第十二話 モブ、街で右往左往する
基本的人権の概念が街に広まったのは良いことだが、それでいきなり環境が変わって戸惑っている人がいるらしい。
とはいえ、俺は一応ただのモブだし。政治がどうとかは良くわからない。
お互いがお互いを助けあえる街になったんだから、時間はかかっても解決策を見つけられるはずだ。
それよりもまずは自分の事をなんとかしなくては。
さすがにこの街に来てもう四日が過ぎようとしているのに宙ぶらりんなのは肩身が狭い。というか「面倒見てもらえるならこのままでもいいかー」なんてニート思考が頭をもたげてきてちょっとやばい。
思い出せ俺。地球にいた頃はどうあれ、この世界で生きていた頃は普通に「働かざる者食うべからず」だったろう。
まずは状況を整理する。
地球でのんびりと暮らしていたのに、何の因果か再びこの世界に召喚という形で戻ってきてしまった。
どうもこの召喚はガレイア人による人為的なものらしい。あの国の事だから目的は奴隷の確保で間違いはない。昔から他国に戦争を吹っかけては支配下に貶め、奴隷に使っていたような国だったが、それを異世界にまで手を広げるとは。まったく自分の服くらい自分で着られるようになってもらいたいもんだ。
当然俺も向田さんも奴隷なんぞになりたくない。平穏で人間らしい生活を送るためにしなくてはならないことを考える。
まずはこの世界から抜け出して地球に戻ること。
これに関して俺はもう半分諦めてる。正直どうしたらいいのかわからん。俺たちを教室ごと召喚したガレイア人を見つけたら何かわかるかもしれないが、探し出すまでが途方もないし、その「何か」がわかる保障もない。安全策ともいえない。無い無いばかりが積もっていく。
だからもういっそのこと、
「もう腹括ってこの世界で生きるしかないかぁ」
割と戦争と隣り合わせな時点でかなりハードモードだが、少なくともこの辺はガレイア人による支配下にあり、早々大掛かりなことは起きないはずだ。
まぁ、元トラぺジオ国民的にはちょっと複雑なものがあるんだが。
この世界で生きていくなら、次に問題なのは衣食住。ようするに最低限の人としての暮らしである。
衣に関してはあまり心配してない。ろくな衣服を持たない異世界人奴隷の為に、と質素だが清潔な服の配給があったので便乗させてもらった。
食に関しても、これも配給で何とかなるらしい。
……ちょっとガレイア人の気前の良さがやばい。洗脳した時からやたらテンション高めにこれからの展望を語ってはいたが、ここまで積極的に支援をしてくれるとは。
そりゃ元々この街に住んでいた元トラぺジオ人や異世界人は戸惑うよな。
しかしさすがにこの宿に滞在できるのは一週間が限度だそうで。今は臨時で役場が借り上げているらしいが、本来の業務に支障をきたすのはこの街に訪れた人にも良くない、ということだ。一応宿場町だからね、ここ。
だからこそ向田さんと一緒に頭を抱えているわけなんだが……。
「お客様、お困りですか~?」
出たな悪い商人。
「そんな怖い顔しないで下さいよ~。モーディエナはお客様がお困りのようなのでお助けできたらなーと思って声を掛けましたのに~」
よよよ、と泣くような仕草。すごくわざとらしい。
「一応聞いておくけど、何だよ」
こいつはAIだからなのか、人間が持つべき倫理観がすっぽ抜けている。またこの間みたいな犯罪教唆だったら断るからな。
「ここはもうぱぱっと洗脳スキルでお金持ちの家の『家族』に成りすま……」
却下します。やっぱ犯罪教唆系じゃねーか。
「えー。お客様のレベルなら街ごとに比べたら一世帯なんてわけないですよ? お茶の子さいさいチョチョイのチョイですよー」
そういう問題じゃないんだよ。できるできないの問題じゃなくて、時にはやらないって選択も大事なんだよ。
悪い商人がまだぶーぶー言っているが、向田さんがおずおずという風に話しかける。
「エナちゃんのおうちで働かせてもらえないかな?」
向田さんは何を言ってるんだ?
