宮廷付き魔術師長のまったりスローライフ(宮廷付き魔術師長が美少女の弟子をとったのだけど、それって元師匠が秘術で転生した子だった)
僕の名はドンキー・ベンジャミン。ベンジャミンと呼んでくれ。魔法使いらしくないのでドンキーとは呼ばないでいただきたい!
14才の時、偉大なる魔女アメリア・ブロウガン先生に弟子入りした。現在修行中でまもなく27才になる。
もちろん魔法の腕はいっぱしのものを持っている。
たった13年でここまで上達できたのは偉大なお師匠様と、我が才能? かな?
自慢じゃないが、僕は一般的とされる魔力量を超える魔力量の持ち主だ。そんな天賦の才があったゆえ、生涯ただ一人の弟子として迎えられたのだろう!
お師匠様のアメリア様は超有名ババア、……じゃなくて魔女。この世界で名を知らぬ者はいない。
パワハラが激しかった超激しかった大事なので二度言った尊敬するお師匠様の腕は超一流、いや超越者、むしろ魔王、とにかく異常!
全属性の魔法に通じ、既存の魔法を改造し、オリジナル魔法まで開発する規格外者。
「氷河の至高魔術師」「魔法の勇者」「大賢者」「もう許してください」など、二つ名は数多い。
なかでも外道勇者と暗黒大魔王を纏めて始末した逸話が有名だ。パワハラが激しいが。
よって、今も名のある大国から就業要請がひっきりなしに来る。だけど全部断っている。
その理由は、「研究できねぇじゃん」「自由な時間が欲しい」「貴族や王宮の人間関係がめんどくさいし。でもパーチィドレスは着てみたかった。パーチィーに綺麗なドレスを着て、星マーク入りのとんがり帽子で参加するのが夢じゃったウヒヒ(やめてください)」
等々。
そして今、お師匠様は死の床についている。
流石による年波には勝てぬ。
150歳(推定)を迎え、よくわからんが遺伝子的に駄目だとおっしゃる。
さっき呼ばれて、ババア……お師匠様の部屋へ入る所だ。
「ベンジャミン、入ります」
ドアを開けるとベッドにお師匠様がいた。
しわしわの顔に、ぱさついた白髪。床につく前はアナグマを連想させる丸っこい体型だったが、見る影もない。やせ衰えた普通の老婆だった。
今日は体調が良ろしいのでしょう。クッションを腰に当て、ベッドに上半身を起こし、窓越しに庭を見ておられた。
「なにかご入り用ですか?」
「ドンキーの初恋の相手の名を教えるのじゃ」
何をいきなりいうのかな、このババア!
だがお師匠様の命令は絶対。抗うことなく答えなければならない。30分に及ぶ、言葉によるパワハラが待っている。
「ドンキーではなくベンジャミンです。こほん! そうですね……」
田舎の幼なじみを思い出す。
「イリーズちゃんです」
甘酸っぱくて、気恥ずかしいな……。
「じゃ、イレーズにしなさい」
「じゃって何? おかしいよね? 過去を改変するの? なに言ってるのか解りません!」
しまった! つい反抗してしまった。これは1時間コースだ!
「記憶など、どうとでも操れる」
師匠は、庭に視線を戻した。
あれ? それだけですか?
「ドンキーよ、儂は今夜で死ぬ」
ここまでしおらしいお師匠様を見るのは初めてだ。これは、ほんとに死ぬかも知れない。
「ベンジャミンです。少なく見積もっても、あと数十日は持ちそうですが?」
お師匠様は首を巡らせ、僕の目をしっかりと捉えた。
「生まれる時は選べぬのじゃから、死ぬ日くらいは選びたいとは思わんか?」
この場合、どう答えれば良いのだろう?
「ドンキーよ、儂の後継者はお主じゃ。この屋敷にある遺産は全部やるよ。……地下金庫の赤いの3つは厳重に封印しておけ。世界が滅ぶ」
今さらりと危険なこと言ったよね?
「それからこれ、卒業証書――」
上等な紙を手渡された。何か書いてある。魔法の反応も感じる。
俺をアメリアの名の元、優秀な成績で魔法を治めた、等々書かれていた。
「お師匠様!」
「お主はどこかに勤める方が性にあっとる。それがあれば、どこかで就職できるじゃろ。では、さらばじゃ。……機会があればまた会おう」
レイスになって僕を驚かす気満々だよね?
