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第74話 狂愛ちゃんと初体験

えっ、 4 年 と 5 ヶ 月 ぶ り の 更 新 で す か ! ?(大罪)

葉雪(はゆき)さん、好きな科目はなんですか?」


「あまり好き嫌いは考えたことないな。まぁしいて挙げるなら数学は楽しいと思う」


 そう答えると、狂愛(きょうあ)ちゃんはふむふむと頷きながら手帳にペンを走らせる。


 新学期が近づいてきた夏休み終盤。今日も今日とて、狂愛ちゃんは手帳を持って羽真(はねま)宅に来ていた。


 今日は茜以外用事があって外出しており、今いるのは俺と(あかね)と狂愛ちゃんの三人だけだ。夏休みに入ってからはほぼ全員が集まっていたので、今日のリビングはいつもより広く感じる。


「ちなみにワタシは数学苦手なので、今度教えてもらえませんか……?」


「問題ないよ。なんなら、他の科目も教えられるけど」


「ありがとうございますっ。今日はなにも持ってきてないので、明日お願いしていいですか?」


「ノートとかルーズリーフなら全然貸すけど?」


「それはとても嬉しいですけど、どうせなら夏休みの宿題の残りを一気に終わらせようかなと」


 なるほど、と頷くとテーブルに突っ伏していた茜が「はいはーい」と不満そうな声をして手を挙げた。


「お兄ちゃん、私にも教えてくださーい」


「先に聞いておこう、なにをだ?」


「子どもの作り方を、実技で♡」


「却下だ」


 いつもの戯言をあしらいながら茜の頭をわしゃわしゃと撫でてやると、茜は「ひゃー」と面白がった悲鳴を上げた。


 変わらず心地よい撫で心地に、茜の普段の努力を再確認する。気を抜いたら小一時間は撫で続けてしまいそうだ。


 今日はあまりすることもないからそれでもいいのだが、茜が発情しては困るし狂愛ちゃんを放置するわけにもいかないので手を退ける。


「お兄ちゃんはいつも激しいですね。そんなところも好きですけど」


「俺も好きだぞ、あまりおかしなことはしてほしくはないけどな」


「前向きに検討するよう善処します」


「それってつまりなにもしないんじゃ……」


 茜の返答に狂愛ちゃんが苦笑する。しかし茜の視線を感じてか狂愛ちゃんは慌てて「すみません!」と頭を下げた。


「どうして謝るんですか? いい突っ込みでしたよ」


「けど、ワタシは新参者だから……」


「そんなの関係ないです。お兄ちゃんの妹なら等しく妹、仲良くしない理由はありませんよ」


「あ、もちろんお兄ちゃんの一番妹は私ですけどね」とどうでもいい補足を挟んで、茜は「だから気にしないでください」と言う。


 一番妹とかいう意味不明な単語に突っ込む者はどこにもいなかった。


「もともと幼馴染みってのもあるけど、かすみんとかは遠慮なく突っ込んでるからな」


「かすみんさんって、この前いた小さい大人の方ですよね? たしかにズバズバ突っ込んでましたね。あれはなかなか真似できる気がしません……」


 狂愛ちゃんの『小さい大人』という表現に思わず吹き出してしまう。かすみんが聞いたら、いったいどんな反応をするのだろう。


 間違いなのは、もし俺が言おうものなら睨みつけて憎まれ口を叩いたあとに高いスイーツを要求してくるということだ。


「大丈夫、できますよ。さぁ、私に突っ込んでみてください!」


「それはさすがに無茶振りだろ」


 バッと両手を広げる茜の頭に優しくチョップする。


 すると茜は「あいた」とまったく痛くなさそうな声をあげて頭を押さえた。


「キズモノにされたから、責任取ってくださいお兄ちゃん」


「大丈夫だ、俺は誰よりも妹を大切にしているから傷なんてひとつもないぞ」


「じゃあ心が傷つきました」


「ニマついて言われても説得力ないな……」


 なんてやり取りをしていると、狂愛ちゃんが「ふふっ」と小さく笑う。


「本当に仲良いですね。どうやったらそんな親密な関係になれるんですか?」


「それはもう、毎夜甘い蜜月を過ごしているからですよ。ね、お兄ちゃん♪」


「まぁ、そもそも俺と茜はひとつ違いの実の兄妹だからな。ずっと一緒だし互いに好きだったから、必然的だと思う」


「今度は放置プレイですか!? そういうのもいいですけど……っ♡」


「それでも要約するなら、人となりを理解してるからだと思う。見てのとおり茜は愛情表現に躊躇いがないし、猪突猛進なタイプだから俺も安心して対応できるというか」


 ひとりで盛り上がっている茜はいったん脇に置いておいて、俺は漠然と持っていた感覚を言語化していく。


 俺はみんなのことを等しく愛しているが、個々人に対する態度・対応は微妙に違っている。それは、それそれのタイプを理解したうえで一番気楽な接し方をしているということだ。


