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Strain:BIBLE  作者: Ak!La
第2章 首なし蛇と楽園の使者
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第5節 隣人を愛しなさい

 翌日。教会にはルチアーノとラファエルの他、ラファエルより少し歳上であろう一人の少年と、ルチアーノと同い年くらいの男、それから若い女がいた。

「………ボロっちい教会だな」

 男が辺りを見回して言った。アクバールは肩を竦めて答える。

「悪かったねボロくて。何せ維持出来るだけの金もない」

「……あんたここで一人でやってるのか」

「そうだよ。…まぁ、これから一人ではなくなる予定だが」

 アクバールはそう言って笑う。

「改めて自己紹介を。ワタシはアクバール・オルラント。ここの主だ。よろしく頼むよ」

「………リアン・ローガン。俺は情報屋」

 男が答えた。チャラそうな見た目である。だが、情報屋がいるのはアクバールにも嬉しい。そして次は、その隣の少年が答える。

「ハル・レニ。10歳だけど、よろしく」

 愛想の良い顔。彼は一体何の役割だろう、と考えている間に、今度は女が自己紹介する。

「テオドラよ。一応諜報部員。戦闘には期待しないで」

 つん、とした雰囲気。その豊かな胸にリアンがさりげなく手を伸ばそうとして、叩かれた。

「いてぇ…」

「空気読みなさいよ馬鹿」

「………ラファエル。お前も一応自分から言えよ」

 ルチアーノに促されて、ラファエルはむすりとしたまま答えた。

「……ラファエル・コリス」

「ラファエル君。傷の具合はどうかな」

「………………」

 にこりとして訊くアクバールに、ラファエルは答えない。

「………どこか痛むかい?」

 心配してアクバールが言うと、ルチアーノが首を振る。

「あぁ違うんだ、こいつ無口なだけだよ。………多分仕事にゃ支障は無いが」

「怪我人に働いてもらうつもりはないが……まぁそうだな。一応体験の様なものだ、出来る事はしてもらおう」

「………僕……戦えるよ」

 ラファエルがぼそりと言う。

「戦闘員、僕とルチアーノさんしかいない」

「………まぁ俺っちも戦えるっちゃ戦えるけど?専門は情報収集だし」

「僕だって戦えるよ」

 と、リアンとハルが言った。テオドラだけ何も言わず、ただ手足を組んで座っている。

「……ていうか何?報酬出ないの?働く意味ある?」

「リアン」

「………まぁラファエルを助けてくれたのには感謝するけどー…それとこれとは別だよなぁ……」

 と、リアンは前の椅子に突っ伏して文句を言う。

「大体、あんたみたいな聖職者が何で、俺達みたいなのに関わるわけ?俺が言うのもなんだけど、根本的に駄目だろ」

「…………ここでは力が無ければ生きてはいけないのだよ。目には目を、歯には歯を。暴力には暴力を。………綺麗事ばかりではいけない。いつも馬鹿を見るのは正直者だ」

「………」

 じっ、とリアンはアクバールの目を見ていた。穴が開くほど見つめ、そしてフッと笑った。

「………あんた気に入った」

「……光栄だよ」

 と、そう答える一方で、内心ドキドキしていた。あの男の目には何もかも見透かされてしまいそうな気がした。

 ………それでなお気に入ったと言われたのなら…末恐ろしい奴である。

「………それで?俺達は何をすればいい」

 ルチアーノがアクバールに言う。

「そうだな………実を言うとワタシも初めてでね。だが目標は決まっている。手始めに君達にはならず者達を殺して欲しい。簡単だろう?」

「………ならず者?」

「まぁ、一言でそれだけでは分かりにくいだろうから、一応写真は入手してあるよ。はい」

 と、アクバールはポケットから出した写真をルチアーノへ手渡した。5枚の写真。それぞれに一人ずつ、男が映っていた。

「…こいつら?」

「そう。………わざわざ街から足を運んでいる物好きな奴らさ。スラムの住民を痛めつけてたのしんでいる」

「………悪趣味な奴らだな」

 リアンが頬杖をついて呟いた。

「しかしあんた、どうやって調べたんだ。大変だろうに」

「住民からの口コミだよ。まぁ、写真は自分で撮ったがね」

 ふふ、とアクバールは笑う。リアンはため息を吐く。

「……そうか。まぁあまり無茶すんな。情報屋ってのは意外とハードだぜ」

「おや、心配してくれるのかい」

「仕事取られちゃあたまんねェよ」

「……あんた、たまにロクでもない事仕入れてくるわよね」

「テオちゃん………」

 テオドラの冷たい言葉にリアンは首を縮める。ロクでもない事って何だ、とアクバールは思うが、それでは話が脱線してしまう。

「それで、ワタシも同行したいのだが、何とかなるかね」

「同行?何で」

 ハルが言う。

「何、君達の働きぶりがどんなものかとね」

「なら、私が貴方に付き添うわ。仕事ならハル達で十分だもの。ボディーガードにも申し分ないはずよ」

「………分かったよ、テオドラ嬢。よろしく頼む」

「……テオドラでいいわ」

「ていうかテオちゃん、何でフルネーム言わないの?」

「別に。構わないでしょ、知らなくたって」

 リアンの問いにテオドラはそう答えた。………アクバールの目から見ても、彼女の彼への当たり方は冷たいように見えた。………まぁ、彼の行いからすれば仕方がないのかもしれないが。