それが大賢者アメリア様との最期の会話となった。
―― あれから13年 ――
お師匠様が亡くなった後、途方に暮れたが、就職は簡単に決まった。
卒業証書が効力を発揮したのじゃ。
今年で40才になるワシは、ゼルビオン王国の宮廷魔術師長になっておった。
宮廷の重鎮じゃよ! 一人称をワシにして、語尾に「じゃ」をつけて威厳を高めておるよ!
人はワシを「爆炎の魔法使いブロウガン」と呼ぶ!
……お師匠様の名字、ブロウガンをこっそりいただいた。なに、弟子ともなれば子も同然。同じ名字を名乗って誰が損する! ドンキーと呼ぶでない!
部下も大勢居るのじゃよ!
悠々自適の生活を送るまで、努力の毎日じゃった。
新入社員当時は横並びじゃったライバル達を実力で追い抜き、この地位に就いたのじゃ。
弟子時代から研究しておった補助魔方陣の開発とか、飢饉に備えて作られているソパのレシピ改良(少量の小麦粉を加えることでボソボソ感が無くなり。ヌードル化を可能にしたのじゃ)
本業の魔法使いの力量じゃが、同僚達はワシの5割から7割しかない。一対一ではワシに勝てぬのじゃホッホッホッ!
……逆に言うと、2人がかりで来られると、不味いことになるがのう。
最近、庶民の間で流行っておるストライカーゲームのように、ホームランは狙わず、こつこつとヒットを重ねて得点に結びつけていった。
その努力が実を結び、女王陛下の信用を得て、今の地位に付いたのじゃ。
質の良い生地で作ったローブをまとい、自慢の顎髭を撫でながら、お城の長い廊下を歩く。明日のお休みはザル・ソパが美味しい店でお昼ご飯。楽しみじゃ。
来週は毎年恒例、騎士叙勲の式があるからのー。英気を養うのじゃ。
「ブロウガン殿!」
誰かと思えば、同僚で仲の良い魔法使いジョルジュ君だ。
肥満体質のジョルジュ君は、ハンカチで汗を拭き拭き走ってきた。
「良い資質を持った子がおるのですが、弟子に如何と思いましてな」
「せっかくですが、弟子はしばらくとらないことにしておりまして」
「宮廷魔術師長にまで登りつめたブロウガン殿が、弟子をとらないのは世間的に不味いのでは?」
ワシのことを心配してくれるのか? 友達とは有り難いのう。
ジョルジュ君とは一度、魔術師長の席を争った仲なのじゃが、ワシに決まると真っ先に祝福してくれたんじゃ。良いやつじゃよー。
「正確に言えば、門戸は開いておるのじゃよ。弟子入り試験問題も課しておるし。合格すれば弟子として迎えるつもりなのじゃが、解ける者がおらんでのう」
「はて? 試験問題とは?」
「それを探し出すのが第一の試験。簡単なのじゃがのー」
顎髭を揃えながら、昔を思い出す。アメリア様に弟子入りした時の試験を採用させてもらった。
本音を言うと、面倒くさいから弟子をとりたくないのじゃ。自分の生活を邪魔されるだけじゃしのー。
「その子にも、今のお話をお伝えくだされ」
「……伝えましょう」
頭を捻るジョルジュ君になんだか悪いことをした気になってしまった。
「明日のお昼はお暇ですかな? 良ければ一緒にザル・ソパを食べに行きませんかな? 美味しい店を見つけましてな」
「あ、いえ、今日はまだ仕事を残しておりますので。ではこれで」
ジョルジュ君はそそくさと城の中へ戻っていった。
ソパはジョルジュ君の口に合わなかったかのう? ワシと違って高貴な生まれじゃからのー。
何か差し入れを買ってきてあげようか、等と考えながら、お城を後にした。
自前の馬車に乗り、屋敷へ戻る。
一国の魔術師長の屋敷じゃから、乗り越えにくい高さの塀で囲み、出入り口には城から借りた兵が24時間体制で守ってくれている。
馬車は門を通過する。二人組みの門番が敬礼をしてくれる。なかなか良い身分になったものじゃ。気持ちいいいのー。
あと10年で50才となる。早期退職制度を利用して退職金をもらう予定じゃ。その時はこの屋敷も売って資金とし、田舎で悠々年金生活じゃ。
それは人生の勝ち組、スローライフ。読書に魔法陣研究に、贅沢三昧じゃ。この計画は、もはやレールに乗ったも同然。今から楽しみじゃのー。
屋敷に入ると執事とメイドが揃ってお出迎えじゃ。
ローブを渡す際、なにやら執事から話しかけられた。
「お客様が応接室にてお待ちです」
お客? そんなの予定にあったかのう? 前触れ無しに来る客を通す使用人も使用人じゃ。後で注意せねばならぬ。
「弟子入り志願の方です」
ほう!
