10話 後輩の妹
少し短いですが、お許しください。
今回から新しい話に突入ですよ♪
魅音ちゃんの人称を「私」から「魅音」に変更しました。
朝、五時。
俺はいつも通りにジャージに着替え、日課である早朝ジョギング(プラス筋トレ)を熟す。
家に戻り、シャワーで汗を流し制服に着替え一息吐くと、ふと脳裏に昨晩の記憶が甦る。そのせいで落ち着いていた俺の心は乱れ始めた。
恥ずかしさを追い出すように頭を振り、一度深く息を吐いてから部屋を出た。
あぁ、どんな顔して会えばいいんだ……
恥ずかしさと気まずさに唸りながらも、気付けばいつも通りの手際で皆の弁当と朝食を作っていった。
それから時間が経ち、茜たちはリビングにやってきた。
俺が挨拶を掛けようか悩んでいると、茜たちはいつもと変わらずに笑顔で挨拶してきた。それから朝食の席で何気なく話し掛けても、皆昨日のことを全く気にしていないように、いつも通りの反応をする。
なんだろう。気にしてるこっちがバカみたいじゃないか。……いや、バカとは思わないけど。
などとを脳内で一人漫才を行い、気付けば登校時刻になっていた。
「いってきます」
食器を片付けた俺は、茜と光月、朝日を連れて家を出発した。
◇妹◇
学校に着き、二階の階段で茜と別れる。
そのまま大股で廊下を進み、元気良く教室の扉を開く。
「おっはよう!」
大声で挨拶をすると、クラスメイトたち笑いながらは挨拶を返してくれる。よくもまぁ飽きずにかえしてくれるよな。皆良いやつすぎんだろ。
そう思いながら教室内を見渡していると、いつもなら既に教室にいる筈の翼の姿が見えなかった。
朝練は終わってる筈なんだけどな。と考えながら席に着くと、気の抜けた表情の奏がやってきた。
「やぁやぁ、おはよーユキくん」
「おう、おはよう。翼はどうした?」
翼のことを尋ねると、奏はやんわりとした口調で答える。
「えっとねぇ、熱が出たって、朝言ってたぁ」
熱か。あいつよく昔から熱出てたからなぁ。
そんなことを思っていると、奏が続ける。
「それでね、うつすと悪いから、見舞いは来なくていい、寧ろ来るなって」
なるほど。そこもいつも通りか。
「今日は少し寂しいねぇ」
「まぁ、そうだな」
その日は、いつもより静かだった。
◇妹◇
長ったるい午前の授業が終わり、待ちに待った昼休みとなった。
さて、今日は三人で昼飯を食うかな。
そう思っていると、扉の方から愛らしい妹、茜の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん。司音ちゃんが用事だってぇ」
茜は教室に入ると同時にそう言う。
司音ちゃんが?
そう思っていると、扉の陰から司音ちゃんがひょこっと顔を出す。
「シスコン先輩」
「しばくぞ」
「ユキくんはフェミニストだから、女の子に乱暴できないよね~」
「……そんで、司音ちゃん、今日はどうしたの?」
奏の戯れ言を無視して尋ねると、司音ちゃんは申し訳なさそうに苦笑し、口を開いた。
「あのですね、先輩にご相談がありまして……」
「相談?」
「はい。それで放課後、お時間ありますか?」
司音ちゃんは瞳を潤ませ訊ねてくる。
俺は一度茜の方に視線を向ける。俺の視線に気付いた茜は、渋々といった感じにコクリと頷く。
「了解した」
「それじゃあ、放課後、迎えに来てください」
それだけ言うと、司音ちゃんは戻っていった。
「……それじゃあ、昼飯食べるか」
そう言うと、茜と奏は頷く。
なんか、面倒事がありそうだな……
そう思いながら、自分で作った弁当のおかずを口に運んだ。
◇妹◇
放課後、約束通り一年三組の教室に、司音ちゃんを迎えに来た。
後輩たちからの視線を身に感じながら教室内を覗き込むと、司音ちゃんは席で静かに読書をしていた。
「司音ちゃーん」
名前を呼ぶと、司音ちゃんは視線を本からこちらに向ける。
「あっ、シスコン先輩!」
「おまっ、大声で言うな!」
司音ちゃんのセリフに、先程よりも多くの視線が俺に向く。俺は慌てて声を上げ、そうしている間に、司音ちゃんは真横まで移動してきた。
え? なにこの子、結構速い。
司音ちゃんの席は教室の前の方。対して俺がいたのは教室の後ろの扉だ。
今の一瞬で移動したのか!? と異世界モノのようなセリフを脳内再生していると、司音ちゃんがおもむろに腕を絡めてくる。
「さ、先輩行きましょ。先輩♪」
なんだこの後輩、小悪魔かな?
