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Strain:BIBLE  作者: Ak!La
第2章 首なし蛇と楽園の使者
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第6節 魔王の誕生

「ウィリアム・ビアンキ………今は17歳のガキだ」

 と、ルチアーノは写真を見せるが、そこに写っていたのは8歳くらいの少年だった。銀髪と紫色の瞳をしている。

「………この写真は?」

「…俺達の……前のリーダーが持ってた写真だ。こいつの写真はこれしかない」

「………前のリーダー?」

 疑問に思ったアクバールが言うと、ルチアーノは頷く。

「俺は本来のリーダーじゃない。……本来のリーダーの名はアルヴァーロ・ビアンキ。去年、そのガキに殺された。……実の息子にな」

「!」

 驚いた。そんな事が、そんな事があっていいものだろうか。

「………その人はかなりの手練れだったのだろう?」

「そりゃそうだ。………でも、息子には弱かった。この写真も大事に持ってたンだ。………家族全員が死んでた。酷いモンだったよ」

 その光景を思い出したのか、ルチアーノは険しい顔をする。

「……アルヴァーロさんは俺達にとっちゃ大切な人だった。居場所の無い俺に、俺達に居場所を作ってくれた。だから、俺達は奴を許さない」

「……………君は義理堅いね」

「……よく言われるよ。だからこそあんたにつく気になった。だがまだ足りない。あんた、それなりに情報網はあるだろう」

「………そうだね。分かったよ。承ろう。そうすれば約束は守ってくれるね」

「あんたにはその器があるとみた。………俺達を悪くは使わない。活動も制限されるンでなきゃ支障はない」

 ルチアーノは真面目な顔をしてそう言った。そして、手を差し出す。それを一旦止め、アクバールは言う。

「手を結ぶ前に一つ。通常営業の収入の分け前の件だ。君達、一回の収入は平均いくらくらいだね?」

「一回あたり200万。週に3回くらいだ。………どれくらい欲しい」

「そうだね、まぁワタシ一人だから半分とは言わないよ。5%。それだけもらおう」

「………そンなけでいいのか」

「200万なら10万だよ。十分さ」

 と、アクバールは肩を竦める。

「しかし、依頼主もいちいちよくそんな額が払えるね」

「大抵は金持ちだよ。……たまに恨みのために頑張って溜めた金を払う一般庶民もいるが」

「………大層な執念だね」

 と、そして改めてアクバールは手を差し出した。

「という事で、これからよろしく頼むよ」

「あぁ。………オルラントさん」

「おやおや、畏まることもないのに」

「いんや、これが俺の流儀なんでね。敬語にさせてもらいますよ」

「ルチアーノはそういう切り替えだけは早いんだよなぁ」

「微妙に砕けてるけどね」

「……お前ら………」

 口々に言うリアンとハルに、ルチアーノは困って振り返った。彼らはこちらへ歩いて来て、アクバールに言う。

「………まぁルチアーノが言うなら仕方ねェ、あんたがウィリアム探しに協力してくれるってならまぁ、こっちにも理があるってもんだ」

「僕らが情報収集しても全然尻尾掴めないからね」

 ハルは肩を竦める。………先程の“あれ”は何だったのだろうと、疑問に思ったアクバールは問う。

「……君は………二重人格かね?」

「僕?そうだよ。でもちょっと特殊だけどね」

「………特殊?」

「うん。……僕と僕は、常に覚醒した状態なんだ。だから入れ替わるのも意志のまま……今こうして喋ってる間も、もう一人は内側で何か言ってる」

「………それは……………二重人格というのか」

「僕と僕は独立してるんだ。………主人格はこっち」

 と、ハルは笑って自分を指差す。ルチアーノがため息を吐いて言う。

「……ハルとは三年くらいになるが、俺達も未だ慣れねェンだ。ややこしい奴だがまぁ、そいつの事はそいつに任せとけ」

 世の中にはいろんな人間がいるものだな、とアクバールは感心した。今まであまり人と関わって来なかったので、新鮮な気持ちだった。


*****


「しかし“蛇”とはまぁ、何とも良い名前をつけたものだね」

 ある日の教会、アクバールの部屋。そこにはアクバールとルチアーノだけがいる。二人分のコーヒーを出し、アクバールは先に座っていたルチアーノの向かいに座った。

