3つめ。
『あした は きっと はじめて あう ひ
どんなひとだろう へんなひとだったらどうしよう
あ でも
わたしも へんなこ って おもわれたら どうしよう
れんしゅう したけど うまくいくかなあ…』
―チュンチュン。
…静かだ。
ここには私を急がせるものは何も無い。…とても穏やかだ…。
かつて私がここを出て行くとき、両親が言っていたことが今になってよく分かった。
街には何でもある。それはここからすればとても魅力的に見えるけど…その代わりに大切なものが無くなっている。
…街には何でもあった。何でも出てきた。その時の私は街に夢中になっていた。
自分の住む村とそこは同じ世界なのか?まさに夢の世界だった。憧れだった。
そんな光の世界を覗くたびに、自分のいる場所がくすんで見えた。とても情けなく思えた。
ここは何も無く、何も変わらない、死んだような場所だ…と。
その考えに支配され始めると、自分の故郷が墓場や監獄のように見えるようになった。
鬱蒼とした森に囲まれ、薄暗く、静寂で…
そこでの暮らしは、同じことの繰り返し。毎日、毎日。何の為かもわからない。
ただ単に、そうしないと死んでしまうからそうするだけ。
では今、自分は生きているのか?答えは分からない。
ただ、一つだけ確実なのはこれをずっと続けていれば過程はどうであれ死ねるということだ。
…このまま死ぬ時まで時間を潰すのか。そう考えると恐ろしさすら感じた。
そうして私は…村を出たのだ。
―木々のざわめきが心地よい。
あの街でこの音を聞くことはあったのだろうか。
…街にはたくさんのものがあった。建物、車、人、その他にも色んなモノ…本当にたくさん…ありすぎた。
そう、ありすぎた。街には毎日のように新しいモノが生まれ、不要になったモノは棄てられていく。
街は常に良いものを求めていた。自分がもっと大きくなるようにより良いモノを求め続けた。
私は知らなかった。あの場所では全てが街のためのモノだということに。
もちろん、そこに住む人間さえも。
街で生き続けるには街のご機嫌を取り続けなければならない。不要になってはいけないのだ。
街は鳥の声や木々のざわめき、風の流れや雲の動き、時間の流れ…そういった感覚を一切許さなかった。
乱立する建物は木々を隠し、無数の車は静けさを無くし、
溢れる人間は個性を消し、時計は時間を奪った。
いずれも街の成長には不要なモノだからだ。
そう、監獄はここも同じだったのだ。誰の為に、何の為に生きるのか。
ここでは“街のため”という答えが出せるかもしれない。
が、それは正解なのか?正解といえるのか?正解にしていいのか?
…私は分からなくなってしまった。
…随分と時間がかかってしまった。
それまで私はずっと街にしがみついていた。まるでそれこそが生きる意味であるかのように。
けれど実際は、それほどでもなかったのだ。
両親の死の報せを聞き、ここに戻ってきたが…
それは“きっかけ”で…
変化が欲しかった。環境を変えたかった。
…たぶん、そんなところなのだろう…本当の理由は。
…虚しい。何も考えたくない…。
―チュンチュン。
…ここは本当に穏やかな村だな…。
ん?
少し離れたところに老人が立っている。
視線は村の外に注がれている。…ああ。この風景は…。
「…トマスさん、どうしたんですか?」
わざわざ聞かなくても、たぶん…これは
「…せがれの野郎が…出て行きやがった…」
…やはり。
まるで、かつての場面を再現しているかのようだ…。
あの時は何も感じなかったが、今はこの老人の気持ちがわかるような気がする…
「…また、戻ってきますよ」
そのせいか、心にもない気休めが漏れでてしまった。
「どうだかね。若い連中は皆出て行った。もどってくるのはお前みたいな物好きだけだ」
「はは…いやはや…」
…
今日もまた若者が街に惹かれて出て行った。…まるで火に集まっていく虫のようだ。
彼らには街の光しか見えてないのだ。そして自分自身が焼かれた頃にその恐ろしさに気付くのだ。
…とはいえ、村の人口が減っている事に変わりは無い。この村は少しずつだが確実に小さくなっている。
ここは穏やかな村…と同時に、死につつある村でもある。
街がこの村を食いつくそうとしている。一体、どうすれば…いや、そもそも…私はどうしたいのだ…?
