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『ああ悩ましい。
剪定作業は進んでいる。その証拠に一つ気になる候補がいる。
彼は最初から成績が良く、精神も安定していた。
ところが最近、成績が落ち始めている。
それに加えて急にパソコンに興味を持ち始め、ネットに依存したような生活をしている。
またときおり精神が錯乱したかのように不安定になる事がある。
最初からそういった症状が出るのは理解ができる。が、このケースは、あまりに例外的だ。
身体の成長と共に精神が乱れ始めたのか?それとも意図的に…?』
…
「えー…と。人間、何だって“初めて”はあって、そんな時は赤子と同じような事しかできない。
でもね、赤子って恥ずかしい事?誰もが一度は成る姿だよ。
それに赤子に成るのは一度きりって誰が決めたんだい?
そもそも大人も子供もキミたちの線引きでしかないし
私から見れば誰だって子供に見え…る、からさ、あの…」
…白い男のフォロー。何回目だ…。もう、それが当たり前のようになってきている。
どれだけ“コイツ”は恥を上塗りしていくのか。…三途の川を探したくなってくる。
「あああ、ダメですよー。ここはシアターであってそういうところじゃないし、キミたちは渡ってはいけないんだ。」
?
まだ苦しみ足りないという事か?
「そういう事でもないのだけど…とりあえず見てよ。ほら、メルちゃんに進展があるよ。」
再びスクリーンに映像が流れていく…
―――――
『クルクル少女、マジカルメルちゃん!
第一話、メルちゃん登場!
メルちゃんは魔法が使える女の子!魔女っ子なのだ!大切な事なので二回言うよ?
メルちゃんは魔法が使える魔女っ子、魔法が使える魔女っ子なのだっ…おほっ!三回言ってた!
「く、クルクル!クルクル!?クールクルっ!!か、観劇の魔女っ子メルちゃん参上にゃのじゃあ!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1・魔王:一コメゲット。メルちゃんはぁはぁ…
2・神:魔王よ、早さが重要ではない。貴様にはぁはぁする資格はない。
3・myメルディ:クルクルッ!
4・魔王:ふ、二番は所詮は二番…お前がどれだけはぁはぁ言おうが手遅れだ。
5・メル信教開祖:メル様こそ女神。我等はメル様を陰ながら信仰し、支えるのだ。
6・神:悪魔風情め…どうやら最終戦争“ハルマゲドン”を終わらす必要があるようだな!
7・myメルディ:開祖ー、いきなりメル様の神聖な動画が荒らされそうですぞー
8・魔王:ふ、神如きがこの俺に勝てるかな…?
9・メル信教開祖:うむ、聖なる動画を穢されない内にブロックするのじゃ!
10・神:今こそ悪は滅び去り、真なる黄金時代が始まるのだ!
11・魔王:今こそ神の時代は終わり、俺が全てを支配する時がきたのだ!
』
――――――――――
『はあ、またやっちゃった。
れんしゅうはできるのに…はあ。
あーあ…いやになっちゃうな…
…パパはほめてくれた…けどさ…』
とんとん。
私はメルの部屋の扉を叩いた。
昨日は疲れただろうが…もう起きてるだろうか?
「…あ、あの、メルさん、起きてますか?」
「…っ…」
…どうやら起きているようだが返事がない…ううむ…
昨日の事をまだ気にしているのだろうか…
しかし、たった一日で皆から信頼を勝ち取れるほどの成果など上げられるはずがない。
むしろ、あそこまでできただけでもよくやった方と思うのだが…
メル自身は納得のいくようなものではなかったようだ。
「ええと…朝ご飯できてますから、よかったら出てきてくれませんか?」
「…」
「ううむ…」
「おっはよーございまーすパパさーん!」「…お、おはようございます…」
扉の前で途方に暮れているといつもの調子でヤーガさんとエド君がやってきた。
「ああ、おは……ヤーガさん、なんです?その恰好?」
珍しい。
いつも作業着のような服ばかり着ているヤーガさんとエド君だったが、
今回はいつものそれとは全く違う恰好をしている。
(髪型は相変わらず…奇抜というか…左側はボサボサの鳥の巣で右側はサラサラのツインテール…なぜ片方だけ?)
