第十三話 モブ、日雇い労働に従事する
「暇だったら手伝ってほしいことがあるんですけど」
くすんだ金髪のガレイア人はほぼ面識のない俺に対して頼みごとをした。彼は傲岸な印象が強いガレイア人にしてはだいぶフランクで、異世界人である俺に対しても見下すような仕草はしない。
だから俺も「ちょっとくらいなら」と軽い気持ちで引き受けたのだ。
それが昼過ぎの事。
あのガレイア人の手伝いを終えて宿に帰るころには、高々と昇っていた太陽も沈み、今は月が代わりに据えている。
……夜じゃん!
「た、忠之くん大丈夫? なかなか帰ってこないから心配してたんだよ」
宿に帰ってきた俺を出迎えた向田さんは、顔を合わせるなりそう言った。
宿のロビーは閑散としていて、向田さん以外は当直らしい従業員一人しかいない。それもそのはず、
「最初は荷物運びの手伝いだったんだけど、それが終わったらどこそこの部署の誰それへのお遣いとか、散らかった部屋の片づけとか……」
何があったのかを問われ、俺は部屋に戻りがてら今日の仕事を指折り数えていく。押し付けられた手伝いの数は片手では足りず、最終的に愚痴になった。
振り返れば、俺は日がな一日役場をうろうろしていたことになる。役場の中を二周したところで他のガレイア人にも顔を覚えられて「あいつの所に戻るならこれを持って行ってくれ」とさらに雑用を押し付けられた。
「異世界人って特に何も教えなくても勝手に言葉を覚えてくれるからお得っすね!」
俺を役場で何週もする羽目になった原因は、まったく気に病む様子もなくからっとした笑顔で感心していた。
お得じゃねーよ。そのせいで書類整理とか手伝わされたんだろーが。
やっぱあいつガレイア人だ! 人をこき使うのにためらいも迷いも一切ない!
見ず知らずの人はそう簡単に信じちゃいけない。わかっていたことなのになー。俺もまだまだ若いってことだよ。勉強になりました!
と、ようやくベッドの中に入りながらそんなことを愚痴ぐち考えていたのだった。
まあ役場に近付かなければあいつにもう会うこともないだろう。
……と思っていたんだが、今日も仕事を探そうと宿を後にした後、早朝からあのくすんだ金髪のガレイア人に出くわした。
「あー、昨日の!」
人懐っこい笑顔で近寄ってくる。俺の中でアラームが鳴る。
この人のよさそうな顔をしてかなり人使い荒い青年の名前はエント。最近この街に配属された役人だと昨日のうちに聞いた。
彼からではなく、彼の知り合いだからと雑用を頼んできた他の役人から。
……そういえば、昨日は結局他の人にも雑用を言い渡されてそれをこなしているうちに帰ったんだよなこいつ。定時だか何だか知らねーけど、連れてきた奴に声も掛けずに帰るかフツー。
と半眼で睨んでいると、エントはいそいそと懐から小さな袋を取り出した。
「これ、昨日のお礼です! 渡しそびれちゃって、すんませんでした」
小さな袋にはちょっとした重みがあった。ちゃりっと金属が触れ合う音もする。
このからっとした笑顔は相変わらず癪に障るんだが、まあ、今日の所は勘弁してやろう。
「で、今日も手伝ってほしいことがあるんですけど!」
「お断りします!」
はっきりと断ってやった。また夜中まで残されてはたまったもんじゃない。
あれか? 基本的人権の尊重だけじゃなく労働基準法まで叩き込まなきゃいけないのか?
