66話 最奥の池
半年近く更新しなくてすみません!
ナデナデ地獄(天国?)を経て昼食を済ませた俺たちは、無人島の樹海を探索していた。
もちろん日焼け止めと虫除けスプレー、そして水着の上からラッシュガードを羽織り防御力は多分万全だ。
「それにしても、虫多いな……」
俺は忌々しいやつらを木の棒で払いながら呟く。
さすがは人の手が加わっていない森。普段じゃ見ないくらい大きい虫がさっきから平気で近寄って来る。
そのおかげ──じゃなくてせいで、妹たちが俺に抱きついてきて、少し夢心地だ。……普段と変わらなくね?
やはり虫は嫌いなのか、記憶しておこう。
「なぁ、本当にこのまま行くのか?」
「あ、当たり前です。こうしてわざわざ無人島に来たんですから、夏の魅力に当てられ開放的になったところで、お兄ちゃんと乱れ交わるんです。ぐへへ、木を支えにしてお兄ちゃんに後ろから──」
「そろそろ帰ろうか」
「冗談だから待ってくださいよぉ!」
早口で欲望を垂れ流しにする茜をおいて回れ右すると、慌てた様子で茜が再度抱きついてきた。
腕に細やかな膨らみがその存在を主張してくる。
「ところで楓ちゃん、この森の中ってなにかあるの?」
この森に潜ってしばらくするが、特に素晴らしい景色なんかは見当たらない。
あるのは武骨に成長した木々と都会では見かけないサイズの虫ばかり。
これでなにもないという答えが帰ってきたら、本格的に行き先を見失うのだが──
「え、ええっと……」
この反応は、つまりそういうことだろう。
まぁ楽々一週できるサイズの島だからな。うん、仕方ない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は申し訳なさそうに俯いてしまった楓ちゃんの頭を撫でてやる。
「あ、あぅ……。ありがとうございます、葉雪にぃさん」
「ん、あぁ。それにしても、なにするか」
「ならこの木々を背景に野外セッ──」
「ちょっと黙ろうなー」
熱中症を疑うほど飛ばす茜の口を塞いでから、俺は後ろをついてくるみんなを向く。
「なにかしたいことあるか?」
「虫取りー!」
そう尋ねると、真っ先に朝日が挙手をして答える。
「残念だが、虫取りの道具は一切ない」
掃除道具からバーベキューセットまで持ってきたが、虫取りは想定しておらず持ってきていなかった。
「じゃあ木登り!」
「危ないからなぁ」
続けて蓮唯ちゃんが意見を出してくれるが、安全面上の問題で却下。
以降は、アクティブな二人が交互に候補を上げるがいい案はなく、かれこれ数分。
もう戻ろうという空気の中、楓ちゃんが「そういえば」と手を叩いた。
「そういえば、父がこの島の中央に綺麗な池があるって言ってました」
「綺麗な池、か」
こんな無人島の、森の奥にある綺麗な池。そんなの……神秘的すぎるだろ!
楓ちゃんの話を聞き、俺は一つの風景を思い浮かべる。
「よし、じゃあその池に行くか!」
「はいっ」
──と意気込んだものの、方向感覚が狂う森の中をふらふらと歩いていたせいでなかなか中央に辿り着けず。
やや日が傾き始めた頃。鬱蒼と茂った枝葉の先に、やっと見つけた。
「ここが──」
海と同じくらい澄んだ水面にはゴミ一つ浮かんでおらず、乱反射した光が神聖さを演出している。
まさに秘境と呼ぶに相応しい池だ。
人の手が入っていないのに、どうしてこう綺麗な状態を保てているんだろうか。
「──すげぇ」
そんな疑問も目の前の光景にすぐ消え去って、貧相な感想が口から漏れる。
「そうですねー」
そう頷きながらなぜか抱きついてくる茜の頭を撫でつつ、この場所を教えてくれた楓ちゃんに「ありがとう」と感謝を伝える。
「そんなっ、私はただ父に教えてもらった場所を伝えただけなので、お礼を言われるほどのことでは……」
「そんなことないよ。こうしていい思い出がまた一つできたんだし。だからありがとう、楓ちゃん」
「えっと、その…………はい」
楓ちゃんはしばらく視線を泳がせてから、やがて静かに頷いた。
やっぱり楓ちゃんは可愛いな。
そう和んでいると、茜に横腹をつねられた。
微妙に痛いからやめていただきたい。
「……私が抱きついてるのに、楓さんのことばかり考えてるからです」
いまだ抱きついたままの茜が、膨れっ面でそう呟く。
だからそう簡単に心を読まないでくれと何度も……。
なんてもう言い飽きた突っ込みを胸中で呟きながら、俺は「ごめんごめん」と少し乱雑に茜の髪を撫でてやる。
すると茜は少し不満そうに「もぅっ」と口にしつつ、口角を上げた。
なんやかんや機嫌が戻ったようだ。
「ところで、この池って入っていいのかな?」
「どうなんでしょう。父は母とただ眺めていただけと言っていましたけど」
んー、まぁたしかに、こんな綺麗な池に入るのは気が引けるな。
「なら、この池を背景に写真撮らないか?」
「それはいいですね」
俺の提案に、楓ちゃんは目を輝かせて手を合わせる。
腕に挟まれ胸の谷間が強調されて、つい視線がそこに向かってしまう。
耐えろ、耐えるんだ俺……っ!