第一試験合格じゃのう。
何のことはない。簡単な警備の隙を突いて、直にワシと面会すること。それが第一試験じゃ。
もっとも、弟子をとる気が無いので、次の面接で落とすつもりじゃが。
……にしても、使用人を納得させて応接室を使わせるとは? どんな若者か気にはなる。
応接室のドアを勢いよく開けた。
「待たせたの!」
ソファにいたのは赤毛に赤い目をした白い肌の……年端もいかぬ女の子じゃった。
それもソファにふんぞり返っておる。
好みの顔だからといって、それが弟子入り志願者の態度か?
たとえ綺麗どころが多い貴族でも滅多に見ない美少女であっても、速攻で落としてくれよう!
おじさん頭に来ちゃいましたよ!
「よう、久しぶり!」
美少女ちゃんは、気さくに挨拶してこられた。
「儂じゃ。イレーズじゃ」
イレーズ? ……。
「あっ! お師匠様が名前を変えたワシの初恋の相手の名前!」
にやにやと笑う美少女。イレーズという名は、ワシとお師匠様しか知らぬ!
はっ! もしや!
「また会ったなドンキー」
それはワシの本名!
「これ弟子入り試験の解答用紙だ。ドンキーの書いた『ぼくのかんがえたさいきょうのまほう』の原本――」
人生最高出力で足の筋肉を動かし、イレーズの手から黄ばんだ紙束をもぎ取った。
「だ、第一試験合格じゃ!」
結果から言うと、イリーズはアメリアお師匠様だった。アメリアお師匠様が自らの細胞を元に作り上げた新造人間に己の記憶を移した存在。医学的にも人間である。
「遺伝子を新品の状態に直した、正確に言えば別人だ。アメリアの記憶を持ったイレーズという少女となる」
あの日の夜、まだ元気な内に記憶をイレーズという赤子に移し替えたと。
あれから13年。イレーズは13才と言うことになる
「若干、体をいじりすぎた反動でアルビノになっちゃったんだが、目と髪に無理矢理色を付けた。でないと日常生活が困るからね」
それで肌が異様に白いのじゃな。
「体をいじると言えば、この左手――」
袖をまくり、細い左腕をだす。肌が白磁のように白くて綺麗。
「――変形するんだ」
いきなり頭の悪いことを言い出したよこの子。
「左腕はボウガンに変形するんだよ。骨が本体になって腱が弦になるんだ。あ、右はナックルから骨が変形強化した亜金属のかぎ爪が出るこよう改造してある」
たぶん、ワシがイレーズを見る目は死人のそれだと思うんじゃ。
何を思ったか、イレーズは、両手を頭の上に揃えてウサギの耳よろしくピョコピョコさせている。自分では可愛いつもりらしい。じっさい可愛いが!
そしてムッチャ可愛い笑顔で、
「うっそぴょーん!」
嘘を主張した。
――いや、このお師匠様なら、それくらいやる――
嘘だと思い込んだら負けじゃ。お師匠様のこと、可能性は極めて高い。
そもそも――、転生したてはお師匠様といえど赤子のはず。誰が育てた?
赤子の時より何らかの魔法を使って強制的に保護させた説を採用したい。そして楽をして暮らしたはずじゃ。
――このお師匠様なら、それくらいやるッ!――
「では弟子として認めてくれるのじゃな?」
「いやいやいや! 第一、何を好きこのんでお師匠様を弟子にせなばならぬのじゃ? 理由を聞かされてないよ」
イレーズは、いやお師匠様は真面目な顔に戻った。赤い瞳で真っ直ぐワシの目を見る。
大事な話? あのものぐさなお師匠様が行動を起こすのだ。この国の趨勢に関わる大事件でも起こるのだろうか?
