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38話 楓ちゃんとデート その1

楓ちゃんのデート回です。可愛い。


 そして更に時間は過ぎて、待ちに待った土曜日。

 朝五時過ぎ。

 俺はいつも通り、公園で待ち合わせをして、黒藤(くろふじ)さんと走り込みをした。

 黒藤さんは運動神経がいいのか、初めの頃より断然速くなっている。

 多分、今では(あかね)と良い勝負ができるくらいには速いだろう。

 だが、黒藤さんは速く走ろうとは思わないだろう。

 何故なら……胸が大きく揺れるからだ。

 ご存知の通り、黒藤さんの胸は実妹&義妹(いもうとたち)の中でも一番大きい(かえで)ちゃんのものよりも大きいのだ。

 ランニングでも結構揺れるのに、走ったらとうなるか検討も付かない。

 

 ランニングを始めて三十分程が経ち、俺は黒藤さんをマンションに送ってから家に帰った。

 俺は着替えを片手に、素早く風呂に向かった。

 脱衣所ではラッキースケベは起こることなく、俺はシャワーで汗を流し、入念に体を洗う。


 なんたって、今日は楓ちゃんとのデートだ。途中で楓ちゃんに『汗臭いです』とか言われたら、数日は立ち直れない。

 デート相手が茜だったら、こんな心配はしなかったんだがな。と俺は静かに苦笑する。

 茜は匂いフェチ気味で、よく俺の匂いを嗅いでくる。だから、汗くらいは喜んで嗅いできそうだ。

 ……どうしてこんな変態に育ったんだろうな。

 俺は今は遠き父さんと母さんに謝罪し、風呂場を出た。

 

 こっちでもラッキースケベは起こることなく、着替え終えた俺は部屋に戻った。

 やはりと言うべきか、部屋のベッドに茜が腰掛けていた。

 

「お兄ちゃん、今日のご予定は?」

 こてんっと首を傾げ、尋ねてくる茜。

 その仕草は光月(みつき)(すず)ちゃん辺りが似合うんだよなぁ。

 と考えながら、俺は答える。

「楓ちゃんとデートだ」

 瞬間、茜の深紅の瞳からハイライトが失われ、部屋が冷気に包まれた。

 

「……ホントですか、お兄ちゃん」

 おもむろにベッドから立ち上がり、ゆらりと歩み寄ってくる茜。

 普通の人なら怯えて声も出なくなるだろうが、俺はもう慣れた。

 いや、慣れていいことなのか? ……まぁいっか。

「あぁ、ホントだぞ」

「……」

 茜は静かに、一歩、一歩と距離を詰めてくる。

 俺は一度ため息を吐いて、近付いてきていた茜の体を抱き締めた。

 部屋を包んでいた冷気は消え去り、茜は突然の俺の行動に「おおおっ、お兄ちゃんっ!?」と動揺を見せる。

「ほら、一回落ち着け」

 俺は左手で茜の背中を擦り、右手で頭をゆっくりと撫でた。

「あっ、そんな、二ヵ所同時だなんて…………はふぅ」

 どんどん茜の声から怒気は失せ、そして茜はだらしない笑みを浮かべた。


「……もうっ、今日は許します。前にも言いましたけど、私にも同じこと、してくださいね?」

 茜は体を離し、ちろりと舌を出してポーズを決める。

 可愛い。

「あぁ、分かってるよ。だから今日は出てった出てった」

 俺は茜の背中を押して、部屋から追い出した。

 最後に「お兄ちゃんは乱暴です!」と聞こえた気がしたかが、多分気のせいだ。……気のせいだ。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 着ていく服を決め、俺は着替えずに一度リビングに向かった。

 台所に立つと、俺は朝食を作り初めた。

 それから数分後に、楓ちゃんが部屋着でリビングにやってきた。

 

「はっ、葉雪(はゆき)にぃさん、おはようございます」

「おはよう、楓ちゃん」

 楓ちゃんは隣に来て、さっと手を洗うと同じように朝食を作り初めた。

 

 それから更に十分程経ち、朝食を作り終えたところで全員がリビングに来た。

 朝日(あさひ)蓮唯(れんゆい)ちゃんが率先して朝食をテーブルに並べ、そして各自席に着く。

 そして、合掌して皆で朝食を摂った。

 

 

