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第二話 モブ、もののはずみで実家にも里帰りをする

 木戸を押し上げ、室内の換気をする。薄暗い室内に外の光が差し込んで、ほこりがちらちら舞うのが見えた。はずみでくしゃみを一つ。

 

 俺は辺りを見回す。


 薄っぺらいテーブルや古い椅子だけでなく、棚だの窓だの配置も、この世界の俺が住んでいた家そのものだった。見覚えのない物は壁の焦げ跡や人為的な穴とか、引き裂かれた国章のタペストリーとか、床にこびりついた赤黒いしみだとか……。

「あー、無し無し。今のナシ」

 頭を振ってやり過ごす。何か嫌なことを思い出すところだった。

 

 あの地獄めいた襲撃とうって変わっての静けさ。ただ鳥の鳴き声と木々を揺らす風の音しか聞こえない。

 俺こと桐嶋忠之は今、実家にいる。地球での実家ではなく、この世界の。


 

 蹴り倒された跡のある木製のドアを踏み越えて、家の外に出る。

 特に目的もなく歩いているはずなのに、足は自然と慣れた道へと動いた。


 桶の破片が散らばる古井戸。近所のおばちゃん達の声は聞こえない。

 鐘が落ちた鐘楼。取り付けの金具を新調する予算が無いとかで、鐘自体はしょっちゅう落ちていた記憶がある。

 全焼した集会所。小さい頃、ここで文字と簡単な計算を習った。たしか裏口近くの壁には村長の悪口が落書きされていて……。


「うん、ここ俺の村だわ」

 戻ってきちゃったんだなー。


 認めざるを得ない。


 俺は本来この世界で一介のモブとして生まれ、語ると俺がSAN値直葬レベルのダメージを食らうような死に方をした。その後地球で転生して、経験を活かして、やっぱり一介のモブとして慎ましく暮らしていた。

 そうだよ慎ましく暮らしてたんだよ。なのに何でまたこっちの世界に召喚されちゃったんだろうか。

 しかもその直後に兵隊に襲撃されるとか。モブに厳しい世界って良くないと思う。


 村を一通り見て回るうちに日が暮れた。その間に古い知り合いも、新しい住人も、誰一人として見当たらなかった。半ば野生化した家畜がいるくらいだ。

 誰にも手入れされなくなった廃墟だった。

 ど田舎だし街道が近くにあるわけでもないから、復興が後回しにされてるのは仕方ないんだろうけど。


 少し寂しい気持ちになりつつ、自分の家に戻る。


「ただいまー……」


 返事はない。


「向田さん、大丈夫……?」


 向田さんは膝を抱えたままだった。


 この家に瞬間移動してからしばらくは「助かった」ことを漠然と認識していたみたいだったけど、自分が置かれている状況が呑み込めてきた途端、怯え始めた。


 そりゃ、気付いたら教室ごと異世界に召喚されて、襲われて、いつの間にか荒れた民家にいた、なんて荒唐無稽すぎて現実だと思えない。


 それなのに自分の手には謎の痣。召喚された側の人間が持つスキルの証。地球にいた頃の自分には無かったもの。そして、頭に流れ込んだという何か。

 今のところ向田さんはスキルを発動させていない。向田さん自身にその自覚がないだけかもしれないが、他人の俺から見てもその兆候はない。

 異世界から人間が召喚されるのは珍しい事でもなかったし、ある程度の知識はあるんだが、だからといって彼女の安心させる為の会話術も話題も俺には無い。

 