エド君は大きな白いとんがり帽子と全身を覆えるような大きな白いローブ…。
ただ…彼のサイズに合ってないのか手がローブから出ていないうえに、裾は引きずっている。
歩くのは大変だろう。
ふーむ、なんというか…いつもメルが着ているあの、ダs…もとい、伝統的な魔女が着ていそうな服装に似ている気がする。
ヤーガさんの方は、より顕著で、それをアレンジしたような恰好だ。
…ただ、ヤーガさんの服は『似ている』といっても雰囲気だけでかなりのアレンジというか…
その…ハレンチな感じに、いやはや。
上から…白いトンガリ帽、着ている服は袖の無い…ノースリーブ?って言うんでしたっけ…
まあ、そんな感じの白いワンピース。で、その、スカート丈がとても…短い。
手には腕半分がカバーされるくらい長い白手袋、ヒールの高い白ブーツに…
え?なぜ白ストッキングにガーター…!?
それで首から白マントを羽織って…先端にハートの付いた短いステッキを持って…ふうむ。
これも、『今風の魔女ファッション』というものなのか…?
なんとも…いや、いかがわしい…
これにはエド君も困る訳だ。
「おほっ!気が付きましたぁ?ヤーガさんのお・べ・べ!
これが現代版、クラッシックウィッチコスチュームですよ!
どーです!?あのダッサイ服も今風にアレンジするとイケるんですよぉ!フリフリ~!」
「や、やめなさいっ」
ヤーガさんは腰を左右に振って短いスカートをひらひらさせる…その、
ちょっと…見えて…白、パン…おっと!いやいや!!
とりあえずエド君の教育にも悪いのですぐにその動きをやめさせた。
…いやはやまったく、朝っぱらから…
「ところで、あの…パパさん、どうしたんですか?」
朝っぱらから、この、妙な空気をエド君の言葉が変えてくれる。
さすが、よくできた子だ。
「ああ、そのですね、朝ご飯ができたのでメルさんを呼びに来たのですが…」
「まだ眠っているのですか?」
「うーむ…」
「おっほほー!つまーり、昨日のひどぉーい有様で腐ってんでっしょ?ほほっ!」
と、ここでヤーガさんが割り込んでくる。物凄くストレートな物言いだ…。
“ガンガンッ!!”
「おっほーい!メル坊ぉ!いつまで寝てやがるんですかぁ?っていうかもう起きてるんでしょー?
そんで聞き耳立ててるんですよねー?…んー?やっぱ寝てるんですかねえ~?
あー、そっれにしても、昨っ日はひっどかったー!幼稚園の学芸会でもこのクオリティは出せねーや!悪い意味で!『クルクル、クルクル、クールクル!』…おほっ!
『魔女っ子メルちゃん参上にゃーのじゃあ…“ガコン”おっほほぉーーー…」
突然、ヤーガさんの声が遠のき姿が見えなくなった。
と、ヤーガさんの居た場所に穴が開いている。
下は…ああ結構、高いな…と、いうかヤーガさんは無事だろうか…?
「…ぉおほっほっほっほ…!」
奥の方からあの独特の笑い声が響いてきた。同時に激しい靴音も聴こえる。
こちらに走りながら(さらには笑いながら)迫って来ているのだろう。なんというスタミナか。
…しばらくもしないうちにヤーガさんの姿が見えてきた。
あの魔女のコスチュームで、ヒールの高いブーツで、腕を前後に激しく振りながらの全力疾走。
まるで運動会の徒競走でもするかの勢いだ。…しかし姿が姿なだけに異様な光景でもあった。
「おほー…おほー………」
膝に手をつき大きく息をするヤーガさん。
なぜそこまで全力で走ったのだろう…?
「あの…大丈夫?」
エド君が心配してヤーガさんに近寄る。
「おほー………っんぜん余裕だっしー…おほー…めっちゃ手ぇ抜いてたしー…」
「あの、ハンカチ」
「おっほ!あっりがとぉ!……スーハー、スーハー…うーん、エド君の香りが…」
「ちゃんと使ってください」
エド君はヤーガさんからハンカチを取り上げる。
「おほっ!だっめぇ!」
…いやはや…まったく
「…っふー、いんやー、やーられーたぜー!