強烈な誘惑を鋼鉄の如き精神でなんとか拒絶しつつ、俺はみんなに声をかける。
「お兄ちゃん、並びはどうしますか?」
「んー、まぁ無難に身長順でいいんじゃないか? クラスの集合写真みたいな感じで」
「そうですねぇ。それでもいいですけど、それだと池があまり目立たないような気がします」
「たしかになぁ」
茜の指摘され再考してみるが、いい構図が思いつかない。
よくよく考えてみれば、池が映える構図ってなんだよ。インスタ映え大好きなJKでも知らないだろ。
そう悩んでいると、無言組の一人であるかすみんが「ちょっといいか」とこちらにやって来た。
「あれだろ、葉雪は全身を入れようとしてるだろ」
「え? まぁそうだけど。だって勿体ないだろ、みんな可愛いのに」
「うっ……、お前はよくもまぁそんなことを易々と言えるな。それはともかく……」
かすみんはラッシュガードのポケットからスマホを取り出し、みんなに指示を出していく。
「……私じゃ腕が短いな。葉雪、私の言った通りに構えてくれ」
インカメ状態のスマホを渡された俺は、かすみんの指示通りスマホを高く構える。
するとどうだろう。画面の下側には俺たちの顔が、そして上には日光を反射して煌めく池が写っているではないか。
なんだこの神構図は。
「一番年上のかすみんが、まるで現役JKみたいなスキルを……」
「なんだ葉雪、夏休みの課題を倍にしてほしいのか?」
ちょっと感動していると、全然笑っていない笑みを浮かべたかすみんが俺の肩にポンと手を置いた。
なぜだろう。やけに肩が重い。
かすみんの圧に、俺は「なんでもないです」と引き下がる。
「じゃ、じゃあみんな撮るぞ」
俺が合図を出すと、みんなは池の反射光に負けないくらい眩しい笑顔を浮かべ──カシャ、とシャッター音が鳴った。
これは、なかなか綺麗な一枚ができたな。
そう満足しつつ時間を確認すると、午後の三時を過ぎていた。
そろそろ戻るべきかな。あまり広さはないとはいえ、三十分以上林の中を歩いていたわけだし。
俺は一枚池だけの写真をカメラに収めてから振り返り、「そろそろ帰ろうか」と提案する。
「そうですね。あまり長くいても虫に刺されてしまいそうですし」
「私も同意見だ。疲れた」
「霞さんはまったく取り繕わないですね……。まぁ私も疲れましたけど」
頷く楓ちゃんに、かすみんに突っ込む茜。
「じゃあ帰るか。ってすぐに動いても大丈夫か?」
俺は地面に腰かけている凉ちゃんや魅音ちゃんにそう尋ねる。
「えっと、私は少し休みたい、です……」
「魅音もちょっと、足が痛いです……」
まぁ、そうだよな。
比較的平坦だったとはいえ、地面に張った太い木の根や多少の凹凸のあった道をしばらく歩き続けていたのだ、体力に自信がない鈴ちゃんたちにはつらかっただろう。
まぁ数分待つくらいはどうってことないが、そうだな……。
「他に足がつらいのはいないか?」
「お兄ちゃん、私もう足が棒のようなのでお姫様抱っこしてくださいっ!」
「茜は大丈夫だな」
「お兄ちゃん!?」
まだ余裕の見られる茜は流して、他の妹たちに目を向ける。
「わ、私は大丈夫、です」
「私も大丈夫ですよ! あっでも、センパイにお姫様抱っこしてもらうのは魅力的ですねぇ~♪」
夜花ちゃん司音ちゃん後輩組は大丈夫らしい。
「「だいじょーぶ」」
そして光月と朝日も声を揃えブイサインをしてみせる。
「私はもちろん大丈夫だよ! なんなら今からでも走れるよー!」
「蓮唯ちゃんは元気だなー。でも足場があまりよくないし、危ないから走るのはやめときな?」
両手を広げ元気さをアピールする蓮唯ちゃんにそう返す。
つまり凉ちゃんと魅音ちゃん以外は大丈夫ってことか。
「なら凉ちゃんと魅音ちゃんの足が回復するのを待とうか」
「ふぇっ、そ、その……すみません……」
「魅音たちのせいで……ごめんなさい」
「そんな謝らないでくれ、べつに責めてるわけじゃないから。まぁ綺麗な池の前で談笑するのもいいだろ?」
しゅんとしてしまった二人に、俺は慌ててそう言いながら頭を撫でてやる。
するとすぐに暗かった顔に笑顔が咲いた。
「お兄ちゃん! 私の頭も撫でてくださいよぉ!」
「まったく、さっきまで撫でてただろ?」
そうしてまたナデナデ地獄(天国?)が再開し、しばらくして俺たちは船で別荘に戻るのであった。
余談だが、帰りの船の中で茜が「お兄ちゃんと無人島えっちできなかったぁぁぁ……」と嘆いていた。なんというか、突っ込むのも疲れた。