 結局、向田さんはすっかり意気消沈して、膝を抱えている。


「どうしてこんなことに……。おかあさん、こわいよぉ……かえりたい」


 俺が「ちょっと家の周りを見てくる」と声をかける前から、彼女はこればかり繰り返している。


 俺にできるのは向田さんに裏の畑で見つけた果物を渡すくらいだった。収穫の時期より少し早かった分、かじると固いんだが、食べられないほどじゃないし十分甘い。

「気分じゃないだろうけど、なんか食べた方がいいと思う」

 向田さんはゆっくり顔を上げたが、気力もなくまたうつむいた。

 俺は床に果物を置くと、近くにあった椅子に腰掛ける。

 なんだか疲れてしまった。俺の順風満帆なモブライフはどこへ行ってしまったんだろう。

「あー、どうしよ……」


 ――ものすごい音と共に天地がひっくり返った。


 襲撃ではなく、スキルの発動でもなく。悲しいかな、椅子の脚が壊れてそのまま後ろに倒れたのだ。ほったらかしにしてからずいぶん経っていた椅子の脚は腐っていたらしい。


 これは、つま先を天井に向かって高く上げた古典的ずっこけスタイル。


 ちょうはずかしい。(真顔)


「え……まじで俺が何したっていう……」

 クスクスと笑い声が聞こえた。向田さんだった。

「ご、ごめんね。でも忠之くん、すごくきれいに倒れたから、おかしくって」

 背中は痛いが、気がまぎれたようならまぁ安い物かもしれない。

 

「……ごめんね。私、自分の事ばっかり言ってるね。忠之くんだって、おうちかえりたいのにね」

「……えーと、俺は」


 もう家に帰ってるんだ。


 言う前に気付いて良かった。慌てて返事を呑み込んだ俺に気付かず、向田さんは受け取った果物をちびちびと食べている。

 

 反省した。

 

 ついうっかり懐かしさにひたっていたが、向田さんの方がまっとうな反応だと実感した。

 向田さんにも、クラスのみんなも、烏丸先生も、俺にも、地球に残してきた家族がいて、生活があった。

 それなのに、俺は地球に残したあっちの両親の事をすっかり忘れていた。

 ……ぞわりとして、この感覚を頭から追い払う。

 いまは。

 いまは、それよりもしなくちゃならないことがある、はずだ。


「皆は、クラスの皆はどうしてるかな」

「無事だといいね……きっと、無事だよね。私達も、無事だから」


 向田さんがぽつぽつと呟く名前は、クラス委員長(だと思う)だったり、仲の良いクラスメイト(聞いたことがあるような無いような)だったり、彼女の交友範囲の広さをにじませるものだった。


 あんまり人と関わってこなかったせいで名前と顔が一致しないクラスメイトがいる俺とは違って、向田さんはよく人の名前を覚えているもんだと感心する。

 俺が顔と名前が一致するクラスメイトなんて向田さんみたいな席が近い奴か、たまたま同じ苗字の『キリシマくん』くらいだ。


 あっちのキリシマくんは「俺と苗字同じなんだ! じゃ忠之って呼ぶわ!」と初対面で言ってきたハートの強さと、クラス中で『区別の為にどっちのキリシマも名前で呼ぶ』を浸透させる程のコミュ力の持ち主なので、まあ何とかやっているだろう。

 烏丸先生は……たまたまあの時間にうちのクラスの世界史を担当していただけで、別に担任でもないのにこんなことに巻き込まれてしまった。前から「美人だけど幸薄そう」とは思ってたけど、本当に運が無い人だなと思う。強く生きてほしい。


 あとは……。


 向田さんが呟く名前たちがどんどん眠気を誘い、気付いたら俺は寝落ちしていた。



 ……あー、はい。

 心細い女の子をほったらかして爆睡とかありえねぇって意見はわかる。ごめんなさい。

 でも昨日はなんやかんやありすぎて俺も疲れていたってことで勘弁してほしい。実際そうだし。向田さんも体育座りのまま寝てるし。


 

 向田さんに起きないうちに、自分が持っているカードを調べることにした。

 俺はスマホを取り出し、軽く液晶をタップ。丸一日充電してないので電池は既にないはずだが、液晶は明るく輝く。ただし通信機器としての仕事はしない。もちろんアラームもメモもソーシャルゲームも反応しない。


 このスマホは、電気とは違う力によって動かされている。


『転生~~~~ショッピング!!! スタート!!!』

 

