第七話 モブ、格差社会を痛感する
新しい朝が来た。希望が見えない朝だ。
騎士団長さんは昨日と変わらぬ爽やか王子スマイルでこちらに話しかけた。清々しい朝の空気がよくお似合いです。
「おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
「……気が昂ぶってるみたいで、全然眠れなかったです」
「そちらのお嬢さんは少し顔色が良くなったようだね。安心したよ」
あー、ついに視界にさえ入れなくなったよこの野郎。もういいですー。呼び捨てにしてやりますー。
実際、眠れたものじゃなかった。
あの後、表向き「優しい騎士団長様」であられるヴィザードは、頑なな俺たちの様子に苦笑すると「すっかり日が暮れてしまったね。今日はこの辺でおしまいにしよう。ゆっくり休むといい」などと言って、部屋を後にした。
もちろん、部屋の外の騎士の監視は変わらない。
日中歩き通し+スキル使用で魔力消費+野盗とエンカウントする+魔物とエンカウントする+目が異常な騎士団長に尋問を受ける、とフルコンボくらった向田さんは、ヴィザードが退席した途端気を失ってしまった。
さて、俺が能無しの「ツキナシ」で向田さんが「スキル持ち」と判断された以上、この上なく危険なのは向田さんだ。
あの首輪が制御装置なのは本当だとしても、その首輪というデザインだけでガレイア人の「ガレイア人以外は人にあらず」精神を物語っている。
そういう意味では、寝ている隙に首輪を嵌めようとする素振りが無かった点で、ヴィザードはまだ紳士的とも言え……るのかなぁ。考えてる事は紳士とは程遠い発情野郎だけど。
そんなこんなで、俺は自衛も兼ねて一晩徹夜していたわけでした。
「この先にキトーファという街がある。この廃村には何もないからね。まずは街で落ちついて朝食といこうじゃないか」
聞いたことのない街名だったが、おそらくは俺達が目指していた街のはずだ。この辺りはもうガレイア領っぽいから、そこも占領下に置かれ、ガレイア風に改名されてしまったとかそんな所だろう。俺が昔この村で暮らしていた頃からよくあった事とはいえ、寂しいもんだなぁ。
そうそう、この村。俺の村。
もともと何もない所だったけれど、昨日のイワギンチャクの大暴れのせいでもっと何もない状態になってしまった。無事な家が村長の家くらいしかない。
穴だらけになった地面を照らす朝日がまぶしいね。
俺の村を穴と民家の残骸だらけにしたイワギンチャクの死骸には、ヴィザードの部下らしい騎士達がまだ群がっている。また別のグループが鎖に繋がれた野盗さん達を荷馬車の中に詰めている。荷馬車は夜のうちに到着したのだろうか。
騎士団長は優雅に歓談しているが、部下は結構忙しそうだ。
「さぁ、これに乗ってくれ」
村の入り口には一台の馬車が停まっていた。
ヴィザードは向田さんの手を取り、優雅に馬車にエスコートする。後に続こうとした俺を見るなり爽やかに微笑んだ。
「すまないが、この馬車は三人乗りなんだ」
どこかで聞いたことあるぅ~! 青くて白いタヌキロボが出てくるアニメで聞いたことあるぅ~!
「どうも彼女は疲れているようだからね。ここは譲ってくれないかな」
ここでごねたら俺が度量の狭い男みたいな事言ってるけど、その立派な扉から見えてるから。あともう一人は余裕で乗れるくらい広いの見えてるから。
それがわかってる以上何を思われようとごねるよ俺は。
度量の狭い男で結構。俺はご立派な騎士でもなんでもないただのモブですから。大体あんた昨日乗ってたすごい綺麗な馬どこにやったよそれに乗れよ。
「いや、でも……」
そこへ何を思ったか、カナラが進言した。
「ご主人様、彼女が不安がっています。どうか彼も乗せていってあげては……」
最後まで聞かなかった。ヴィザードがカナラを打った。カナラは力なく地に倒れる。馬車の中で向田さんが息を呑んだのが見えた。
「お前ごときが、私に口を出すか」
あの王子様面はどこへやら、激情を抑えるような声色でカナラを冷たく見下ろしている。
「も、申し訳ございません……」
打たれた頬を抑えながら、カナラは謝罪する。殊勝な様子に深追いはせず、このなんちゃって王子は鼻を鳴らす。
これにはさすがに我慢ならない。モブらしく控えめな反抗をしていたが、ここは村民Aの底力を見せる時だ。言ってやるぞ俺!