「命名は、前のリーダーかい?」

「まぁ。………蛇、好きなんですかい?」

「好きだよ。原初の人類悪だ。それに、神の使いとも言われる」

「………何だかちぐはぐですねェ…」

 ルチアーノはそう言って笑う。

「彼は、どうしてその名を?」

 そう訊いて、アクバールはコーヒーを一口含んだ。それに促されてルチアーノも一口飲んで、答える。

「……俺も昔、気になって聞いた事がありまさぁ。………アルヴァーロさんはちょっと恥ずかしげに答えてたなァ…」

 と、懐かしそうな顔をする彼。やがて、再び口を開いた。

「オルラントさんの言う通り、蛇は悪魔の象徴であり、そして生と死の象徴である。…………それが、俺達にぴったりだろ…………って、そう言ってました」

「なるほどね。中々センスのある御仁だった様だ」

「神の使い、とは言ってませんでしたけど、まぁオルラントさんの下につくなら、あながち間違いではないかもしれませんね」

 と、ルチアーノは笑う。そのままの表情で、さらりとアクバールに言った。

「それで、ウィリアムの件は」

「調べてはいるがね。全くだ。なかなか特徴的な容姿だとは思うがね」

「父親譲りなンすよ。アルヴァーロさんもあんな綺麗な銀髪と紫の瞳してた」

「へぇ。………まぁ、現在の姿が分からないのが難点だな。髪の色くらい染めればすぐ変えられるし……」

「………俺達も一応、リアンとハルと、テオドラが調べてるンですがね。一年調べて、何の音沙汰もない。もうこの街を出ちまってるのかもしれない」

「ここが彼の故郷なのかい?」

「だからこそ来たんすよ。依頼を受けたのはついでで」

 それを聞き、少しアクバールは不安に思って訊く。

「………もしウィリアムが街を出ていたら………君達はここを出て行くのかい?」

「…最初はそのつもりでしたがね。そうも行かなくなった。何、俺さえここにいればいいんでしょう。情報収集はリアン達の役割だ。オルラントさんの依頼は、俺とラファエルで十分でしょうよ」

「それはそれは、頼もしいね」

 そう言えば、今日はいつも共にいるはずのラファエルがいないな、と思い、どうしているのかと訊く。

「あぁ、今日はテオドラといさせてます。…………俺の次に懐いてんでさ。リアンの奴には全然駄目なンすけどね」

「ハル君とは?」

「歳は近いものの、あまり仲は良くないっすかね……ほら、ラファエルは無口でしょ?でもハルの………主人格はあのなんつーか、掴みにくい性格だ。ラファエルは人見知りなんで、あまり人と話したがらないっていうか」

「君には随分と懐いているようだね?」

「まァ息子みたいなモンです。…………いや、弟子かな?」

 どうしてあの様な少年が(ハルも含め)、彼らの下にいるのかが不思議だった。そもそもどういう関係なのか、少年達の親はどうしているのか、などとそんな事が気になった。孤児だろうか。いや、それにしては。

 そんな事を考えていると、それを読み取ったのかルチアーノは笑う。

「………やっぱり気になっちゃいます?ラファエルとハルの事」

「…………まぁね。あまりにも不自然だ」

「ハルは元が不自然な奴ですけど、まァ、俺もラファエルは最初は仲間にする気なんか無かった」

「…彼が加入したのは?」

「アルヴァーロさんが死んでからで………まだ一年も経ってませんよ」

「それであの実力かい?」

「驚いてるのは俺の方です。……本当に……なんていうか、この為に生まれて来たみたいな」

「…………」

「とにかく飲み込みが早くて。流石に少し心配ですよ。あいつ、親が死んだ時も怖がる事も泣く事もしなかった」

「!」

 と、ルチアーノは言ってから、あ、と口に手を当てるがもう遅い。

「……その言い方は…………もしかして君が」

「…………隠していても意味はありませんしね。お察しの通り、ラファエルの両親を殺したのは俺です」

「………………」

 アクバールは何も言えずにいた。まず、そのルチアーノの言葉自体が飲み込めなかった。………ならばなぜ、ラファエルはルチアーノに懐いているのか?そういう疑問しかなかった。アクバールは未だ………ロビンを殺した彼らを許せないでいる。だが彼らは既に亡霊だ。死んでいる。だが、ルチアーノは違う。生きて、ここにいる。自分なら、とても共にいる事など出来ない…………。

