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魔女僕  作者: こそこそ
18/22

18

『やーがのばか!

せっかく いしょう よういしたのに!

せっかく せりふ おぼえたのに!

もんくばっかり!ばか!ばか!

…でも、あの いしょうは かわいいな…』


“がやがや” “ざわざわ”


「…ぅわあ…」

…いやはや…凄い人数だ。

思わず声が出てしまう。


幕越しでも声がこんなにも聞こえてくる。

…いやはや…

こ…こんなに、緊張することなど…何年振り…なのだろう…

…ううむ。

い、行かなきゃ、ダメ?


チラリと舞台裏を見る…


「カル、クル、クル…カル、クル、クル…」

「バッチシでーすかぁ~?んん~??」

「うっさい!」


見るからにいっぱいいっぱいなメルとそれを煽るヤーガさん。

これはどう見ても酷い事になる。

前座(私)でなんとか和らげれるような空気を作らねば…

となると…うう、やるしかないか…

“がやがや” “ざわざわ”

“がやがや” “ざわざわ”

「カル、クル、クル…」


うううむ…うー………ままよ!



“カチッ”


“ブイィィン…”


私は幕のスイッチを押す。

…幕はゆっくりと、音を立てて上がってゆく…

それに反応してか周りのざわめきが収まり拍手に変わる。


“パチパチパチパチパチ!!”


私は、盛大な拍手とともに迎えられた。

…いやはや…まだ…前座なのですが…はは…


“パチパチパチパチ…”


…拍手が収まってくる…

ということはつまり…もうじき私が何かを話さなきゃならないということ…

うん。

…ええと。

…何を、話そう?

あ、ダメ。ダメだ。

あれ…凄く、あの、私、真っ白なんですけど…


“パチパチパチ…”


観客の視線が集まってくる。

『何を話すのだろう?』そういった期待に満ちた眼差しだ…うう。

とにかく何かまずは差しさわりの無い…あー…そう!あいさつ!

あ、あつまって、集まってくれてありがとうございます…そう、それだ。

落ち着いて…よし。


「えー…こほん。…いやはや、そのう…ええと………あ。えと、今日は、(“今夜”の方が良くないか?)

あ、今夜は、その、集まって頂いて、あ、ありがと(“ありがとう”は軽くないか?)

…いや、か、感謝、しま…す」


あああー…真っ白ー、真っ白ですー!言えてる?言えてますかー?


「あ…あの…?」


『どっ!』


会場内が沸いた…

つまり、いやはや…笑われてしまったのだ。ああ…。

“ざわざわ”と、あまり良くない形で湧き上がる会場。

その中から応援なのか野次なのか分からない声が聞こえてくる。

「ガッチガチじゃねえかー」「がんばれー」「しっかりしろー」

…はは…いやはや…正直、もう帰りたい…。

でも…

舞台の袖では…


「…おほほ~…皆の者~…」


まだだめだぁー!あーう…時間を、なんとか…


“がやがやがや…”


観客も思い思いに騒ぎ立てて内も外も全体的にダメな空気が漂い始める。

いけない。このままではいけない。

流れを、なんとか…!


「あー!あのぉー!みーなーさーん!!聞いてくださーい!!」


私は(何年振りだ?)できるだけ大きな声で叫ぶ。

すると再び視線が集まりだし、会場のざわめきが収まり始める。

なんだかんだで皆、人が良いのだろう。

おっと!時間稼ぎだ。時間稼ぎをしなくては。

ええと…とりあえずまずはあいさつ程度のありふれたもので…


「えー、っとー!今夜は集まってくれて、アリガトーございマスッ!」


かあぁ…なんて挨拶だろうか!

と、いうか挨拶はさっきしたじゃないか!?

『大きな声で』と意識したらこの有様……もう!さっそくグダグダじゃないか!

…私には演劇の経験は無いが、人生経験でなんとか凌げるんじゃないか?

なんて考えてた数刻前の自分を叱ってやりたい…!

あぁ!!でも、もう切り出してしまったのだよね!

さあ続けろ、いいから続けるのだ!


「お仕事!お忙しいぃ人もいたでしょーなのにっ!すみっマセん!」


あっかああぁぁ!…死にたいぃー


いったい私はいくつなんだぁー!!

…もう、時間は…稼げ、まし…たよね…

私はチラリと奥のメルたちを見た。

そこには必死で何か復唱しているメルと、こちらに向かって両手で何かを引っ張るジェスチャーをするヤーガさんが。


うわわわわわ…

引っ張る…つまり、まだ…と。

うそお。

うぐぐ…ヤーガさんの顔…笑ってたなあ…くそう…!


「…えー…エっとーですねー!あの、今日…いや、今夜は、み、皆さんに集まって貰ったのはー

…えーっと…」


困った…どうしよう。なんて言えば…

とりあえずメルの紹介をしようと思ったのだが…

ええと、紹介するとなると…え、

『メルは数日前に森の中で出会った魔女で不思議な魔法が使えます』?

………ううむ…そんなの、誰が信じるのだろうか…


「どーしたんだー?お前の別荘がでかいことは分かったけどよー!」

さっそく野次が飛んでくる。

「え、ええいや、この家はメルさんがですね…」

(自分で言うのも何だが)ご丁寧にその野次に答えていると別の野次が飛んでくる。

「メルってだれだー?彼女かー?」

またもや『どっ!』と会場に笑い声が響く。

というかしまった。思わずメルの事をこんな形で口に出してしまった。

というか彼女って!?