…考えたくない。
…
…おや?
村の中をせわしなく回っている男性がいる。
あわてているのか、神経質に頭を掻きむしったり、顎に手を乗せたりしている。
…あの人は知っているぞ。でも、いつもと雰囲気は違う。何かあったのか?
「ええと…おはようございます、フランクさん」
「!…ああスコット、娘を見てないか?」
気持ちが昂っているのか、一瞬、睨まれた。
しかし…ああ、そういうことか。ここでも、またか。
「いえ…でも…まあ、また戻ってきますよ…」
またも気休めを吐く…が、
「はぁ!?まだあいつは10歳だぞ!?でていけるはずないだろうが!!」
「あ、す、すみません…」
思いっきり怒鳴られてしまった。
…やれやれ、いつから空っぽな言葉が漏れるようになってしまったのか…
「いや…悪い。…昨日から見てなくてな。見つけたら教えてくれ」
ああ…行ってしまった。
…しかし…居なくなったのは10歳の女の子か…。何かあったのだろうか…?
…
「いんやー、いー村ですねぇ~。いー村でっすよね~。死にかけてはいるんですがー」
「…お、おはようございます…」
と、私の背後から声がした。…いつの間に?…いやはや、よく人に会う日だ。
振り向くとそこには(控えめに言って)活発そうな女の人とおとなしそうな男の子の姿が。
…誰だろう?旅行者…にしてもちょっと…変わっている…。
女の人は…20代後半くらい…だろうか?あるいはもっと若いのかも。快活な雰囲気がそう見せるのかな。
…いやはや…奇抜な格好だな…。
…全身薄い水色のツナギ服で、白い手袋。…整備士…?
でも…かすかに薬品のような匂いがするような…。
…髪型も何か、凄いな。
ええと、ポニーテールというのか?これは。
…前髪はぼさぼさで、鳥の巣みたいだ。オレンジ色をしていることも、
巣らしさを引き立ててる要因だろう。
…そのくせに後ろはサラサラでキレイに束ねてある。
前髪までの時間が無かったのだろうか?
「おっほっほっほ…見惚れてます?ほほっ」
…ううむ…。
男の子は…10歳くらいかな?同じ服を着ているが…親子なのだろうか?
いやしかし…子供の方は、清潔感というか、品、があるような気がするし、
この人から生まれたとは思えない。(失礼だけど)
髪だって薄いレモン色で…まあ、染めているのかもしれないが。
「おほっ、目移りしてる!浮気だ、うわっき!」
…
ううむ。
「いやー、いい村ですねー!いんや~、いー村だぁー。大切な事なので二回言いましたよー?
…いい村だー…おほっ!三回言っちゃった!」
…ずっと喋っている…
これ、もしかして…私が声をかけない限り、喋り続けられるのではないか?
「えー…あ、あのー…あなた方は…?」
仕方なく…意を消して話しかける。
「ああっ!こーれは失礼しましたー!自己紹介!初対面の人には自己紹介!きーほんですよねぇー!!」
女の人は、口元に手を当てて飛び跳ねた。“驚いた”というリアクションなのだろう。
なぜそこまで大げさに振る舞うのか…凄いテンションだ…。
「い、いやはや…あ、あの…」
「ヤーガさん!ヤーガさんだよ!」
自身の胸に手をあて紹介を始めるヤーガさん。…若干、顔が近い。
「それでこっちのカワイー男の子はエド君!」「…え??」
隣の男の子の肩に手を置き、男の子の名前を教えてくれたのだが、男の子の反応が妙だ。
名前のはずなのに聞き返すようにヤーガさんの顔を見返していた。
「…え、…僕、『アルバート』じゃなかったですか…?」
男の子が小さな声で言った。
…まったくかすりもしていない名前だった。
「おほっ!そーだっけ!?あららっ?まー、イーでしょ、今日からキミはエド君だ!」「…えー…」
…解決したらしい。
この二人は、ヤーガさんとエド君…だ、そうだ。
…いやはや…変わった人だな…。
「ええと…お二人はどうしてここに?」
「おほっ!それだよスコット君!まあ立ち話もなんだ、歩きながら話そうじゃないか!