まさかこんなにも早くヤーガさんを締め出すトラップを作り出すとはっ!
想像以上にレベルアップしてやがるぜメル坊はっ!」
ヤーガさんはエド君のハンカチを顔にあてながらも(まだやっていたのか)妙な事を語る。
え?レベルアップ?
「レベル?…ですか。…はて、メルさんは魔法の練習とかしてましたかね…?」
「ちっちっち!パパさん、まーだ魔女についてお勉強が足っりませんねぇー」
ヤーガさんは人差し指を左右に振りながら答える。
「いいーでーすかー、パパさん。魔女はあんなナリしてますけど、人間とはちゃうのですよ?
つーか、生物でも無いのですねぇ?分かります?わっかんねえだろうなー。
まー、そーゆーもんなんですよ。そんで、魔女はパワーが上がれば高度な魔法が打てるようになるんですねー」
「はあ、パワー?ですか?」
「うん、いい疑問だよパパさん!そうですよね、
『そんじゃパワーってなんじゃい!?』ってなりますわなー。
魔女のパワーっていうのは信仰心!その魔女がどんなけ人間に知られているか!なのです!!」
「…ううむ…ええと…つまり……昨日の舞台でメルさんの事を知った人が増えたからより高度な魔法が打てた…と?」
“なでなで”
「イーグザクトリィ!そのとおりでごぜーます!エライエラーイ!」
…なぜかヤーガさんに頭を撫でられる。まさかこの年で撫でられることがあろうとは。
「いやはや…はは…えと……それで、先ほどヤーガさんを外に出した魔法が高度なのですか?」
「イエース!そうでーす!今までのメルの魔法は覚えてますかー?」
「今まで………この屋敷を出しましたよね…?」
「そうっ!そうだよっ!あれは観劇の魔女の『舞台のセットを用意する能力』なーのです!
これだけでも鬱陶しー能力でーすが、今回、ヤーガさんを場外にしやがったウザッてえ能力こそ、
その発展形、『セットを操る能りょ…おっほほぉーーー…」
…再びヤーガさんが外へ締め出された…
“ガチャ”
「人の部屋の前で、ぐちゃぐちゃうっさい…」
と、ドアが開き、薄いピンク色のパジャマとナイトキャップ姿のメルが姿を現した。
…しかし…ウイッグや服装だけでも人は(魔女か)大きく変わるものだなあ。
ここに居るメガネをかけた黒髪の女の子は昨日の舞台のアイドルとは…ほど遠い…あ、いや!
別にどちらのメルが良い、悪い、なんてものじゃなくて!…どちらも可愛いのだけど、
その、雰囲気というか、垢抜けるというか…舞台とプライベートの違いというのか…そういったことで
別に悪意など………おっと、いったい誰に弁解しているのだ。
ま、と、とりあえずメルが出てきてくれた訳で。
「あ、メルさん。おはようございます。朝ご飯できてますよ。」
「あ!…パパ…おはよう…」
メルは一瞬しまったという顔をした。
どうやら思わずここに出てきてしまったのだろう。
「ご飯、食べませんか?」
「え………うん…じゃあ、着替えてくる…」
メルは再び部屋に戻って行った。それからしばらくして…
「…おまたせ」
いつもの黒いローブに身を包んだメルがドアを開ける…と、ほぼ同じタイミングで
「…ぉおほっほっほっほ…!」…あの笑い声が廊下の奥から響く。またしても全力疾走しているらしい。
「それじゃあ、食堂に行きましょう。」
「…うん」
メルの手を取る。
と、エド君と目が合う。ヤーガさんに置いて行かれて(?)所在なさげだ。
…そうだ。
「あ、エド君も何か食べません?…その…たまには肉以外なんてどうです?」
「え!?良いんですか?」
エド君の目が輝く。…普段の食生活がよっぽど酷いのか…?