「ちょっとあんた……!」
「い、嫌です!」
声は意外なこと荷馬車の中から聞こえた。
「私、女の人を叩くような人と一緒にいたくありません!」
向田さんが馬車から身を乗り出した。すごく緊張している。声も足も震えているが、強張った表情でヴィザードを睨んでいる。
おおおおお、向田さん頑張ったなぁ! 俺ちょっと泣きそう。
気弱な少女の思わぬ反撃にヴィザードが手を焼いている。その間に俺はカナラさんに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
カナラさんはぼんやりとした目で顔を上げると、無視するようにすっと立ち上がる。俺ここでも無視かよ。
だが通りすぎる際、俺の耳元でささやいた。
「私達は、ここより西の駐屯地へ向かいます。あなたが移送される街とは反対側の」
……あの人、一体何を考えてるんだ? なんでそれをわざわざ教える?
首輪の力で意思すら染められているように見えたが、そうじゃないのか。それとも……。
思考が追い付かない俺を、騎士達が荷馬車へと追いやる。
カナラを盗み見れば、俺を一瞥することもなく馬車へ乗り込んでいた。
ヴィザード達が乗り込んだ馬車は、荒れた道だろうが問題なく走れる剛健さと優美さを兼ね備えた瀟洒なものだった。元々貴族の送迎用なのだろう。
一方俺が押しやられたのは、簡素な荷馬車だった。うんうん、俺の村でも収穫した作物を出荷する時に使ったりしてた。わりとポピュラーなタイプだ。
格差社会とはこういう形で浮き彫りになるのだ。はいはいモブは荷馬車がお似合いですよ。
荷馬車の中にはこれまた収穫物よろしく野盗さん達が詰まっている。むさい。
拘束されたままの野盗さん達は皆一様にぼろぼろだ。あまり人道的でない尋問を食らった後のような。
ボスに至ってはあの首輪を嵌められていた。野盗さん達をかき分け、ボスの様子をうかがうと虚ろな目になっている。
「首輪を嵌められてからずっとこうなんだ」
部下の野盗さんが悔しげに呟いた。
そうか。俺が「野盗のボスが異世界人でスキル持ち」だと臭わせたから。暴れられないように首輪を嵌められたんだ。
人として見られていない異世界人は俺や向田さんだけじゃない。
すごく申し訳ない気持ちになる。
荷馬車が出発する。馬車が先導する形になっていたが、カナラさんの言葉が本当ならいつ道が別れるかわからない。
あのまま向田さんは馬車の中に押しこめられ、離されてしまった。
考えろ俺。なんとかして向田さんを助ける方法を。
「すまねぇなぁ。俺があんた達をアジトに連れてったからこんな目に……」
俺に話しかけたのは、昨日俺と向田さんに金目のものを要求したと思ったら親切にしてくれた野盗さん、だと思う。あやふやですみません。
交渉力と魅了スキルで親切にしてくれたわけだが、今もなお効いてるというより、根が良い人なのかもしれない。
……人を見る目がガバガバになってるなぁ。人間って単純だからね、外面が良い外道を見た後だと、人相の悪い人のちょっとした優しさが心にしみるんだよ。
敵の手中に収まった向田さんを助けたい。野盗さん達も助けたい。俺の意思は強くなった。
あとあのヴィザードのすかした面を一発は殴っても許されると思う。
頑張れ俺、向田さんだって頑張ったんだぞ。モブの魂を見せてやれ。
「……開錠のスキルとか、ないか?」
『どんとこいです!』
俺は、荷馬車を囲うように並走している騎士達から見えないようにこっそりとボスの後ろに回り、首輪に触れた。
首輪は音も立てず外れ、野盗さん達の膝に落ちる。