「そこをなんとかぁー! お偉いさんが急に張り切りだしちゃったもんだから、マジで忙しいんですってばー!」
「だったら求人でも出せばいいだろーが!」
「それはやってますけど! 即戦力がすぐに集まるなら苦労はしませんって! 採用人事舐めんでください!」
そんな不毛なやり取りを宿の前でしばらく続けていたら、宿の従業員に「邪魔だからさっさと仕事に行け」とほうきで追い払われた。
ほうきというより熊手みたいな奴だから先端がマジで痛い。
そうこうしているうちに、なんやかんやでまた仕事を押し付けられた俺は、独り橋の欄干に寄り掛かっている。
……もうね、あの野郎の泣きつき方が鬱陶しくてね。経緯とか思い出すのも億劫なのだ。興味のある人だけ推測してくれ。
俺の足元には押し付けられた『仕事』がある。一応、押し付けてきた方は俺の量の倍近くを持って行ったが、それでも俺は憂鬱だった。
細い川の水面に、落ちた葉っぱがゆらゆらと流されていくのが見えた。今の俺はちょうどあんな感じなのかもしれない。
せっかく穏やかなモブライフを始められる街に来たっていうのに、このまま流されっぱなしじゃ身が持たないぞ。
前は存在感の薄さをいかんなく発揮して、割とのんびりとすごしていたというのに、厄介な奴に目をつけられてしまった。
「……逃走成功率の上昇スキルとかあればいいのに」
「まぁ! リクエストですねお客様! 残念ながらまだご用意できていませんが、近いうちに必ずやご納得いただけるものをお出しします!」
場違いなほどに華やいだ声の主に、俺は半眼で睨み付ける。
「エンカウント率低下のスキルが仕事しない件について」
「えぇ~。ご提供するスキルに不備なんてありませんよぅ」
魔法少女はわざとらしく頬を膨らませて拗ねてみせる。
「この街は平和ですから実感がないかと思いますけど、取得されたスキルはすべて正常に発動中です!」
「じゃあなんで会いたくない奴に遭うんだよ」
「エンカウント率低下とは、敵との接触を避けるスキルですが、この場合の敵とは『スキル所持者に対し害をなす意思を持つ者』を言います。逆に害をなす意志を持たなければ『無害』と判定されちゃいます。文字通りですね。」
モーディエナはつらつらとスキルについて解説する。淀みなく述べる姿は確かにスキルを取り扱う専門業者と言えなくもない。
「……この間、村の中で野盗たちと鉢合わせにならなかったのもそれか?」
「ご明察です! でも、あくまで『なんとなく避ける』程度なので鉢合ってしまう時はあるのですが」
あくまで『低下』であって『なし』ではない。
つまりあまり期待しない方がいいってことね。
「要するに」と、モーディエナは手のひらのペンギンの頬をつつきながら付け加えた。
「あの方自身には敵意も悪意もない、それはそれは無害な方なんですよ。なので敵として見なされない、といったところでしょうか」
するとつまりあいつはナチュラルボーン人使い荒いなわけか。うわぁ近寄りたくない。
「それにしても、これはすごい量ですね。引き受けちゃうなんてお人好しが過ぎるんじゃないんですか?」
モーディエナは信じられないと言わんばかりに肩を竦めてみせる。
今回の俺の『バイト』は20か所に及ぶ掲示板に『役場からのお知らせ』を貼ることだ。
数こそ大したことはないようだが、いかんせん範囲が広い。割合で言うとだいたい街の三分の一を占める。
それを、俺は乗り物を持ってないから徒歩で回っていかねばならない。普通にこなせば確実に日が暮れる。
「押し付けられたんだっつーの! お前絶対見てただろ」
「えぇ、この目にしっかりと収めましたとも! ですがこの場合、お客様に足りないのはスキルよりも、スキルを活用する機転と度胸! 今時ただ小市民を気取れば波風立たない生活が送れると思ったら大間違いですからね!」
やかましいわ。
しかし身に覚えのあることでもあるので、ぐうの音も出ない。
せめてもの抵抗に睨んでいる俺に、モーディエナはそっと俺の手を包み込んだ。
その微笑みは慈愛深い天使のようにも見える。
「そんな小市民ならぬ小心者のお客様に安心安定のサポートをする為の私、モーディエナですよ?」
「……お前段々口が悪くなってないか?」
「話の腰を折らないでくださいませ」
モーディエナは仕切り直しとばかりにこほん、と咳をした。
「この場合はずばり人海戦術! 他の人に頼んじゃえばいいんですよ!」
