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Strain:BIBLE  作者: Ak!La
第2章 首なし蛇と楽園の使者
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第8節 揺らぎ

 教会。一人アクバールは一番前の席に座って、眼前のステンドグラスを眺めていた。日が差して、床にその色の光が投影されている。赤子を抱く聖女と天使の絵である。幼い頃からずっと眺めて来た。あの頃は、この教会にももっと人が来ていたものだ。そう思うと、このしんとした教会が少し寂しかった。

 と、その静寂の中にヒールの音が響いた。アクバールが振り向くと、入り口の所に誰か立っている。見れば、テオドラだった。

「…………おや、どうかしたかね」

「……少し気になる事があって寄っただけよ」

 冷たい声。カツカツと足音を立てて、彼女はこちらへ近付いて来る。アクバールは座ったまま待ち、やがてテオドラは彼の前に立った。

「君達には仕事を与えたはずだがね。君は外されたかな」

「…………いいえ」

 見降ろされ、アクバールは威圧感を感じてやや緊張した。

「…何だね、何か言いたい事があるのなら言葉に出……し」

 言葉の途中、不意に首筋にナイフを突きつけられた。目線をテオドラの顔からナイフへ移し、もう一度彼女の方を見て、淡々とした顔で問うた。

「………何のつもりだね」

「………冷静ね。………何か隠してるなら出した方が得よ」

「…………ワタシに君を抑える力があるか否かという事かね?」

「あなた本当は何者なの?………ルチアーノに何かした?」

「…ワタシは何も。強いて言うなら、ラファエル君を助けたという恩を売っただけだよ。そもそもワタシはただのひ弱な神父だ。この身ではその辺のゴロツキ一人倒せない」

 本当にそうかしら、と言う目でテオドラはじっとアクバールを見る。その間アクバールは身じろぎひとつしない。刃を恐れている様子も無いのを不審に思って、テオドラは言う。

「じゃあ、あなたはどうして今そんなに冷静でいるの」

「………別に君にワタシを害するつもりが無いから、という訳ではないよ。もしワタシが少しでも返答を間違えたら、君はワタシの首を搔き切るだろうね」

「…………」

「ただ、ワタシは己の運命を信ずるだけだ。今ここで死ぬのならば、ワタシも所詮はその程度の人間だったという事。今この街ではいつ死ぬかなど分かりやしない。時にはちょっとした理不尽な理由でも人は死ぬのだから」

「………死ぬのが怖くないの?」

「そりゃ怖いとも。ワタシは死にたがりという訳ではないのだよ、生への執着は多少なりともあるさ。………ただ、いくらワタシが執着したところで、神には抗えぬものだからね」