 思わぬところで自己理解が深まり、胸中で狂愛ちゃんに感謝をつぶやく。


「人となりを理解……大事ですよね」


 思うところがあるようで、狂愛ちゃんは複雑そうな表情を浮かべる。


 これまで狂愛ちゃんは、好きになった人のことをストーキングしていろんな情報を調べ尽くしていた。だが、ただ情報を集めるのと、知った情報ややり取りの経験をもとに人となりを理解するのでは大きな違いがある。それを改めて実感しているのであろう。


「よし、せっかくだしゲームで遊ぼう、狂愛ちゃん」


 そんな俺の唐突な提案に、狂愛ちゃんは一瞬ぽかんと呆ける。


「ゲームですか?」


「そう。協力ゲーとか対戦ゲーとか、やったことないでしょ。相手を理解するなら、知らないことを経験するのが一番だからな」


 狂愛ちゃんはぱちくりと瞬きをすると、瞳を輝かせて大きくうなずいた。

 

「っ、はい! ぜひ!」


「よし、そうと決まればさっそくやるか。どんなゲームがやりたい?」


「はいお兄ちゃん! 私はツイスターゲームを推薦します!」


 突如、茜が元気よく挙手をしてとんでもないゲームを提案してくる。愛らしい顔にだらしない笑みを浮かべていた。


「思惑が透けて見えるから却下。というか持ってないだろ、シートとルーレット」


「ありますよ? いつかみんなでシたいなと思って、こっそり買っておきました!」


 ローションもばっちり用意してますと補足して茜はふふんと薄い胸を張る。ツイスターゲームにローションは必要ないだろというか、少しは欲望を隠したらどうかとか、突っ込みどころは多いが脱線しそうなのでスルーを決める。


