29話 お弁当
長らくお待たせしました。
無事二年生のリレーは赤組の勝利で幕を閉じ、続く一年生のリレーも赤組が勝利した。
三人四脚は白組の勝利で幕を閉じ、遂に午前最後の種目、男女別騎馬戦が始まった。
先に女子の騎馬戦が行われ、結果赤組六騎、白組十一騎が残り、白組が勝利した。
そして男子の騎馬戦なのだが──
「高木さん、次の勝負ですね。今回は勝たせてもらいますよ」
「笑わせてくれる。俺が時政くんに負けるわけないだろ?」
と、やはり喧嘩腰になり、開始直前まで挑発し合うことになった。
勝敗と言えば、白組が一騎残ったのに対し、俺たち赤組は七騎残し勝ちを掴み取った。
なお、白組の残った一騎は三年生のマッチョ系男子の騎馬だった。
時政くんのいた騎馬は俺が開始直後に奇襲を掛けて一瞬で葬った。
ふっ、油断大敵だぜ、時政くん。
◇妹◇
『午前の種目はこれにて終了です。これより一時間の昼休みになります』
と放送が掛かり、生徒たちはテントを離れ、家族の元に向かっていく。
もうお昼か。結構早いもんだなぁ。
「お兄ちゃん、お腹空いたよぉ」
茜はお腹を両手で押さえ、情けない顔をする。
「あ、悪い。それじゃあ行くか」
「うんっ」
俺は茜と手を繋ぎ、皆が待つ場所へ向かった。
「…………おー、まい、がー……」
着いて真っ先に出た言葉がそれだった。
俺の視線の先には、七波さんが朝早くから作ってくれた弁当が並んでいる。
ブルーシートに弁当、そして家族。これだけ見れば普通の体育祭の昼休みだ。だが、一つ、正確にはもっとあるのだが、異様なモノがある。
それは……弁当だ。
だってさ、おかしいんだよ。朝見たときは普通の家庭的な弁当だったんだよ? それなのに……今目の前にある弁当は、ほんの数時間前に見た家庭的な弁当とは掛け離れた、とても豪華なモノだ。
そう、例えるならば、銀座の高級料理店の中でも一番値を張る料理、もしくはコースのようなモノ。それが目の前の弁当箱に綺麗に詰められている。
おかしい、おかしすぎる。……実は七波さんって超が付く料理人だったり?
そんな疑問を巡らせていると、茜が腕をくいくいっと引っ張る。
「お兄ちゃん、どうかした?」
茜は目の前にある異様な弁当に、何一つ疑問を抱いていないようだ。
初めて羽真家に行ったときも、リアクションなかったよなぁ。
そう思いながら、俺は茜に「なんでもない」と返し、ブルーシートに腰を下ろした。
「ふむ、葉雪くん、いい戦いっぷりだったぞ」
厳人さんはまるで社員を誉めるかのように、堂々とした態度でそう言う。
「そうですね、特に騎馬戦でのあの動きは素晴らしかったです♪」
厳人さんの意見に、楓ちゃんはうんうんと頷きそう付け足す。
楓ちゃんあれだよね、ただ時政くんが俺に敗れてスカッとしただけだよね?
「「おにぃ、つよーい」」
「ははっ、あれは下の人たちが頑張ってくれただけさ」
光月と朝日にそう返すと、茜がうっとりとした表情で「流石お兄ちゃん、ちゃんと仲間の人を立てるなんて」と口にする。
俺は何をしても好感度が上がる呪いでも掛かってるのか? ありがとうございます!