 時刻は七時半。

 俺は服を着替え、玄関を出たところで楓ちゃんを待っていた。

 俺の服装は簡単に、上は白にロゴ入りのTシャツ、その上からグレーの上着を羽織っている。下は紺のジーンズ。

 まぁ、センスない俺からしたら、まだ無難なところかな。

 俺は自分の服を見て、小さく苦笑する。

 

 待つこと二十分。つまりは七時五十分。

 ガチャと扉が開き、白い妖精が姿を現した。

 勿論、その妖精とは楓ちゃんのことだ。


 楓ちゃんはほんのりと緑色が掛かった、白いオフショルダーのワンピースを纏っていた。ワンピースだけなのに、楓ちゃんの姿はとても様になっていた。

 全体的に白色ばかりなのに、何故かはっきりとおしゃれをしていると分かる。それに、髪や服が白いこともあり、楓ちゃんの宝石のような碧眼がより光を増している。

 なるほど。着飾らなくても、着(こな)すだけでここまでしっかりとするのか。

 そう思うと、たまに街中ですれ違うギャルとかが少し褪せて思える。

 

「えっと、葉雪にぃさん?」

 俺が無言で立ち呆けていたことが心配になったのか、楓ちゃんは前屈みになり、上目遣いで見つめてくる。

 やばい、これはちょっと反則だっ!

 俺は口元を手で隠し、素早く楓ちゃんから顔を逸らす。

 が、すぐに俺は失礼だと思い、改めて楓ちゃんを見つめた。

 

「えっと、その……似合ってるよ、すごい可愛い」

「あぅっ……あ、ありがとうございます、葉雪にぃさん」

 楓ちゃんは頬を朱色に染めながらも、眩しい笑顔を浮かべる。

 ──っ! あ、危ない危ない。危うく楓ちゃんを抱き締めるところだった。

 俺はあと一歩のところで思い止まり、楓ちゃんの手を掴んだ。

「は、葉雪にぃさんんんっ!?」

 楓ちゃんは驚き、声を上擦らせる。

「ほら、早く行こうか、楓ちゃん」

 俺が微笑み掛けると、それに釣られ楓ちゃんも天使のように微笑む。


「はいっ!」

 

 

   ◇妹◇

 

 

 俺たちはまず、駅に向かった。

 今回は楓ちゃんがどこに行くかを決めているらしいので、俺は手を引かれるまま楓ちゃんに付いていった。

 電車に乗り、四駅隣の場所で降りた。

 そこは丁度、自然と建物が程よく合間っているとこだった。

 

「さて、楓ちゃん、最初はどこに行くんだ?」

「そうですね、まずはあそこに行きましょう!」

 そう言いながら楓ちゃんが指差したのは、全国に支店を置く有名なショッピングモール、ニオンだった。

 最寄りの駅前にあるショッピングモールとは規模が全然違い、多分二、三倍の大きさがある。

「よし、じゃあ行こうか」

「はい」

 俺たちは恋人繋ぎをして、ニオンに向かった。

 

 

 ニオンに着き、俺たちは二階にある服屋に来ていた。

 勿論、この服屋も全国規模の有名な店だが、名前は出さなくても大丈夫だろう。

 そして服屋で突如始まった、楓ちゃんのプチファッションショー。

 俺は試着室の前に待機し、楓ちゃんは店内を回って様々な服を持ってくる。

 試着し終えると、俺はその服に感想を述べる。

 ただこれだけのことを、約三十分程していた。

 まだ時間には余裕がある。今日は思いっきり楽しむぞ。

 俺はそう意気込み、楓ちゃんの着替えが終わるのを待った。

 

 

 結局、あの服屋では何一つ買わず、次に俺たちが来たのは、三階にあるアクセサリーショップだ。

 ネックレスやペンダント、イヤリングや指輪など、様々なアクセサリーが置かれている。

 