…おほっ!結局立っちゃった!」
「…どうして私の名前を…?」
…
いったい、どこへ連れていくつもりだろうか?
私も別に付き合ってやる必要は無いのだが…
…いやはや、全く以って妙だ。
この二人は会った事もないのに私の名前を知ってる。そして今、私をどこかに誘導している。
この村に来た事などないはずなのに。
私達は村の奥へ奥へと進んでいく。
振り返ってみれば…今日は色々とおかしなことが起きて疲れたが、正直…この移動が最も疲れた気がする。
と、いうのも、移動の最中、この『ヤーガさん』を名乗る女性が終始ベラベラ話し続けていたからだ。
しかもそのどれもがでたらめなのだ
…例えば…
「いやーエド君、お腹すいたねー。なに食べたい?」「ええと…」
「エド君はほっそいなあ~!生まれたときからそーんな感じ。
やっぱ肉を食わせんとねぇ!保護者として!」
「いやはや…あの…お二人は親子…ですか?」
「おーおー!分かります?そーなんですよ!
ヤーガさんたちは一家を破滅させた憎いあんちくしょうを追って涙涙の…」「え…?」
またエド君が反応している…つまり…
「あの…居なくなった僕の両親を探すため…ですよね?」
またか。やはり親子ではないらしい。
「あんれー?産んだかと思ったんですがねー。まー、今日から親子!よろしく!息子!!」「…ええー…」
…他にも…
「いんや~!暑いねえー。この服、通気性悪いねエド君!」
自分で着ておきながら…
「ええと…お二人とも…その…変わった服を着ていますね」
「おほっ!いーとこに気が付いたねスコット君!
この服はね、ツナギといって上下一式の通気性の悪い服だ!」
「あはは…では、なぜ…」
「でーも、これは作業するときに体に汚い液が付かないようにしてくれるスグレモノなのだ!
あと怪しまれない!」
…とても浮いているような気がするのだが…
「え…と、すると、ヤーガさんは車の整備工か何かを…?」
「そのとーり!!ヤーガさん達はいつもこの服を着て、
車のトラブルを解決しながら旅をしているのだ!」「…」
胡散臭い話だが…まあ、彼のヤーガさんに向けている視線で何となく分かった。つまり…
「あの…エド君。昨日は何を着ていたのかな?」
「えっと…僕達は世界を回るシェフだとかで、コックさんが着る白い…」
「あんれーあんれー!?そーでしたっけー?…いんやー、実はエド君。
ヤーガさん達はシェフじゃなかったのだよ!
そう、それは世を忍ぶ仮の姿!本当は伝説の整備工だったのだー!」「…だ、そうです。」
…だ、そうだ。しかし、ほんの僅かな時間話しただけでもかなり疲れるというのに、
この子はずっとヤーガさんと一緒に旅をしているなんて…苦労人だ。
…と、こんな感じの会話が延々と続きながら進んでいくのだ。
いつになったら着くのか。
ついに村を抜けて森の中に入っていく。どこを目指しているのか。
いや。もしかしたらどこにも向かってないのかもしれない。
出会ったときから全く素性が分からないし目的も不明。…少し、不気味に思えてきた。
ここらで切り上げるべきなのかもしれない。
「あ、あの…私はそろそろ…」
「はーい、つーきまーしたー!!」
声をかけた矢先にヤーガさんが言った。着いた…らしい。
私達の目の前には大きな木が立っている。…この木は…見覚えがあるような。
…確か…昔…子供の頃だったか…
「おまたせー!いんやー、疲れたでしょ?ん?疲れてない?
