67話 妹と星空の下
お久しぶりです。
無人島から帰ってきた日の夜。
夕食を済ませた俺たちは、この一週間でほとんど訪れていなかった山に来ていた。
どうして最終日前日の夜まで来なかったのかというと、ぶっちゃけ海で遊んでいるほうが楽しかったからだ。
しかし、無人島のとき同様に楓ちゃんが思い出すカタチで、俺たちは山を登ることにした。
その楓ちゃんが思い出したモノとは──
「わぁ、綺麗ですね、お兄ちゃん」
山頂に到着してすぐ、茜が夜空を見上げ声を弾ませる。
茜に倣い視線を上げると、そこには無数に輝く星々が澄んだ夜空を装飾していた。
絶景だ──そんな貧相な感想しか浮かばないほど、この光景に見惚れてしまう。
楓ちゃんが厳人さんから教えてもらったのは、この星空を眺められる山頂のことだった。
標高はそこまで高くはないが、山頂は木々が伐採され開けており、見上げれば星が点々と輝く夜空を存分に堪能することができる。
もうこれ観光スポットって売り出してもいいと思うんだけど。
しかし、そうすればこのキレイな空間が汚染されてしまうのは明白の理。いや、羽真グループ社長の私有地だと言えば、皆キレイにするだろうか。
そんなくだらないことを考えていると、「疲れたぁ」と魅音ちゃんが膝に手を突いた。
「とりあえず、レジャーシート敷こうか」
「うん」
「そうですね」
俺は肩に掛けていた鞄から大きめのレジャーシートを三枚取り出し、茜や楓ちゃんと協力して広げていく。
これくらいの広さがあれば、全員座れるだろう。
レジャーシートを三枚敷き終わると、まっさきに座ったのは一応最年長(見た目は最年少レベル)のかすみん。
魅音ちゃんより早く来るとは、なんというか、かすみんらしくはある。
「葉雪、酒」
「持ってきてないぞ。というか未成年に酒をねだるんじゃない」
そう返すと、かすみんは「はぁ」とため息を溢す。なんとなく「使えないやつだ」という意図を感じてならない。
「じゃあなにがあるんだ?」
「そうだな。ノンカフェインのアイスティー、麦茶があるぞ」
「味気ない選択肢だな」
「わがままを言うんじゃない。俺がみんなの健康を気にかけて選んだんだぞ」
今は星がきれいに輝く夜。ジュースやカフェインの多い飲み物は避けるべきだ。
育ち盛りの小・中学生もいるし、兄として気にかけるのは当然なのである。
「ったく、葉雪は相変わらず過保護だな」
「過保護じゃないぞ、愛しているんだ」
いや、過保護気質なのは否めないが……。
俺がそう反論すると、かすみんはなぜか目を見開き頬を赤らめた。
よく見たらかすみんだけでなく他の妹たちも同様の反応をしている。
その反応に首を傾げていると、かすみんは咳払いをして「じゃあ麦茶」と手を差し出してきた。
俺は鞄から水筒とコップを取り出し、オーダーの麦茶を注いでかすみんへ渡す。
「麦茶だ」
小麦色の液体を口に含み、当たり前の感想を溢す。
「そりゃ麦茶だからな」
そう相槌を打ち、俺はぞろぞろと座り出す妹たちに注文を聞き渡していく。
それから妹たちに倣ってシートに座ると、真っ先に茜がやって来た。
「ふふっ、お兄ちゃんの隣は私だけの特等席ですっ♪」
腕を絡め頬擦りをしてくる茜に、苦笑が溢れる。
どこからか「羨ましいです……」や「あかねぇズルい!」という声が聞こえてくるが、茜はどこ吹く風と聞き流す。
まったく、茜はホント変わらないな。
◇妹◇
「ところでお兄ちゃん」
「どうした茜?」
それからしばらく、星を眺めてたまに星座などを解説していると、麦茶を飲みながら茜が袖をクイクイと引っ張ってきた。
「こういう夜空の星を眺めるイベントって、冬の寒い中コーヒーを飲みながらするものだと思うんですけど」
その認識は大分偏っているが、わからなくはない。むしろ俺のラノベが原因だろう。
コーヒーの入ったコップから湯気が上がるところがミソ。
「そうは言ってもな、今は冬じゃなくて夏だし」
「わかってますけど。今回の旅行で海と水着、島と夜空で天体観測って盛りすぎじゃないですか?」
「なにを言ってるのかまったくわからないんだが」
そういう発言はいろいろとアレだから控えてくれ。
「まぁ、私は苦いのは苦手なのでコーヒーは飲みませんけどね。あっでも、お兄ちゃんの苦いモノなら……っ♡」
「あーはいはい、そんなものはないからな」
いつものように暴走しだす茜の頭に手を置いて、俺は遮るように撫でる。
すると茜は嬉しそうに「あぁん♪」と声を漏らした。
何度目だろうか、このやり取りは。
それはそうと。
「みんな、近くないか……?」
大きめのレジャーシートを三枚寄せてなんとか全員が座れたのに、気づけば今はほぼ一枚半くらいのスペースに集まっていた。
「そんなことないと思いますよ。葉雪にぃさんの気のせいです」
「そうですよー♪ センパイの気にしすぎです♪」
「細かいことを言ってると器が小さくなるぞ」
「気のせいじゃないと思うけど……まぁいいか」
楓ちゃん、司音ちゃん、かすみんのまるで口裏を合わせたかのような返答に、俺は考えることを止めた。
もう慣れたことだし。
なのでこのあと訪れるナデナデ地獄(天国?)も、当然予測済みである。
まぁ撫でるのも好きだし、いいけどね?