司音ちゃんに引っ張られながら、俺はそんなことを思っていた。
司音ちゃんとやって来たのは、駅前にある某有名カフェだ。
窓際の席に座ると、それぞれ飲み物を注文する。
「それで、相談ってなに?」
店員が去ったのを確認して、俺は司音ちゃんに尋ねる。すると司音ちゃんは少し表情を曇らせた。
「……相談と言うのは、妹のことなんです」
おぉ、司音ちゃんには妹がいるのか。
心の中で同士だなと感じながら、俺は静かに司音ちゃんが続けるのを待つ。
「……実はですね、私の妹、今引きこもりになっちゃってるんですよ」
引きこもり。
現代日本に多く存在する、主な理由はいじめだったり人間不信だったりと色々あるが、そういった理由で外界を拒み、自らの部屋に閉じ籠る人たちを指す言葉だ。
「それで、君の妹ちゃんはどうして引きこもりになったんだ?」
「えっと、好きな人にフラれて、そのショックで引きこもってしまったんです。あと、妹の名前は魅音って言うんです」
「そうか、魅音ちゃんか。それで、好きな人にフラれて引きこもったと」
「それで、先輩に魅音を説得してほしいんです」
引きこもりの妹を説得、か。まぁ、全ての〝妹〟のためだと思えば簡単かな。
……俺はいつからここまでの妹好きになったんだろうな。
ひどく簡単な思考回路に、自分でも呆れてくる。
「分かった。出来る限りのことはやってみるよ」
そう答えると、司音ちゃんはパァと顔を輝かせる。
「それじゃあ、飲み終わったら今すぐ家に行きましょう!」
「今から!?」
結局、頼んだ珈琲を味わう暇もなく飲み干し、司音ちゃんの家に向かった。
◇妹◇
「ここが我が家ですっ!」
二十分近く歩いて辿り着いたのは、うちと同じくらいの大きさの家だった。
「ここが司音ちゃんの家か」
「はい。さ、早く入ってください」
俺は言われるままに、司音ちゃんの家に上がった。
「あぁ、今日は両親帰ってきませんから」
丁度玄関で靴を脱いだところで、今思い出したかのように司音ちゃんがそう告げ微笑む。
年頃の女の子だけの家に上がって良いものだろうか。
そんなことを思いながらも、俺は司音ちゃんに案内されるまま、魅音ちゃんの部屋に向かった。
二階に上がり、一つの扉の前で司音ちゃんは立ち止まる。
「ここが魅音の部屋です」
司音ちゃんが声を潜めてそう言う。
「そうか」
俺も倣えで声を潜めて返事をする。
「それじゃあ、ちょっと魅音呼びますね」
そう言うと、司音ちゃんは扉をノックする。
「……なに?」
すると、部屋の中から声が聞こえてくる。ソプラノ歌手に負けず劣らずのその美しい声に、俺は少しだけ聞き惚れてしまった。
綺麗な声だな。
「ねぇ、魅音、たまには顔見せてくれないかな?」
司音ちゃんは、優しく問い掛ける。
「……やだ」
「どうして?」
「…………」
魅音ちゃんからの返事は返ってこない。
「魅音、お願いだから、お姉ちゃんと話をしよ?」
「……やだ。魅音は今すごく傷付いてるの。だから放っておいて」
おぉ、自分のことを名前で呼ぶとは、少し子供っぽくて可愛らしいな。
「俺が話をしてみるよ」
「ありがとうございます」
俺が小声で提案すると、司音ちゃんは俺に倣ってか小声で礼を述べ、扉の前を俺に譲った。
「魅音ちゃん、ちょっといい?」
声を掛けると、ゴトッと中で物音がした。
「……誰?」
警戒心丸出しの声音に、俺は小さく苦笑いを浮かべる。
「俺は司音ちゃんの高校の先輩で、高木葉雪だ。
司音ちゃんに魅音ちゃんを元気付けてくれって頼まれたんだ」
そう言うと、少しして言葉が反ってくる。
「……葉雪って、女子みたいな名前」
お、おうぅ……痛いところ突くな。
「俺もそう思うよ」
「……バカみたい」
すごい言われようだな……
「それでさ、俺と少し話さないか?」
「嫌」