固唾を飲んで見守っていたらしい野盗さん達は小さいながらも「おおお」と感嘆の声を上げた。「静かにしろ!」と騎士から叱責が飛んだが、首輪が外れた事に気付いている様子はない。
「そうか、あんたが助けてくれたのか」
ボスさんは呟くように礼を言った。
「迷惑をかけちまったな」
あー、どっちかっていうと俺の方が迷惑をかけたわけで……。
「うわぁ!」
荷馬車を警戒していた騎士の一人が間抜けな声を出した。
声に気を取られたか、一瞬荷馬車が止まる。慣性の法則で何人か荷台から落ちそうになったし、俺はおっさん達に潰されるところだった。
見れば、地面の穴に馬の脚が取られ、落馬している人がいた。
何人かが彼を助けるため残ったが、荷馬車は再発進した。まだ馬車とは離れていない。
「きっとイワギンチャクが作った穴だな。ざまあないぜ」
誰かが笑う。
「あのイワギンチャクはこの一帯を縄張りにしててな。地面に触手を張ってたから、道が結構ぼこぼこしているし、穴だらけなんだ」
――思いついた。
頭の中で魔法少女に確認を取れば、答えは良好。本当に何でもありだな。だがうまく行くかは使う側の俺次第だ。
俺は野盗さん達を小さく見回し、切り出した。
「……迷惑ついでに、頼んでも、いいっすか?」
「……霧か?」
「おい、あんなに晴れてたのにか?」
荷馬車を先導していた騎士たちが戸惑うように、辺りに霧が立ち込めていた。さっきまで開けていた視界は、もう手前の朽ちた立て看板すら見えない有様だ。
そこへ現れたのは、民家ほどの大きさのイソギンチャクみたいな魔物。そう、昨夜倒したはずのあのイワギンチャクだ。
顔? を出したイワギンチャクは触手を振り回している。まるで騎士達を威嚇するように、挑発するように。
移送中の非常事態だ。騎士達は生き残りがいたものと考え、荷馬車の警戒に当たっていた騎士達はみんなイワギンチャク討伐に向かった。
『どうです? どうです? これがスキル:幻術の効果です!』
魔法少女のドヤァ感が半端ないが、確かに効果は抜群だったようだ。
そう、あのイワギンチャクはスキルで作った幻だ。すぐそこの立て看板が見えないのに、なんでイワギンチャクは見えるんだよって話である。
今のところそれに気付いている者は、御者台から降りてぽかんとしているこの騎士を含めていないようだ。
俺や野盗さん達以外は。
呆気に取られている騎士を後ろから襲いかかり、縛り上げる者。荷馬車に繋がれている馬を解放する者、それはもう息の合った手際の良さだった。培った絆を感じさせる美しいチームプレイだ。
「あんた馬に乗ったことは?」
ボスさんが俺に尋ねてきた。
昔は乗ったことはあったが、地球に転生してからはとんと乗ってない。馬と違って自転車は維持が楽だしな。……まだ乗れるのかなぁ。
答えを聞く時間が惜しいのか、ボスは俺の首根っこ引っ掴んで馬の背に放った。
俺はなんとか馬によじ登ると、すぐにボスが真後ろに乗り込む。俺を抱え込むように手綱を握り、馬の腹を蹴って走らせた。
これは王子様とお姫様が馬に相乗りする時のスタイルだ。
お、俺がプリンセス側……だと? まあ振り落とされないよう馬の首にしがみついてるようなへっぴり腰人間なのでありがたいんですけど。繰り返すけど、昔は乗れたんだよ!
「あと一人ついてこい!」
ボスさんは振り返ることなく、端的に指示をした。
目指すは向田さんが乗せられた馬車。馬車と俺達を乗せた荷馬車は少し前に道を逸れている。馬車の轍を頼りに、ボスさんはさらに馬を加速させた。