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第八話 モブ、安全運転の尊さを知る

「弓がきかない……!」

「援軍は? 団長はまだか?」

「早馬を出したばかりだぞ! 持ち堪えろ!」

「あの魔物は昨日仕留めたはずだろう!」

「まさか仲間がいたというのか……?」


 突然復活した魔物が威嚇している。

 情報が錯綜し、動揺は見られるものの、逃げ出すものはいない。迎撃態勢を整える為班ごとに分かれ、それぞれの仕事に全力を尽くす。

 団長不在でも即座に対応できるという点ではさすがに強国の騎士団と言えよう。


 だがいかに整然と動こうともここは戦場だ。人々が行き交い、怒号が飛び交い、突然の天候不順の為に視界も悪く、相手は巨体の魔物。

 否が応にも、この地は混沌と化す。


 俺を乗せた馬は慌ただしく動く騎士達の合間を縫って走る。むしろ人を蹴り殺すのも辞さない迷いの無さでひた走る。当然めっちゃ速い。

 落馬したら死ぬ。絶対死ぬ。その確信をもって俺は馬にしがみついていた。


『お客様のレベルですと、術者の周囲一キロ圏内は余裕で幻術を見せることができます!』

 アプリの魔法少女が空気にそぐわない明るさで解説する。


 そんなわけで、突如復活したあのイワギンチャクは俺が作った幻術なのでした。

地球には風車に突撃した騎士もいると聞いたので、この世界の騎士の皆さんも頑張って幻術を相手してほしい。

 

 それにしても馬を走らせているのがボスさんでよかった。何となくとはいえ術を発動しながら馬を走らせるなんて器用な真似、俺にはできない。絶対木にぶつかってる。

 ながら運転ダメ、絶対。


 騎士達の会話から聞こえたことだが、早馬を出して団長であるヴィザードと連絡を取ろうとしているのあら好都合だ。

 要請に応じて引き返してくれれば良し。引き留めてくれるだけでも十分だ。とにかく、向田さんを逃がす時間が確保できればいい。


道にできた轍は真新しいものの、肝心の馬車の姿が見えない。かなり先を進んでいるのだろう。


「西の駐屯地を経由するなら、目的地は白龍騎士団の本部があるエリナスだな」

 やっぱり聞き覚えのない地名だったが、俺の村から北西に向かった地区に、大きな河を利用して発展した街があった。おそらくそこの事だろう。


 そこへ行くには、今爆走しているこの道一本しかない。北西の街は俺の村よりも低地にある、というかさほど大きくないとはいえ山をぐるっと一回りするように迂回する道だけだ。


 万が一ヴィザードが引き返してきた場合、鉢合わせしかねない。


 それについて尋ねたら、野盗の頭は実に悪い笑顔を浮かべた。

「俺達があのイワギンチャクを利用してなかった頃のやり方がある」



 その昔、とある英雄が断崖絶壁を前にしてこう言ったそうだ。

「気を付ければ馬を損なうことなく下りられる」

 そしてその英雄と部下は馬に乗ったまま険しい岩場を駆け下りて、見事敵陣の裏手に出たとかなんとか。


 今、自分が同じ立場に置かれたからこそ断言できる。無理ゲーだと。


「うそだぁぁぁぁぁっ」

 だというのにボスさんはその無理ゲーに挑戦している。同乗している俺はいよいよ死を覚悟した。


 馬が凄いのかボスさんが凄いのか、馬は急勾配の坂を跳ねるように下り、木々の隙間を()(くぐ)る。 

 ねぇボスさんヒャッハー過ぎない? 

 あとボスさんの馬に並走している野盗さんがいるんだ。この人も当然のようにこのデスロード突っ切ってる。


 イワギンチャクが利用してなかった頃のやり方って言ってたけど、あんた達ずっとこの自殺志願なやり方してて生き残ってたの?

 野盗なんてやめてこの曲芸で食っていったらいいと思う。


 向田さんを乗せた馬車が見えてきた。悪路によって振り回されている俺でもわかる。この頭おかしいショートカットが成功したようだ。


 「ボス、馬車を警護していた騎士の数が減ってる。」

「よし、ヴィザードの野郎は囮の方に行ったか。突っ込むぞ!」

 ボスと部下の野盗さんが何か口々に言ってる。余裕ありすぎるだろ。俺には騎士の数の増減なんて気にしている余裕はない。


「ぼさっとしてんな! 霧が薄いぞ!」

「ひゃぁっ、はいっ!」

 俺は再度、幻術のスキルに意識を集中させた。

 周囲に、霧が立ち込める――。



 ――イワギンチャクは威嚇するように触手を振り上げている。

 だが現場に駆け付けたヴィザードは携えた剣を抜くことはない。魔物を一瞥するなり、鋭く側仕えの女を呼ぶ。

「カナラ」

「かしこまりました」

 ふわりと羽が落ちるように馬から降りたカナラは、何事かを呟き、イワギンチャクに向かって手を翳す。すると煙のように幻術は消えた。

 