「もちろん!ほら」
もう片方の手でエド君の手を取り食堂に向かう。が…
「ぉほっほっほぉー!」
…ヤーガさんが到着。
「聞ーてましたーよエド君!エド君はこっちなんですよほぉっ…ごほっ!…お…ほっほー」「うーあー…」
エド君の手をひったくり、呼吸がまだ整わないのか、度々むせながらもどこかに連れて行ってしまった…
…まあ、エド君は別の機会に…と、いうことで。
…
食堂にて。
「………」
「………」
ううむ…静かだ。
いつもはメルから何かしら話しかけてきたのだが、今日は食器の音しか鳴らない…
…意外とショックが大きかったのかな…?
しかし、このまま塞ぎこんでしまうのは良くないだろう。
私から何か話を…ううむ、しかし何を?…とりあえず、当たり障りもないことから…ええと。
「えっと…どうですか?朝食、うまくできてますか?」
「…うん、おいしい…」
「はは…良かった…」
「………」
うーーーむ…また会話が止まってしまったー!
どうすれば!うううーむ!
「あ!えっと、メルさん、ホットケーキって知ってます?」
「…え?…ううん、知らない…」
「…そうですか………あ!あ!じゃあ、今日のおやつに作りますね!きっとおいしいですよ!」
「…うん…ありがと…」
「…」
「…」
だぁぁ!だめー!会話が止まってしまったぁー!!
どーすればー!?
これはあえて昨日の話題を出さなければダメなのか?
ううむ、でももしかしたらそれでもっと塞ぎこんでしまったら…
ううむ、しかし…あえて危険を冒さなければ次へ進めないのかも…
………うーーーーーむ!
ええい、ままよ!
「えー………メルさん、き、昨日の舞台…」
「え!?」
「あ!いや、えー、…の、衣装、とっても可愛かったですね…」
だぁー!!ダメだー!はぐらかしているようではぐらかしてないー!!
「…そ、そお…?…それって…本当?」
ん…おお…!?良い感じ?いい感じでは!?
「は、はい!ちょっと露出は多いですけど、可愛いですよ。露出は多いですけどっ。」
そう言うとメルははにかみながら笑った。
「んふふ…そうかぁ…ふふ…」
おお!!これは良い流れでは…!?
「ええ!村の皆も可愛いって言ってましたもの!」
「む、村の…」
と、急にメルの顔が赤くなり、再び俯いてしまう…
昨日のことを思い出してしまったのだろうか…ぐぬぬ…
「……いやはや…うーむ………よし。」
私は覚悟を決めた。
せっかく流れが良い方向に来たのだ。
ここで決めなければ…!
「メルさん!」
「は、はひ!」
私はメルの肩を掴んで彼女の目を見る。
「昨日はメルさんにとってあまり良い結果でなかったかも知れない!でも!メルさんはあれだけの時間で!うまくいかなかったかもしれないけど、でも!……ああ、さっきと同じような事を言ってる……でも……
でも!メルさん、その、とても一生懸命で!生き生きとしてて!思い通りにいかなかったかもしれないけど!……あ、さっきと同じ……えと……あああ、うぐ、くそぉ考えがまとまらないっ!えーっと……あのう…
とても頑張ってて!がんばってて…」
…今の自分を殴ってやりたい。
何が『覚悟を決める』だ。何が『ここで決める』なのだ。
ここ一番で元気づける言葉が浮かんだと思った。いや、浮かんでいたのだ。
だがどうだろう、いざ声に出すとこの体たらく…
声に出した途端に頭から消えていく『ここ一番の言葉』…くう…情けないっ!
「…ふふっ、ありがと。」
「え?」
…メルは笑っていた。…優しい笑顔だった。
「パパのおかげで元気でたよ。ありがと。」
「う…うむ……いやはや…」
私は別に痒くもないが頭を掻きながら答えた。
…というのも、メルのその笑顔に…かつて私の母親がくれた笑顔を見たためだ。
いやはや、娘を慰めるつもりでいたのだが、逆に慰められたようになってしまった。
これではどちらが子供なのか…はは、全く我ながら、情けない…。




