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リッチの教育

レインボーは夢だけじゃない胸にも掛かるので初投稿です

 食べる前よりお腹が空いてる気がする。

「…………笑わないでください」

「え?」

「いえ、リッチ。あなたのことではなく」

『プクク……あーっはっは! こいつぁ傑作だわねぇ!』

 年甲斐もなく地団駄を踏みたい気分だが、 そんなことをしても惨めなだけだ。

「仕事に戻ってください!」

『ヒョーゥ、こっわ……はいはいじっくり黙って見させてもらいますよお』

 クスクスと聞こえてくるのが鬱陶しいが、仕方ない、ここは我慢しよう。

 今のお役目はリッチの護衛だ。

「ミーシャのことなら気にしないでいいわ。あの子の方が酷いもの」

「なんとなくそんな感じがします」

 そうでもないと態々「小熊」なんてあだ名はつけないだろうし。

「器用な子だけれどね。アポロもちゃんと見習うのよ。いい?」

「はあ」

 魚を解すのは上手そうだなと思った。

 しかし、実際大したものだ。つい最近まで傭兵だった自分に全く気配を悟らせないとは。

「あの子を探すつもりなら、やめておきなさい。どれだけ時間があっても足りないから」

「……甘く見られているようで」

「とんでもない。私は、私が雇った人間を信頼しているの。もちろんアポロ、あなたもね」

 ならばなぜ見つけられないと思ったのか些か疑問だが、リッチは私が聞くより早く答えてみせた。

「あの子は潜むことに関しては一流よ。あなたは白兵戦の天才。得意分野が違うでしょう? だからあなたが欲しかったのよ」

「随分実直な理由ですね」

「もちろんそれだけじゃないけどね」

 上機嫌なリッチは鼻歌を歌いながら、私の前を行く。

「…………なぜ私なのか分からない」

「今聞くことかしら?」

 振り返ったリッチの微笑みは、どこか悲しそうだ。

「そうね……どうしても、と言うなら答えるけれど、そんなに聞きたい?」

 焦らす人だな。

「どうしても、です」

「オッケー。どこから話そうかしら」

 下唇に指を当て、記憶のどこかを眺めているのか、リッチは遠い目をした。

「一目見た時から決めていたの。貴方を近くに置こうって」

「理由になっていない」

「そう? そうかしら。そうかもね。でも本当よ。それが一番大きな理由。あとの全ては言い訳になっちゃうから、最初に教えようと思ったの」

 街の喧騒はガヤガヤとして、それでもリッチは浮き立って見える。

 彼女はそれくらい特別な人で、私なんか、目にも止めないことが普通だと思った。

 彼女は笑うだろうか。

 私の普通を、彼女はどう思うのだろう。

「護衛は確かに欲しかったし、そういう意味でもあなたは魅力的だったのよ。でもそんなのは後付けで、本当は……」

「本当は?」

「…………フフフ。内緒。教えてあげない」

「納得いきません」

「させたくないもの。それまで殺そうとは思わないでしょ?」

 そんなことを言うものだから、私は一瞬だけ、胸元の鉄の塊の重みを思い出して、ほんの少し、ほんの少しだけだけど、この手が酷く汚れて見える。

 リッチは私のことをよく知っている。あの爆発の後、今までの行いをどれだけ悔いたか。

 自分よりも、よほどそのことを知っている。

「あなたのことは好きよ、アポロ。だけど、その考えは解さないとね」

 リッチの笑顔は眩しくて、思わず顔を顰めてしまう。そういえば、しばらく笑えていないな。なんてことを思い出した。

「ほら、そんな顔しないの。そろそろお買い物をしましょう?」

 彼女が余りに普通な物だから、その時私は忘れかけていた。


 彼女は――ミセス・リッチは特別なのだと言うことを。



◆ ◆ ◆ ◆



『オーケー、まずは落ち着くこと。そしてしっかり覚えろ。30メートル後ろをピッタリと尾行して来てる。武装は外見からは分からないけど、街中で仕掛けるつもりってことはそこまでのものはないでしょう。気になるのは近くの車両の方ね』

「…………分かったので要点だけお願いできますか?」

『近くの店に入りなさい。敵の数は――』

「何人来ようが同じです。ミーシャは二人仕留めて下さい」

『大した自信だねぇ』

 通信はプツリと切れ、先程までと変わらない喧騒が耳に入り込んでくる。隣を歩くリッチに顔を近付けた。

「どこでもいいので入りましょう」

「嫌よ。決めてあるのに」

「ミーシャからの言伝です。後方に敵影」

「…………はぁ。仕方ないわね」

 ため息をつくと辺りを見渡し、リッチの目がピタリと止まる。

「分かったわ。ならあそこの店にしましょう。出来るだけ被害を出さないこと。良い?」

「お安い御用です」

 そう告げるとリッチは途端に上機嫌になって、意気揚々と歩き出す。

 出来ることなら今この瞬間に始末してしまうのが得策だろう。

 だけどミーシャも私もそれをしない。と、言うより出来ない。

 優先すべきは彼女を守ることであり、敵を殺すことではない。自分のために多くの犠牲を出すことは、きっと彼女にとっても本意ではないだろう。

 数え切れないほどの他人を救い続けてきた、彼女にとっては。

 失った手足が動かぬ証拠だ。


「それで、何人なの?」

「関係ありませんよ。私が仕留めますから」

「覚えなさい。状況はしっかりと伝えること。いい?」

「………………善処しましょう」

 決して振り返らないこと。

 リッチはそれだけ言って、私の手をぐいと引いた。

 戸を引いた。

 人の流れが消える。

 距離は確実に詰まっているだろう。

 怪しい人間など背格好で分かる。

 重心――歩き方に違和感のある人間。

「こっち」

 リッチが商品棚に隠れ。

 振り返りざまに。


 吊るされた服を、弾丸が貫いた。


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