プロローグ
Twitterにていただきましたお題。
「ヒーローと少女」より、一本書いていきたいと思います
止まってくれと願った。
弾倉を見た。スライドを引いた。安全装置を外し、消音装置を取り付ける。
確実に当てるために、いつもは付けない光線照準機を装備して。
早鐘のように打つ心臓の上に手を置き、静かにしろと命令しても、治まる気配は全く無くて。
仕方がないから、私は何度目かになる警戒を行って、だだっ広いこの屋敷を見渡した。
きっと、この屋敷の所有者にしてみれば、無駄なものなど一つも無いのだろう。
そう思えるほど、この屋敷は、今まで見てきたどんな金持ちの館より違う。
歩くことにストレスを感じない広さ。窓から覗く庭園は、立ち止まる度に違う顔を見せる。
不要な段差などはなく、また、階段も無い。
ただひたすらに歩きやすく。不自由無く。進んでも、止まっても、楽しめるように。
そしてそれらの趣向が、決してしつこくないように。
絨毯一枚、照明一つ、窓枠一つ。どれを取っても、家主が心を込めて、時間を掛けて選んだのだと理解出来た。
芸術の分からない私でも、この屋敷は美しいと思う。
だけど、無駄だ。
如何に美しくても、如何に完成されていても、如何に感動を産むものでも。
こんなもの、あることが無駄だ。
視点を銃身へと落とす。
握りしめた銃把へ。
落ち着けたような気分になる。
呼吸を何度も何度も整えて、ゆっくりと、ドアノブを傾け。
唯一、安く作られた扉を重く開ける。
月だ。
月が見える。
淡い蒼の光に照らされた庭園が見える。
景色の前に、佇むように置かれた机を見て、ここが外ではなく、部屋の中だと知る。
外と内を隔てるはずの壁は無く、そこにあるのは大きな、大きな大窓と、それを固定するための枠だけ。
壁一面に代わる、分厚い硝子の前に、一人。
机に背を向け、庭を眺める一人の女性。
それを前にして、私は強く、強く銃把に力を込める。
心臓がまた早鐘に戻って――落ち着けと言い聞かせ――これが仕事だと立ち戻り――大きく息を吸った。
「ミセス・リッチ。貴方を殺しに来ました」
照準機が、彼女――リッチの後頭部を捉える。
熱も無く、音もない。
わざわざ声にした決意に、ミセス・リッチは……。
「いらっしゃい、レディー・プア」
ただ、優しい声で答えた。
「今日は良い月ね?」