第十話 モブ、一度目の俺TUEEEをする
ヴィザードは苛立っていた。
あれから数日どれだけ捜索しようが、スキルを用いて調査しようが異世界人の少女はおろか野盗たちの痕跡すら見つからなかった。
結局、ヴィザードはキトーファの街に駐在していた騎士団統括総長に呼ばれてしまい、キトーファの街へ、町長や理事長たちに言い訳をするために会議の場に出る羽目になってしまった。
会議の場にはでっぷり太った見苦しい男や皺だらけで無駄に着飾った女や偉そうにふんぞり返っている老人など、低俗な人間たちが揃っていた。ヴィザードを呼んだ忌々しい統括総長もつまらなそうな目でこちらを見ている。
このようなくだらない場にいるより、あの異世界人の少女を捜しに行ったほうがいいというのに。
会議が始まった。騎士団統括総長がもったいぶったような口を開く。
「――さて、君は野盗たちの討伐と異世界人の少女確保に失敗したようだが何か言い訳はあるかね?」
「……」
黙り込んだヴィザードを前に会議の席についた人々が会話しはじめる。
「やれやれ、たかが異世界人の少女を確保するのに、どれだけ時間がかかっている」
「盗盗たちの処分だ。見せしめと奴隷に使えればいいと思ったが反抗するというのであれば殺してしまえばいいだろう」
「そうです。捜索する手が足りぬというなら異世界人の奴隷どもを投入すればいいでしょう」
「だが人を使うとなると餌が増えるわ。奴隷の世話をするコストも考えなければならないのよ」
「適当に扱って使い物にならなくなったのなら捨てればいいじゃろう。何のための異世界人なのじゃ」
「そうそう、足りなくなったらまた喚べばいい。すぐに補給ができる単なる消耗品だからね」
「消耗品といえば……騎士団統括総長、覚えておられますか?」
「労働力にしようとしていた土人のことですよ」
「――そういえば昔、ついカッとなって、この辺りの村人を全滅させたことがありましたな。今思えば、あの判断は正しかった。やはり反抗的な土人はいらない。道具は使い捨てできるくらいがちょうどいい。奴隷にもさせたほうがいいと思いましたが下手に現地の文化に染まっているよりは……」
「――うん、もういいか」
突然、ありもしない幻聴が聞こえた。
振り向くと、そこには地味な印象の少年だ。うっすら見覚えがあった。
一体、いつからそこにいたのか。
彼は退屈そうな顔で壁に背を預けながらヴィザードたちのほうを見ていたのだ。
「貴様、どうやってここに入った! 衛兵!」
それは誰の声か。
だが彼は気にすることなく言葉を続けた。
「先に言っておくけど、あんたらはここから出られない。助けを呼ぶこともできないし、あんたがどうやったかは知らないけど異世界人から手に入れたであろうスキルも使えない。……つまりどうしようもできないって状況はわかる?」
「君はあのときの……」
ツキナシだ。
平凡な顔、透明のような薄い印象、どこにでもいそうな人間の顔がそこにあった。
俺の気分は最悪だ。
嫌なことを思い出してしまった。
俺はゲンナリしながらヴィザードに話しかける。
「ああ、さすがに顔は覚えておいてくれたのか。まあ、別に忘れていてくれてもいいんだけど……だって、これから忘れるんだし」
俺が今こうして感じている記憶も感情も全部一緒に忘れたい。
だけど、そうもいかない。俺ができるのは忘れたフリくらいなものだ。
それをこうして、わざわざ掘り起こしやがって。
「あんたらが少しでも人としてのアレコレを最低現持っていたら、今頃俺の村の人たちも生きていたのかね。……もう考えても仕方のないことなんだが。いや、だって、何でもするから助けてほしいって目の前の人間が言ったらさ、普通助けるでしょ。自分のせいで人が死んだらさ、多少の罪悪感とか覚えるんじゃないの? それなのに、なんだ、殺して正解だったって? 一体どういう精神回路していれば、そんなことがいえるの?」
そう俺が言うとヴィザードが立ち上がり険しい顔を向けてきた。
「……僕には君が何を言っているのかわからないよ。それより、もしかして君が――」
俺に話しかけたヴィザードの声を遮る。会話したくもない。
「そうか、俺の言葉がわからないか。じゃあ、わかるようにしてやるよ。……おい」
「ハーイ! 呼ばれて飛び出てピョッコリンコです!」
隣に人間型の魔法少女が現れる。艶やかな赤い髪をさらりとかきあげて彼女は片足を持ち上げてブリッ子のようなポーズを取る。
本当、このシステムの開発者は良いセンスしているな。糞みたいな言語機能を搭載してやがる。
魔法少女は胸の前で結んでいた手をゆっくりと開いた。そこには掌サイズの嘴のでかいペンギンが存在していた。
ペンギンはゆっくりと口を開けた。
――JOB START JOB№98. Brainwashing
あの渋い英語はこいつが喋っていたのか。まったく予想外だ。
「おい、やめろ! 何をするつもりだ!」
騎士団統括総長とやらが剣を抜いて俺に飛びかかってくる。
なるほど魔法少女を狙っても無駄だと思ったか。
だが剣は俺に届かない。寸前ではじき飛ばされて騎士団統括総長は後ろに吹き飛ばされて床に倒れ込む。