「わぁ~♪ 葉雪にぃさん、すごい綺麗ですね!」

 楓ちゃんは一つ一つ手に取り、目を輝かせそれを眺めていた。

「あぁ、そうだな。値段の割りに見た目もしっかりしてる」

 俺は楓ちゃんから近い場所で、同じように手に取って見ていた。

 偽物だろうが、とても綺麗で作りもしっかりしている。

 いやぁ、茜たちとも来てみたいな。

 と考えていると、楓ちゃんがジト目で俺を睨んでいた。


「ど、どうかした?」

「葉雪にぃさん、いいですか? 葉雪にぃさんは今私とデートしてるんです。だから、今は私以外の女の子のことは考えないでください」

 そう言い、楓ちゃんはそっと抱き付いてきた。

 か、楓ちゃんも結構勘が鋭いな。よく女性は勘が鋭いって言うけど、ホントなのか。

 俺は楓ちゃんの珍しい一面に笑みを浮かべる。

「うぅぅぅうううっ」

 すると、楓ちゃんは両手に握り拳を作り、ポコポコと殴ってきた。ホントに、力なんて全然籠ってないもの。

 俺は楓ちゃんの頭を撫で、「ごめん」と一言謝った。


「いいですね? 今日は私のことだけを考えてください。……私だけを、見てください」

 チラリと垣間見えた、楓ちゃんの中に確かに存在する独占欲。

 最近は黒藤さんの件もあってあまり一緒にいられなかったからな。もしかしたら、少し欲が出てるのかもしれない。

「分かった。今日は楓ちゃんだけを見るよ」

 そう言い、俺は楓ちゃんをそっと抱き締めた。

 

 まぁ、店内でそんなことをしていたら、店員さんや他の客の目に付くわけで。

「~~~っ!」

 楓ちゃんは俺たちに視線が集まっていることに気付き、カァッと顔を真っ赤に染め、俺の胸に顔を埋めた。

 恥ずかしがる楓ちゃん、めっちゃ可愛い。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 先のアクセサリーショップで、俺はこっそりと楓ちゃんへのプレゼントを買っていた。さて、これはどこで渡そうかな。

 俺たちが向かったのは、同じく三階にある雑貨屋だ。

 こちらも全国規模の──って、もう説明面倒だわ。はい省略。

 

 雑貨屋で俺と楓ちゃんは手を繋ぎ、店内を見て回った。

 小さな動物の置物や、絵の描いてあるコップなど。様々な物があった。

 だが勿論、ここでも何も買うことなく、俺たちは雑貨屋を後にした。

 

 

 ふとスマホで確認すると、時刻は十二時になろうとしていた。

 そろそろ昼飯の時間か。

「楓ちゃん、そろそろ何か食べようか」

 俺はスマホの画面に写った時間を見せる。

「そうですね。私も少しお腹が空きましたし」

 そうと決まれば早速向かう。時間は丁度お昼時だし、パッと見ても客は多い。出遅れると長々と待つことになってしまう。

 俺は楓ちゃんの手をしっかり掴むと、フードコートや料理店のある一階に向かった。

 

 ギリギリ混む前に、俺と楓ちゃんはレストランに入った。

 奥の席に案内され、俺たちはその席に座る。

 俺はつい対面して座るものかと思ったのだが、何故か楓ちゃんは隣に座るよう促してきた。

 断る理由もないので、俺は楓ちゃんの隣に座ったが。

 

「えっと、カルボナーラ一つ、スタミナハンバーグ一つ、トマトサラダ一つで、ドリンクバーを二つ」

「かしこまりました。ドリンクバーはあちらになります」

 俺は注文をし終え、店員が奥に行ったのを確認すると、席を立つ。

「楓ちゃんは何を飲む?」

「えっと、紅茶をお願いします」

 俺は「分かった」と返すと、ドリンクバーのところへ向かった。

 

 注文してから五分程で料理は届いた。

 ここは結構早いんだな。

 俺と楓ちゃんは声を揃え「「いただきます」」と言うと、出された料理を食べ初めた。

 

「葉雪にぃさん、ハンバーグ美味しいですか?」

「ん、まぁ、レストランとしては普通かな。多分家で作った方が美味しい」

 うん、これは断言できる。俺が作った方が美味しい。

 俺の言葉に、楓ちゃんは控えめに笑った。

「そうですね、葉雪にぃさんの料理はとても美味しいですから。ハンバーグ、一口もらえますか?」

 俺は「いいよ」と返し、一口サイズに切ったハンバーグを楓ちゃんに差し出す。

「はい、あーん」

「あーむっ」

 楓ちゃんはハンバーグを咀嚼し飲み込むと、苦笑を浮かべる。

「確かに、美味しいは美味しいですけど、葉雪にぃさんの作った方が美味しいとは思いますね」

 おぉ、楓ちゃんもそう思うか。

「えっと、お返しにどうぞ」

 楓ちゃんはくるくるっとフォークを回し、カルボナーラを差し出してくる。

「はい、あーん」

「あーん」

 俺は恥ずかしがることなく、『あーん』をする。

 ふむふむ、まぁ普通かな。可もなく不可もなく。

「普通だね」

「普通ですね」

 それから俺たちは、たまに雑談をしながら昼食を食べた。

 

 

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