ワシは音を立てて唾を飲み込んだ。
「ドンキーは魔術師長だ。弟子になれば楽な暮らしが出来る」
「それ真剣な理由だったらお断りするけど、ワシ間違ってないよね?」
「いいから、面接試験やれよ! ほら、持ってるだろ? 鑑定玉! あれでスキル計って、『おお!』とか言えよ!」
鑑定玉とは。占いに使う水晶みたいなマジックアイテム。制作者はアメリアお師匠様なので、この世に一つしかない。結構利用させていただいている遺品の一つなのじゃ。
合否を横に置いといて、一度お師匠様のレベルを目で見たかった。ワシと比べてどの程度差があるのか。純然たる興味じゃ。
早速検査してみた。
そして落ち込んでいるワシがいる。
・名前「イレーズ」(真名「アメリア・ブロウガン)
ここまでは良い。嘘では無かったし裏付けが取れた。
次からが頭痛い。
いろんな数値を纏めると、魔法使いレベルが半端ない。
物差しとして、ワシのレベルが仮に100とすると、部下や同僚の魔法使い達は50から70(ちょっと自慢)。
で、イレーズを100とすると……ワシは一桁じゃな。7か8。10は超えない。
魔力量は、桁というか、世界が違うというか……ワシじゃったらコントロールすら出来ず自爆か発狂するじゃろうね。
名前の項目以外、全部頭が痛い内容じゃった。
ワシ、頑張ったんじゃがのう……。一生懸命魔道を研鑽したんじゃがのう……。
「まあ、そう気を落とす――何者だ!?」
笑いながら慰めてくれていたイレーズの声色が途中で変わった。
お客さんでもきたのか?
『フフフ、さすが宮廷付き魔術師長。よくぞ見破られた』
え? なに? 家具の影がするっと伸びて人の形をとった。厚みを増して、本物の人となる。
目だけ出した全身黒ずくめ。背中に刀をくくりつけたそのスタイル!
「噂に聞くニンジャ?」
「お命頂戴!」
「ま、まて、なんでワシが狙われるの?」
「フッ。知れたこと。貴殿が行われる改革を苦々しく思っている自己中がおられるようですな! 彼らは全てお金持ち」
ニンジャが背中から刀を抜いたよ。ワシ知ってる。ニンジャ刀というのね。鋼も斬れるんじゃよね?
「お覚悟――うっ! あなたは、いやあなた様は!」
壁際まで跳び下がるニンジャ。彼が見ているのはワシじゃなくてイレーズじゃった。
「サスケか? 此度の立場は、儂の敵となるか?」
「イレーズ様を敵に回すつもりは毛頭御座いませぬっ!」
どうやら2人はお知り合いのようじゃな。そして過去に不幸な遭遇をし、ニンジャはイレーズに頭が上がらないとか?
「儂の前で儂の関係者を殺めるか?」
「これはあくまでビジネス上のトラブルでして――」
黒装束の上から見てもよく分かるほどの脇汗。
「儂を敵に回すか? 儂はこの者の弟子となった。師匠を殺された弟子はその仇を討つのが魔法使いの掟」
なにその厳しすぎる掟?
「まだ、お2人は師弟関係じゃないようですが?」
ここが生死を分けるポイント! 見分ける力だけは人一倍ある!
ワシは叫んだ!
「イレーズを我が弟子と認める!」
「だとよ! どうぞ、殺して良いよ。殺された瞬間にニンジャの隠れ里、上空4千メットルへ瞬間移動してみせよう。忍者の足とどちらが速いかしら?」
あ、お師匠様、ニンジャの隠れ里知ってるのね?