「………じゃあ早速出るか。リアン、付近で情報収集。ハルはついて行って見つけ次第接触、誘導。俺とラファエルは“工場跡地A”で待つ。………テオドラはそいつのこと頼んだ」

 ルチアーノの指示に、全員が了解、と頷く。そしてすぐにリアンは教会を出て行った。後にハルがついて行く。ルチアーノと共にラファエルも席を立つ。そして、ルチアーノはテオドラとアクバールを見て言う。

「それじゃ。お前らも気を付けて」

「えぇ。貴方達もね」

 テオドラはそう言ってから、アクバールの方を見る。

「私達も行きましょ」

「………一つ質問だ」

「……何?」

「工場跡地Aとは何だ?」

「……印みたいなもの。ここに来た時に決めたの。大丈夫。行き先は分かってるわ。まずはリアン達の所に行きましょ」

 と、アクバールはテオドラの耳に小型の無線機がついているのに気づいた。どうやらそれで通信を取り合っているらしい。

 テオドラが歩き出す。アクバールはその後をゆっくりとついて行った。


*****


「あぁ…この人らならさっきあっちの通りを歩いてたよ…」

「毎日来るのよ、お陰で怖くて仕方ないわ」

 リアンとハルは、そう教えてくれた夫婦に礼を言うと、その通りへと向かった。

「………街の作りはあっちとあまり変わらないね。…だいぶ汚いけど」

 ハルが言った。リアンは辺りを見回しながら答える。

「まぁ、アレの前身がこっちだからな。………昔は栄えてたんだろうなぁ……可愛い女の子とかもいっぱいいたんだろうな………」

「……リアンてばそればっかり」

「まぁ勿論新市街の方にはいたけど?………でもなぁ、やっぱり寂しいよな………」

 家はそのまま建っている。だが人の気配のない空き家も目立つ。店もまともにない。ぽつぽつと食料品店があったりするが、品薄で客も見えない。

「………ルチアーノとラフィが受けてたのって何だった?」

「麻薬グループの撲滅」

「……あーそっか。それでラフィはあんな傷負わされたんだよな。……麻薬って、こんなとこでも売れんのか」

「もう!リアン、今はそれじゃなくてこれ!」

 と、ハルは手にした写真をリアンに突きつける。

「わーかってるよ、ってか、ここからはお前の領分だろ」

「うん。あれでしょ?」

 と、ハルは前方を指差す。見れば、写真の男達がゾロゾロと通りを歩いていた。

「……品選び中かな?」

「こら、そんな言い方するな」

「ごめんなさい。じゃあ言って来るねー、リアンは先にルチアーノさんとこ行って来て」

「………へいへい」

 と、そこでハルとリアンは別れた。タッタッタ、とハルは無邪気に男達へ向かって行く。

 ……その様子を、アクバールはテオドラと共に通りの陰から覗いていた。

「………大丈夫なのかい、あれ」

「まぁね。ハルはあの見た目が武器だから」

 テオドラは冷静な顔でそう言った。少しハラハラしながらアクバールが見ていると、ついにハルが彼らと接触した。

「ねぇねぇお兄さん達!」

「あぁ?」

「何だこのガキ」

 男達は足を止め、突然現れた少年に注目する。

 と、ハルはいつ間にか手に持っていた何かを彼らの前に示した。

「これなーんだ?」

「………!」

「あっ、俺の財布!」

「へへーん」

 と、ハルは回れ右して走り出す。無論、男達もそれを追う。

「待てクソガキ!」

「タダで済むと思うなよ!」

あっという間に罠にかかった男達。

「……本当に大丈夫なのか………」

「誰もハルの足になんか追いつけないわよ。さ、先回りしてルチアーノの所に行きましょ」

「………あぁ」

 仕事が早いな、と感心しつつ、アクバールはテオドラの後をついて行った。


*****


「待てこのっ!ガキャ!」

「………ぜぇっ………はあっ……へへっ…追い詰めたぞ……もう袋の鼠だな」

 息も切れ切れに、男達は少年が逃げ込んで行った倉庫の中で足を止めた。だがしかし、息を整え、辺りを見回し男達は驚愕する。

「………あれ………⁈あいつどこ行った……⁈」

 少年の姿は消えていた。ものの数秒だ。どこに隠れられるだろう。扉の陰?いや、いない。煙のように消えてしまった。

 キョロキョロと男達が見回していると、一人の男耳元で声がした。

「馬鹿な奴らだな、袋の鼠はお前達の方だ」

「!」

 低いトーンの、しかし先程の少年の声だと分かった。と、次の瞬間彼は首筋を斬られて絶命した。噴き出す血。斃れた仲間を見て、彼らは青ざめる。そして見つけた。さっきまで自分達が追いかけていた少年が、扉の前に立っているのを。