おう、即答とはお兄ちゃん悲しい。
「それに、葉雪は男でしょ?」
「そ、そうだけど」
「……男はもう嫌」
「それは……百合に目覚めたってことでいいかな?」
ちょっとした好奇心がくすぐられ、そう尋ねると中でなにかが倒れた音がした。
「ち、違うっ! なんでそうなるのっ!?」
先程の暗い声から一転、とても明るい(怒気)声が返ってきた。
お、だんだん元気になってきたかな。
「でも、男を避けてたら気付いたら百合になってましたって、よく聞く話なんだけどなぁ」
「ち、違うもんっ! 今はまだ傷が癒えないだけで、治ったらちゃんと男の人が好きになれるもんっ!」
声を荒らげ、魅音ちゃんは必死に反論してくる。
なんだろう、可愛いな。
魅音ちゃんの拗ねたような口調を微笑ましく感じながら、今日はもう帰ろうと思い、その旨を口にする。
「そうかぁ。それじゃあ今日は帰るからね」
「……うん、また明日」
明日、か。これで俺に少し興味があるってことはわかったな。
返ってきた以外な言葉に、つい頬が緩む。
「おう、また明日」
それだけ返すと、司音ちゃんと一緒に一階に降りた。
「そう言えば、魅音ちゃんって何歳なんだ?」
玄関で靴を履きながら、司音ちゃんに尋ねる。
「えっと、今年で十二歳です」
「へぇ、ってことは小学六ね──十二歳!?」
「はい、そうですよ」
じゅ、十二歳って言ったらあれだよな、小学校六年生だよな。その歳でフラれて引きこもり……最近の小学生って凄いな。
「それじゃあ今日は帰るよ。約束したから、明日も来るから」
そう言うと、司音ちゃんは笑顔で答える。
「はい。また明日です」
その言葉に送られ、俺は家を出た。
見上げた空は、既に茜色に染まっていた。
◇妹◇
家に帰り、茜たちに事情を説明すると、渋々といった感じに了承してくれた。
ただ、茜だけは寝るまでずっと甘やかすことと条件を付けてきた。全く、可愛い妹だぜ☆
閑話休題
俺は今、茜に膝枕をしている。あと、頭も撫でてる。何故か、それは先に述べた通り茜が提示した条件だからだ。
こうしてみると、普段していることと大差ないとと思うんだが。
「どうだ?」
「んみゅ~、気持ちいいです♪」
茜は上機嫌で答える。その顔はもう蕩けきっていた。
茜の髪、気持ちいいな。
と、こんな感じで、兄妹共に良い気持ちになれる時間だ。
「んっ、あぁっ♪ もっとぉ♡」
「そこですっ♪ ああっ♪ はぁぁあああ♡」
「きもち、いぃですぅ♡」
まるでエロいことしてるみたいだなって思っただろ。
今、マッサージしてるんだぜ。勿論、いやらしい方じゃないぞ。脚を揉んでるんだ。
えっ? 脚も結構危ない、だって? 大丈夫、ふくらはぎだから。
「なぁ、茜、変な声出さないでくれ」
俺はふくらはぎを親指の腹で押しながら、茜にそう言う。
「あとさ、今日はもう遅いから部屋戻ってくれ」
そう、既に時刻は十一時。寝るには充分な時間だ。
「ええぇ? どうしよっかなぁ♡」
ダメだこれ、完全に発情してやがる。
俺は手で頭を押さえため息を吐く。
「おにぃちゃん、もっとしてくださいよぉ♪」
「ダメだ、寝ろ」
「ぶぅ! そこは『今夜は寝かせないぜ☆』くらい言いましょうよぉ!」
「実の妹に言うかバカ。これ以上駄々を捏ねるなら、もう二度と茜のお願い聞かないぞ?」
そう言うと、茜は渋々といった感じに体を起こす。
「分かりましたよぉ。でも、最後にキスしてください」
「…………仕方ないな」
そう言い、俺は茜にキスする。
勿論、唇に。
「んっ、はむっ……れろっ」
一分足らず舌を絡めてキスをして、茜は部屋に戻っていった。
「……さて、寝るか」
先程のことを忘れようと、俺はいつもより早く眠りに就いた。
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