「上空より地中貫通爆裂魔法を使い、山ごと吹き飛ばーす!」
鬼じゃの。命を狙われておいてアレじゃが、どっちが暗殺者か見分けが付かないのじゃ。
「うぐうっ! し、しかし、依頼に失敗すると三倍にして依頼料を返さねばならぬでござる! 依頼料は前金でいただいておるのでござるよ。ニンジャの里が破産するでござる」
「ではこうしよう」
さすがお師匠様、情けを掛けてやるのね。話の落としどころを作る高等話術なのね。
「せめて、サスケんちの壁に飾ってある『忍』の額縁に隠してある『ぼくのかんがえたさいきょうのにんじゅつ』の書だけは、親方でありサスケのお父様であるユキナガ殿に渡しておこうではないか」
お師匠様、攻撃の手を緩めないのね。
「拙者の負けでござる!」
これ知ってる。東方マナーで、土下座って挨拶ね。
「陰険なサイゾウと親方様をどうやって説得しようか……」
ニンジャとしての威厳も恐怖も全て吹き飛ばしたただの男が小さくなって震えておった。
「これが役に立つかどうか」
ワシは、金庫の中から小さな革袋を持て来た。
破産覚悟で手を引いていただけるのじゃ。可哀想になってしもうた。
それと、サスケ君対し、仲間意識が生まれたんじゃ。作文の件で。
「中身はプラチナム金貨じゃ。ワシの予備資金での、万が一の為に貯めていたのじゃ」
「なんと! 有り難き幸せ! これで違約金が払えまする!」
声が、もう泣き声ね。
「儂からはこれを渡そう。仲間の説得へ微力ながら役立つであろう」
イレーズは、どこからか黄色く変色したノートを取り出した。
「これは?」
「サイゾウ殿が14才のみぎり……、己のサインの練習帖じゃ。こっちは親方様が出張の度入り浸りになっておるパイパイパブの領収書。これは奥方に渡すと言えばより効果的じゃろうて」
嗚呼、ニンジャも人間だったのね。
「あ、ありがたき幸せ!」
サスケが恭しくノートをいただいた。目しか見えないけど、真っ青になっておる。
「では、拙者これにて――うぇっ! 吐きそう。……どうか御身を大切に……それにしても……」
サスケさんがおどおどした目でワシを見ておるの?
「イレーズ様をお弟子に取られるような大魔法使いの先生とはいざ知らず、大変ご無礼を致しました。大先生にとって、拙者は小者。命があっただけでも幸いで御座います」
え? なに? これ勘違い物だったの?
汗でずぶ濡れになったニンジャは、後ずさって部屋を出て行く。
「……そう、一言だけ」
意を決した目のニンジャ。
「我等独自の組織が掴んだものですので、今回の依頼者とは関係ない筋です。この国の内側に身を食い荒らす害虫が居る模様ですが、外に呼応する害獣もがおりまする。フランクリン王国にお気をつけを」
ニンジャは影と同化し、姿を消したのじゃが、どういう理屈じゃろうね? あれ、魔法じゃないよね?
一件落着。めでたしめでたし!
む? お師匠様が何か言いたそうじゃの?
「王宮、行かなくて良いの?」
そうじゃ! 内部に反乱分子がおるのじゃ! そして、フランクリン王国と言えば我がゼルビオン王国と仲が悪い!
陛下に急ぎ進言じゃ!
今頃の時間じゃと、謁見の間で騎士隊長殿とリハーサル中のはず。……ワシら魔法使いはお飾りじゃから、さほど気にせずとも良い。
謁見の間入り口で、衛士に声を掛けた。
「緊急事態ゆえ、宮廷付き魔術師長の権限でここを通らせてもらう。魔術師副長のジョルジュ君を呼んでくれ! 大至急じゃ!」
こう言う時に頼りになるのは、常日頃より沈着冷静なジョルジュ君じゃ!
指示を与えながらも足は止めず。ワシとイレーズは謁見の間に飛び込んだ。
出入り口左右に近衛の騎士がおる。警備は万全じゃ!
ここは城の中で一番の大部屋。高い天井からは、王国各地支配者貴族の紋章が旗となって垂れ下がっている。
一段高くなった玉座の側で、典礼官と騎士隊長、そして麗しの女王陛下が言葉を交わされておった。騎士隊長はいつもフルプレート装備じゃ。キャラが立っておるのう。
「一大事です陛下! 騎士隊長も丁度良い所に!」
「騒がしいですな、ブロウガン魔術師長……」
騎士隊長は魔法使いであるワシに対して、いつも冷たい態度をとりおる。魔法なぞ、騎士の突撃の前には無力! が持論じゃからのー。立場上仕方ないよのー。ワシは理解しておるのよー。
「……と、お美しいレディ。如何なされた?」
横を見ると、イレーズがたどたどしくも初々しい仕草でカテーシーをしておった。たどたどしいのはイレーズの演技なんじゃが、騎士隊長はまんまと引っかかっておるわ。イレーズを連れてきて良かった。
「自宅で暗殺者による襲撃がありました。逆襲し、締め上げたところ、フランクリン王国の影があったのじゃ!」
「なんだと! ……いや何ですと!」
イレーズの顔をちらりと見て言い直す騎士隊長。
「ほほう、ご無事でしたか、ブロウガン魔術師長」
振り向くと、ジョルジュ君がいた。
お弟子さんや、一部の同僚もおる。共に駆けつけてきてくれたんじゃな!
