レディー・ゴー
Let's P.A.R.T.Y エンジョイしなきゃ勿体ない
だって人生は一回なので初投稿です
足元近くに着弾。
最初の発砲は相手方か。
ゆっくりと商品の影から顔を出し――
「……」
舌打ちがてら引っ込める。
居場所は完全に割られている。長く一箇所に留まるのは得策とは言えない。包囲される前に動く方がいい。
入った店は服飾店。商品棚は盾には出来ない。視界を奪う手段としては使えるだろうが。
客はいない。時間帯が外れたか。
店はそこまで広くないが、出入口は一つだけ。となると――
「……」入口に一人。
私から見て右手側か。
恐らくは正面に一人、左手側に回り込んだのが一人。
相手がもし教科書好きなら、入ってくるのはあと一人程度。
複数人で動いてくるということならば、分隊ほどの人数か。
全体像は最大十人。
街中での動きやすさを考慮して、こちらの希望を押し付けるなら五人。相手の理想系としては七人程度か。
外に三人――そこは数に入れないでおこう。
「リッチ」
「どうしたの?」
「動きます。ここにいて」
まず出入口の確保だ。
ミーシャの実力を、ひとまず信じるとしよう。
リッチのことだ。自分の身は自分で守る。無理に守ろうとしなくてもいいだろう。
それに、こちらの動きについてこれるとは思わない。
弾倉を見た。
スライドを引いた。
安全装置を外し。
消音装置を取り付け――
「行きます」
――撃ってきたか。
威嚇射撃に過ぎないだろう。場所が割れたとはいえ正確な位置を掴ませる気は無い。
消音装置を取り付けて。
提げられた衣服の隙間から、少し離れたマネキンを狙う。
駆け出すより少し早く弾丸がマネキンの頭部に命中し、被っていた帽子を置き去りにして倒れた。
響いた音に僅かでも反応してくれればいいのだが――期待はしない。
入口まで、距離七メートル。
助走は充分。
視線が集まった。
踏み切って壁へ。勢いはそのままに――壁面を地面のようにして入口へ走り抜ける。
ギョッとした目を私に向けて、遅れて銃を構えるのが見えた。
撃つ気だ。
応えるように私も相手に銃を向け。
壁に踏み込む。
勢いを溜めに変えた瞬間に銃を手放し。
「!……消え――」
銃を置き去りにして、体勢低く地面に着地する。
驚く敵の声を頭上に聴きながら、這い寄るようにして敵の背後に回った。
袖に仕込んだナイフで敵の腱を切り裂く。
仰向けに倒れるな。上々。
手に持ったままのナイフで、鎖骨から肩甲骨の間を、肋骨目掛けて刺し貫く。
これで片腕と両足は利かない。
そのまま銃を奪って、盾として相手の身体を前に構える。
『二人仕留めた。そっちは?』
「今いい所です」
敵はあと二人か。
壁を背にして立つ。
さて、人質を取られる前に動こう。
位置関係は理解した。二人がかりでリッチを取る気だ。こちらのことは気にかけない腹積もりだろう。
させない。
その女は私の獲物だ。
「伏せてください」
小声で言っても伝わるだろう。
すぐさま行動に移してくれると助かるな。
なんてことを思いながら、結局当たってもいいのだが。
奪った銃を右から左に掃射する。
「……こちらも片付きました」
『早いじゃん。もうちょい手間食うかと思ってたよ』
「リッチ、立てますか?」
『おーい無視すんな』
「――ミーシャは引き続き警戒を」
店を穴だらけにしてしまったな。
私が弁償するのかな。それは嫌だなぁ。
伏した三人を跨ぎながらどうでもいいことを考えた。
商品の影に隠れていたリッチを確認し、手を差し伸べる。
「ご迷惑をお掛けしました。これでも善処したんです」
「まぁ、良いということにしておきましょ。ミーシャ、メイド長に連絡を。ここの請求は私が処理するわ」
『はーい』
平気そうで何よりだ。
武器を展開していたことはこの際聞かずにおこう。
今もう一度手足に戻している最中だし。
「……出ましょうか、アポロ」
「そうしていただけると助かりますね」
警察に対する対応は、後日行われるのだろう。
それにしてもリッチは気丈だと思う。
怪我人を見ても眉一つ動かさない。
笑顔が消えたことだけが気掛かりだけど、そのうち戻ってくるだろう。
彼女の隣を歩きながら、私はなぜだか悲しい気持ちでいた。
もしかすると、私はリッチに、取り乱して欲しかったのかもしれない。
欠損者を助ける富豪のヒーロー。
そのイメージに、何か勘違いを持っていたのかもしれない。
一度の襲撃から消え去ってしまった笑顔は、彼女の仮面を一緒に取り下げてしまったように見えた。
「アポロ。なにか考え事?」
「いえ…… ただ、その……」
上手く言葉に出来ない――いや、相応しい聞き方が出てこない。
思いをそのまま口にしたら、何かが爆発してしまうような、そんな予感があった。
銃が重くて。
手が汚れて見えて。
そんなものには、もう慣れたはずなのに。
「あら? これなんて貴方に似合うんじゃない? ほらアポロ着てみて――」
でもせめて、私は、 リッチに――
「何も感じないんですか?」
ハッとして、手で口を押さえても、もう遅い。
「…………ああ、そういうこと」
彼女は目を細めて、不敵に笑った。
そこにいるのは、私のよく知るミセス・リッチだ。
あの日許さないと決めた、ミセス・リッチだ。
「もっと喚くと思っていたんでしょう? それとも、ヒーローらしく、後悔すると思っていたんでしょう?」
その微笑は冷たくて、その言葉は鋭くて。
さっきまでと同じ人なのに、まるで氷像の隣にいるよう。
「ごめんなさいね。取り乱す程子供じゃないし、振り切れる程大人じゃないの」
リッチは笑顔をやめて、私に背を向けた。
「だけど、そうね。貴方がびっくりするくらい手際が良かったことには驚いたかしら」
「それだけですか」
「ええ。それ以外に何かある?」
そう言って、彼女は左腕をさする。
残った本物の腕を。
「私は無事よ。あなたもね」
「……」
「ほら、そんなにしょぼくれないの」
私の方を振り向いて。
「嬉しかった。本当よ。ちゃんと守ってくれた。それだけじゃないわ」
彼女は、私に真新しいジャケットを押し付ける。
「アポロ。あなたにはまだ、戸惑う心が残ってるのね」
その意味が、私にはまだ、分からなかった。