40話 少しの変化
楓ちゃんのあの言葉には、一体どんな意味があるんだろうか。
楓ちゃんとはあれから一言も話さず家まで帰った。
日が変わる直前の時間。
俺はベッドに横になり、ずっと楓ちゃんのことを考えていた。
目を閉じれば、楓ちゃんの言葉が甦る。
──葉雪にぃさんの言葉、私信じますからね。
「……はぁぁぁっ」
ふと、口からため息が漏れる。
いくら考えても、楓ちゃんの真意が分からない。
ダメだ。今日はもう止めよう。全然考えが纏まらない。
俺は目を閉じ、無理矢理眠りに就いた。
◇妹◇
日曜日。早朝。
俺はいつもの公園で黒藤さんを待っていた。
肌を撫でる風まだ冷たい。
「はぁ」
俺はベンチに腰掛け、昨日のことについて考えていた。
分かっている。こういうことは、考えすぎると答えが出ないって。
俺はもう一度ため息を漬いて、思考を切り替える。
「せーんぱーい」
待つこと十分。ようやく黒藤さんの声が聞こえてきた。
「あ、黒藤さ──」
俺はベンチから腰を上げ、声の方へ目を向け、そして唖然とした。
黒藤さんが、とても綺麗に、美しく、可愛くなっていた。
それも、メイクの類いではない。オーラが、黒藤さんを包んでいるオーラそのものが変わっているのだ。
前までの暗いモノは、もう完全に消えている。
正直──すっげぇ可愛い。
「先輩、おはようございます!」
俺は黒藤さんの挨拶に、意識を取り戻す。
ま、まさか、この俺が見惚れるなんて……
「あぁ、おはよう」
「その、どうですか?」
「どうって……」
「私、変われました?」
「勿論。もう黒藤さんをいじめようなんて思う人はいないよ、絶対に」
断言できる。これでまだ根暗とか言おう者は、感覚が狂ってる。どこぞの修造ですらさわやかと答えそうだ。
黒藤さんは「そうだと、いいです」と言い、微笑んだ。
その笑顔は、金曜日よりも自然で、とても可愛かった。
「なぁ、昨日は茜となにをしたんだ?」
俺はつい気になり、黒藤さんに訊ねる。
「特別これといったことはしてませんよ。心構えや、上手に笑うコツを教えてもらっただけです」
まじか。茜凄すぎるだろ。
「先輩は、私のこと……可愛いと思いますか?」
黒藤さんは、少し震えた声で訊ねてくる。
「あぁ、すっげぇ可愛いよ」
「あぅぅぅ……そんな真っ直ぐ言われたら照れちゃいますよぉ」
黒藤さんは朱色に染まった頬に手を当て、少しだらしなくにやける。
「ホント、可愛くなったよ。もし俺に妹がいなかったら惚れてたかもな」
冗談混じりにそう笑うと、黒藤さんは表情を曇らせる。
「そう、なんですよね。……先輩は」
「えっとぉ、黒藤さん? どうかした?」
俺が訊ねると、黒藤さんは「なんでもないです」と暗い笑みを浮かべる。
なんでもない、のか……?
「それよりも、行きましょ先輩」
先程までの暗い雰囲気を払って、黒藤さんはいつもの微笑みを浮かべた。
◇妹◇
時刻は八時過ぎ。朝食も食べ終わり、いつもならゆっくりしている時間──
俺は正座をしていた。
待って。お願いだから逃げないで。ほら、ブラウザバックしないで。
これには深ぁぁぁぁぁ──い理由があるんだ。……いや、もしかしたら違うかもだけど。
目の前では茜が腰に手を当て仁王立ちをして、若干陰った深紅の瞳で俺を見下していた。
なんだこの光景。
何故茜が怒っているのか、まぁ分かるよな?
昨日の楓ちゃんとのデートで、俺がネックレスをプレゼントしたことや、俺が楓ちゃんに〝大好き〟と言ったことが、もう我慢ならないらしい。
いやぁ、昨日の楓ちゃんも結構アレだったけど、やっぱり茜が一番独占欲強いなぁ。
俺は茜の顔を見て、苦笑した。
「お兄ちゃん、なに笑ってるんですか?」
「おっと、ごめんごめん。何でもない」
「それでお兄ちゃん、分かってますよね?」
「あぁ、分かってるよ。ちゃんとデートもするし、プレゼントもする」
「……プレゼントは宣言したら楽しみが半減すると思うんです」
た、確かに……。いや、自分から言ってるんだから、半減もなにもない気が……
と考えていると、キッと茜が睨んできた。
ご、ごめんなさい……
「それじゃあお兄ちゃん、私にも大好きって言ってください」
やっとこさ正座から解放された直後、茜は笑顔でお願い(強制)してくる。
俺は「コホン」と咳をしてから、茜の耳元で、
「……愛してるよ、茜」
と囁いた。
茜は驚き耳を押さえ、顔を真っ赤にしてプルプルと震える。
「おおおっ、お兄ちゃん! それは卑怯ですよ!」
そう言う茜の顔は、歓喜の色に染まっていた。
可愛い。
「そ、それじゃあ私は部屋に戻りますねっ」
「おう」
俺は茜が出ていったあと、ベッドに横になり読書を始めた。
◇妹◇
午後は蓮唯ちゃんや凉ちゃんに勉強を教え、茜と一緒にベッドでラノベを読んだりして過ごした。
いやぁ、まったりした休日っていいなぁ。
楓ちゃんも、昨日のことを気にする素振りを見せず、本当にまったりとした休日になっていた。
──あのときまで。
時刻は午後十時過ぎ。
茜たちが上がったことを確認して、俺は風呂に入った。
頭から体まで、隅々まで洗い、そして湯船に浸かる。
「あぁぁぁぁぁ……」
オッサンみたいな声を出し、ふと天井を見上げる。
そういえば、いつも天井って真っ白だよな。カビなんて見たこともない。
前々から気になってはいたのだが、どうなっているんだろうか。
カビが生えにくい素材を使っている。……ありそうだけど違うかなぁ。普通に掃除している? いやいや、高さは四メートル以上あるし、毎日じゃなくても掃除するのは大変だ。それにする人がいない。
「なんでだろうなぁ」
「なにがですか?」
「んや、天井とかカビ一つないし、どうなってんだろうなぁって」
俺は突然投げ掛けられた質問に答える。
──……ん? 待てよ、俺今一人で入ってた筈だよな?