親子ほどに年が離れているのに!?

…ああ。

この人たちはメルの事を知らないんだった。

「あ、い、いや。そーでなくてですねーメルさんはー…」

「おっ!彼女の紹介らしいぞ!みんな拍手ー!!」


“パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!”


誰かの野次とともに一段と大きな拍手の嵐が起きた。

あーあ、これダメだ。ごめんなさい。

…もう無理ですこれ。

私はすかさず舞台裏に引っこむ。

「ごめんなさい!もうこれ以上引っ張れません!」

「え!え!え!」

「おほほ~…よーく持ちこたえまっした!ほほっ!ふふほっ!…おっと失礼!

さーあメル!時っ間ですよ!いっちょブチかましてやんなっさいっ!!」

ヤーガさんはメルをドンっと押した。

私は倒れそうになるメルを支える。

「メルさん、大丈夫ですか?…あのー、ごめんなさい。あんまり時間を稼げなくて」

「え…ううん!だ、大丈夫!し心配しなくていいよ!楽勝なんだからっ」

メルは強がってみせる。が、私の腕を掴んでやっと立っているような状態では…なんとも。

緊張で腰が抜けてしまったのか?生まれたての小鹿の様な有様だ。

これはもう、ダメだろう。

「あの…なんだったら日を改めて…」

「だいっじょうぶっ!!」

メルは私の腕にしがみつきながらも必死に答える。…意外と頑固なんだな。

「もう、しょうがないな。」

妙なことに…私には先ほどまでの緊張がすっかり消えていた。

うん。

私が舞台で恥をかくことなんかよりも、

この子が上手くいくように、この子が後で笑えれるような思い出になればそれでいいじゃないか。

「はい、じゃあ私も一緒に行きます。」

「えっ」

「ホラ、手を」

「ええっ!?」

私はメルの手を取り、舞台に上がる。


割れんばかりの拍手の中、

現れたのは中年男と、それに手を引かれている中腰でがに股の女の子…

よくよく考えたら奇妙なステージだ。

「随分可愛い彼女さんだなあ!」「ああ娘かー」「メルちゃーん!」

凄まじい歓声と拍手、そして野次が飛んでくる。そんな状態で我らがメルは…

観劇の魔女、メンルヴァは…。

「…」

歯をカチカチ言わせながら下を向いて…舞台の空気に完全に呑まれている…!


あー。


じゃあ第一声は私から。


「みなさん!お待たせしました!この子がメルさんです!!

とてもかわいい子なんですけど、とっても凄い子なんですよ!」

“わーわー”

拍手と歓声がひときわ大きくなる。

「え、えっとー、今日はそんなメルさんから皆さんに挨拶があります!…えとー、

それではメルさん!どうぞ!」

と、メルに話をふる。

「…あ、え…」

「…あ、あの、メルさん?」

…いかん。ガッチガチだ。

話をふられたことにも気づいていない。

なんとかしなければ…


とりあえず私はしゃがんでメルに視線を合わす。

「…メルさん。」

「は、はぃ…」

それからゆっくりと話す。

「大丈夫。みんなはメルさんのことが知りたいだけ。メルさんの事、教えてあげてください。」

「う…うん!」

メルは小さく、しかし強くうなずいてくれた。

…客席の方から『ヒューヒュー!』といった野次が飛んできたがこの際気にしない。

そしてメルは私の手を離し、しっかりと立ち上がり、左手は腰に、

ステッキを持つ右手は天高く上げて何やらポーズをとった。

すると、メルが何かするのだろうと悟ったのか、ざわめく会場は静かになっていく…。

いよいよ“観劇の魔女”が舞台に立ったのだ!


「お…おおーーーほっほ…ほほっほー…わ、わた、いや、我、こ、そはぁ!

観劇の魔女、メ…ああ!ちがくて!えと…あれ?クル、クル…えと、クル…えーっと…」


突然観客に背を向け何やらブツブツ唱え始めるメル…。

やっぱり呑まれたまんまだった。


「メ、メルさん」

「っ!?」

メルは何かを決意したかのように“すっ”と観客に向き直り、一際大きな声で例のキメ台詞を言い放つ!

ついに、“本番”が始まったのだ!


「く、クルクル!クルクル!?クールクルっ!!か、観劇の魔女っ子メルちゃん参上にゃのじゃあ!!」


…噛んだ。

セリフもやらかした。


“わははははははははは!!

パチパチパチパチパチ!!”


会場は爆笑に包まれた。何はともあれ盛り上がってはいる。うん。


…舞台袖では顔に手を当てているヤーガさんが見える。

…手を当ててはいるものの口元は歪んでいる。他人事だと思って…。


「にゃのじゃあってにゃんじゃあぁ…!」


ばたん。


あ。

ついに緊張とここ一番のミスに耐え切れなくなってメルが倒れてしまった。

と、ここで舞台袖から跳んできた白いタオル。

…それは“もうここまで”という意味だ。

というか、よくここまでもったと思う。うん。


「あ!そ、その!それではみなさん!始まってすぐに申し訳ありませんが、今日はここまで!

ごめんなさい!あ、ありがとうございました!えと!メルさんをよろしくお願いしますね!!」


“わははははははははは!!

パチパチパチパチパチ!!”


私は笑い声に包まれる中、メルを抱えて撤収した。


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