そっかー。ヤーガさんとのトークに夢中で時間を忘れていたんだね!おほほ!」
思考が中断される。
散歩でここまで疲れたのは初めてだ。永遠と思えるくらい付き合わされたと感じた。
…彼女は時間を延ばせる天才だと思う。
「いやはや、えー…それで、その、ここで一体何を?」
もう帰りたい。
「まー、まー。元気が有り余ってるのは分かるけど、
とりあえず休憩しましょー。お昼ターイムですよ!」
ヤーガさんは座り込んでしまった。
「ほらエド君!お腹空いたでしょ?お昼ですよ!お昼!オラッ!肉食え!オラッ!!」
どこから出したのか大きな肉の塊をエド君に突き出す。
「…今日も肉は…ちょっと…」
げんなりしたような表情をみせるエド君。
…見た目から言って、この華奢な少年にその肉は合わないだろう。みているこちらが胸焼けしそうだ。
「いーやー、エド君はほっそいですからねー!肉食わんと!肉!」
「…え…いや…ちょっと…」
明らかに嫌がっている。が、はっきりとは言えないらしい。
「なーにー?なーんでーすかー?ヤーガさんの料理が食えんと?ヤーガさんの飯がマズイと!?」
「…」
エド君は俯き、無言で肯定した。…ヤーガさんはあまり料理が上手くないらしい。
「おほーっ!ショック!傷ついた!ショックですよー!!」
ヤーガさんは大げさに嘆き、自分の苦労話を高らかに語りだす。…まるでミュージカルだ。
「そりゃあ、最初は上手くいきませんでしたさ!テキトーに切ったらスジだらけ!テキトーに焼いたら酷い匂い!
ヤーガさん自身もちょい引きましたモン!でもでも、何度もやるうちに、
少しずつ分かってきて、どの部分が柔らかくて
どう焼いたら良いかとか!焼く前はきちっと洗う事だってしてるんですよ!」
洗いもせずに出していたのか…世界を回るシェフは嘘で間違いないだろう。
「いま、結構いい感じでしょう!?割と食べれるでしょう!?進歩したんですよ!
…なんで進歩したか分かります?
………愛ですよっ!愛する人に食べてもらいたい!そんな一途な愛なんですっ!」
両手を祈るように組み、天を仰ぎながら叫ぶヤーガさん。
両手にはあの大きな肉が握られているため、神聖な雰囲気よりもシュールな空気が流れている。
「…え…うん…」
エド君もやや引き気味だ。
と、いうか、ヤーガさんの料理は焼肉しか無いのだろうか?
肉以外の単語が出てきてないような気がする。
「食べてー!食べてー!肉食べてー!!
食べないと泣いちゃうぞ!いい年こいた大人が人前でわんわん泣くぞ!!
すんごい気まずいから!ヤーガさん、二時間くらいは泣き続ける自信があるんだぞ!いいの?エド君!?
ずーっとハナをたらしながら泣いている大人が付いて来るんだよ?そんなんで旅できる??
ヤーガさんはできます!」
…できるのか。
「…はい。食べます。」
ついに根負けしたエド君は力なく返事した。
この子は本当に苦労しているな。
…色んな意味で濃いお昼休みが終わると(というか、エド君が食べ終わったら一方的に切り上げられた。)
ヤーガさんはスッと立ち上がり手を上げ…
「はい、お昼終ー了ぉー!」“りょー、りょー…、ぉー…”
終了を宣言、森の静寂を奪った。
「…お昼だけど、僕しか食べてないですよね…」
「いーのいーの!大人はもう育たないんだから、あんまし食べるもんじゃないです!」
ヤーガさんはエド君にそう言い終わるとこちらに向き直った。
「…いんやー…いー村ですよねスコット君。」
最初に聞いた気がする。聞いた。間違いない。
「ええ。はい。良い村ですよ」
「でも、死にかけてる」
それも聞いたし…知っている。
ヤーガさんは私とは反対の方向を向いた。
「この向こうにですねー。…大きな街がある。知ってます?知ってますよね?」
「…ええ。」
「あれ、デカくなってるんです。周りをのみこみながら、ずっと。」
この村ものまれると言いたいのだろう。だけど。
「いや…でも…」
「スコット君みたいに村に帰ってくる人間がいる?…それは出て行く人間とどっちが多いんでしょうね?」
「…」
返す言葉もなく閉口するとヤーガさんは向き直りさらに続ける。
「スコット君は居場所を求めて“ここ”に居るけどさ、
“ここ”は近い内にそんなスコット君を締め出す場所に変わるよ?
