時間と心
Let's PARTY 絶対的存在全員なんかの天才なので初投稿です。
「では、通路に二人を常に配置する、という方向で。武装の確認は済んでいますか?」
言葉少なに確認を繰り返す。
講義開始まで十分を切った。
もうすっかり慣れてしまった緊張感を感じながら、人を飲まずとも済むよう深く息を吐く。
武器の具合を確認し。
銃の背を額に当てて目を閉じる。
安全に済めばいいのだが。
今日も今日とて左耳に付けられた、シャレの効いたイヤーカフに声が通る。
『アポロ。五分だけ話しましょう』
「…………席を外します。開始には遅れませんので」
主の命令には従わなければ。
「来てくれたのね。嬉しい」
「随分と顔色が優れませんが……アデーレを呼びますか?」
「大丈夫。ポーチを取ってくれる?」
そう言う彼女の声は弱々しくて、まるでいつもと違う。
まさか緊張しているのか? いやそんなことはないだろう。
ミセス・リッチに限っては。
私は独りでに否定して、小さなポーチを彼女に手渡す。
渡されたらしいペットボトルを開けもせず、彼女はポーチの中から水の入った容器と――
「……薬なんて飲むんですね」
――小さな小さな錠剤を取り出した。
「足の痛みが酷くてね」
少し考えれば当たり前のことだった。
彼女の義肢には神経が通っているのだから、不調があれば痛みだって、相応に伴うはず。そうでなくとも、彼女の手足は機械で出来ていて、本物のそれとは一線を画すものなのだから。
本来は相容れないはずのものと常に同居する感覚というのは、どれだけの痛みを伴うのだろう。
「昔は平気だったんだけど……歳をとるとダメね」
「まだまだお若いですよ」
「お世辞はいいの。私だってまだ若いつもりよ」
宥めるように微笑むその顔は、歳不相応な疲れが滲む。
「こんなことを言いたくないけど……本当は、貴方が羨ましいの」
「……? 承服しかねます」
「素直なのはいいことね」
隣に来るよう手で示される。
「この数ヶ月、貴方は頑張った。私が言うのよ、信じなさい。慣れないことを覚えて、笑顔にもなれた。笑った貴方はドキッとするほど綺麗だし、しっかりと私を守ってくれる。貴方を頼もしいと思う」
腰掛けた私にそんなことを言うものだから、なんだか照れくさくて。
結んだ髪がむず痒くって、私は、何も変わらないな、なんてことを思う。
「覚えて」
「はい」
「あなたの『心』があれば、決して技術の使い方を間違えない。今の貴女を忘れないでね」
戸惑った。
それが正直な感想だ。
だから私は正直にぶつける。
「貴方は死にませんよ」
「あら? おかしなこと言うのね」
「私が殺すと言ったでしょう。ここで死なれては困るんですよ」
「嬉しいわ。まだ諦めてなかったのね」
「ええ。だから、貴方の時間は、これからも続くんです」
我ながら、おかしなことを言うものだ。少し前なら考えもしなかった。
でも、これが今の私だ。仇に感謝を覚え、今の世界を広いと思い。まだまだ生きていたいと――ああ、そうだ。
「まだ生きてもらいますよ。私と一緒に」
いつの間にか、私はとっくに、彼女のことを好きになっていたんだ。
隣で微笑む彼女のことを。
らしくもなく、頬を赤らめる彼女のことを。
いつの間にか、新しい家族だと見初めていた。
たとえ全てを失っても、歩みを止めず進んだ先には、幸せがあるのだと。
私はリッチに学んだのだった。
それが分かると急に恥ずかしくなって、誤魔化すように時計を見た。
薬を飲み込むリッチに向けて、再び表情を引き締める。
「時間です。行きましょう」
「ええ。次は貴方がエスコートしてよね」
ノックが響いて、アデーレがひょこりと顔を出した。
◆ ◆ ◆ ◆
遠くにリッチの声が聞こえる。
あそこにいるのは知らないリッチだ。
いつもあんな調子なら、朝起こすこともないんだろうな。
それは少し寂しいけれど。
インカムで連絡を取り合いながら、異常のない廊下に二人で佇む。
気を緩めないように眉間に皺を寄せて笑顔を打ち消す。
ふと、この仕事が終わったあとのことを考えた。
いつもなんとなしに一人なるけれど、今日くらいは。
今日くらいは、リッチにわがままを返したっていいかもしれない。
あれだけ憎んだはずの相手から、これほど頼られていることが、何故だかひどく誇らしくて。
私の心は懺悔を忘れ、後悔を振り切り、前を向こうとしていた。
前を。
前に進もうとしたのだ。
それは確かなことだった。
「……あれ、迷子ですかね」
ただその先には、どうしようもなく過去が横たわっているだけで。
「………………」
よく目を凝らして前を見た。
細長い廊下の真ん中に立つ、年端も行かない子供のことを。
よく目を凝らして前を見た。
一本道のその先に立つ。
年端も行かない子供を。
光の無い眸を。
目を凝らして、私を見つめる、虚ろな子供。
「音がおかしい」
「はい?」
「シュインド・アポロニアから各員に伝達。侵入者です。直ちに警戒を」
有無を言わさず銃を抜く。
歩き方と、足音がおかしい。
その靴にしては、異様に重い音がしている。
体型から見ても釣り合いが取れない。何かがおかしい。武器を仕込めるような厚着でもないし、一体どんな――
「動くな。動くと撃つ」
――咄嗟に脅しの言葉が出た。
目の前にいるのは子供なのに、私の声は驚く程に冷たく鋭い。
子供は一言も発さない。
ただ異様に虚ろな目で私を見つめて、透明な笑顔を浮かべるだけ。
下がってくれと願った。
嫌な予感ばかりが募る。
脅した以上、撃たねばならない。
「いやいや、アポロニアさん……相手は子供なんですから。迷子に決まってるでしょ、ほら銃を下ろして!」
静止も聞かず構えを解かない。
緊張しているのは私だけ。
どう考えてもおかしいのに。
ここに来るまで誰にも見つからなかったこと。
迷子なら助けを求めるだろうこと。
私たちを超えればリッチは近くにいるということ。
さらに言うならトイレは真逆だ。
今日限りの同僚は、疑いもせず子供に近付く。
「どうしたのかな? お父さんたちとはぐれちゃったのかな?」
戻れ、というより早く。
子供は笑顔を取り止めて、仮面のような無表情を顕にした。
私を見たのを、はっきり覚えている。
「お父さんも、お母さんも、いないの。……孤児院から来たんだ」
その言葉を。
「アポロニア孤児院から」
――はっきり覚えている。
間に合わないと感じたこともだ。
最早どうにもならない。
アポロニア孤児院。その末路。私の故郷の成れの果て。
忌まわしき研究。
私の作った孤児たちが、その後どのように使われたのか。
他の誰よりも、私自身が一番よく知っている。
「伏せろ!!」
銃声。
飛び散る赤色。
何かを押すような手の動き。
同僚に伸ばした手は届き、私の後ろへ投げた瞬間。
視界が光に包まれて、凄まじい熱を背中に感じた。
ぼやける視界で前を向き、子供が義肢を用いていたこと――いやそんなことより――そして、それ自体が爆弾だったことを、私は知った。