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第九話 モブ、魔法少女と遭遇する

「忠之くん、まだ地図を見ているの?」

「――ううん」


 暗い洞窟の中、オイルランプの明かりを頼りに地図を凝視していた俺に向田さんが話しかけてくる。

 今は夜だ。向田さんを救出した俺たち野盗の一団はボスの導きのもと、ボス曰く時々隠れ家に使っていた洞窟に逃げ込んでいた。

 とにかく遠くに逃げたほうがいいという意見も出たのだが、ここはガレイア領。野盗の方々がここを拠点に出来たのはイワギンチャクという魔物がいたからだ。そのうちの一体を倒してしまった以上、一体どこに逃げればいいのか。

 俺はボスに頼んで地図を見せて貰っていたのだ。


「見張りは他の人たちもしてくれているみたいだから、少しでも寝たほうがいいよ」

 向田さんが俺を気遣ってくれる。

 ああ、基本的人権っていうか、当たり前のように人を配慮してくれる優しさっていいね。誰もが向田さんみたいに当たり前の優しさを持っていたら無意味な争いはしないだろうに。

 俺は「あと少ししたら寝るから向田さんは先に」とだけ言って笑った。嘘だ。頬が引きつっていないだろうか。

 向田さんの気配が遠ざかり、俺は再び地図に向き直る。


 ――俺の国はどこもかしこもガレイア領になっていた。


 転移を使えば逃げられると思っていた。だが転移にはデメリットがあった。

 俺の行ったことのある地域、知っている人間の傍にしか転移できないのだ。

 なるほど、俺が実家に転移したのも頷ける。かつてこの異世界にいた俺は村近辺くらいしか行動したことがなかった。一日のほとんどを村で過ごしていたのだ。村から出る必要がなかったから。

 それならば俺の知っている人間の傍に転移するのはどうだろうか。考えて首を横に振る。


 ――俺の村に住んでいた人々は全員殺された、俺も含めて。


 俺の知っている人など、もうどこにも生きていないのだ。

 いや、一人だけいたか。かつて俺の国トラペジオの象徴であったお姫様――一度だけ俺の村に視察に来たことがあったが――


 俺は地図に目を戻した。

 かつて王都のあった場所はガレイア領となっている。ほとんど彼女の無事も望めないだろう。試してみるという手もあるが、もし彼女がガレイアの中心地に捕まっていたら目も当てられない。それこそ本当に逃げ場がなくなる。


 転移するにも選択できる場所が少ない。俺の知っている場所は全部ガレイア領。四面楚歌ではないが、だいぶ状況は詰んでいる。もちろん少ない知り合いや知っている場所を頼りに手当たり次第に転移して場所を確認していく手もある。でも、それでもし時間だけ過ぎて何も成果がなければ?


 ――もちろん他にも手はある。


 一つ目は俺たちが召喚された場所に戻ることだ。喚ばれた時点で、あそこはガレイアとトラペジオの国境だった。

 まずは元の場所に戻り何とかトラペジオに向かう。

 ガレイア領ではない分、異世界人にもまだ優しい環境のはずだ。


 ――問題は、今の俺はトラペジオ人ではなく、また話をしただけでわかってくれそうな生きている俺の知り合いもいない。

 それに果たしてトラペジオの民衆がガレイアから追われた異世界人を受け入れるだろうか。どこも難民には厳しいのだ。とくに自分たちの国に余裕のない状況であれば。


 二つ目は俺がスキルを駆使して、ここら一帯のガレイア人を殺して土地を占領することだ。あまり考えたくはないけど、今の俺なら人として持っていた色々なものを捨てて覚悟を決めれば、やれるかもしれない。問題はこの場所がガレイア領の国境から遠く離れており、周囲はガッツリ敵に囲まれている。すぐに何らかの形で新たな敵に攻められてしまうだろう。籠城? こんな四方八方敵に囲まれた場所で? ――現実的ではない。


 そして三つ目だが――


「私は、その案は良いと思います。一番成功確率が高いですし、オススメです」


 急に聞こえてきた声に俺は肩をはねらせる。な、なんだ?

 見ると俺の顔をのぞき込む少女がいた。艶やかな赤い髪の一房が俺の頬をくすぐる。

 見覚えのある顔に俺は目を見開き、後ろに飛び下がった。


「ま、魔法少女ぉ!? なんでここに……スマホの中だけのマスコットだろうが!」

「いやです、お客様。私め転生ショッピングは毎日お客様の声を聞いて、サービス向上に努めてまいります。お客様のかゆいところに手が届く仕様が理想でございます」

 スマホの画面に表示されていた魔法少女が人間になったらこうなるのだろう。豊かな胸とくびれた腰に、ほどよい色気を漂わせた唇、パッチリとした双眸、見事なまでの美少女だ。嬉しくない。


「別にかゆくもないし届いてもない。そもそも俺は望んでいない!」

「いやです、お客様。そろそろ自分の状況を理解してくれる仲間がほしいと思っていたくせに。だから私はこうして具現化したのです。喜んで頂けましたでしょうか?」

「嬉しくないってば!」

「あらあら、お客様、お静かに。あまり騒がしくしていると他の人たちが私たちに気付いてしまいます。お客様が私をうまく紹介してくださるのであれば、これ以上とない喜びですけれども」

「――というと、ずっと俺の傍に居座る気か」

「ええ、まあ、そういうことです。これからはお客様の傍でお客様とともにお客様の気持ちになってお客様を喜ばすことに専念いたします」

 しなくていい、まじで。


 とはいえ――今は、こいつに頼らざるを得ない現状だ。

 話を元に戻そう。こいつに苛立つより、現状を打開する方法を見つけるほうが先だ。

 俺は歯を食いしばりながら言う。

「……三番目の選択肢、成功確率は高いとお前は言ったが、俺はそうは思えない。なぜなら――」

「ええ、お客様のスキル効果は大体術者の周囲として半径1キロの範囲でしか通用しません。ですので、もしここにいる人たち全員を転移させたいならその範囲に人を集める必要がありますね」

「……だから俺の考えたことを実行するには今のスキルじゃ力不足だ」

「それだけじゃありません。お客様の気持ちもついてきていません。……いいですか、お客様。今のお客様は一人じゃありません。お客様の苦しみや悩みは全部私が癒やしてあげられますし、大丈夫です。私はお客様のサポートとして、どこまでもお客様のご支援に回ります。なので、安心して――」


 そこで彼女は俺にぐっと顔を近づけてきた。耳元で囁いてくる。


「安心して、その道徳心、捨ててしまいましょう」


 それは無理だ。だってこのチキンな心こそ俺のモブとしてのシンボル。たとえ向田さんや野盗の人たちを助けたいといっても、みんなを生かしたいと思っても、人としてのアレコレをそう簡単に捨てるわけには――


「それにさっきも言っただろう。俺には力不足だ。スキルの威力が足りない」

 苦し紛れに言った俺の言葉に魔法少女が双眸をきらめかせた。

「ああ、それなら安心してくださいませ」

 彼女は満面の笑みを浮かべて、こう言ったのだ。


「お客様、新商品が入荷しました」

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