 逆光の中、少年が嗤うのが見えた。その表情は、先程までの少年とは明らかに違っていた。幼い顔の中に見える狂気。……男達は本能的に恐怖を感じた。危険だ。あの少年は危険だ。

「………………追いかけっこはおしまい、楽しかったよお兄さん達。………って、もう一人の僕が言ってる」

「……⁈」

「あぁ、それとこれは返す。別にいらないんだ。欲しいのはお前達の命」

 齢10歳の少年の言葉に、男達はどこか現実を受け入れられないでいた。………その少年の放つ異様な雰囲気が、どうしても彼らに現実を受け入れさせないでいた。

「……まぁ、さすがに誘導するだけで他何もしないのはつまらないから今手を出させてもらったけど。手を下すのは僕じゃない」

「!」

 不意に影が二つ降りて来た。それはあっという間に残る四人をたおした。

「………ったく、ハル、お前は誘導って言っただろうが」

 銃を納めたルチアーノが、少年、ハルにそう言った。

「ちゃんと誘導はしただろ、もう一人が。僕の仕事はこっちだよ」

「……じゃあ出て来るな」

「………お呼びじゃありませんか。まぁいいよ。………ごめんなさいルチアーノさん、我慢出来なかったみたい」

 と、ハルは元の様にケロッとしてそう言った。

「……まったく……いつまで経ってもお前には慣れないな」

「えへへ」

「…………ルチアーノさん、これ、どうする?」

 と、ラファエルが死体の上に乗って言った。

「こら、乗るな」

「………」

 言われて、ラファエルは降りる。と、そこへリアンとテオドラ、そしてアクバールが現れた。今まで、奥に残っていた機材の陰に隠れていたのだ。

「……いや、まったく、手際が良過ぎて怖いね」

「相手のレベルが生温なまぬるいんだよ」

「……………そうか」

 アクバールはちら、と五人の死体を見た。気分が悪くなりそうなのと、あのロビンの姿を思い出しそうになり、ふいと顔を逸らして、ルチアーノを見る。

「……さて、どうかね。………ワタシの下につく気はないかね?」

「……………まだ決めかねる」

「……待てよ?下につく?聞いてねえぞ俺は」

 リアンが言った。テオドラも頷く。

「どういう事?………説明しなさいルチアーノ」

「…………あー……まぁ、結論だけ言うとだな……」

「まぁ待て。ワタシから説明しよう」

 と、アクバールは人差し指を振ってルチアーノを遮る。

「今回君達にはこのスラムにおける“害悪”を退治してもらった。これは単なる殺しではない。これによって、日々怯えていた人々が救われた事だろう」

「………そんなのいくらでも湧いて来る」

「だろうね。………そもそもワタシがいくら食料を配れど、医療品を配れど、全てが解決する訳ではない。その場凌ぎだ。………何か違いがあるかね?」

「あんたの言ってる事は偽善だぞ」

「……前にも言われたよ。分かっているよ、そんな事は」

 と、そのアクバールの目に、リアンは僅かに怯んだ。アクバールはそれを知ってか知らずか笑うと、言う。

「そもそもこんな世界に、善も悪もない。あるのは味方か敵かという事だけだよ。ワタシは弱者の味方、その敵はワタシの敵だ」

「……………」

 しばらくの沈黙。唐突に、声がそれを破った。

「……一つ、俺からも条件を出させてくれ」

「!」

「ルチアーノ!」

「いいだろリアン、俺も俺が頭としてやってくのは不安なんだ」

「……………お前、まさか」

「俺の示す条件さえ飲んでくれりゃあ俺はあんたの下につく。いいな」

「ワタシに出来る事なら、何でも」

 アクバールは頷く。ルチアーノは一呼吸置いて、言った。

「………人探しだ。一人、探し出して欲しい奴がいる」

 その目には執念があった。それを読んで、アクバールは訊き返す。

「……ほう?」

「俺達は、そいつを見つけて殺さなきゃならない」

 最初に会った時のような厳しい目をして、ルチアーノは言う。アクバールは目を細め、そして答えた。

「………いいだろう。………どんな人だね?」

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