「………何故、彼は君と?」

「俺にも分かりません。そもそも依頼はコリスの家の者全ての抹殺だったンで…………ラファエルも勿論殺すつもりだったンですよ」

「彼の家は、何だったのだね」

「貿易商をしていた富豪で。………でも、ちょいとばかし悪い事しでかして、他から目ェつけられたんでさ」

「………それで一家まるごと?」

「俺達だって人間なんでね。そこまでしなくても、とは思う気持ちはない訳じゃない。…………けど、私情と仕事は一緒にゃしてられんのですよ、この世界じゃ」

 ルチアーノはため息を吐く。………そして、アクバールは彼が思っていた以上に常識人である事に気付いた。頭の良い人物だ。非情な部分はあれど、どこか温かみがある。だからこそ、あの寡黙な少年は彼に懐いているのだろう。

………だが、しかし。

「…………殺すつもり……だったんですけどねェ、あいつ、目の前で両親が殺されて、しかも銃を突きつけられて……ハハッ、本当、今考えても信じられない」

「?」

「……輝いた目をしてた。憧れ、みたいな。………それであいつは言ったんです、『僕にそのやり方を教えて』って…」

 アクバールの脳裏に、ラファエルが血の海の中でルチアーノの前に座り込んでいる姿が浮かんだ。………ただのアクバールの幻想である。だが、きっとこんな感じだったのだろうと、アクバールは思った。

「…………俺も毒気を抜かれちまって。………それまでひっそりと胸の底で燻っていた“抵抗心”がいよいよ音を立てて燃え始めた。…………後はご想像の通りです」

「………君はラファエルを連れて、仲間の元へ帰った」

「えぇ。でも依頼の方はそんな簡単な話じゃない。ちゃんと遂行しきれなかったと言えば、今度はこちらが消されるかもしれない。…………だから奴らにはラファエルを生かした事は秘密にしたんです」

「……それがバレる事は無いのかね?」

「まぁ………バレた所で返り討ちにしてやりますけど。俺もリアンもハルもテオドラも、皆んなラファエルの事は大事だと思ってる」

「…………ふふ、そうかい」

 アクバールは良いチームだな、と微笑む。そして、そんな表情のまま、手を組んで言う。

「……さて、ところで本題に入ろう」

「あ、えぇ、そうですね」

 今日ルチアーノを呼んだのは他でもない。仕事の依頼の為だ。そういえばハルの事は聞いていないな、とふと思ったが、それはまたの機会にする事にした。

「今回が本格的な初めての依頼になる。…………今はまだ皆んなこの近くにいるね?」

「えぇ、新市街の方に仮の住居を」

 その答えに、アクバールは満足気に頷く。

「ここ最近、どうやら人攫いが横行しているらしい」

「人攫い?」

「これがまた悪質でね。臓器売買とかそういう類のものだ」

「…………あぁ、そりゃあまた」

「近頃はスラムの人間を人間とも思わない奴が増えて来ているようだ。人を喰らう化け物とでも言おうかね、奴らの方が余程人間らしくない」

 皮肉を込めた言葉。それに籠るアクバールの怒りを、ルチアーノはひしひしと感じた。この人は心の底から、この荒んだ街に生きる人々の為に怒っている。

「そこでだ。その“化け物”を君達に退治してもらおうというわけだ。遠慮は無用だ、存分に日頃の鬱憤でも晴らして来たまえ」

 鬱憤を晴らしたいのはオルラントさんでしょう、とそう思ったが、ルチアーノは口には出さなかった。

「………相手の数は?」

「十人程度かね。まぁ、編成は君に任せるよ」

「………了解。…………ではまた後で」

「よろしく頼むよ」

 ルチアーノは立ち上がり、去って行く。それを見送って、アクバールは組んでいた手を解いた。一人、そこでしばらく思案にふけっていた。

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