「はあ。」
「最近の若者はどうすれば動いてくれるのかね。率直に意見を聞きたい。」
「動く動かないは、私にも難しいところだと思います。」
「じゃあ、若者はどうして欲しいのかな。」
「いえ、別にどうしても欲しくないと思います。それ程考えてはいないというのが事実だと思います。」
「う~む、そうなんだよな。だから理解が出来ないんだよな。」
「・・・」
「そもそも感性が違うのかな・・・。実はいろいろと話を聞いたり、本を読んだりしてなんとかしたいと考えているんだが、答えが出なくてね。どうしたらいいものなのか、もう見当もつかなくて。困ったね。」
「ちょっと質問してもいいですか?」
「おお、いいよ。」
「若者と先輩方は違う人間だと思いますか?」
「まあ、人間という意味では一緒だと思うけど、ちょっと思考というか感性が違うのかなって思うよ。」
部長は、先程見え隠れしていた「デジタル人間、アナログ人間」という本を持ち出した。
そして、
「この本に書かれていたんだけど、今の若者はデジタル的な思考の持ち主で、私ら世代はアナログ的思考の人間なんだよね。要するに、アナログ人間は、協調、調和を重んじる傾向があって、デジタル人間は、合理性、効率を重視する傾向があるんだよね。たぶん組織とかの意識が根本的に違うのかと思うよ。」
「そうですか。」
「でもキミを見てるとどちらにも当てはまる気がしてね。不思議なんだが。」
「部長、私はどちら側の人間かわかりませんが、毎日かかさずしていることがあります。これは学生のころからずっとです。」
「ん?なんだそれは。ぜひとも聞きたいな。」
「一日一回自分を笑わすんです。」
「わ、わからないな、キミが言わんとしていることが。」
「ちょっと話がそれますが、部長の好きな事ってなんですか?」
「それはプライベートでってことか?」
「はい、そうです。」
「まあここだけの話、ゴルフは時間があれば行ってるね。」
「ゴルフはどんな楽しみ方があるんですか?」
「どんな楽しみ方?ゴルフは気持ちいいんだよ。大自然の中で、澄んだ空気を吸いながらプレーするんだよ。なにもかもを忘れて、夢中になれるんだよね。朝一からビール飲んでね。」
「疲れるんじゃないですか?」
「おまえ、わかってないな。朝ほろ酔いでグラウンドに立って、鳥の鳴き声が聞こえる中、パシンッってボールを打つんだよ。クラブのど真ん中にボールが当たった時の爽快感はないよ。そして、一日その大自然を体感する。仲間とのコミュニケーションも楽しいね。夕暮れなんてもう最高だぞ。」
新人君は、満面の笑みを浮かべてこう言った。
「部長、今一番いい顔してますね。そこに答えがあるんじゃないでしょうか。」
部長は、ハッと我に返り、ちょっと落ち着きを取り戻した。
「ああ、すまんすまん。ちょっと難しいな。具体的に教えてくれないか?」
「そうですね、じゃあひとつ提案しても宜しいですか?」
「おお、なんだ?」
新人君の言うことはこうだった。
一日部長も含め全員に、嬉しかったこと、楽しみにしてること、自分を褒めてあげたいこと、とにかくポジティブな発表をひとつするという提案だった。
部長はその意味がわからなかったが、別にその時間を作ることで仕事に支障はなかったので、じゃあやってみようということになった。ダメだったら、即中止すればいい、そんな気持ちでいた。
新人君は会議が終わっても別に何があったというわけでもなく、いつものように仕事を始めた。