「……………」

 しばらくテオドラはしかめっ面でアクバールの顔を睨んでいたが、やがて拍子抜けした、というような顔をして、ナイフを引いた。

「……まったく、度胸のある人ね。それとも単に馬鹿なのかしら」

「ワタシは馬鹿ではないが、馬鹿者ではあるだろうな。愚か者だ。他人から指摘されずとも分かっている」

 と、僅かにアクバールは険のこもった顔をしたが、それも一瞬で、すぐににこやかに笑った。

「さ、こんな所で油を売っていないで君も仕事に行きたまえ。ルチアーノが怒るよ」

「………私、まだ認めた訳じゃないから」

 ぎゅ、とテオドラは唇を噛んだ。

「あなたがあの人の代わりになるなんて」

「………………」

 あの人、というのはアルヴァーロの事だろう。アクバールは彼の事は少しも知り得ないが、フッと笑う。

「……ワタシはワタシだよ。他の誰でもない」

 と、その時、また新たに人の気配がした。

「………おろ?なんだ、テオちゃんまでいてら」

「!」

 と、二人が声の方を見ると、リアンだった。

「あっ、テオちゃんももしかしてどこか怪我した?」

「してないし…………っていうか、あんた怪我したの?」

 呆れ顔でテオドラが言うと、リアンは右足を引きずりながらこちらへ歩いて来た。

「いやー………警察官の女のコと一戦やっちゃって」

「……………警察?」

「この街にかい?」

 アクバールも驚いた様子で訊き返した。リアンは頷く。

「んだ。班で来てるみたいだったな。………俺を探してたって」

「えっ」

「…………おや、君の顔は割れてるっていうことかい」

「……まぁ、そうなる」

「それでその警官、どうして来たの」

 と、テオドラは薄々答えを察していながら聞いた。思った通り、「殺してない」と答えるリアンに、テオドラはため息を吐いた。

「だってな?その子一人殺したところで他の奴が来るだけだろ?」

「………どのみち、出会った時点で警戒は強められるわね。そこで既に詰んでるのよ」

「……俺の不注意だった」

「まったくよ」

 言われて、頭を下げるリアン。そんな彼に、アクバールは椅子から立ち上がり、言う。

「ところで、怪我をしたんだろう。見せたまえ」

「あー………足に弾残ってんですけど、取れます?」

「自分で取ろうとしなかったのは正解だな。こっちへ来なさい、麻酔をかけて処置してやろう」

「えっへへ、すみませんね」

 部屋へ引っ込んで行くアクバールについて行くリアン。と、テオドラとすれ違う間際、足を止めて彼女に言った。

「んで、テオちゃんは何の用だったん?」

「…………別に。大した用じゃないわ」

 そう言うテオドラの背中に回っている右手へ一瞬目を落とし、しかしすぐに笑って彼女の顔へ視線を戻すとリアンは言った。

「そっか。んじゃ俺も治療して貰ったら行くから。気を付けてな」

「えぇ」

 そして、向こうから手をこまねいているアクバールの方へ、右足を引きずりながら歩いて行った。


*****


「許してやって下さいね」

「……何がだね」

 アクバールはリアンの足の傷から目を離さないまま答えた。リアンはわざと目を逸らして、他の所を見ている。

「テオちゃんにけしかけられたでしょ」

「……………見ていたのかね」

 顔を上げるアクバールに、リアンは首を横に振る。

「いや、でもテオちゃんがそんな感じだったから」

「………」

 アクバールは視線を落とし、治療に戻る。気にせずリアンは話を続ける。

「多分、テオちゃんの事だからあんたの事アルヴァーロさんと比べたんじゃないですか?」

「……君は彼女の事なら何でもお見通しかい」

「チームの華なんで。見ないではいられない」

 と、リアンは笑う。そして、少し遠い目をして言う。

「…………彼女は、アルヴァーロさんの事が好きだったんですよ」

「………」

「俺なんか目にもくれないくらい。親子ぐらいの歳の差だし、あの人は既婚者だってのに、恋しちまったんですねェあの子は」

「…………彼女は……いくつなんだね?」

 見た目で年齢を測りきれなかったアクバールは、リアンにそう訊いた。

「まだ18っすよ。アルヴァーロさんに拾われる前は驚く事なかれ、小さな町でヤンキーやってたんですから」

「おやおや、それは。納得と言うか何と言うか」

「それ、本人の前で言ったらはっ倒されますからね」

 今は結構お淑やかになったんですよ、と言うリアン。アクバールはクスリと笑う。

「…………君達は皆何かしら訳ありの様だね」

「まぁ、そうっスねェ………俺はルチアーノの後に仲間に引き入れられたんスけどね?…………俺はその頃から情報屋として動いてたんで、そんなけかなぁ………。ま、情報屋の活動も元は女のコと遊んでたので入って来た噂話みたいなものを売ってただけだったんですけどね…………」

