72話 狂気と本気
時間ギリギリですが「妹ハーレム」三周年です! ありがとうございます!
不覚にも、わけがわからず少しの間呆然としてしまった。
我に返り、俺は狂愛ちゃんに目をやる。
聞き間違いであってほしいのだが、狂愛ちゃんの瞳が本気であると語っていた。
……んー、んんんんん?
「あはっ、葉雪さん困ってますね。理解できませんか?」
「い、いや……まぁ、そうだな。少しわからない」
「ふふっ。まぁワタシは少し特殊ですから」
そう笑った狂愛ちゃんは、続けてこう語った。
「ワタシ、よく一目惚れしちゃうんです。正確には、簡単に惚れちゃうんですけど」
「簡単に?」
「はい。例えば落とした物を拾ってもらったり、ノートを見せてもらったり……そんな感じで、困っているところを助けられるだけで惚れちゃうんです」
惚れっぽいらしいんです、と狂愛ちゃんはどこか自嘲じみた調子で笑った。
つまり、俺があの日一緒に財布を探したから、俺のことを好きになったということなのだろうか。
「ですけど、惚れっぽいのと同時に飽きっぽい性格みたいなんです。今まで何人も好きになったんですけど、一日か二日ストーキングして飽きちゃうんです。本当に呆れちゃいますよね。……でも、葉雪さんだけは違ったんです」
「俺だけが、違った?」
コクリと頷いた狂愛ちゃんは、更に一歩踏み出し、拳一つ程度まで密着してきた。
そして俺のジャージをギュッと掴むと、どこか興奮したような声音で紡ぐ。
「葉雪さんのことは、ぜんぜん飽きない。家を出る時間、トレーニングをする時間、いろいろ調べたけど、ぜんぜん足りないっ! もっと知りたいんです。もっと葉雪さんのことを知りたいっ! 何時に寝て何時に起きるのか、なにが好きでなにが嫌いなのか、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶっ」
今までの穏やかそうな雰囲気からかけ離れた、感情を荒ぶらせた姿に息を呑む。
茜も微ヤンデレと称されるような一面があるが、狂愛ちゃんが俺に向ける瞳は茜のものよりも深く、暗く、淀んで、濁っていて、ぜんぜん別物だ。
これが本物のヤンデレというのだろうか。それともメンヘラ? よくわからねぇ。
そんな考えで心を落ち着かせていると、狂愛ちゃんが「それに」と少し静かに溢した。
「知るだけじゃ、満足できないんです。葉雪さんにも、ワタシのことを知ってほしいんです」
「狂愛ちゃんの、こと?」
「はい。ワタシの身長や体重、スリーサイズ、好み、趣味嗜好、生活習慣、性癖、なにもかも知ってほしいんです。他の人にはこんなこと考えないのに……」
なにかとんでもない言葉が聞こえたのだが、それを突っ込む余裕もない。
矢継ぎ早に語り、はぁっと少し熱っぽい息を吐くと、狂愛ちゃんはスッと俺の頬に手を添えた。
まるで慈しむように頬を撫でられ、なんともいえない感覚に襲われる。
「きっと、運命だと思うんです。いつもみたいな一目惚れなんかじゃなくて。きっと、ワタシの運命の相手は葉雪さんなんです。……だからこんなに胸が苦しくて、切なくて、葉雪さんが愛しくて、恋しくて、どうしようもないくらい好きなんですっ!」
そんなセリフ、もっとロマンチックな雰囲気で言ってほしかった。
今この場を包んでいるのは甘酸っぱい空気ではなく、どこか狂気の孕んだ混沌としたものだ。
不覚にも思考停止して逃げ出したいといった感情すら顔を覗かせていた。
──しかし、そんなことは許されない。いくら彼女の思いが異質で未知のものだったとしても、それを頭ごなしに否定して目を背けていいわけがない。
だがしかし、しかしである。興奮して暴走状態のような狂愛ちゃんに、真面目に返事をして諭すだけで収まるだろうか。
……収まらないだろうなぁ。
ただの推測ではあるが、茜と同様に考えるのであれば、ただ言葉を弄するだけで熱が冷めるとは到底思えない。
さて、どうしたものか。
そう考えていると、狂愛ちゃんはうつむいて額を押しつけてきた。
「葉雪さん、こんな異常な女の子は、嫌ですか……?」
「──」
いつもより低い、儚げな声だった。
顔は見えないが、狂愛ちゃんの心情はなんとなく察せられる。
……いや、言葉を弄する必要なんてなかったな。そんな無粋なことなぞ、狂愛ちゃんに失礼だ。
なにが冷静だ。真剣に応えねばと言っておきながら、茜たちと同様に相手しようとしていた。茜たちと狂愛ちゃんの区別すらしていなかった。
バカか俺は、狂愛ちゃんは狂愛ちゃんだろ。茜たちとは違う。逆も然り。
はぁ、と小さくため息を溢し、狂愛ちゃんの肩を押す。
「ごめん、俺は狂愛ちゃんの思いに応えられない」
「……やっぱり、ワタシが異常だからですか?」
その質問に対し「違う」と答え、狂愛ちゃんの名前を呼ぶ。
ゆっくりと狂愛ちゃんが顔を上げ、目が合った。
「確かに、狂愛ちゃんみたいな子は初めてで、びっくりはしたけど……おかしいとは思わないよ」
惚れっぽいのがなんだ、飽きっぽいのがなんだ。そういった性格が人の目に悪く映ることはあるだろうが、そんなのはどうでもいい。
「俺は会って数日の、しかもお互いに知らないことばかりの子と付き合うことはできない。そんなのは誠実じゃない、そう考えてる」
だから狂愛ちゃんが嫌ってわけじゃないよ、そう伝えると、狂愛ちゃんは呆けた様子で固まった。
そして少しして、狂愛ちゃんの頬を涙が伝った。ゆっくりと、静かに。
「大変かもしれないけど、もっと自分と向き合ってほしい。そしてできれば、好きな人ができてもストーキングはやめてほしい、かな。それで喜ぶ人ってほとんどいないと思うし」
返事はない。俺は続ける。
「もし好きになった相手のことを知りたいなら、つけ回すんじゃなくて、相手と話して知っていけばいいと思うよ。まぁ、恋人いない俺が言っても説得力ないけどな」
そう笑っても、狂愛ちゃんは口を開かない。
無反応すぎて、俺がスベっているのかドン引きされているのかさっぱりだ。
「狂愛ちゃんと付き合うことはできない。けど関わるんじゃなかったなんて、思わない」
そう伝えると、今まで身動きのなかった狂愛ちゃんが微かに揺れた。
そして再び俺を見上げ、
「やっぱり、葉雪さんが運命の人ですよ。もぅ」
今までの狂気じみた雰囲気はなく、どこか照れたような口調でそう溢した。
「ごめんね、狂愛ちゃん」
「いいえ、大丈夫です。……今日はまた帰りますね」
また偶然会えたら話しましょう。そう言って踵を返した狂愛ちゃんに、「あぁ」と短く返す。
今度は本当に偶然だと、助かるな。
こうして、狂愛ちゃんとの事件(?)は解決したのであった。めでたし、めでたし。
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