いやはや、さすがはジョルジュ君。動きが素早い……、ちと早くはないか?
「失礼ながら、いきなり『ご無事でしたか』とは、何をもっての台詞でしょうか?」
イレーズの目が怖い。疑っておるのか? それは勘違いじゃ。誤解を解かねばならんのう。
「これ、ジョルジュ君は――」
「いかにも、私が裏で糸を引いておる!」
え?
「さすが魔術師長。凄腕の暗殺者をあっさり退け、あまつさえ、儂らの計画の先回りをして、陛下の元へ駆けつけるとは! その能力の高さ、慧眼、行動力、感心致しましたぞ!」
ちょ、ちょっと?
「ところで、そこの見目麗しき少女はいったい? ……もしや、秘蔵のお弟子さんですかな? なるほど、秘密裏に育て上げた自慢の弟子がいては、いやはや、スパイ目的で勧めていた弟子をとらぬ訳だ。いつから私の計画を見抜いていたというのだ?」
この話って、「まったり田舎でスローライフ」路線のはずじゃよね?
気を取り直して。何かの間違いかもしれぬ。あのジョルジュ君がそんな大それた事するはずがない。何か止むに止まれぬ理由があるはずじゃ!
「ジョルジュ君、なぜこのような乱暴なことをするのじゃ? 理由を聞かせてくれ!」
「お前が何を言うか! 古き良きしきたりを壊し、下劣な政策を導入し陛下の御心を惑わす張本人が! ソパなどという庶民の食い物なぞ、貴族たる私らの口に入れる訳にはいかぬ! 庶民なぞ、泥水でも啜っておればよいのだ!」
え? 飢饉対策が駄目だったの? 国民が増えて税金が増えたのに?
「血迷ったか、ジョルジュ!」
騎士隊長は大剣を引き抜き、ジョルジュ君めがけて間を詰めた。
ジョルジュ君は指で印を結び、――いかん! あれは第3段階の危険な対人攻撃魔法――
『空圧砲撃!』
「ぐはあ!」
騎士隊長の腹に、空圧砲撃が直撃! 鎧の金属片が飛び散る!
「隊長殿!」
ワシの目の前で倒れ込んでしもうた! 思わず抱き起こしてしまったわ!
「ふぅ、不覚ッ!」
生きておる!
フルプレートアーマーを着込んでおらねば、内臓破裂で死んでおるところじゃ。ダメージは甚大じゃが、命に別状は無い。だが、しばらく動けんじゃろう。
「今の音はなんだ! 陛下の身によもや!」
頼もしい足音が部屋の外より聞こえてくる。近衛騎士の皆さん、犯人はこっちです!
「連結魔法用意!」
ジョルジュ君が指示を飛ばしておる。なんじゃ連結魔法って?
『火炎防壁!』
こ、これも危険な魔法! 第2段階の魔法、ファイアーウォールじゃ!
「うわぁ!」
謁見の間入り口が、床から吹き出した炎の束よって塞がれてしもうた! まるで大がかりなキャンプファイヤー! これでは味方が入ることが敵わぬ!
じゃが、ファイアーウォールの持続時間は短い。ここでワシが時間を稼げば、火はすぐ消える。
「連結魔法により、ファイアーウォールの持続時間は10倍となった。時間稼ぎは無駄ですぞ」
だから、なんじゃ連結魔法って?
「魔術師長殿がザル・ソパの開発に夢中となっておられる年月、私は新しい魔法の開発に夢中となっておりました」
「解った。魔力を連結させる術ね。今回は各魔法使いの魔力を連結させたみたいね」
イレーズには簡単な……、
ああ、あれか、お師匠様がずいぶん前に提唱しておられた魔法の可能性の一つ。それなら知ってる。
「並列で繋いだんじゃな。威力は変わらぬが、持続時間が異様に長くなるアレじゃな」
知ってる知ってる!