朝と昼のちょうど中間くらいの、人がごった返す時間帯。街の西側にある広場にて、俺は大声を上げた。
「このお知らせを貼ってきてほしいんですけど!」
準備を整え、これから自らの仕事に取り組む人々にはまったく関係のない雑務。喧騒の大きさに任せてかき消すのもわけのない、他人の願い事。
だが道を歩いていた何人かが立ち止ったかと思うと、ぞろぞろと俺の周りに集まってくる。
そして餌を見た鹿よろしく、籠の中にあったお知らせを一人、また一人と手に取っていく。
「4番通りに行く予定があったんだ。ちょうどいいから手伝おう」
「俺の家は10番通り沿いだから、帰りがてらに貼っていくよ」
「私は」
「俺は」
そんな感じで籠いっぱいの『お知らせ』はみるみる消えていく。
唖然としている俺の横で、モーディエナが「でしょー」とどや顔を決めている。
何をしたかと言えば、洗脳スキルを使わせてもらった。
とはいえ、街全体にかけたものに比べればはるかに小規模のものだ。道行く人に「ポスターを貼ってきてほしい」とお願いする。それだけ。
その結果は見ての通り。あとは『お知らせ』を持って行った人がちゃんと貼ってくれるのを待つだけだ。
洗脳スキル便利すぎるだろう。逆に怖くなる。
「これっていいのかな」
「何をおっしゃいますか。せっかく取得したスキルなんですから使わなくちゃ損、ですよ! それに、人を使うという点ではお役所の彼と大差ありませんってば」
モーディエナは胸を張る。
差があるとすればエントは一応バイト代を払ってくれるが、こちらは人の『善意』によって仕事を『無償』で手伝ってもらう。
……ん? 俺の方があくどいな?
「ほら、あそこにいるおじさんが最後の一枚を持っていきたそうな目で見ていますよ! 『この砂塵吹きすさぶ荒野で見つけた一輪の花……。俺はこの笑顔の為に生きてきたんだ!』と感涙させるレベルの笑顔で渡してください!」
「難易度高っ!?」
つかお前の中であのおじさんにどんな冒険があったというんだ。確かになんか疲れた顔をしてるけど。
しかし、笑顔……笑顔ねぇ。接客スマイルなんてしたことないから、正直顔が引きつる。
「は、貼るのを手伝ってくれるんですかぁー?」
無理に口角を上げてみたら、語尾も不自然に上がってしまった。
しかしおじさんに反応がない……というか、目が虚ろだ。肩に下げていた鞄がするりと抜けて、落ちたのにも気付かない。
「あ、あのー」
スキルが変な風に作用したんだろうか、と不安に思ったが、おじさんは我に返った。
「す、すまんね。最近どうもぼーっとしたり、胸が苦しくなったりしてねぇ……」
「大丈夫ですか? 貼り紙の事はいいんで、医者に診てもらった方が……」
「問題ないよぉ、帰り道だから。でも医者かぁ……。もう奴隷の身分じゃなくなったし、今なら診てもらえるのかなぁ」
そんなことを呟きながら、おじさんは『お知らせ』を持って去っていった。
しきりにさすっていた首には、少し前まで首輪が嵌められていたのだろう。俺はそんなことをぼんやりと思いながら見送った。
しばらくして、様子を見に来たらしいエントは俺の戦果を見て目を丸くした。
「えっ! もう終わっちゃったんですか? やっぱり多かったかなーって思ってたんすけど!」
と、しきりに驚いている。
「はい! これがせんのー……」
「あ、こいつ。こいつが手伝ってくれたんだ! な、モーディエナ」
モーディエナにスキルのことを口走られると厄介なので、慌てて前に出た。
俺は何の能力を持たない『ツキナシ』ってことになってるの!
そのやり取りを目をぱちくりさせて見ていたエントだったが、ふとにやにやと笑いだした。
「仲のよろしいことで」
なんなんだ。
「俺はエントでいいっすよ。よろしく」
エントは自然にモーディエナの手を取り、恭しく礼をする。
チャラそうに見えて良い所の家の人なのか、所作にわざとらしさがなく、スッと手を放すところが上品だ。
とはいえこいつは結局のところガレイア人だ。そう易々とは高評価を出すと思うなよ。
……と意気込んだところで、俺の腹から虚無を感じる音を出た。入れた気合がしぼんでいく。
太陽はちょうど、空の一番高い所で輝いていた。
腹減ったな……。
気まずさを感じつつ横を見れば、待ってましたとばかりにエントが明るく笑った。
「お仕事ご苦労様です! 飯おごりますよ!」
……たぶん、流れ的に気付いてるとは思うけど。
この後、俺は「タダ」より安いものはないと実感することになる。