それからは特になにもなく、各々で星空を楽しんだ。
光月、朝日、蓮唯ちゃん、凉ちゃんの四人は夜空を見上げては楽しそうに談笑を。
波瀬姉妹は、司音ちゃんにからかわれたらしい魅音ちゃんが、威圧感ゼロで姉を睨んでいた。
かすみんはシートの端のほうで横になり小さな寝息を立てていた。それでいいのか大人よ。
そして楓ちゃんと夜花ちゃんという意外なペアは、二人とも星好きということで星座の話に花を咲かせていた。
そして残る茜はというと、相変わらず俺の肩に頭を預け、特に騒ぐでもなく静かに星々を眺めている。
「お兄ちゃん、見てください。星も綺麗ですけど、月もけっこう輝いてますよ」
「そうだな」
満月とも半月とも見えない中途半端な形の月を見上げ、頷く。
スーパームーンであったり、特別輝いているわけではないが、ほどよく存在を主張しつつ暗青色の海の調和を取っている。
この特別ではない、しかし特別感のある光景に、遊び続けた一週間の疲れが癒されていくような気がした。
散々遊んだなぁ、ホント。もう海とか飽きるレベルで遊び倒したなぁ……。
「お兄ちゃん」
「ん? どうかしたか、茜」
濃密だった一週間を振り返っていると、不意に茜に呼ばれ我に返る。
「こんなロマンチックな雰囲気だと、キスしたくなりますよね」
「はいはい、そうだな。──ってしないからな?」
「むー、どうしてですかお兄ちゃん」
キス顔で迫られ押し返すと、なぜか茜は不満げに頬を膨らませた。
どうしてと聞かれても。
「俺はそうだなって頷いただけで、一言もしたいとは言ってないぞ」
「そうですけど、してくれたっていいじゃないですか」
「ハジメテはとっくに済ませてますし」となぜか説得を試みる茜に、俺は「しない」と拒否の姿勢を崩さない。
雰囲気に身を任せるのはいいかもしれないが、相手は茜だし。今までたくさんしてきただろって突っ込みは受け付けないからな。
それに今は二人っきりというわけでもないから、純粋に恥ずかしい。
加えて茜とキスすると、そのあとに起こることが容易に想像できてしまう。だからしないのだ。
「お兄ちゃんのイジワルー」
「なんとでも言ってくれ」
「もー、お兄ちゃんのケチ。仕方ないので、代わりに私のこと褒めてください」
そう言って期待の眼差しを向けてくる茜に、俺は「わかったよ」と答える。
「茜は本当に可愛いな。この星空よりも輝いて見える。自慢の妹だよ」
「っ~~~! お、お兄ちゃんはこういうとき、平然とそういうことを言ってくるの卑怯ですよ、ホント……」
「……茜って、攻撃力高いけど防御力は紙だよな」
「しっ、仕方ないじゃないですか! 普通に『好き』とかならしっかりと受け止められますけど、その、今みたいに連発されると嬉しさが限界を超えるんですよ!」
「お、おう」
茜の力説に気圧され、生返事を返してしまう。
なるほど、そういうことだったのか。
「まったく、乙女心を弄ぶなんて、お兄ちゃんには責任を取ってもらわないといけませんね」
「え? 俺そんな弄んでたっけ?」
ふんすと鼻を鳴らす茜に、つい笑ってしまう。
そんなやり取りをしていると、突然かすみんがやって来て俺の膝の上に頭を乗せ横になった。俗に言う膝枕である。
「あのー、かすみんや、なにしてんの?」
「なに、丁度いい枕を見つけたから寝てるだけだ」
唐突な行動に戸惑いながら尋ねると、若干不機嫌そうな声でかすみんはそう返した。
えっとこれはもしや、嫉妬というやつ? 茜にばかり構ってズルい!的な。
ため息を一つ。俺はかすみんの頭に手を乗せ優しく撫でてやる。
「いつも頑張ってすごいな、かすみんは。こうしてると少しバカっぽいけど、学校じゃちゃんと先生してて、純粋にかっこいいと思う。でも詰め込みすぎないでくれよ?」
俺は茜にしたように、かすみんのことを褒めまくった。
すると横顔ではあるが、かすみんは満足そうに口角を上げ「そうか」と頷く。
「葉雪にぃさん」
途端、今度は背後から楓ちゃんに声をかけられた。
なぜだろう、声音は穏やかなのに冷や汗が……。
「ど、どうしたんだ、楓ちゃん」
「いえ。ただ、公平性って、大切ですよね」
そう語る楓ちゃんの視線は、俺の膝枕でご機嫌に寝ているかすみんに向いていた。
つまりそういうことなのだろう。
すごいデジャブ。
それから俺は、交代交代に妹たちに膝枕をするのであった。
◇妹◇
それからは平穏(多少のいちゃいちゃはあったが)に時を過ごし、気づけば十時を過ぎていた。
魅音ちゃんや凉ちゃんなど低年齢組が、眠たそうに目を擦っている。
「そろそろ帰るか」
「そうですね。もうそろそろ寝る時間ですし」
みんなを代表してなのか、楓ちゃんが首肯した。
「凉ちゃん、魅音ちゃん、歩ける?」
レジャーシートを片付けながら、特に眠たそうな二人に尋ねると、二人は無言でゆっくりと頷いた。
少し不安だが、まぁちゃんと気を配っていれば大丈夫か。
こうして、俺たちの一週間旅行の最終日は幕を閉じたのだ。
「お兄ちゃん、月がきれいですね」
「そうだな」