 騎士達に動揺が走る。

「ヴィザード様、魔物が消えて……」

「馬鹿者、あれは幻術だ。」

 あの巨体に対して周辺の風景に被害が出ていないのがまず異常である。現場に近付くにつれて濃くなった霧も違和感の一つだった。


「だがこんな大掛かりな幻術……いったい誰が……」

 異世界人の少女はスキルと発動した素振りはなく、スキル持ちだという野盗の頭は首輪によって無力化されており、『鍵』が無ければ開錠できない以上、その線も消える。あのツキナシは考慮に入れるまでもない。


 しかしここで問題なのは誰が幻術を使ったのかではなく、幻術を使った目的である。ヴィザードはすぐにその目的を悟った。

 馬に跨り、短く指示を飛ばす。


「第一から第三は引き続き付近の捜索を。残りは私と共に来い。あの異世界人の少女を追う」

「ですが、今頃はもうエリナスに到着しているはずでは」

「これが囮であるなら目的はあの少女だ。すでに術者の手に渡っていると見て間違いない」


 ようやく理解した部下が、騎士団長の指示を各位に伝えに走る。

 ヴィザードは馬を走らせ、来た道を引き返す。

(だが何故ここまでしてあの少女を逃がそうとするのか……。やはり召喚位置からの長距離移動と何か関係があるのか?)


 彼の後に従うカナラの表情は、読めない。



 ――結論から言うと、向田さんの救出に成功しました。


 幻術の副産物である霧に紛れ、護衛の騎士の目を掻い潜り、馬車に残された向田さんを連れ出したその手際の良さは、さすが盗賊といったところか。

 今はそろそろ気付いただろうヴィザード達からさらに距離を取るべく、俺達はまだ馬上の人だ。


……で、その救出劇の時俺は何してたかって? 死んでた。

 馬酔いしていた。というか今もしてる。


「あんた、もうちょっと堪えろよ。ここで吐くなよ頼むから」

「うっす」


 昔、この世界で生きてた俺は普通に馬に乗ってたし、酔うこともなかった。

 だけど「車を運転する人は酔わない」っていうけど、それと同じだと思う。あとあの悪路も原因の一つに違いない。


 で、混乱の隙に乗じて向田さんを助けるという時にはもうグロッキーでした。もうヴィザードを殴りに行ってやろうって気力もなかった。

 ただ幻術を維持するので精一杯だった。


「あー、しんどい……」

 ここぞって時に決まらないのは俺のモブレベルが高いからだとつくづく思う。やっぱり派手なことはせず地道に生きるのが一番。身の丈に合う生活を送るのが健康にもいいよ。

 あとはそれを実現させる為の基盤が何とかなればなー。


 ちらり、と向田さんの方を見た。向田さんは野盗さんの馬に相乗りしていて、言葉が通じないとわかっていても、同乗者に日本語で礼を言っていた。律儀な人だ。

 視線に気づいたか、向田さんが微笑みかけた。


「忠久くんも、ありがとう」

 ……まあ、向田さんが無事だったんだから、今日のところは良しとしよう。





――現ガレイア領土、ロノカネ戦場。トラぺジオ陣地跡。


 一つだけ原形をとどめた机の上に、ウルフカットの茶髪の少女がどっかりと座りこんでいた。手の甲には痣。巻き付けられた首輪を手持ち無沙汰に指ではじいている。


 彼女より年少の少年が小走りに近付く。

「速報です。行方不明の異世界人ですが、白龍騎士団が発見。しかし移送中に魔物の襲撃に乗じて逃走した模様」


「はぁ? 白龍の奴らがいる所ってここから七日かかんない? 高速移動のスキル持ちでもいたの?」


「発見した地点で大型の風魔法も目撃されていますからその可能性は大。ただ二人のうち男はツキナシ。女の方がスキル持ちのようですが能力値は微弱とのこと」


「第三者の介入も考えろねぇ……。あの辺に旅団の船影は確認されてないっしょ?」

 茶髪の少女が乱雑に頭をかきながら溜め息をつく。


「どっちでもいーよーもう。大体召喚士の老害共が敵陣にゲート開くのが悪い。おかげで余計な仕事も増えたしほんっと最悪! 異世界人回収する身にもなれっつの!」


「ミカちゃん一昨日からそればかり」

「サービス残業は社会悪! セーヤも覚えとけよ」

「社会悪。覚えました」

 少年は明朗な調子でふわふわの金髪を揺らす。


「では少しばかりの残業代をお納めください」

 少年が取り出したのは棒付きのキャンディだった。茶髪の少女は苦笑しつつも素直に受け取って口に含む。


「残業代受け取りましたよーっと。じゃ、もうひと頑張りしますかぁー」

「次はここから三日の距離です。先例の異世界人よりも近くにいます」

「でも三日だよね……」


 召喚跡地。

 室内を囲っていた壁は跡形もなく、教室と呼べる備品は机一つしかない。

 また、少女と少年が去ったことにより、生きている者は誰一人としていなくなった。地に伏せるのは、無言のトラぺジオ兵ばかりである。


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