俺は感情の冷え切った目で騎士団統括総長を見つめた。
だから無駄なんだって、何もかも。
俺は淡々と魔法少女に話しかけた。
「俺が望むのはただ一つ、モブがモブらしく生きていける世の中だ。……魔法少女、新しく購入した商品を使うぞ。……ブーストをかけろ」
「はーい! わかりましたー! スキルの制約を除外します。一回きりですが大丈夫ですか?」
「問題ない、元々こんなこと、一度きりしか使う気はない」
ギリギリまで悩んでいたさ、こんなことは人の尊厳を踏みにじる行為だ。俺があいつらと同じ場所に堕ちてどうする。
――でも。
俺の村のことを持ち出されたのが本当に我慢ならなかったんだ。
「効果範囲はキトーファの街全体。このエリアに存在している、この世界の住人全ての根本意識に今から命じるものを強制的に植え付けろ」
呪文のように言葉を紡いだ。
「――基本的人権の尊重を。無条件に他人を思いやる善意と好意を。人種の区別なく配慮する優しさを。当たり前のように相手の気持ちを考慮しながら振る舞っていけるように」
そこまで言って慌てたように付け足す。
「……これ、常時発動な。あとからキトーファに入ってきた人にも有効にしてくれ。常時キトーファのエリアで発動している感じな。それと俺より魔力が弱い人がこのスキル消そうとしても無効化で。あ、ついでにこいつらに再び俺のことが見えないように、今までのことも記憶からなくなるようにして。折れた剣とかも元に戻して、全員元の席に戻して!」
ああ、しまらない。この辺りがモブたる由縁だ。
「はーい、了解しました! 隠密スキルも一緒に使っちゃいます! あと再現スキルも一緒にね!」
魔法少女がペンギンを抱きかかえながら片腕を伸ばしてピョンと跳ねる。それで終わりだった。
まるで巻き戻されるかのように剣が元に戻り、騎士団統括総長やヴィザードも自分の席に戻った。
俺のことなどいなかったように、先程の会話を繰り返す。
「――さて、君は野盗たちの討伐と異世界人の少女確保に失敗したようだが何か言い訳はあるかね?」
「……」
黙り込んだヴィザードを前に会議の席についた人々が会話しはじめる。
「そう言うな、ヴィザード氏もあちこちに派遣されて疲弊しているだろう。騎士団も立て続けの任務だと聞く」
「元々野盗たちがたむろした原因は周囲にはびこる魔物が原因だ。我々は民衆のことを考えて魔物を倒していれば治安も悪くならぬ」
「それを考えるのであれば、まず私たちが行うのは魔物の討伐でしょう」
「もう奴隷を使うのはやめましょう。ここが私たちの国だというなら、まずは私たちの力だけで解決するべきだわ。それに奴隷の扱いについても再考するべきでしょう。野盗たちには元々奴隷だったものがいると聞いています。私たちが彼らに配慮していれば、野盗を増やすこともなかったのでは?」
「たしかにそうじゃな。奴隷制度についても彼らの不満を解消する方向に検討するべきじゃ、これ以上野盗を増やすような真似はできん。非人道的なことを続ければ他にも野盗のように治安を悪くする要因を増やしてしまうかもしれん」
「異世界人についても検討しよう。いくら制御しているとはいっても彼らも野盗のようになられては困る。首輪もやめたほうがいいかもしれない。普通に街の住民として暮らす権利も考慮するべきだ」
「今、野盗であるものたちも理由がある。彼らの事情を考慮しよう。……もちろん罪は償ってもらう必要があるが無駄に人を虐げても利益にはならない。それを考えるのであれば昔我々がしたことも……いや、やめよう、このような話は」
「未来志向でいきましょう。どうすればキトーファがより住みやすい街になるか、みんなで考えていきましょう」
そこまで聞いて俺は目を閉じた。
もうこれ以上、ここにいる必要はないようだ。
うまく洗脳が効いている。みんなのもとに戻ろう。
そうして洞窟に戻った俺は野盗の皆さんに提案した。いつまで逃げても、やがては限界がくる。キトーファの街に投降しようと。
もちろんすぐに頷いてくれるわけがないので、ボスさん以外は多少の交渉力スキルを使った。ボスさんはスキルを使わなくても――俺がある程度の能力持ちということを理解してくれているからか「何か考えがあるんだろ」と従ってくれるようだ。
何もかも終わって洞窟から出る直前、俺が疲れてボンヤリしていると向田さんが話しかけてきた。
「ねえ、忠之くん。あの……ありがとう」
「え?」
「忠之くん、気付いていた? みんな忠之くんがいるから頑張ろうって思えるんだよ。もちろん私もその一人、でも――」
向田さんは力強い笑みを向けて言った。
「もし何か気になることがあったら私に言ってくれたら。私も忠之くんの力になりたいから」
ああ、優しいな。向田さん。
俺が強制的に洗脳しなくても、みんな向田さんの優しさを持ってくれたら。
「――お客様~、もう、私を置いていかないでくださいー!」
そんな中、魔法少女がプンプンしながら俺に走り寄ってくる。
ゲ、魔法少女!
しばらく気遣って俺以外の人間がいないときは姿を消していたようだから安心していたのに!
「――忠之くん、この女の子、誰?」
おっと、誰でしょうね。