「なにぃ! この秘術、貴様らにとっては既に通過点だというのか!?」
いや、そこまで大層な物ではなくてじゃな……。
「ザル・ソパの魔法使いと侮っておったが、おのれッ! 偽りの仮面か!」
え? 何その称号? ワシの二つ名は「爆炎の魔法使い」じゃよ!
「くっ! 魔術師長殿、それがしもザル・ソパの魔法使いと呼んでいたことを許していただきたい!」
え? 騎士団長? ワシは「爆炎の魔法使い」とみんなから呼ばれておってじゃな……。
まさか陛下も?
「妾もてっきりザル・ソパの魔法使いだとばかり――」
ザル・ソパの魔術師って、超細切りテク持ちソパ屋の大将みたいじゃないの!
大ダメージじゃ! お師匠様が必死に顔を背けておる。あ、駄目じゃ、吹き出しおった。
あれ? なんだろう? 涙が頬を伝わって――。
「ふがいない男の為に泣いてくれるか? なんと心の優しい御仁じゃ!」
騎士隊長が唸っておるが、勘違いじゃよ。これ以上勘違い路線に舵を切らないで!
「くっ! だが、さいごは準備は物を言う。災い転じて福と成そう。纏めて亡き者としてくれん!」
ダダダッ! と大勢の足音が陛下の後ろから聞こえてくる。背後をとられたか?
陛下専用の通用口から現れたのは、見覚えある文様が入った鎧騎士。あれはジョルジュん家のお抱え騎士団じゃ!
前は魔術師一団。後ろは騎士一団。挟み撃ちにされた!
いかん、ワシが死ぬ!
助けて「イレーズ!」先生!
『火炎防壁ッ!』
ズゴーン!
爆炎!
ジョルジュ騎士団12人が吹き飛んだ。
「な、なにぃー!? 丁度い感じで魔術師長の合図により放った小娘の魔法だと? あのファイアーウォールは第2段階の威力ではないぞ!」
驚くジョルジュ君。さもありなん、通常ファイアーウォールは爆発しない。炎が吹き上がるだけじゃ。
それと、ワシは合図しとらんぞ。助けを求めただけじゃ。
お師匠様の放つファイアーウォールは第2段階とは思えぬ威力を放つのじゃ。なぜなら――、
「ジョルジュ君の魔法を並列魔法と呼称するなら、イレーズが使った魔法は、いわば直列魔法。持続時間は一瞬じゃが、代わりに破壊力を上げておるのじゃ。ちなみに連結させたのはイレーズの中の魔力じゃがの」
思わず受け売りの解説をしてしまった。
ワシも修業時代、お師匠様の変幻自在な魔法に翻弄されておったからのー。ナツカイシイのー。
「おのれブロウガン魔術師長! 我が道の何倍も先を行くか? くっ!」
それは勘違いじゃ。ワシが凄いんじゃ無くて、お師匠様が凄いんじゃ。
「ならば!」
ジョルジュ達は再び並列魔法発動動作に入った。
「ドゥナー・ドゥーッ――」
あの呪文は! マジックミサイル!
ジョルジュ君の体に青白い光が20個も纏わり付き、輝きを増していく。
どうする! どうするのイレーズさん?
「フッ!」
イレーズさんが笑った。ポケットから5枚の紙を取り出す。
「あれは、ワシが3ヶ月かけて描いた、マジックミサイルの魔方陣!」
こう見えて、ワシはこつこつとした作業が得意なんじゃよ。
お師匠様は取り出しながら魔力を通した。細かい儀式は全て省略。お師匠様ならさもありなん!
現れたのは同じく20個の青白き光。
だけど、間に合わない。ジョルジュ君が初手をとる!
「火爆噴弾!」
ジョルジュ君、発射! 20個の光弾が真っ直ぐ……ワシへと向かって飛んでくる!?
「火爆噴弾!」
お師匠様が発射! 遅いよイレーズ先生!
20個と20個の光弾が空中で激突。
「あわわわ!」
目も眩む光と光。耳がバカになりそうな音、音、音。
お師匠様の放ったマジックミサイルは、悉くを迎撃に成功。やったのじゃ! ワシは救われたのじゃ!