「だって、エナちゃんのおうちって何かのお店なんでしょう? お手伝いできないかなって」
あー、事情知らないとそう捉えてしまうか……。
モーディエナはわざとらしいくらい悲しげな顔を作って頭を下げる。
「誠に申し訳ありません。当店は特殊な訓練を受けた者でないと運営することができないのです。ご容赦くださいな」
もう説明不要だが、あいつが扱っているのは俺が使用するスキル。客は俺のみ。お店は俺のスマホの中。あいつが切り盛りしている店は完全に俺専用の店だ。
……これ喜ぶべきところなんだろうか。
しかし働く、か。確かにガレイア人がやたら気合入れて支援しているおかげで普通に飲み食いできているが、本来なら先立つものが必要だ。
俺がこの世界で正しくモブらしい生活を営むためにも。
それに、店によっては住み込みで働けるところもあるかもしれない。
そういう職を斡旋する所ってどこだろうか。やっぱり
「役場かな……」
翌日、俺は一人役場に来ていた。
向田さんはまだ言葉に不慣れなので宿で留守番している。モーディエナはいつの間にか消えていたが、どうせ妙なタイミングで出てくるのであまり考えないことにする。
キトーファに住む人種は大雑把に分けて三種類に別れる。ガレイア人とトラぺジオ人そして異世界人。
ガレイア人は支配した側、トラぺジオ人は支配された側。異世界人はどちらにも属さない異物。それは基本的人権という概念を持った今でも変わらない。
俺は人が人として当たり前の暮らしが出来ることを願ってこの街の価値観を与えたわけだが、社会システムを変えたわけではない。だが今後はそれらに基づいたものに変わっていくのだろう。
事実、役場に行ってみればいろんな人が、それこそいろんな人種が右往左往していて、正直職だの家だのに就いて相談できる空気ではなかった。
……決して空気に呑まれて言い出せなかったとかそんなんじゃなくて。
というか、どこも忙しそうなのに職が見つからないってどういうことなんだろうか。一応街中で探してみたけど、俺と似たり寄ったりな事情の人がやっぱりうろうろしているくらいで、見つからない。
気が付けば役場の前の広場で、呑気にエサをつつく鳩をぼんやり眺めていた。
……少し前までは「ニートは嫌だな」とか思ってたのに今はリストラされた気分になってるのはなんでだろうか。その中間にあるべきの職に就いた記憶がないんですけど。
「あれ、お兄さん今日は一人なんっすか?」
取り留めもないことを考えていた俺に、くすんだ金髪の青年が話しかけてきた。砕けた口調に反して、結構身なりの良い服装をしている。
「え、なんでそれ……」
「だってお兄さん、ちょっと有名ですよ? いつも可愛い女の子二人を連れ回してたら、そりゃ目立ちますって」
ま、周りからはそういう風に見えていたのか!
俺はてっきりいつものように風景と同化しているもんだと思っていたが……。
そういえば、この人、うっすらーと見覚えがあるような……。
思い出した。今俺達が居候してる宿を出入りしている青年だ。とはいっても宿泊客ではない。宿の支配人らしき人と何度か話していた人が、彼だったような気がするので、大方ガレイア人側の役人か何かなんだろう。
ガレイア人とすぐに特定したのは、彼もまたあの虹がかった目をしているからだ。ガレイア人がこんな一介の、しかも異世界人に話しかけるとか意外すぎたけど。
「異世界人でもできる仕事に心当たりとかないかな……なんて探しに来たんだけど」
「あー、お兄さんってここの街しか知らないんだ。異世界人は見つけ次第即奴隷ってなりましたけど、この街くらいっすよ異世界人が普通に歩いてる街なんて」
あー知ってます。ここに来るだけでもいろいろ見ました。
ガレイアの異世界人への扱いはそりゃもう不当だが、元々のトラぺジオの政策も良いものとは言えなかった。
ここに召喚された俺達を見た途端、トラぺジオ兵は捕獲に来たからな。正直うちの国で捕獲された異世界人がその後どうなるのか、詳しくは知らない。村に住んでるだけでもいろんな噂は聞こえてはいたが……。
それにしても、このくすんだ金髪の青年はガレイア人にしてはだいぶフランクだ。よく喋る。
なんだかヴィザードの一件を思い出してしまい、ためらわずに読心のスキルを使ってしまう。
(この街に来たばかりなんだけど、この辺の街の中じゃ一番明るくて良い街だよなー。みーんな明るくて優しいし。ガレイア人が先住民と並んで暮らす街なんてここくらいじゃないかなー。外では今も戦争してるっていうのに)
……拍子抜けするくらい呑気な人だった。
ここに来て初めて見たガレイア人がヴィザードやらあの騎士団総括やらの典型的な「ガレイア人」って感じの奴だったから、ギャップが凄い。
もしかして、これも洗脳スキルの効果なんだろうか。俺は「キトーファに入ってきた人間にも有効になるように」したから、彼もまた洗脳されている状態のはずだ。
なんかめっちゃ良い人っぽいが、ここに来る前はそうではなかったんだろうか。だとしたら少し悲しい。
(……あれ、なんで本国は戦争なんて仕掛けてるんだろう)
なんだか話が重い方向に行きそうなので、俺は慌てて話題を変えた。
「この街の異世界人の人って今何してるかわかります?」
参考になるかはわからないが、一応聞いてみた。しかし青年の答えは芳しいものとは言えなかった。
「異世界人の中には、せっかく自由になれたのに結局前の主人のところに戻っちゃう人も珍しくないですよ」
奴隷とはいえ、少なくとも住居は確保できる。「さすがに以前みたいな扱いはしないで普通の使用人として雇う」とはこの人も言っているけど。
あの時カナラさんが首輪を外したがらなかったのは、これを見越していたからかもしれない。……あの人は元々何考えてるのかわかんない人だけど。
それにしても生活していくのっていろいろと難しいんだなぁ。
俺は地球ではまだ親の庇護下にある学生で、転生する前はもう田舎の村で畑耕すか鶏の面倒みるくらいしか選択肢がなかったから、考えもしなかった。
お兄さんは何か思いついたのかパチン、と指を鳴らした。ジェスチャーってどの世界でも似通ったものなんだなー。
「そうだ! 暇だったら手伝ってほしいことあるんですけど」