 これスキップできないんですかね。


『スキップはできませーん。そういうオプションはついていないのです。ご意見、ご要望がありましたらオフィシャルサポートセンターまでご連絡ください!』


 読まれた。


『誠に申し訳ありません。スキル新入荷の日程は未定です。もうしばらくお待ちください』

 このアプリのマスコットと思しき魔法使いの少女とハシビロデブペンギンが深々と頭を下げるモーションをする。


 新入荷とかはどうでもいい。むしろ今どんなスキルを持っているのかが知りたい。

「えーと、履歴ってどうやって見れるんだ……?」


 俺のひとり言に反応したのか、俺がポイントで購入したスキルの一覧がずらーっと表示された。

 画面をスクロールすると、一覧の中に『瞬間移動』の項目があった。その他に、あの時兵士を吹っ飛ばした原因となるスキルの項目も見つける。


 俺はどんどんスクロールして……。


「……え、一介のモブにはこのスキル量さばける自信ないんですけど」


 その場の勢いとはいえ、うっかり全項目選んでしまったのは間違いだったかもしれない。ご利用は計画的にね。

 正直スキル一覧を見ても取得したのが多すぎて、結局何が何やらといった感じだ。


『お客様はこの『自動発動』のスキルを購入されていますので、もし購入されたものを忘れてしまっても、有事の際には自動的にスキルが発動します』

 購入者の不安を払拭するように女の子が丁寧に解説する。スッと一覧がスクロールして、件の『自動発動』の項目が点滅した。

 なるほど、これは便利。

……が、よくよく見ると効果が重複している項目もいくつか見受けられる。もったいないと思うのは俺が質素に生きたモブだからだろうか。


「キャッシュバックとかないのかなー」

 それか能力向上値上乗せとか。効果が重複したものは自動的に項目からはじくとか。


 マスコットたちが胡乱(うろん)気に睨んでいたようだが、俺はさっさとアプリを閉じる。

 システムに文句を垂れるのはユーザーのさがなのだ。開発側はもっと頑張るように。


 俺がアプリとにらめっこをしているうちに向田さんが起きたようだ。


 眠ったらだいぶ落ち着いたのか、向田さんは昨日ほど参っている様子はなかった。

 まずはこの先どうするかについて話し合う。

 

 ひとまず情報を得る為にもここから少し離れたところにある街へ行くことにした。

 もしかしたらはぐれたクラスメイトの誰かに会えるかもしれない。こればかりは可能性が低いけれど。


 というかそれくらいしかできない。こっちは路銀もなければ情報もない。あるのはどこまで通用するかわからない俺の土地勘くらいだ。

 そして、この世界に来て得たスキル。


 瞬間移動で昔行ったことのある街へ行けるかもしれないが、正直街のどの地点に着くかわからないし、現地民に見られたら厄介だ。


 向田さんが無害すぎて忘れがちだが、召喚されたスキル保持者の中には殺傷能力が高い奴も存在する。むしろそういう奴の方が多い。

 よって俺たちの立場はぶっちゃけ悪い。国にもよるんだろうが、俺が住んでいた国では即捕縛、場合によっては即処分だ。危険だから。

 実際暴発させた奴もいるからあの襲撃も妥当な措置ではあるんだ。襲われた方は理不尽だけど。

 こうして自分の立場になってみてわかったが、スキル保持者は人権がないな。そもそも国民じゃないから保障は対象外か。


 なにより、見るからに荒事が苦手そうな向田さんがいる以上、あまり下手を打てない。


 なので瞬間移動は最終手段にしておきたいんだが、整備されてない田舎道はだいぶ獣道に近い有様だった。記憶を頼りに進んでいても、ちょっと迷いが出る。


 ……うん、まだ迷ってない。迷ってないよ。

 だって近い街は村の真北にあるから、早々間違えないよ。


「あっち」

 そんな時、向田さんが呟いた。明らかに「別の世界から来ました」な制服を隠す為に羽織った国章付き旅行用マントからスッと腕を伸ばし、俺が見ている方角から少しずれた位置を指差す。

「あっちが、北だと思う」

 これが向田さんのスキルなんだろうか。手の甲の痣がぼんやりと光っている。

 礼を言うと、向田さんは笑ってくれた。


 俺達は近場の大きな街を目指して、歩き出した。



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