「ばかな! 魔方陣を使っただと!? ブロウガンが作った魔方陣だと?」
ジョルジュ君が唸る。そりゃそうじゃろ。高速飛行するマジックミサイルをマジックミサイルで迎撃などできぬ。普通の魔術師なら。ワシだってできん。こればっかりは原理も解らん。
お師匠様はにっこりと笑った。どうしよう? むっちゃ可愛い。
「魔法の根幹を理解していれば、微細なコントロールは可能です。詠唱の時間を魔方陣で割愛し、コントロールに裂く。――ですよね? 師匠?」
「くっ! 弟子がそこまでの腕前なら、師匠であるブロウガンはどれほどの高みから我等を見下しておるのか!? 恐ろしいぞ、大魔法使いブロウガン! 私など足下にも及ばぬのか?」
だから、ワシを買いかぶりすぎじゃ!
「まだ終わってないよ!」
お師匠様がスペルを唱える。いかん! あれは!
『空圧砲撃!』
「ぐはぁ!」
フルプレートで防御された騎士団長を一瞬で沈黙させた必殺対人魔法!
ジョルジュ君に直撃したー! 床に伸びたー! はい、キルマーク付いたー!
あれ? ミンチになってないぞよ? ジョルジュ君は、上半身を僅かに持ち上げた。
「な、なぜ私は生きている?」
「うふふ、コントロールすることによって、1段階上の威力にもなるし、2段階下の威力にもなる。……ですよね? 師匠?」
お師匠様はワシを見て天使のような悪魔の笑顔を浮かべた。
「う、うん! 威力は固定されているモノなんて、誰が決めたんじゃろうね?」
肯定するしかない。何考えてるか解らないし、めっちゃ怖いし。
「弟子にしてこのレベル。私の負けだ。魔法使いとしても、政治家としても……がくっ!」
あ、勘違いしたまま気絶した。
程なく、ジョルジュ君の仕掛けたファイアーウォールも切れ、近衛騎士が大勢踏み込んできた。反乱した魔法使い達も抵抗する気が失せ、温和しく捕縛された。
その後、わがゼルビオン王国は大きく動いた。ワシを取り巻く環境も変わった。
第一に、対フランクリン王国。これはワシ、殆ど関係無いのな。ジョルジュ君達は素直に全部吐いた。全幅の信頼を寄せていたジョルジュ君が売国奴であったとは、……1番ショックが大きかったのう。……2番目がザル・ソパの魔法使いという2つ名の件じゃ。
第二に、敬愛する陛下より、感謝の言葉を頂いた。ワシは何があっても首にならない存在となったらしい。給料も上がった。これは地味に嬉しい!
第三に、騎士団長がワシをキラキラした目で見るようになった。そなたこそ、忠臣中の忠臣だの、この恩は我が命をもってお返し致す! だの。絶対に下へ置かない扱い。魔法使いを粗略に扱わぬようになった点は有り難いんじゃがのー。
そして、恒例の叙勲式で、ついでにワシへ感謝の印が下賜されたのじゃ。
それは魔法使いの定番アイテム。
貴金属で作られたトンガリ帽。星マークが入ってるタイプなのね。
お師匠様が腹抱えて笑っていた。
最期に、ワシには「ゼルビオンの賢者」という2つ名が。イレーズに「爆炎の魔法使い」という2つ名が送られた。髪の毛と目が赤いので、よく似合っているのじゃ。
いやいやいや、「爆炎の魔法使い」はワシが所有する2つ名なのじゃが……。「ザル・ソパの魔法使い」より遙かにマシなので、渋々ながら表面上はにこやかに受け取ることとした。
「で、なんでお師匠様は政争に荷担したのですかな? あれほど表に出るのを嫌がっておられたのに」
我が家のリビングにて、主と見まごうばかりの尊大な態度で100%濃縮還元リンゴジュースを飲むお美少女お師匠様。
「何を言うか? 表に出たのは8割方ドンキーじゃ。儂は、儂のスローライフを満喫する為にもドンキーには出世してもらわねばならぬからの。なおかつ、給料が上がれば万々歳。違うかのう?」
ワシはゆっくりと頭に手を当た。
お師匠様からの責めは続く。
「あ、ちなみに、ここまで女王陛下や騎士団長から一目も二目も置かれたのだ。早期退職だの引退だのは、世間が許さぬ。今以上に働くのじゃぞ!」
床に崩れ落ちたワシは、ただただ涙を流すだけじゃった。
『仲間に弾き出されたので田舎でスローライフ始めました』計画はどこへ行ってしまったのかのー。
トホホ。
まったり系を目指して書いてましたが、どうしても不憫属性がついて回るようです。