「今回は狂愛ちゃんのしたいことが優先な。それで、狂愛ちゃんはなにがしたい?」


「えっと、なんでもいいんですか?」


 頷いて答えると狂愛ちゃんは少しモジモジとしながら続ける。


「じゃあ、提案してくださったタイプじゃないんですけど、ホラーゲームを葉雪さんと一緒にやってみたい、です」


「もちろんいいよ。けど、ちょっと意外なチョイスだね。ホラーゲーム好きなの?」


「えっと、興味はあるんですけど、怖いの苦手で……。一人だと勇気出ないんですけど、葉雪さんと茜さんと一緒ならイケるかもって思いまして」


 恥ずかしそうに答える狂愛ちゃんに、俺と茜は顔を見合わせ微笑する。なかなかにキュンとくることを言ってくれるな。


「では、忘れられない初体験にしましょう!」


「茜が言うといやらしい意味に聞こえてくるな……」


「お、お手柔らかにお願いします……っ」




   ◇妹◇




 それから狂愛ちゃんの要望を聞きつつ茜と吟味して、選んだのはジャンプスケア|(脅かし要素)メインのホラーゲーム。


 基本的には同じマップを移動するだけで、異変を見つけたら道を戻るという某〇番出口ライクのゲームだ。


 アクション要素が強めだと場合によってはゲームが進行できなくなってしまうが、これならホラー苦手かつ初心者の狂愛ちゃんでも最後まで遊べるのではという判断である。


「あ、あの……本当に電気を消すんですか?」


 ゲームを起動しスタート画面を表示したところで、狂愛ちゃんが震えた声で尋ねてくる。


「ああ。そのほうが雰囲気出るからな」


 それにゲーム画面以外の視覚情報を遮ることで、より視覚的な脅かしの威力が上がるのだ。


「は、葉雪さんって結構Sっ気強いんですねっ」


 そんなことはない……と言いたいところだが、今回に限っては初ホラーゲームにおっかなびっくりな狂愛ちゃんに嗜虐心が刺激されていることは否めない。


 なんてことを考えながら、まるで視聴覚室にあるような遮光カーテンを閉じてリビングの電気を消し、大型テレビの前に腰を下ろして胡坐をかく。


「さ、おいで狂愛ちゃん」


「うぅ……はい」


 手招きすると狂愛ちゃんはおずおずと俺の脚に座ってくる。


 なんとなくお腹の前に腕を回してみると、一瞬驚いたようにビクッとしてから華奢な手を俺の手の上に乗せてきた。うーん、可愛い。


「むっ、暗闇に乗じて狂愛さんとイチャイチャしてますね!? 私ともイチャイチャしてくださいお兄ちゃん!」


 右隣に座ってきた茜が、もたれかかるように体を押しつけてくる。


 腕に伝わる微かな膨らみの主張を堪能しながら「また後でな」と返すと茜は満足そうにうなずく。


「よし、じゃあ早速始めようか」


「げんちっ、げんちっ♪」とご機嫌に口ずさむ茜を横目に、脇に置いていたコントローラーを狂愛ちゃんに手渡す。


 狂愛ちゃんは何度か深呼吸をしてから「始めます!」と宣言しスタートボタンを押した。


 暗転したのちそれっぽいモノローグが流れ、荒廃した雰囲気のある校舎を歩けるようになる。


 スタート地点である教室の黒板にゲームのルールが記載されている。まぁ要約すると異変がなければ教室後方のドアから出て、異変があれば前方のドアから出る、それだけだ。


 今はチュートリアル的なもので、異変がない教室を自由に歩くことができる。


 まぁ、異変がないとは言いつつ、薄暗く廃校舎のような景観をしているので既に雰囲気は出ているのだが。


 現にホラーが苦手な狂愛ちゃんはぷるぷると震えている。そんなところも可愛い。


 狂愛ちゃんはゆっくりとしたペースで、しかし丁寧に教室の内装を記憶していく。


 この辺りの動きは性格が出るよな。俺もひと通り覚えておくタイプだが、例えば朝日(あさひ)だったらあまり気にせず進んでいくだろう。


 狂愛ちゃんは時折机の配置や掲示物について呟きながら目を通していき、教室内を五週してようやく後方のドアを開け進んだ。


 最初の教室。一見すると特にそれらしい変化は見られない。はたして異変がないのか、わかりづらいものなのか。


 雰囲気に怯えながら狂愛ちゃんはゆっくりと教室を進んでいく。


 狂愛ちゃんの牛歩に苦笑しつつ眺めていると、



 ガタンッ!



「ひゃっ!?」


「ガッ」


 金属っぽいものがひしゃげる音がしたかと思うと、少し遅れてゴスッと俺のアゴに衝撃が走る。


 急な衝撃と鈍い痛みに短い悲鳴が喉から鳴った。


 どうやらゲーム内の音にびっくりした狂愛ちゃんが跳ね上がり、後頭部が俺のアゴにクリーンヒットしたらしい。


「あぅ……すみません葉雪さん、大丈夫ですか?」


「あ、あぁ。大丈夫だよ、やわな鍛え方してないから」


 振り向いて申し訳なさそうにする狂愛ちゃんに、俺は笑顔で答える。


 いや、アゴなんて鍛えてないし鍛えられないが。嘘も方便というやつだ。


「お兄ちゃん、なにか冷やすもの持ってきましょうか?」


「いや、そこまでじゃないから大丈夫」


「じゃあ、代わりに私が(さす)ってあげましょう」


 そう言って茜は少しヒリヒリするアゴを優しく撫でてくる。微かにひんやりとした指先が心地好い。


「ありがとな茜。──っと、俺のことなら大丈夫だから、続きをやろう」


「は、はいっ。けど、その前に……また暴れないよう、しっかり抱きしめてもらっても、いいですか?」


「もちろん、喜んで」


 狂愛ちゃんの可愛らしいお願いに微笑ましい気持ちになりながら、俺はバックハグの要領で狂愛ちゃんの体を抱きしめる。気分はさながらシートベルトだ。


 体勢を改めてゲームを再開する。さっきは狂愛ちゃんの頭突きにびっくりして気づかなかったが、どうやら音の発生元は掃除用具用のロッカーだったようだ。所々、内側から外側に向かって歪んでいる。


 ガタガタと揺れるロッカーから視線を切り、狂愛ちゃんは入ってきたほうのドアから教室を出た。


 廊下に出ると次の教室の入り口が見える。ドアの上部には看板があり、組の数字が増えていた。


 今ので少し慣れたのか、狂愛ちゃんは先程よりスムーズに教室を巡っていく。


 微細な異変に引っかかりはじめの組に戻されたり、配置を間違えて引き返しはじめの組に戻されたり──。


 途中、判断が遅れると即死してはじめからになる異変に遭遇しつつ、苦節一時間。


「よ、ようやくクリアできましたぁ……」


 教室、ひいては学校から脱出しクリア画面が表示されると、狂愛ちゃんはコントローラーを床に置き脱力した。


「お疲れ、狂愛ちゃん」


「お疲れ様です、狂愛さん」


「ありがとうございますう」


 疲弊しきった狂愛ちゃんは、緊張の糸が切れたようでふにゃりと笑った。


「お二人のおかげで、ホラーゲームに挑戦できました。ありがとうございますっ」


「どういたしまして。初ホラーゲームは楽しめた?」


「はいっ。……途中、心臓足りなくなると思いましたケド」


「はははっ。ちなみにこれ、一回クリアすると異変をコンプリートするモードが解放されるけど」


「そ、それは茜さんに譲るということで……」


「えっ? なんでそこで私にパスするんですか!?」


「茜もさりげにびっくりしてたからな」


 最初は甘えるような感じでくっついてきていたが、様々な脅かし要素を見ていくうちに抱きつく力が強くなっていたのを俺は気づいている。


 ホラー演出自体には多少耐性があるんだろうけど、ジャンプスケアのほうは苦手らしい。


「うぅ……であれば、私もお兄ちゃんに抱きしめてもらいながらやるとします。そして暗闇に乗じて……ふへへ」


「たくましいな、ホント」


「ふふっ、そうですね。私も見習いたいです」


 ブレない茜に、俺と狂愛ちゃんは顔を見合わせて笑った。


 それからはゲームの感想を話しつつ、他愛もない雑談をして幕を閉じたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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