俺は慌てて入り口の方へ目を向ける。
なんとそこには、バスタオルを見に巻いた楓ちゃんが立っていた。
「かっ、楓ちゃん!?」
「どうかしましたか、葉雪にぃさん」
楓ちゃんはあっけらかんとした表情で「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」と言う。
「いや、だって……。楓ちゃんはもう風呂に入っただろ?」
「そうですけど。葉雪にぃさんが私を避けてるからですよ?」
「えっ? 俺が楓ちゃんを避けてる……?」
全く身に覚えが…………あるわ。昨日のことが気になりすぎて、楓ちゃんと距離を置いてた……かもしれない。
「私、寂しかったんですよ?」
「それはごめん」
俺が頭を下げると、楓ちゃんは「大丈夫ですよ」と微笑んだ。
楓ちゃんはゆっくりと近付いてきて、そしてバスタオルを外して湯船に浸かった。
「ちょっ、楓ちゃん!?」
俺は手で自分の視界を遮る。
あ、危ないっ。なんとか全部見える前に隠せた……
「葉雪にぃさん、私を見てください」
ふぅっと、耳に吐息が掛かる。
「──~~~っ!?」
俺は驚き後ろに下がる。
「か、楓ちゃん?」
「まずその手を退けてくださいよ」
「……分かった」
俺はそう返し、ゆっくりと手を下ろした。
瞬間、目に入ってきたのは──楓ちゃんの美しく実った胸だった。
「はぁっ!?」
俺は慌てて目を逸らす。
「どうしたんですか、葉雪にぃさん」
表情は見えないが、楓ちゃんの声は笑っていた。
絶対楽しんでるよ……
「……楓ちゃん、その、隠してくれ」
「えぇ? ナニを隠すんですか?」
なんだろう、楓ちゃんが茜っぽくなってしまった。
そう思っていると、楓ちゃんから鋭い視線が送られてくる。
「葉雪にぃさん、こんな時でも私以外の女の子のことを考えるんですね」
拗ねたような声音でそう言う楓ちゃん。
「もういいです。今日は出ていきますよ」
……今日はって、また来るつもりなのか。
楓ちゃんは「おやすみなさい、葉雪にぃさん」と言い残し、風呂場を出た。
「…………はぁ、なんか大変なことになりそうだなぁ」
俺は天井を見上げ、そう呟いた。
◇妹◇
楽しい時間とは、早く過ぎ去るモノだ。
そう、本当に早く過ぎていく。
……だって、もう月曜日だもん。
現在の時刻は午前五時半。黒藤さんとランニングをする時間だ。
いやぁ、気持ち的にはついさっきまで日曜日だったんだけどなぁ。ホント、時間が経つのって早い。もっと日曜日を満喫したかった。
「……先輩、なに一人で頷いてるんですか?」
「ん、あぁいや、なんでもないよ。行こっか」
知らぬ間に隣に来ていた黒藤さんに俺は少し驚きながらも、平然とベンチから立つ。
黒藤さん、異世界に行ったら暗殺者とかなれるんじゃないかな。
俺は素でそう思った。
走ること二十分。ランニングは終わり、今は黒藤さんをマンションまで送っている。
いやぁ、今日も凄かったな。黒藤さんの胸。
今日の黒藤さんはいつもよりペースが速く、いつも以上に揺れていた。
これ、口にしたらセクハラで訴えられるな。少しは控えよう。
「あぁ、そうだ。黒藤さん、今日の皆の反応がよかったら、もう一緒に走るの止めよっか」
マンションの前。俺は金曜日から考えていたことを口にした。
すると黒藤さんは、まるで捨てられることを悟った子犬のように震えだした。
「そ、それはっ、どういう意味、ですか……?」
「うーん、意味を聞かれてもなぁ。強いて答えるなら、もう必要ないから、かな」
少し忘れそうになるが、もともとこうしているのは、黒藤さんのいじめを解決するためなのだ。
つまり、今日でクラスメイトたちからのいじめが終われば、必然的にこのランニングや茜の指導も終わる。
「……そう、ですか」
黒藤さんは表情を曇らせ俯いてしまう。
えっと、これはどうすればいいんでしょうかね?
「あっ、気にしなくても、これっきり関わらないってことじゃないからね?」
そう言うと、黒藤さんは静かに頷いた。
「えっと、それじゃあまた学校で」
「……」
結局、黒藤さんはなにも答えずにマンションの中へ消えていった。
……これって、どうすればいいんだろうな。
新たな悩み事に、俺はため息を吐いた。
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