「………そういう事は程々にしたまえよ」

「えぇ?…………あはー、そういうの厳しいタイプですか?でもほら、折角男に生まれたんスから、そういうの楽しんどかないと損でしょ?来世も男だとは限らないし」

「……ワタシには理解しかねるが」

「神父さん、女のコとの付き合い無さそうですもんねー」

「………それもそうだな、テオドラ嬢とも仲良くやれるかどうかすら怪しい」

 と、アクバールは取り出した弾を盆に置いて、冗談交じりにそう答えた。あいたた、という顔をしながらリアンは言う。

「テオちゃんはまァ、一途なんスよ。例え相手が絶対に手の届かない相手でも、とことん想っちゃうタイプで」

 そして、少し悲しそうな目をする。

「………ほんっと、アルヴァーロさんが死んだ時、テオちゃん可哀想だったなァ………よく立ち直ったモンだと」

「…………一番、ウィリアムが見つかる事を願っているのは彼女なのかね?」

「………まぁそうでしょうね。でも復讐したいのはみな同じです。…………それでも、テオちゃんはきっと一番に飛び出して行く」

 その言葉から、いかに彼女がアルヴァーロという男を慕っていたのかが分かった。仲間から見てもそうなのだ。だからこそ、彼女は自分を試すような事をしたのだ。

「………ワタシは、ワタシ以外の何者でも無いんだがねぇ」

「単にあいつは他人に支配されたくないだけっスよ。ルチアーノならまだ許容出来るみたいですけど」

「ならばワタシも頑張らなければね。実質現状ではタダ働きをさせているだけなのだから」

「ま、ちゃんとした治療が受けられるのはありがたいです」

「………流石にワタシには手術やなんかは出来ないが……今まではどうしていたんだね?」

「あんまり大きな怪我自体しない様にしてたんスよ。絆創膏で済む程度で」

「……それは何と言うか、無茶だな」

「んまァ、アルヴァーロさんとか滅茶苦茶強かったんで、あの人がいりゃ全然心配いらなかったんですけどね」

「…………会ってみたかったものだな、その、アルヴァーロという人に」

 慕っているのは皆同じか。そんな代わりをしていたなんて、ルチアーノはさぞかし大変だったろう、とアクバールは思った。自らの憧れと、仲間からの期待、それらに押し潰されそうになっていた様に見えた。アクバールが自らの下につくよつに進言したあの時、ほんの少しだけ………少しだけ、彼は安堵していた様だった。

「…………本当に、素敵でカッコいい人でしたよ」

 リアンがしみじみと言う。手当てが終わり、アクバールは道具を片付けながら立ち上がった。

「さて、どうするかね、少しここで休むか、すぐ戻るか」

「……あー………そっスね、サボってたって言われるのも嫌ですし……戻りますわ。んじゃ、お世話んなりました」

「いやなんの。君達に神の御加護のあらん事を」

「おっ、神父らしい。でも、俺らみたいな悪党に神様が味方してくれますかね?」

「悪党では無いよ、今はね。なんなら償いだとでも思いたまえ。綺麗事かもしれんがね」

「ハハッ、そりゃいい。ま、罪悪感なんて持った事ねェっスけどね」

 よいしょ、とリアンも立ち上がった。少し痛む様だが、まだ麻酔のお陰でそれも鈍い。

「……ハルとかも目ェ付けられてなきゃいいんスけど」

「………警察にかね?」

「情報収集は俺とハルが主にやってるんで、あいつも子供としては結構変わってるし………俺がバレてるならあいつもバレてるんじゃないかと思って」

「だが、探されていたのは君一人だろう?」

「……まぁそうっスね………でも、一緒に行動もしてたのに」

「…………君は女性関係の方じゃないかい?」

 アクバールがそう言うと、リアンはショックを受けた様子で答えた。

「うっ!そりゃ否定出来ませんぜ!夜を一度共に過ごしたっきりの子もいますから!」

「……今のは聞かなかった事にしよう」

 コホン、と咳払いして、アクバールは言った。

「…………まぁ何にせよ警戒はするべきだね、ワタシの所へ来られては堪らない」

「ま、気を付ける様にはしますが、俺達を無理矢理仲間にしたからには運命共同体っスよ?」

「……仕方がないね。ワタシもそこまで薄情ではない」

「…………はっはー……少しは薄情って事ですね?怖い怖い。…………でも、悪党じゃあ無いんじゃなかったんですか?」

 意地悪げにリアンが言うと、アクバールはふふん、と鼻で笑い、答える。

「“善か悪か”、では無いのだよリアン。ここにあるのは“敵か味方”か、それだけさ」

その答えに、ほう、とリアンは感心した。

「………なるほどね、一理ありますなァ……でもその考え方、ちょっと卑怯ですぜ」

「そうかね?世の中を円満にする良い考え方だとは思うのだが」

「円満、ねェ。それぞれの正義に徹する事が円満ですかい?」

「…………まぁ、実態としては何も変わらんね」

「割り切っていい事と悪い事があるんですよ、神父さん」

 リアンは少し、邪悪な目をしてみせる。だがアクバールはそれを笑みで返すと、言った。

「ほら、さっさと行きたまえ」

「…へいーへい、あんたにゃ敵いませんな」

 リアンは苦笑を返し、部屋を出て行った。後に残ったアクバールは、少し遅れて、またステンドグラスを眺めに礼拝堂へと戻るのだった。

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