「ふむ、下の者を立てるのは支配者として必要なスキル。葉雪くんは素質がある」
何故かこっちはこっちで一人納得している。
いや、俺は支配者になる気はないし。
「ねぇー、早く食べよー?」
と、蓮唯ちゃんが急かすことで、今までの変な流れは断ち切られた。
「よしっ、弁当食べて午後も頑張るか!」
「そうですね」
いただきます、と合掌し、まずはおにぎりを一つ掴む。
よく見れば、どれも豪華に見えるが庶民的な料理には変わりなかった。
俺は苦笑いを浮かべ、ぱくりと一口。
「う、旨い……っ!」
真っ先に出たのは、その一言だった。
まず塩加減がすごい。普通のスーパーに売ってるちょっと高めの塩でも、ここまで深い味は出せないだろう。一体どんな高い塩を使ったのか、とても気になる。
次に具材。入っていたのはなんと肉。梅干しや鮭、明太子ではなく肉。それもとても柔らかく、美味しい。
食感や味から、こちらも高いモノだと推定できる。
「あの、七波さん、この肉ってなんですか?」
「牛肉よ」
俺の問いに、七波さんはさも当然かのように答える。
これ以上深くは追及しないでおこう。そう心に決め、俺は更にもう一口とおにぎりを食べる。
うん、旨い……これは午後も頑張れる。
一つ目のおにぎりを食べ終わると、俺は箸を手に取りやたらと豪華なおかずに目を向ける。
さて、何から食べようか。
そうなやんでいると、隣から卵焼きが差し出される。
「お兄ちゃん、あーん」
とても眩しい笑みを浮かべる茜。
俺は素直に「あー」と口を開け、差し出された卵焼きを食べる。
「美味しいですか?」
「あぁ、美味しいよ。はい、お返しに」
俺は箸で肉(多分牛肉)を掴むと、茜の前に差し出す。
「あーん」
茜は大きく口を開け、ぱくりと一口。
幸せそうな笑みを浮かべ、肉を頬張っている。
「ふふっ、すごい美味しいです。お兄ちゃんにあーんしてもらえて美味しさ十倍ですね♪」
「ん、そりゃよーござんした」
俺はそう返すと、茜に差し出したのと同じ肉を掴み、口に入れる。
おぉ、これは確かに旨い。歯ごたえが良くて、味もしっかりしてる。旨い。
「……もしやこの箸で食べたら、お兄ちゃんと間接キスに」
俺が肉を頬張っていると、茜はなにやらボソリと呟く。
……気にしないでおこう。
と、そう思い、別のおかずを取ろうとすると、ふと視線が俺に集まっていることに気付く。
恐る恐る顔を上げると、光月、朝日、楓ちゃん、蓮唯ちゃん、凉ちゃんが俺をじっと見つめていた。
「ええっと、皆? 食べないの?」
そう訊ねると、送られる視線の鋭さが増した。
厳人さんと七波さんはニヤニヤと笑っている。助けてくれないのか。
「あの、葉雪にぃさん、私にも、あーんしてください」
と楓ちゃんが言うと、他の皆もそれに続き私も私も、とせがんでくる。
あちゃー、こうなったか。……まぁ、なんとなくは予想してたけど。
「えっと……分かった。それじゃあ光月から」
そう言うと、光月は目を輝かせる。
俺は海老(多分伊勢海老とか)を掴むと、光月の目の前に差し出す。
「あーむっ」
光月は控えめに口を開き、そして食らい付いた。
何故か光月はすぐには口を離さず、ねちゃっと音を発てながら箸を舐める。
そしてちゅっと口を離す。その時に唾液が糸を引き……ちょっと艶かしく思えたのは心に秘めておこう。
「おにぃ、ありがと」
光月は満足そうにそう言い、おにぎりを食べ始める。
「さて、次は……朝日だな」
そう言うと、朝日は「はーい」と返事をする。
「……これにするか」
そう呟き、俺はシューマイのようなものを掴み、朝日に差し出す。
「あーんっ!」
朝日は大きく口を開け、一口で食べた。
「美味しいか?」
「うんっ、すっごい美味しい!」
嬉しそうだ。うん、可愛い。
つい頭を撫でたくなり、三つの視線が刺さる。
そうだ、まだ待ってるんだ。
「それじゃ、楓ちゃん、はい」
俺は春巻きを掴み、楓ちゃんの目の前に運ぶ。
「はむっ、むっ……」
何故か楓ちゃんは春巻きを食べるのではなく、端の方から舐めていき、ゆっくりと口に含んでいく。
ちょっ、今は厳人さんたちもいるんだぞっ!?
俺は焦って春巻きを深く入れてしまう。
「んむっ!? もぐっ……葉雪にぃさん、いきなり深くするなんて……っ」
咀嚼し終えた楓ちゃんは、含みのある言い方をする。
厳人さんたちは今にも笑い出しそうに、口元を押さえている。
「……れ、蓮唯ちゃーん、あーん」
楓ちゃんは俺が無視したことに頬を膨らませる。が、今は気にしてはいられない。
蓮唯ちゃんは俺が差し出した唐揚げをぱくりと食べると、とても眩しい笑顔で「ありがとっ」と一言。その後恥ずかしそうに頬を朱に染め顔を逸らしてしまった。
か、可愛いっ……!
「にぃさま、あー……」
蓮唯ちゃんの反応に悶えている間に、凉ちゃんは口を開け待機していた。
俺はエビフライを掴み、タルタルソースを付けて凉ちゃんに食べさせる。
その際、口元にタルタルソースが付いてしまった。
凉ちゃんは咀嚼を止めると、ペロリと舌でタルタルソースを舐める。
「にぃさまの、とても美味しいです……」
顔を真っ赤にする凉ちゃんは、とても可愛かった。
やはり言い方に含みがあるのが気になるが、いちいち気にしてられない。
俺はなるべく触れないようにしながら、弁当を食べた。
とても美味しかったことをここに記す。
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