アスファルトやコンクリートでお色直ししてさ」
…あまり言って欲しくない事を…少し腹が立ってきた。
「…ヤーガさん、あなたは…」
と、一言言ってやろうとした時、いきなりヤーガさんは私の両肩を掴み、顔を近づけてきた。
予期せぬ行動に思考が追いつかない。
「スコット君、今この村に必要なものは何か分かるかなぁ?」
「な…」
突然のことで言葉が出ない。ヤーガさんの目線を外しながらドギマギしていると、
ヤーガさんはさらに顔を近づけ言葉を紡ぐ。
「答えは『恐怖』だよ。この村の人達は皆、ソレを忘れ、村を空気みたいな感覚に捉えてる。
…空気なんて何にも無いもんだよねぇ?そんなものに誰がこだわるっつーのぉ?」
「…」
だめだ、声が出ない。
「怖さは人をまとめてくれる。人がまとまれば空気は村に戻れる。
村になればそうそうのまれることはない」
声を、絞り出す。
「…恐怖…なんて…そんなもの…どこに…?」
ヤーガさんはようやく手を離し、大きな木の方に歩みを進める。…ふう。
「恐怖とはすなわち『力』ですよ、スコット君!
人々の脅威になる力は恐怖と同時にカリスマを与え、村を一つに纏め上げるんです!
でーは、そんなものど、こ、に?…ふっふっふ、だからヤーガさんはここに連れてきたのですっ!」
と、ヤーガさんは正面の木に指をさした。…この木は…やはり、見覚えがある…
「スコット君、この村には昔から魔女の話があるんですが覚えていますかぁ?」
「…魔女…」
「そーう魔女ミネルヴァの…あー、この辺じゃあメンルヴァっていうのかなー?
まーあ、そういうのがいたんですよ、いるんですよ。大切なことなので二回言いました、いるんです。
…!おほっ!三回目だ!
…っと、まあ、その魔女がいたときはこの村はまとまっていたのですよ。
それこそ、誰も外になんて出やしませんでしたとも!」
…そういえば昔…それこそ私が幼いときに聞かされた話があった。
この村は強大な力を持つ魔女によって守られていて、魔女の許し無く村を出ることはできない…と。
そしてその魔女は村の外れにある御神木から私達を見ている…と。
…しかし聞かされた当時でさえこの話はただの迷信だと思っていた。事実、御神木たるこの木の周りは
ほとんど手入れがされていない。それがどれだけ信用されてきているのか窺い知れるというものだろう。
「いやはや…確かに私が小さい頃にそんな話は聞いたことがありますが…」
「魔女なんていない!?魔女なんて嘘さ!?信じてないわけですねっ!
でも実際、いたんです!しかも結構ヤバイ奴が。いやー、全盛期のあいつを抑えるのは苦労したわー!
あいつ、縄張りの中だとデタラメに強いんですよー」
しみじみとした表情で語るヤーガさん。いや、ありえない。大昔、で済む話じゃないはずだ。
「…え?あの、ヤーガさん。あなたは、いったい?」
一瞬だが、ヤーガさんの表情が『あ。』という顔をしたように見えた。
「と、いう話だったのさー!伝聞ですね。言い伝え。大切なことなんで二回言います。う・わ・さ!
…おほっ!三回っ!」
明らかに挙動不審だった。…まあ、彼女の話は(悪いけど)どれも信用できないものばかりだから…。
チラッとエド君の方を見てみる。…ヤーガさんよりもずっと若いこの子の方が信用できるなんて…いやはや…
「…え、あの………ごめんなさい。」
謝られた。どうやらエド君にもよく分からない事らしい。
「まー!まー!とにかく!!この中に魔女がいて、それが村を救ってくれるのですっ!
それ以上に何の説明が要ろうかー…いや無い!!」
…とても説明が欲しかった。彼女等の素性から今の流れまで、全部。
必要な説明は何一つ受けていない気がする。
それに、ヤーガさんの言う、木はただの何の変哲もない木なのだ。“この”中に誰が居るというのか。
「…い、いやはや…この中と言っても…ですね…これはただの………ぇ………?」
驚いた。…たしかに今まで私達はただの木の前で意味不明な雑談をしていた。
そう、ただの木だ。大切なことだから何回も…っと、変なクセがうつるところだった。
…とにかく、私達の前にある木は大きい以外に特に変わったところは無いはずなのだ。
…はずなのに…この、木の真ん中に…扉が…付いている…。
なぜだ。馬鹿な。おかしい。…疑問符が次から次へと湧いてくる。説明が欲しい。
「スコット君~、キミィ~、少しでも知覚しましたねぇ~?魔女のことを。」
「は?」
思わず声が出てしまった。むこうはニヤニヤしながらそれに答える。
「魔女は信じる者の数でその力を増すのですよ。
キミが僅かでも魔女の存在を認めたから魔女に力が戻ったんでしょなぁ~。
さあ!こうしてはいられない!キミの認識の力なんて一時しのぎにすぎません!
また力を失う前にとっとと行って契約してしまいましょー!」
認識?契約?おかしな単語ばかり出てくる。正直、まだ全く頭が追いついていないのに。
「…契約…?」
「そーです!契約です!!魔女に確かな立場を与えてやる、魔女の一番の理解者になるのですっ!
昔は契約の相場は魂と決まっていたのですが、今はかーんたん!!お互いに知り合うだけ!
大したものは取られないよ!!」
何故か一気にまくし立てられた。…これは契約するという流れなのか…しかし
「いや…はや…なぜ、私が?」
ヤーガさんはまた私の肩に手を置き、まくし立てるかのように喋りだす。
「スコット君、本当に村の事を考えているのはキミだけなのだよっ!
…分かってるでしょぉ?気付いてるでしょぉ?
この村の住人は皆、出て行く奴も、留まってる奴も、村の事なんか気にもかけてないよ!?
みーんな無関心!ここを単なる場所だと思ってるんだ!そんな連中に魔女は手を貸さないよ。」
「…いや…しかし私も…以前…村を出て行ったんだ」
“ブンブンブン”
首を何度も振ってこれを否定する。
「ちっちっち!分かってる。みーんな分かってる。大切なことだから二回言うね。全部、わかっ…とぉ!三回言うとこだったぁ!そーはいかねー!いくもんですかー。分かってんだよ!…はぅぁ!!
…っとぉ!話がずれるとこだったぜ。つまり!
キミは確かに出て行った!けど、戻ってきた!ここで生活して、
それから離れて生活して、そして戻ってきた。戻ってきたんだ!
それはこの村の事を想っていたからだ!
…村にずっといる奴等は当たり前すぎてここをなんとも思ってない!
…出て行った奴等はそもそもここに興味をもってない!
出て行ったけどあえて戻ってきたキミこそ、この村の事を一番想ってるんだよ!」
真面目なのか不真面目なのかとにかく、勢いのある演説だった。
私は…この人が言うほど何も考えてはいないというのに。
持ち上げられるような人物ではないというのに。
“どんっ”
「さあスコット君!この村を救うんだ!!契約しに行ってきなぁさいっ!」
ヤーガさんに背中を押される。
「ちょっと!そのっ…いきなりっ…そんなっ」
「だーいじょーぶ!そんな怖いことじゃないよっ!たぶんむこうだって緊張してるから!お互い様!!
絶対いい子だから!たぶん!…おほっ!どっちだ!?ってまあ、大丈夫だから行ってらっしゃーい!
ヤーガさんはエド君と待ってるよぉぉぉ…!」
私は半ば強引に押し込められて中に入れられてしまった…。
なげえ。緩急つけすぎな気がする。